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ロシアFAQ目次


 【質問】
 スヴェルドロフ型巡洋艦のサブタイプを教えられたし.

 【回答】
 1952年〜1955年に掛けて24隻がソ連海軍に就役したプロジェクト68bis(スヴェルドロフ型)巡洋艦は,就役当初は,全艦とも152cm3連装砲4基(計12門)を主兵装とするガンクルーザーでしたが,その後,一部の艦は,様々な改造を受けました.
 中には,152mm砲塔を一部撤去した艦も有ります.

[プロジェクト68bis]Проекта 68бис
 原型,B-38(1938年型)57口径152cm3連装砲塔4基(計12門)を装備
 スヴェルドロフ,オルジョニキーゼ,アレクサンドル・ネフスキー,アドミラル・ナヒモフ,アレクサンドル・スヴォーロフ,アドミラル・ラザレフ,ドミトリー・ポジャールスキー,ムルマンスク

[プロジェクト70E]Проекта 70Э
 152mm砲塔1基を撤去し,高射ミサイル複合体「ヴォルホフ」(SA-N-2"Guideline")を搭載
 ジェルジンスキー

[プロジェクト68U-1]Проекта 68У-1
 152mm砲塔1基を撤去し,指揮通信能力を強化,高射ミサイル複合体「オーサM」(SA-N-4"Gekko")を搭載
 ジダーノフ

[プロジェクト68U-2]Проекта 68У-2
 152mm砲塔2基を撤去し,指揮通信能力を強化,ヘリコプター搭載,高射ミサイル複合体「オーサM」を搭載
 アドミラル・セニャーウィン

[プロジェクト68A]Проекта 68А
 AK-230 30mm機関砲(CIWS)を搭載
 アドミラル・ウシャコフ,オクチャーブリスカヤ・レヴォリューツィヤ,ミハイル・クトゥゾフ



Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/6/20(金) 午後 10:00


 【質問】
 スヴェルドロフ型巡洋艦の全艦名を教えられたし.

 【回答】
旧ソ連(ロシア)海軍最後の砲戦巡洋艦(ガンクルーザー)プロジェクト68bis(スヴェルドロフ型)
Крейсер Проекта 68бис(Тип"Свердлов")
は,プロジェクト68K巡洋艦(チャパエフ級)――大祖国戦争前の1939年に7隻が一斉起工され,戦争終了後の1950年に5隻が完成した――の拡大型として計画され,1948年から建造がスタートしました.

 プロジェクト68bisは,レニングラード市の第189造船所(バルチースキー・ザヴォート)がリードヤードとなり,計4ヶ所の造船所で14隻が完成しました.

第189造船所:バルチースキー・ザヴォート(レニングラード)
第194造船所:アドミラルチェイスキィエ・ヴェルフィ(レニングラード)
第402造船所:セヴマシュ・プレドプリャーチェ(セヴェロドヴンィスク)
第444造船所:チェルノモルスキー・ザヴォート(ニコラーエフ)

[ジェルジンスキー]Дзержинский(第444造船所)
 1948年12月21日起工,
 1950年8月31日進水,
 1952年8月18日就役
 黒海艦隊,
 1988年10月12日除籍

[スヴェルドロフ]Свердлов(第189造船所・408号)
 1949年10月15日起工,
 1950年7月5日進水,
 1952年5月15日就役
 バルト艦隊,
 1989年5月30日除籍

[オルジョニキーゼ]Орджоникидзе(第194造船所・600号)
 1949年10月19日起工,
 1950年9月17日進水,
 1952年8月18日就役
 バルト艦隊→黒海艦隊,
 1963年1月24日除籍
 インドネシアへ売却され,同国巡洋艦イリアンとして再就役,
 1972年除籍

[ジダーノフ]Жданов(第189造船所・419号)
 1950年2月11日起工,
 1950年12月27日進水,
 1952年12月31日就役
 黒海艦隊,
 1990年4月19日除籍

[アレクサンドル・ネフスキー]Александр Невский(第194造船所)
 1950年5月30日起工,
 1951年6月7日進水,
 1952年12月31日就役
 北方艦隊,
 1989年5月30日除籍

[アドミラル・ナヒモフ]Адмирал Нахимов(第444造船所・375号)
 1950年6月27日起工,
 1951年6月29日進水,
 1953年3月27日就役
 黒海艦隊,
 1960年7月28日除籍

[アドミラル・ウシャコフ]Адмирал Ушаков(第189造船所)
 1950年8月31日起工,
 1951年9月29日進水,
 1953年9月8日就役
 北方艦隊→黒海艦隊,
 1987年9月16日除籍

[ミハイル・クトゥゾフ]Михаил Кутузов(第444造船所・385号)
 1951年2月23日起工,
 1952年11月29日進水,
 1954年12月30日就役
 黒海艦隊,
 1989年予備役

[アレクサンドル・スヴォーロフ]Александр Суворов(第189造船所・436号)
 1951年2月26日起工,
 1952年5月15日進水,
 1953年12月31日就役
 バルト艦隊→北方艦隊→太平洋艦隊,
 1989年12月15日除籍

[アドミラル・セニャーウィン]Адмирал Сенявин(第189造船所・437号)
 1951年10月31日起工,
 1952年12月22日進水,
 1954年11月30日就役
 北方艦隊→太平洋艦隊,
 1989年5月30日除籍

[アドミラル・ラザレフ]Адмирал Лазарев(第194造船所・626号)
 1952年2月6日起工,
 1952年6月29日進水,
 1953年12月30日就役
 バルト艦隊→北方艦隊→太平洋艦隊,
 1986年10月12日除籍

[ドミトリー・ポジャールスキー]Дмитрий Пожарский(第189造船所・445号)
 1952年2月31日起工,
 1953年6月25日進水,
 1954年12月30日就役
 北方艦隊→太平洋艦隊,
 1987年3月5日除籍

[オクチャーブリスカヤ・レヴォリューツィヤ]Октябрьская Революция(第402造船所・301号)
 1952年7月15日起工,
 1954年5月25日進水,
 1954年11月30日就役
 北方艦隊,
 1987年9月16日除籍

[ムルマンスク]Мурманск(第402造船所・302号)
 1953年1月28日起工,
 1955年4月24日進水,
 1955年9月22日就役
 北方艦隊,
 1992年7月3日除籍

 なお,本型は一般に「スヴェルドロフ」級と呼ばれていますが,正確に言うと,1番最初に起工された艦は,ジェルジンスキーであり,スヴェルドロフは,2番目です.
 しかし完成したのは,スヴェルドロフの方が3ヶ月ほど早かった為,同艦が「ネームシップ」となりました.

 「ジェルジンスキー級」は,この他,7隻が未完成に終わりました.

[シェルバコフ]Щербаков(第194造船所)
 1951年6月起工,
 1953年3月17日進水,
 建造中止

[アドミラル・コルニコフ]Адмирал Корнилов(第444造船所)
 1951年11月16日起工,
 1954年3月17日進水,
 建造中止

[クジマ・ミニン]Кузьма Минин(第194造船所)
 1952年起工,
 建造中止

[ドミトリー・ドンスコイ]Дмитрий Донской (第194造船所)
 1952年起工,
 建造中止

[クロンシュタット]Кронштадт(第189造船所)
 1953年4月起工,
 1954年9月11日進水,
 建造中止

[タリン]Таллин(第189造船所)
 1953年9月28日起工,
 1954年5月28日進水,
 建造中止

[ワリャーグ]Варяг(第189造船所)
 1954年2月5日起工,
 建造中止

 プロジェクト68bisは,当初の計画では24隻が建造される予定でしたが,艦隊へ就役したのは,上記の14隻だけでした.

就役時の巡洋艦ジェルジンスキー

Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/6/19(木) 午後 10:41

ジェルジンスキー

Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/6/20(金) 午後 10:00


 【質問】
 スヴェルドロフ級巡洋艦「アドミラル・ナヒモフ」について教えられたし.

 【回答】
 プロジェクト68bis巡洋艦「アドミラル・ナヒモフ」
Крейсер"Адмирал Нахимов"
は,ニコラーエフ第444造船所で建造(工場番号375)

1948年12月1日,海軍籍登録.
1950年6月27日,起工.
1951年6月29日,進水.
1953年2月8日,海軍旗受領,黒海艦隊へ編入.
1953年3月27日,就役.

1954年5月31日〜6月4日,黒海艦隊司令官セルゲイ・ゴルシコフ大将が座乗する「アドミラル・ナヒモフ」は,駆逐艦2隻と共にデュレス(アルバニア)を訪問した.
 これは第2次大戦後,地中海における最初のソヴィエト連邦艦艇の航海だった.

1955年,次の1956〜1965年までの10ヶ年の海軍建艦計画の草案が作成されたが,この案では,プロジェクト85航空母艦5隻を,第402造船所で1961〜1965年までに竣工させる事とされていた.

 また,新設計のプロジェクト84大型ロケット巡洋艦5隻の建造も計画された.

 これら新造艦と並行して,プロジェクト68bis巡洋艦を改造し,ロケットを装備する事も計画された.
 このプロジェクト68bis改造巡洋艦は,プロジェクト67Vと呼ばれ,4隻が改造を受ける事とされていた.
 1954年12月30日,プロジェクト67Vは,ソ連邦閣僚会議で承認された.

 プロジェクト67V巡洋艦は,152mm砲塔を撤去し,代わりにKSS(艦上飛行弾)複合体「ストレラ」
КСС (корабельный самолет-снаряд) комплекса "Стрела"を装備する予定だった.

 1955年2月28日〜10月18日,KSSの艦上テストを行なう為,「アドミラル・ナヒモフ」は,第444造船所で改装工事を受けた.
 152mm砲第1砲塔は撤去され,対艦ミサイル発射筒および射撃管制装置「コルチャン」Колчан,遠距離測定装置が取り付けられた.

1956年1月22日,改装された「アドミラル・ナヒモフ」は,最初の対艦ミサイル発射テストを実施した.
6月3日,模擬弾頭を付けた対艦ミサイルを17基発射.

1956年12月22日,建造が中止されたプロジェクト82重巡洋艦「スターリングラード」に対し,7回の対艦ミサイル発射テストを実施.
 ミサイルは24基が発射され,20基が命中した.

1955年,改正型プロジェクト67SIの計画が立てられたが,同年9月,設計作業は中止された.

 この頃,より長射程で,水上艦と潜水艦に装備される対艦ミサイルP-6(SS-N-3)の設計が開始され,KSS複合体とプロジェクト67の価値は無くなってしまったのである.

1960年7月28日,巡洋艦「アドミラル・ナヒモフ」は,海軍から除籍され,兵装を撤去された.

1961年6月,除籍された「アドミラル・ナヒモフ」に対し,駆逐艦「プロゾルリヴィー」Прозорливыйが対艦ミサイルを発射.
 ミサイルは中央部に命中し,艦は12時間に渡って燃え続けた.

 その後,1962年末までに,「アドミラル・ナヒモフ」は,セヴァストーポリで解体された.

1枚目:巡洋艦アドミラル・ナヒモフ


4枚目:対艦ミサイルのテスト艦に改造されたアドミラル・ナヒモフ


5枚目:除籍後のアドミラル・ナヒモフ

Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/7/7(月) 午後 8:18


 【質問】
 スヴェルドロフ級巡洋艦「オルジョニキーゼ」について教えられたし.

 【回答】
 プロジェクト68bis巡洋艦「オルジョニキーゼ」
Крейсер "Орджоникидзе"
は,レニングラード第194造船所(アドミラルティ造船所)で建造(工場番号600)

1947年12月3日,海軍籍登録.
1949年10月19日,起工.
1950年9月17日,進水.
1952年8月18日,就役.

1952年8月31日,海軍旗受領.ソヴィエト連邦海軍第4艦隊へ編入.

1954年7月10〜14日,ヘルシンキ(フィンランド)訪問.

1955年12月24日,赤旗バルト艦隊へ編入.

1956年4月18〜27日,ポーツマス(イギリス)訪問.
1956年8月1〜8日,コペンハーゲン(デンマーク)訪問.
1958年8月〜11日,ヘルシンキ訪問.

1961年2月14日,黒海艦隊へ編入.

1962年4月5日,インドネシアへ譲渡する為,セヴァストーポリを出港.
1962年8月5日,スラバヤ到着.

1963年1月24日,ソヴィエト連邦海軍から除籍.
1963年1月29日,乗組員解散.

 その後,「イリアン」Irianと改名され,インドネシア海軍に再就役.

1964年,ウラジオストクのダーリザヴォートで修理.

1970年,インドネシア海軍から除籍.
 兵装を撤去し,スクラップとして台湾へ売却され,1972年に解体された.

1枚目:レニングラードにて(1954年撮影)


2枚目:海上のオルジョニキーゼ(1956年4月撮影)


5枚目:インドネシア海軍巡洋艦「イリアン」

Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/7/6(日) 午後 2:57


 【質問】
 スヴェルドロフ級巡洋艦ミハイル・クトゥゾフについて教えられたし.

 【回答】
 現在,ノヴォロシースクで記念艦として保存されている巡洋艦ミハイル・クトゥゾフ
Крейсер "Михаил Кутузов"
は,1952年から1955年に掛けて14隻が就役したプロジェクト68bis「スヴェルドロフ」級の1隻です.
 同級は,1939年に7隻が起工,1950年に5隻が竣工した軽巡洋艦チャパエフ級の拡大型であり,152mm砲12門を主兵装とする砲戦巡洋艦(ガン・クルーザー)です.

 ミハイル・クトゥゾフは,1954年12月30日に就役し,黒海艦隊へ配備されました.
 1986年から1989年に掛けて近代化改装が実施されましたが,その後,予備役編入.
 セヴァストーポリで保管されていました.
 2001年,セヴァストーポリの浮きドックPD-30で修理が行われ,8月25日,ノヴォロシースクへ回航,同地で博物館として公開されています.

 〔略〕
現存する唯一の「スヴェルドロフ」級でもあります.

 ただし,同級のムルマンスクも,1994年にノルウェー沖で座礁したまま放置されており,こちらも,いちおうは「現存」していると言えなくも無いですが・・・・



Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/6/8(日) 午前 10:43

Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/6/8(日) 午前 10:45

 【関連リンク】

「ロシア・ソ連海軍」:巡洋艦ミハイル・クトゥゾフ近影


 【質問】
 スヴェルドロフ級巡洋艦「スヴェルドロフ」について教えられたし.

 【回答】
 巡洋艦「スヴェルドロフ」
Крейсер "Свердлов"
は,プロジェクト68bis(スヴェルドロフ級)巡洋艦の1番艦です.

 スヴェルドロフ級は,大祖国戦争終了後に立てられた大建艦計画の「目玉」の一つであり,戦前に計画,起工されたチャパエフ級軽巡洋艦の拡大型です.

1947年12月3日,海軍籍登録
1949年10月15日,レニングラードのバルチースキー・ザヴォートで起工
1950年7月5日進水
1952年5月15日,艤装工事終了
同年8月31日,ソ連海軍旗(赤星旗)を掲げたスヴェルドロフは,第4艦隊に編入されました.

就役直後の
1953年6月11日〜18日と,
1955年10月12日〜17日に,イギリスのポーツマスを訪問.
 最初(1953年)のポーツマス訪問は,エリザベス・アレクサンドラ・メアリー・ウィンザーが,グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国の女王,エリザベス2世として即位(1953年6月2日)式に対する表敬訪問でした.

 が同じ年,イギリスでは,本艦を筆頭に増強されていくソ連海軍に対抗する為,新型艦上攻撃機の開発がスタートしました.
 のちのブラックバーン「バッカニア」です.

1955年12月24日,赤旗バルト艦隊に編入.

1960年12月24日から1961年7月14日に掛け,レニングラードでオーバーホール

1966年2月12日から4月29日に掛け,レニングラードでオーバーホール

 その後は,予備役に編入されていましたが,1972年2月11日,現役に復帰しました.

1977年2月7日から1978年2月14日までオーバーホール

 スヴェルドロフが海軍から除籍されたのは,1989年5月30日の事でした.

1989年10月31日,乗組員は解散.

1990年,スクラップとしてインドへ売却され,生涯を終えました.

5枚目:バルチースク基地のスヴェルドロフ(1960年代撮影)


6枚目:万国旗を掲げるスヴェルドロフ(1975年頃撮影)


9枚目:インドで解体を待つスヴェルドロフ(1993年10月撮影)

Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/6/10(火) 午後 7:20


 【質問】
 スヴェルドロフ級巡洋艦「ジェルジンスキー」について教えられたし.

 【回答】
 プロジェクト68bis(スヴェルドロフ級)巡洋艦「ジェルジンスキー」
Крейсер"Дзержинский"
は,プロジェクト68bisで1番最初に起工された艦である.
(ただし就役は,2番目に起工されたスヴェルドロフの方が早かった)

1947年12月3日,海軍籍登録
1948年12月21日,ニコラーエフの第444造船所(チェルノモルスキー・ザヴォート)で起工
1950年8月31日,進水
1952年8月18日,就役
同年8月30日,海軍旗掲揚,黒海艦隊編入

1957年10月15日から1958年12月24日に掛けて,プロジェクト70E改装を実施,
 地対空ミサイルS-75「ドゥブナ」(SA-2"Guideline")を艦載型に改造したM-2「ヴォルホフM」(М-2 "Волхов-М")が搭載された.

[プロジェクト70E巡洋艦]
基準排水量:13,650t
満載排水量:16,800t
全長:210m
幅:22.0m
吃水:7.6m
機関出力:110,000馬力
兵装:M-2「ヴォルホフM」対空ミサイル2連装発射機×1基
   152mm3連装砲×3基
   100mm2連装砲×6基
   37mm2連装機関砲×16基

 しかし,本艦でのテスト結果は悪く,「ヴォルホフM」は不採用となった.
 以後,ソ連の艦対空ミサイルは,地対空ミサイルと共用という事は同じだが,まず艦載型を開発し,後から陸上型を作る方式となった.

1961年8月3日,練習軽巡洋艦(учебный КРЛ)に類別変更.

第三次中東戦争時の1967年6月5日〜30日と,
第四次中東戦争時の1973年10月5日〜24日,エジプト沖へ出動した.

1980年2月19日,予備役編入,セヴァストーポリで保管.

1988年2月9日,乗組員解散,兵装撤去作業開始
1988年10月12日,海軍籍抹消

1枚目:就役時のジェルジンスキー(1952年撮影)


7枚目:巡洋艦ジェルジンスキー


8枚目:ヴォルホフM発射機

Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/6/23(月) 午後 10:28


 【質問】
 スヴェルドロフ級巡洋艦「ジダーノフ」について教えられたし.

 【回答】
 スヴェルドロフ級巡洋艦「ジダーノフ」 Крейсер "Жданов" は,
1948年12月1日,海軍籍登録
1950年2月11日,レニングラード第189造船所(バルチースキー・ザヴォート)で起工
(造船所建造番号419号)
1950年12月27日進水
1952年12月31日就役
1953年1月25日,海軍旗受領,第8艦隊編入
1955年12月24日,赤旗バルト艦隊編入
1960年3月27日,予備役編入,クロンシュタット港で保管
1965年12月21日,現役復帰
1970年2月31日,赤旗黒海艦隊へ転属
1971年,セヴァストーポリのセヴモルザヴォートで近代化改装工事を実施.
 この改装は,プロジェクト68U-1(Проект68У-1)と呼ばれる.

1971年12月27日,指揮巡洋艦に類別変更
(Крейсер Управления)

[プロジェクト68U-1指揮巡洋艦]
基準排水量:14,480t
満載排水量:18,020t
全長:210m
幅:22.0m
吃水:7.6m
機関出力:110,000馬力
兵装:152mm3連装砲×3基
    100mm2連装砲×6基
    37mm2連装機関砲×16基
   AK-230 30mm機関砲×4基
   高射ロケット複合体「オーサM」×1基
乗員:士官105名,水兵961名

 改装終了後,黒海艦隊旗艦を務める.

1977年2月7日〜8月3日,セヴモルザヴォートで修理

1986年6月13日〜1988年9月12日,セヴモルザヴォートで修理

 その後,予備役に編入され,セヴァストーポリで保管された.

1989年2月21日,KRU-101(КРУ-101)と改称

1990年4月19日,兵装撤去作業開始
1991年2月11日,海軍籍抹消

1992年2月,スクラップとしてインドに売却された.

1枚目:ネヴァ川にて(1950年代末撮影)


4枚目:指揮巡洋艦ジダーノフ(1972〜1975年頃撮影)


7枚目:黒海のKRU-101(1989年春撮影)

Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/6/22(日) 午後 9:44


 【質問】
 スヴェルドロフ級巡洋艦「アドミラル・セニャーウィン」について教えられたし.

 【回答】
 プロジェクト68bis(スヴェルドロフ級)巡洋艦「アドミラル・セニャーウィン」
Крейсер "Адмирал Сенявин"

第189造船所(バルチースキー・ザヴォート)で建造.

1951年8月31日海軍籍登録
1951年10月31日起工
1952年12月22日進水
1954年11月30日就役

1954年12月18日,第4艦隊に編入.
1955年2月18日,北方艦隊に編入.

1955年9月7日,太平洋艦隊に編入,極東回航.

1960年5月,予備役編入.
翌1961年2月,現役復帰.

1966年12月30日から1972年7月24日に掛けて大改装が行われ,プロジェクト68U-2指揮巡洋艦に生まれ変わりました.
 この時の改装では,
指揮通信能力を強化,
後部152mm砲塔2基を撤去し,
ヘリコプター格納庫と発着甲板を設置,
対空ミサイル発射機,30mmCIWSが装備されました.

[プロジェクト68U-2指揮巡洋艦]
基準排水量:13,900t
満載排水量:17,210t
全長:210m
幅:22.0m
吃水:7.6m
機関出力:110,000馬力
兵装:オーサ短距離対空ミサイル2連装発射機×1基
152mm3連装砲×2基
100mm2連装砲×6基
37mm2連装機銃×16基
AK-230 30mm機銃×8基

 生まれ変わったアドミラル・セニャーウィンは,その後,長らく太平洋艦隊旗艦を務めました.

1977年,複合体「クリスタール」および「カラットM」の装備を含む近代化改装を実施.

1978年6月13日,火災爆発事故を起こし,37人が死亡.

1989年5月30日から兵装撤去工事が始まり,
1989年12月15日,海軍籍から除かれました.
1992年,スクラップとしてインドに売却.

1枚目:太平洋艦隊編入後のセニャーウィン(1956年撮影)


3枚目:改装後のセニャーウィン(1972年撮影)


6枚目:指揮巡洋艦セニャーウィン

Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/6/9(月) 午後 9:24


 【質問】
 スヴェルドロフ級巡洋艦「ムルマンスク」について教えられたし.

 【回答】
 巡洋艦「ムルマンスク」
Крейсер"Мурманск"
は,プロジェクト68bis巡洋艦(スヴェルドロフ級)の最終艦です.

1953年1月28日,セヴマシュ造船所(セヴェロドヴィンスク)で起工
1955年4月24日,進水
1955年9月22日,海軍へ引き渡し
1955年10月6日,ソ連海軍旗受領

 本艦は,北方艦隊に所属し,ソヴィエト連邦末期まで現役に留まりました.

 ソ連邦が解体された後の1992年6月3日にロシア海軍から除籍された本艦は,1994年,スクラップとして解体するため,インドへ向けて出発しましたが,その途中で,曳航索が切れて漂流し,北部ノルウェー沿岸へ漂着,座礁してしまいました.
 そして,今もノルウェー沖に座礁したまま放置されています.

2005年8月16日撮影


Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/6/18(水) 午後 8:50

 【関連リンク】

「ロシア・ソ連海軍」:ノルウェー沖の巡洋艦ムルマンスク近影(2008年7月25日)

「六課」:旧ソ連巡洋艦「ムルマンスク」,撤去・解体へ
 撤去ハンターイ!


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