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◆総記
<ロシアFAQ目次
機関車トーマスキイ

【link】
「CRS@空挺軍 in mixi,2009年06月14日18:06」:ロシアの軍需産業広報動画
Стрелковое оружие 21 века
Российские парашюты: второе
дыхание
Тепловизоры видят всё
Тульское - высокоточное
Вертолеты России: визитная
карточка страны
"Хашим" стреляет первым
>ヨルダン軍が視察に訪れています,またユダシキン迷彩着用者多し
「gigazine」■「わいろ指数」ロシアが最悪,日本はクリーン度5位
: 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)(政治,ワースト2位・3位に中国・インドが続く)
「エルエル」:ロシアの宇宙博物館にある数々のソビエト宇宙開発の歴史の品
株式会社「海軍ラジオエレクトロニクス科学研究所"アルタイル"」
ラジオ技術企業「ラテープ」公式サイト
【質問】
ロシア語の本やサイトを読むには,どうしたらいいでしょう?
【回答】
もし英語が読めるなら,翻訳サイトでロシア語⇒英語で翻訳したらかなり読める.
それと軍事用語は,英語とロシア語とドイツ語はかなりの範囲で似たような表現しているから,キリルの読み方さえ理解していたら,ある程度わかると思う.
俺だって文学作品読んで文体を味わう域には程遠く,せいぜいイラストや写真多めの軍事本を辞書首っ引きしながら,文章全体の「大意」を掴むのがやっとだわ(笑)
ただご存知の通り,ロシア語は格変化に伴う語尾変化が複雑なものの,それ以外の構文法は割と単純だから,上に書いた様に文の大まかな意味を掴むだけで良いなら,単語の意味さえ解れば結構何とかなるもんだ.
尤も,同じ文章の中で同じ意味の異なる単語が混在するケース
(単語の繰り返しによるクドさを防ぐ,と言う意味では日本語文にも通ずる)
が多いので,露露辞典があると結構重宝する.
軍事板
青文字:加筆改修部分
【質問】
ナウカでは,マイナーな書籍や地図や何かも注文すれば探してくれるんだっけ?
【回答】
いや,あそこは所詮「一般・学術書」中心だから,軍事モノについて多くは期待できない.
スタッフの資質もさる事ながら,一度潰れた店だけに営業体制も脆弱で,自社在庫以外あまり積極的に検索してはくれない.
ま,軍ヲタの一部を除けば,ペレストロイカに端を発するソ連・ロシアブームが'90s半ばに終息して以降,ロシア文化への興味や文物の流通は,残念ながら概して低落傾向だからな.
軍楽をよく扱ってた「新世界レコード」も去年閉店したし…
むしろ軍モノ本に関する限り,業者に一番必要な能力は,語学力もさることながら,実は収集し分類する能力じゃないのかと.
ロシア語それも軍モノ本って,よく言えばブルーオーシャン市場,ぶっちゃければニッチ以外の何物でもないから,ピンポイントで興味の対象の分野の本を入手するなら,やはり一定の知識のある業者の方が良い.
ナウカが安いとはいえ,ロシア語に限っても軍モノ本の品揃えでは西山あたりには逆立ちしても勝てないのは,それが主因だと思う.
と言う訳で俺の場合専ら西山か,
別のミリ系趣味の絡みで付き合いのある個人業者に,現地でめぼしい本を買って来て貰ってそこから買ってる.
結果写真やイラスト集の類は,版形が大きい&ハードカバーでコート紙使用なのも手伝って,2万越えはザラ…orz
軍事板
青文字:加筆改修部分
【質問】
和田春樹,どうでしょう?
【回答】
ソ連体制直結の御用学者として,日本の学界で影響力があった.
和田春樹を見ていると,ヒトラー体制賛美した学者ってどんな感じだったのか何となく分かる.
わからないことをわりと踏み込んで書くリスキーなタイプで,成功も失敗もあり.
そして「書きたくないことは『分からない』」のが,あの時代のソ連研究家の定番だな(笑).
触れたくない暗部については勉強しなければ,学者としてはそれで逃げ口上になるんだから,学者というのは随分とお気楽な商売だと思う.
ただし和田の業績はロシア史関連については,私見では一流のものだと思う.
ペレストロイカに関してやらかしたことは明らかに問題だけれど,それで全否定してしまうのももったいない部分は確実にある.
英文で発表したロシア・ソ連史の業績は,海外でも評価されてるみたい.
発表のころ,米国のSlavic Reviewに掲載された研究史概観などを見ても,その辺はわかる
(門下生や渓内謙さんの方が言及は多いですが).
962 :名無し三等兵 :2009/05/11(月) 00:02:04
ID:ceUL6E5P
和田春樹はペレストロイカ関連より,北朝鮮関連でやらかして評判落とした気が.
曰く,
「横田めぐみさんが拉致されたと断定するだけの根拠は存在しない」
「拉致問題は一応に解決している」(2008.1.22)
「(ラングーン事件は,韓国)政府内部,随員の中の人物なら,なによりも情報の入手や実行面で色々便利である」
「韓国には,北朝鮮と比べると,より自由があるということが問題なのではない」
軍事板
青文字:加筆改修部分
【質問】
ロシア人の気質は?
【回答】
さとう好明によれば,以下のようなものであるという.
[quote]
歴史学者のベロヴィンスキーによれば,それは癲癇類似性であるという.
根気強くはないが,一旦爆発するとすごい.
その例が10月革命であり,アナーキーに至るのである.
この他に空想癖,お上に対する神妙さ,思いやりであると述べている.
30年身近でロシア人の取引先や部下を見ていると,人間的には面白い人が多いが,男性では鬱病気質が勝り,男女共では
「明日できることは今日はしない」
というモラトリアム的考え方を持っているかのように見える.
[/quote]
―――『ロシア小話アネクドート』(さとう好明著,東洋書店,2004/10/20),p.4
上述引用中にもあるように,著者は30年近くロシア圏に在住しているビジネスマンであり,その情報は信頼できると愚考する.
【質問】
なぜロシア人女性は肥大化するの?
【回答】
遺伝子レベルも一因としてはありますが,他の一因としては,ソ連時代の偏りの大きい食生活も関係してたようです
計画経済の下では肉を買うことはままならず,新鮮な野菜・果物何それ?状態でした.
(だもんでダーチャ(別荘)で野菜や果物を家庭菜園で補っていた)
それで国民はパン・ジャガイモ・砂糖・油を過剰に摂取する状態が長く続いたため,特に女性が肥満体型になりやすい温床があったのです
またソ連の人々は,「カロリー」という概念を基本的に持ち合わせていなかったらしいですよ.
現在のロシアでは市場経済体制に移行し,食料品の品揃えがよくなりバランスの取れた食事をとれることが可能になり,情報量が格段に改善し国民の意識が大きく変化したのも体型改善に一役かいました.
もっとも肥満改善は本人のやる気や体質に関係してくるので,一概には言えませんが.
ロシア民警の女性警察官をペタリ



CRS@空挺軍 in 「軍事板常見問題 mixi支隊」
【質問】
ウォッカはロシア人にとって,どのような位置にあるのか?
ロシア人にとってはウォッカは財政,軍事そして経済全般でも大きな役割を果たしてきたという.
ロシアの著名な化学者,メンデレーエフもウォッカのための研究もしているくらいで.
以下引用.
――――――
ロシア人に言わせますと,ウォッカは,国の誇りと恥,国民性とイデオロギーの一部,喜びのときも悲しみのときもそばにいてくれる友,とにかく,ウォッカに較べられるものは,国民詩人プーシキンしかいないといっても良いくらい「ロシアのすべて」と言える存在です.
〔略〕
ロシアでは,会社の帰りにチョット一杯,あるいは理由もなくただなんとなくいっぱいといった日本式の飲み方はありません.
飲むとなれば,時間の観念を忘れ,徹底的に「豪快」に飲むのがロシア式です.
祝日,そして何か楽しいこと・嬉しいことがある場合はもちろん,辛いときの「自棄酒」にもウォッカは欠かせません.
なんと,死んでもウォッカを注いでもらえます.ロシアでは,人が亡くなると,親戚が必ずグラスに少しウォッカを注ぎ,その上にパンを乗せ,「亡くなった人の魂のため」と言い,9日間ほど家に置いておきます.
久しぶりに友達に会えば,間違いなくまたウォッカが登場します.
一緒にお酒を飲むと,お互いに心と心が触れ合い,親しみ合い,心がウォッカそのもののように透明になると言います.
昔からの友達について,
「一緒にたくさんの塩を食べた(色んなことがあって長い時間を一緒に過ごした)」
とよく言いますが,この諺を
「一緒にたくさんのウォッカを飲んだ」
と,塩をウォッカに置き換える人も多いです.
風のひき初めにも,ウォッカより効果的な治療法はないと言われています.
200ccのウォッカに大量に胡椒を入れて飲み,すぐ横になって何枚も厚い毛布をかけて寝込むと,翌日は生まれ変わったかのように,身体に力が満ち満ちてくるはずです.
ただし,日本人がこのロシア式のレシピ通りの「薬」の量を服用すると,逆に頭痛を起こすこと請け合いです.
――――――小林和男著『ロシアのしくみ』(中経出版,2001/7/9),p.204-205
――――――
ウォッカは,ロシアで発明されたもので,およそ600年間に渡って磨き上げられてきました.
風土に恵まれていないこの国は,葡萄があまりできませんが,ウォッカの生産に必要な小麦と泉の水が,昔からありあまるほどあったわけです.
ロシア人達は,小麦で作ったスピリットをどのように水に割ったら美味しい酒ができるのかと,長年,頭を悩ませていました.
その問題を解決してくれたのが,中学の化学の教科書で良くご存じの元素の周期律を発見した,ロシアの大化学者メンデレーエフです.
19世紀の終わり,名門サンクトペテルブルグ大学の研究室の一室で,メンデレーエフ博士は,最も美味しいウォッカを見つけるために化学実験を続けました.
博士は,蒸留酒は,度数が人間の体温36.6度に近ければ近いほど,飲み易くなることを突き止めました.
さらに,じゅうぶんに体を暖めるには40度まで上げればよいというメンデレーエフ第2の法則を発見したというわけです.
この第2の偉大な法則の発見以来,ロシアのウォッカは,お馴染みのオリジナルな味を持ちました.
〔略〕
ウォッカはロシアの財政,軍事そして経済全般でも大きな役割を果たしてきました.
以前から,ウォッカの国家独占の導入と廃止の繰り返しは続いてきました.
例えば帝政時代の20世紀初めには,国家のウォッカ独占販売の利益は,財政の3分の1も占めていました.
第2次世界大戦の時,ロシア軍の士気を高めるため,兵士達各一人にウォッカ100gが毎日配られるように命じられていました.
――――――同,210-212
消印所沢
▼ ロシア人の燃料と言うのは,良くウォトカだとか言われるのですが,それを浴びるように飲むと直ぐに酔いつぶれて,と言うイメージが世界中に流布しています.
普通のウォトカは,昔の甲類焼酎に似た透明で無臭に近い蒸留酒であり,ウィスキーとかブランデーと同じアルコール度数である40度です.
純粋なアルコールに近い形であり,かつ強い香りがないので,カクテルのベースとしてもよく使われています.
ウィスキーとかブランデーと同じ様な酒が,どうしてそんなにきついとされるのか…それは,ロシア人の飲み方によります.
日本酒とかだと,燗したものを杯に注いでチビチビやりますが,彼等は全て一気飲みです.
50〜100ccのウォトカを飲み干すのを乾杯の度に繰り返す訳です.
乾杯の辞を述べだしたら,必ず全員がそれに付合わなければなりませんし,乾杯の時以外は勝手に飲んでもいけません.
そして,ピッチの速い人ほど乾杯したがることになります.
こんな調子で肴も食べずに一気飲みを続けると,下手すればアルコール分解酵素の少ない日本人は先ず死にます.
これで,ウォトカが強い酒であると言うイメージが広がった訳です.
ところで,ロシアで古くから飲まれている酒は,ウォトカではありません.
ロシアが成立した時代に飲まれていた酒は,一つはビールの様な発泡酒と,蜂蜜酒だったと言われています.
ロシア語で"vodka"は,本来,言語学的にはвода,つまり「水」と言う単語の縮小形であり,「お水」と言った感じの単語でした.※
ウォトカ状の蒸留酒がロシアで作られるようになったのは,15世紀半ばのモスクワ付近の修道院とされています.
この前に欧州ではワインを蒸留する技術が開発され,それで得られた酒は,Aqua
Vita,つまり,「命の水」と呼ばれていました.
これは現在のブランディーの祖先に当りますが,15世紀初めにイタリア人がモスクワの宮廷にこれを齎し,宮廷の関心を呼んだという記録があります.
それは本当にウォトカだったのかはよく判っていませんでした.
この研究が進んだのは,実は1977年以後のこと.
1977年,米国の会社が帝政末期の禁酒政策を受け継いだソヴィエト連邦に於てウォトカ生産が始まったのは1923年8月の法令以後のことだから,それより前からウォトカを生産している我々に,此の名称の占有権があるからだ,と主張をしたのが始まりです.
其の後,ポーランド政府も,ウォトカ製造は歴史的にポーランドの方が先だから,国際市場で「ウォトカ」を名乗れるのは自国製品だけだと言う主張を始めます.
これに感情的な反発をしても負けるだけですので,ソ連政府はその主張に対抗する学術的な調査・研究を重ね,最終的に1982年,国際仲裁裁判に於て,ウォトカはロシア・オリジナルの酒であり,国際市場でその名称の優先使用権を持つのはソ連だと言う主張が認められました.
以後,ソ連製ウォトカ,そしてロシア製ウォトカには,≪Only
vodka from Russia is genuine Russian vodka.≫と言う広告コピーが生まれることになりました.
ロシアのウォトカは,透明微臭のスピリッツで,黒パンの原料であるライ麦を発酵させた後,「醪」を其の儘蒸留して作ります.
中には,大麦や小麦,燕麦を混ぜることもありますが,ライ麦を中心に他の穀物の醪を2〜3%加え,味に深みを出すのが高級品とされています.
尤も,この製造は別に麦で無くとも澱粉質のものがあれば可能で,資本主義勃興期には価格を下げる為,第二次大戦中や戦後には材料不足から,馬鈴薯から製造が行われましたが,質はライ麦を用いたものに比べると相当落ちています.
つまり,タンク・デサントに配給された「燃料」は,馬鈴薯で作った低級品ウォトカだった訳ですね.
当然,穀物と醪だけではウォトカは出来ません.
これに水を加えますが,ロシアの場合は,「生きている水」でなければなりません.
「生きている水」とは,ロシアでは泉や緯度から湧く水の事.
現在は自然保護区内にある河川の軟水を川砂で漉し,特殊通風させた水を使い,海外製品のような水の煮沸,蒸留は,「水が死ぬ」と嫌い,行われていません.
発酵の為にはライ麦の麦芽とウォトカ生産専用の特殊イースト菌を加え,更に香り付の為,各種薬草,木の芽,葉を加えます.
発酵が終わると蒸留します.
この蒸留自体は通常の連続蒸留法ですが,かつて地主・貴族が「自家消費用」(商品生産は政府の厳しい統制下にあった)に作る場合は,出来るだけゆっくり,全体の半分程度の蒸留に留め,高品質の確保に務めました.
更に,ブレンド.
濾過して不純物を取り除く前の幾種類かの蒸留アルコール分と水をブレンドして,最適なアルコール度数にする工程ですが,この工程にはかの有名なロシアの大化学者メンデレーエフが登場します.
彼は,アルコールに水を加えるとアルコールが収縮作用を起こし,容積が減少することに注目し,此の現象が溶液の質にも影響を与えることを発見し,アルコール度数40度のウォトカが生化学的にも生理学的にも最も優れていると言う結論に達したメンデレーエフは,アルコール分の重量の正確な測定法に加え,度数40度のウォトカを得る為に必要な水との混合比を示しました.
このメンデレーエフの方法は,1894年にロシア政府から特許を与えられ,以後,正統なロシア・ウォトカは正確にアルコール度数が40度であることを特徴とすることになりました.
外国製ウォトカは,後から単なる容積比で水を加える為,アルコール度数が38〜43度と一定していなかったりします.
もう一つ,ロシアの正統なウォトカ製造の特徴は,徹底した不純物除去です.
穀物から造った醪の蒸留には様々な不純物,アルデヒド,エーテル,フーゼル油などが生じますが,こうした不純物を除去する為に様々な方法が考案されました.
一つは,サモワール用に大量生産されていた白樺の炭で漉す方法であり,不純物除去前に水を加えるのは,其の方が除去効果が高いと考えられた為です.
この他,ロシアの厳寒を利用し,不純物を凍らせて除去する方法も採られました.
因みにソ連時代は,計画経済らしく,精々がアルコール度数が違っているとか,原材料が違うと言ったものもありましたが,数種類しかありませんでした.
長い間,ソ連から輸入され,日本で売られているウォトカも,レッテルがオレンジ色の「スタリーチナヤ」,緑色の「モスコフスカヤ」しかありませんでした.
ただ,これをベースに唐辛子,レモン,薬草などのハーブを加えるのは様々に作られていました.
現在のロシアは市場経済を謳歌しており,ウォトカも百花繚乱状態だそうですが,作り方はソ連時代と余り変わっていないとか….
眠い人 ◆gQikaJHtf2,2009/04/28 22:35
※異論も存在する.▲
▼ モスクワには,2001年に開設された「ロシア・ウォトカ博物館」なる施設があるらしいです.
入場者には小さなグラス1杯のウォトカが無料で振る舞われ,入場券には次に来たらまた1杯飲める優待券が付いていて,正に呑兵衛には至福の博物館(笑.
この博物館の学芸員曰く,こんな熱弁を振うそうです.
ロシア国家の命運は,為政者のウォトカに対する態度に左右されるのであります.
ロシア史上最初に禁酒令を敷いたボリス・ゴドノフは,ロシアに大きな災厄を招いた挙げ句,憤死しました.
1914年に禁酒令を発布したニコライII世は,ロマノフ王朝と帝国を崩壊させ,1985年に強制的節酒令を出して,ウォトカ製造業と飲酒文化に大打撃を与えた共産党政府がその後,どんな運命を辿ったかは言うまでもありません.
ロシアの大地とウォトカは,切っても切れない絆で結ばれているのです.
ツルフサの法則もかくやとも言うべき,ウォトカの脅威,正に裏の貌と言っても良いでしょう(マテ.
1914年,帝政ロシア政府はウォトカの製造と販売を禁じました.
1917年に,帝政を倒し権力を奪取したソヴィエトもこれを踏襲しましたが,1924年には密造酒の横行に押されてウォトカの製造販売禁止を解除せざるを得なかったりします.
ただ,生産能力不足,流通網の不備,高価格により,製造されたウォトカは農村部にまで行き渡らず,農民はサマゴンと呼ばれる自家蒸留でウォトカを確保せざるを得なくなります.
1927年の調査では,農民の42%がサマゴンを生産し,その80%を自家消費に回していました.
こうして,農村地域では工業的に生産されたウォトカの4倍のサマゴンが消費されたと言われています.
1920年代末期になってソ連政府はウォトカの生産を拡大し,販売を増大させました.
これはそれなりの価格である為,利潤は工業化の資金に回しました.
謂わば,アルコールを媒体にした増税とした訳です.
その後,ウォトカ自体の生産は伸び,多くのロシア人はその気になればほぼ毎日飲めるくらいになりましたが,ブレジネフ時代になるとウォトカの経済・社会・国民福祉に対する悪影響は座視出来なくなりました.
この時期にはウォトカの消費量はそれまでの2.5倍となり,労働生産性は低下し,乳児と壮年期男子の死亡率が上昇し,離婚と家庭崩壊が進み,飲酒が原因の事故や犯罪が多発しています.
この為,ゴルバチョフは1985年に書記長に就任するや,強制的節酒策に乗り出しました.
これでサマゴン作りは再び息を吹き返しました.
砂糖を国民全員に1ヶ月分として1人当り3kg配給しても,サマゴンに回されるので,砂糖が不足しました.
また,品質の悪いサマゴンを飲むことにより,国民の健康が悪化,闇屋が繁盛して経済が混乱し,モラルが低下してオーデコロンや工業用アルコールまで手当たり次第に飲む人間が出て来ます.
結局,禁止はなし崩し的に緩和され,罰則は引っ込められていきますが,節酒運動を進める前に体制が崩壊してしまったのでした.
因みに,この頃のAnecdoteに,「最も優れたオーデコロンはソ連製である.不純物の少ないアルコールだから.交ぜ物の多いフランス製を使用すると翌日頭痛がする」と言うのがあったりします.
ところで,ロシア語のフレーズには「三人で」と言う表現があります.
これは微笑を誘う言い回しです.
と言うのも,ウォトカの標準瓶(半リットル入り)が何故か3人分と言う事になっているから,この言い方は「ちょっと引っ掛ける」と言う意味で用いられます.
ロシア人が帰りに酒を飲もうとすると,どうしても酒屋酒になります.
連れが居れば,酒屋に入っていきますが,それがいない,単独行の場合は,酒屋の前で「2名の欠員」をそれとなく探すことになります.
そして,見ず知らずの人間でも兎に角3人揃えばめでたしめでたしで,カウンターに1名を派遣し,瓶をせしめる訳です.
そして,瓶をせしめると直ちに撤収し,残り2名の元へと帰って行き,彼等はその辺りで公平に注ぎ合い,準備が整った所で乾杯の音頭をとる訳.
この場合の勘定は必ず割り勘でなければなりません.
その後,「袖すり合うも多生の縁」ならぬ,「杯交わすも多生の縁」てな感じで,幾度も瓶をカウンターからせしめては乾杯を繰り返すのも,別に不作法ではありません.
と言うより,1人で1瓶を抱える何てのはソ連の酒飲みとしては許し難い行為だった様です.
今のロシアではウォトカよりもビールが主流になって居ます.
ただ,道端でこれをクイーーーっと一杯空けて,そこら辺に缶や瓶を取り散らかすのが欠点のようです.
ウォトカの時はそんなことはありませんでした.
空き瓶を引き取り所に持って行けば,可成りの金額で引き取って貰えたからです.
眠い人 ◆gQikaJHtf2,2009/04/30 21:27
▲
▼
――――――
メンデレーエフの法則
小麦のスピリットをどのように水で割ったらおいしく飲めるか,ロシアの人々は民族の課題として500年も頭を痛めていました.
このロシア民族 500年の課題解決に向けて立ち上がったのがメンデレーエフ博士で,おいしいウォッカの飲み方を求めて研究と実験を繰り返した結果,飲みやすいのはアルコール度数36.6度,体を温めるには40度がいいと言う結論に至りました.
この発見以後,ロシア民族500年の呪縛から開放されたロシアの人々は,アルコール度数40度のおいしいウォッカを民族のフラッグシップにし,たとえどんなに失意のふちにあってもおいしく飲めるウォッカによって救い出され,多くの人々がアル中や廃人になる道のりを歩むことができました.
――――――
ひでぇコメントwww
CRS@空挺軍 in mixi,2008年08月04日22:22
▼ したがってウォッカを巡るジョークやエピソードにも事欠かない.
以下はそのほんの一例.▲
――――――
388 名前:番組の途中ですが名無しです 投稿日:04/09/24(金) 13:05:58
ロシア人は度胸があって好きだ(・∀・)ノ
墜落したTu-160から回収されたボイスレコーダー
「第3エンジンに異常発生」
「直すにもまた金かかるよな,このまま行こうぜ」
「第1エンジンに異常発生」
「まだ半分も残っているよ,おっけーおっけー」
「第4エンジンに異常発生」
「まあ一つもあれば着陸して見せるさ,俺を信じな」
「第2エンジンに異常発生」
「さあ!ロシアの脱出装置をご覧あれ!」
「脱出装置に異常発生」
「ウォッカ持って来い」
――――――(ワラッタ2ッキ)
メチルアルコール:飲んだロシア人乗組員2人死亡 八戸沖
28日午後7時ごろ,青森県八戸市の八戸港の北北東約37キロ沖合を航行中のカンボジア船籍貨物船「イースト・ボヤジャー」(2742トン)から
「乗組員4人が工業用アルコール(メチルアルコール)を飲み2人が死亡,2人が下痢と頭痛を訴えている.病院に搬送してもらいたい」
と八戸海上保安部に連絡があった.
同船は約4時間後に八戸港に入港.同保安部は2人の死亡を確認し,2人を病院に搬送した.2人は生命に別条はないという.
調べでは,4人はいずれもロシア人男性で,死亡したのは電気士(45)と機関員(38).病院に搬送されたのは機関士(31)と機関員(54).酒の代わりに工業用アルコールを飲んだらしい.
――――――
ウオツカ代わりに燃料,さび止め? ロシアで中毒続々
厳冬期を迎えつつあるロシアで,飲用に適さないアルコールによる中毒事故が相次ぎマスコミが連日大きく伝えている.
粗悪な密造酒のほか,ウオツカの代用品として工業用アルコール,液体燃料,さび止め,不凍液などを飲んだ例も報告されているという.
ロシア保健省によると,8月から10月にかけて粗悪酒などによる中毒事件が2901件発生し,118人が死亡した.
中毒はロシア全域に広がっており,いくつかの州や都市では非常事態が宣言されている.
各地を移動する自動車で売りさばかれる,素性のはっきりしない酒類が集団中毒を引き起こしている.
背景には,ウオツカに貼る納税証明ラベルの不足で,ウオツカそのものが品薄になっていることも指摘されている.
ただコメルサント紙によると,ロシアでは00年以降,毎年3万5000〜4万5000人が代用アルコールで中毒死しているといい,今年が特別というわけでもなさそうだ.
キャンペーン的な報道の背後に,アルコールの国家独占を狙う思惑があるとの見方も出ている.
――――――朝日新聞,2006/11/1
どんだけ酒好きやねん.
x by mailform
▼ メンデレーエフについては,米原万里『旅行者の朝食』に次のような話が載っていました.
http://www.kiseiza.net/shirasu/vodka.html
しかし,ロシアのウォッカネタについてまじめに考証するのは,『旅行者の朝食』に出て来たロシア人も思ったように,「無粋な事」のような気がしたり(苦笑
寄星蟲 in 「軍事板常見問題 mixi支隊」
▲
【関連リンク】
「朝目新聞」●ロシア,ウォッカを8本飲んでも生き残った男性
(of エルエル)
ロシアのウォッカミュージアム

【質問】
ロシアと言えばウォッカだけど,度数が40くらいのでも外傷の消毒とかできるの?
あと,洗濯にも使えて,車の燃料にも使えて,火炎瓶としても使える?
【回答】
仮に40度のウォッカではなく,薬用や工業用のアルコールでも
・外傷の消毒には使わない・・・傷のない部位や器具の消毒用(アルコールの細胞毒性は傷口の組織まで破壊するから治るの遅れます)
・洗濯にも普通は使わない
・ガソリン機関やディーゼルにも使わない
・火炎瓶にも使わない・・・瓶は使える
本来の消毒用アルコールの用途,つまり器具などの病原菌をほとんどすべて殺す目的であれば,70%の濃度が必要です.
しかし,40%でもある程度の殺菌力がありますから,他に適当な消毒剤がない場合,器具消毒にウォッカ代用は意味があります.
もっとも煮沸できればその方が確実だけど.逆に粘膜や露出した創傷に対しては40%アルコールは傷害作用があり,好ましくありません.
とはいえ,非常に不潔な傷の場合,局部がアルコールによる傷害を受けても,感染の可能性を下げる方が良いこともあります.あくまでもしかたない場合の手段です.健康な皮膚の消毒に使うのは,他にもっと適切な消毒剤がなければ,良い方法でしょう.
洗濯に使うにはもったいなすぎますが,これも石ケンなどがない場合に脂分を取るためには有効です.
70%アルコール綿は,病院でちょっと取れにくい汚れをするときなどに重宝してます.
【質問】
ソ連の戦争映画って何でバッドエンドばかりなんですか?
ソ連人は皆,逆境マニアなんですか?
【回答】
戦争映画に限らず,ソ連・ロシア文学では伝統的に悲劇とか苦悩が深いものが好まれる傾向があって・・・.
例えばジョークでも
「無人島に男ふたりと女ひとりが流れ着いた.さあどうする?
フランス人の場合:女は片方の男と結婚し,もう一人と不倫する.
アメリカ人の場合:女は片方の男と結婚し,離婚してから次の男と再婚する.
ドイツ人の場合:女と男ひとりが結婚し,残りの男が立会人を務める.
日本人の場合:男ふたりは,どちらが女と結婚したらいいか本社に問い合わせる.
スウェーデン人の場合:男ふたりは愛し合い,女は自分を愛する.
ロシア人の場合:女は好きではない方の男と結婚し,そのことを一生嘆く」
なんて言いますよ.
軍事板
【質問】
ソ連の「赤い10月」とは部隊名なのでしょうか?
【回答】
「赤い十月」ってのは,ボルシェビキ(ソ連共産党)が権力を奪取した10月革命のこと.
旧ソ連では名誉称号として,こういう名称が様々な部隊や工場施設,果ては地名にまでつけられた.
海軍艦艇にも「○○市青年共産党同盟員」だの「偉大な10月革命60周年」だのといった艦名があった.
【質問】
ロシアは,どうしてあれほど広大な領土を保有するに至ったのですか?
【回答】
制圧できたのは優れた火器のおかげ.
銃と大砲を装備したコサック兵は,たった500名でシビル−ハン国の首都を陥落させている.侵攻開始から僅か4年.
しかし草原部の戦いでは敵の騎兵に手こずり,結局シビル−ハン国を滅亡させるまで20年を要している.
広大な領土を維持できたのは,元々ロシア人が川を水路として移動する技術に長けており,シベリアを走る大河を利用して自由に移動できたことが一点.
毛皮にしか興味がなかったので,僅かに生活する原住民には積極的に干渉(支配)しなかったことが一点.
さらに毛皮を求めて東進を続け,苦労しながらモンゴル軍,満州軍などを制圧してゆくが,清帝国と接触したとこで「これはいままでの相手と違う」と判断し,1689年にネルチンスク条約を締結,国境線を確定させた.
ちなみにロシア(モスクワ大公国)の豪商ストロガノフ家が私兵団をシビル−ハン国に派遣したのが1578年.
ということで,シベリア打通には100年以上かかっている.
【質問】
ナポレオンやドイツを追い返したロシアの冬将軍ですが,技術や兵站システムが発達した現代でも通用するのでしょうか?
【回答】
兵站システムが発達しても,その限界を超れば結局は破綻する.
バルバロッサのドイツ軍も,トラックの数やその消耗品などの点から,最初から兵站の限界を超えていた.
ドイツ軍集団のトラック輸送連隊は,装甲部隊に供給するだけの輸送量しかなく,その他各師団自前のトラック部隊も支援距離は短く,それも信頼性の問題で開戦数週間で30%が故障で失われている.
ドイツ軍は兵站を鉄道輸送に依存しきっていたと言っても過言ではないが,線路の規格の違いという問題の解決ができず,各軍集団は平均で計画の3分の1の輸送力しか確保できなかった.
それがバルバロッサ作戦の劈頭から,頻繁に弾薬の供給切れを起して停止せざるを得なかった事情.
馬車がトラックに替わっても,逆に補給の重要性は増しており,米軍のように潤沢に兵站を整えられなければ,現代でも破綻は起こりうる.
軍事板
青文字:加筆改修部分
【質問】
2ちゃんにいると,よく変なオッサンに「シベリアで木を数えてこい」って言われるんですがアレ何者ですか?
あと木を数えるってのは具体的に何をすればいいの?
【回答】
オッサンはスターリン.
で,昔,ロシア皇帝やソ連の恐怖政治のときに,シベリアへ流刑したのね.
昔のロシア(帝国の方)やソビエトで,公式の場で致命的なミスをしたり,権力者に嫌われたりするとそういう待遇が待っていた.
「木を数える」っていうのは,「それくらいしかやる事がない」ような悲惨な環境に送られる,ってこと.
そこから,
シベリアで木を数える=政治犯として流刑
という婉曲的表現が,ロシアでは使われていたんだよ.
また実際,強制収容所に送られた人に
「毎日毎日,無意味にその辺の木の数を数えさせる」
という嫌がらせもやっていた(人間は無意味な行為を延々と強要されると,精神が崩壊する).
転じて,今の2ちゃんでは「出ていけ!」ってことで使われてるんだと思うよ.
軍事板
【質問】
ソ連国歌は何を歌ってるの?
▼ 【回答】
ソ連国歌は歌詞が年毎に変化しております
建国当時〜大祖国戦争まで インターナショナル
↓
1944-1955 ソ連国歌 スターリン版
↓
1955-1977 ソ連国歌 メロディーのみ
↓
1977-1991 ソ連国歌 新版
「スターリン版」は歌詞にスターリンを讃えるフレーズがあったので,フルシチョフによるスターリン批判の影響で削除され,メロディーのみが演奏されましたが,ブレジネフが書記長になると該当の部分は新しく入れ替えられて,歌うことが許されました.
ソ連国歌の歌詞は「露西亞舘」にあります.
引用すると
[quote]
ソ連国歌新版
(1)
自由なる不動の国
永久に在れ 我がロシア
皆称えよ 人民の
力強き ソ連邦を
称えよ自由なる我等が祖国
民族友好の絆
レーニンの党は 我等を導く
共産主義の勝利へと
(2)
嵐を衝き 自由の陽は
我が元照らし レーニンは
我等を正義の偉業へ
労働へと導かん
称えよ自由なる我等が祖国
民族友好の絆
レーニンの党は 我等を導く
共産主義の勝利へと
B
共産主義 その未来
祖国の勝利 我,見たり
祖国の紅き旗に
永久に忠誠を誓う
称えよ自由なる我等が祖国
民族友好の絆
レーニンの党は 我等を導く
共産主義の勝利へと
[/quote]
で,こちらが問題となったスターリン版.
[quote]
(1)
自由なる不動の国
永久に在れ 我がロシア
皆称えよ 人民の
力強き ソ連邦を
称えよ自由なる 我らが祖国
民族友好の力
ソビエトの旗 人民の旗よ
勝利を 示したまえ
(2)
自由なる陽 あまねく照る
偉大なるレーニン 道を示す
スターリンは 我等を導く
偉大なる 正義の偉業へと
称えよ自由なる 我等が祖国
民族友好の力
ソビエトの旗 人民の旗よ
勝利を 示したまえ
(3)
戦場にて 隊伍を組み
下劣なる敵を屠らん
戦にて命運を下し
祖国を栄光へ導く
称えよ自由なる 我らが祖国
民族友好の力
ソビエトの旗 人民の旗よ
勝利を 示したまえ
[/quote]
ちなみに以下↓ は,1970年代の戦勝記念パレード用に作られた”勝利の日”という歌.
CRS@空挺軍 in 「軍事板常見問題 mixi支隊」▲
”勝利の日”
1.ヂェニ パヴェーディ カク オン ヴィル アト ナス ダリョク
カク フ カストレ パトゥフシェムタヤル ウガリョーク
ブィリ ビョールスティ アブガレーリイェ フ ブィリー
(以下8行くり返し)
エータト ヂェニ ムィ プリブリジャーリ カク マグリー
エータト ヂェニ パヴェーディ
パーラハム プラパーフ
エータト プラーズドゥニク
ス スィディノーユ ナ ヴィスカーフ
エータト ラーダスチ
サ スレザーミ ナ グラザーフ
ヂェニ パヴェーディ, ヂェニ パヴェーディ ヂェニ パヴェーディ!
2.ドゥニ イ ノーチ ウ マルチェナフスキフ ピチェイ
ニェ スミカーラ ナーシャ ローヂナ アチェーイ
ドゥニ イ ノーチ ビトゥヴ トゥルードヌユ ヴィリー
(以下8行くり返し)
3.ズドラーストゥイ マーマ ヴァズヴラチーリシ ムィ ニェ フシェー
ボスィコムブィ プラブィジャーッツァ パ ラシェー
ポール イヴローッピ プラシャガーリ パルゼムリィー
(以下8行くり返し)
<歌詞大意>
1.勝利の日.なんて遠かったんだろうか
焚き火の跡の彼方の幻のように
焼けぼっくいの上のすすのように儚かったことか
(以下くり返し)
それが今や近づきつつある.
それは勝利の日.硝煙の臭い.
それは祝うべき日.老兵のこめかみの白髪.
それは喜び.目にこみ上げる涙.
勝利の日!勝利の日!勝利の日よ!
2.昼も夜も,戦いのかまどは燃え盛り,
祖国の為,目を閉じる暇も無く
昼も夜も,祖国を守り続けた日々
(以下くり返し)
3.母さん今日は!朝露の消えないうちに裸足で帰るよ.
だが俺たちの中には帰ってこない奴もいる.
ヨーロッパの半分を,大地の半分を歩き通した日々
(以下くり返し)
アレクサンドル・アレクサンドロフ in 軍事板
【質問】
ロシアが世界の超大国に返り咲くことはありえるのでしょうか?
【回答】
ソースにやや難があるが,北野幸伯によれば,現在のロシアの成長は「成熟期の成長」であり,超大国に返り咲くことはありえないという.
以下引用.
私の答えは「ありえない」です.
これは,ライフサイクルの話.
ロシアはソ連時代,周辺14共和国を直接統治し,間接統治は世界の3分の1におよびました.
これはライフサイクルでいえば,立派な真夏.
つまり,ロシアはソ連時代,既に歴史上のピークに達したのです.
今の成長は何かというと,成熟期の成長.
つまり,サッチャーさん時代のイギリスの成長,レーガンやクリントン時代のアメリカの成長と同じ.
ロシアが成熟期である証.
この国の人口は年間70万人(!)の勢いで減少しているのです.しかも,ロシアの人口は中国の10分の1程度.
ということは,給料の上昇が中国やインドよりも早い.
実際,金融危機があった98年,ロシア人と中国人の平均月収はどっこいでした.
それが,今ではロシア人の月収は中国人の3倍の約300ドル.
これはロシア人にとってはよいことですが,投資する側はやっぱり,「中国」,その後は「さらに安いインド」という流れになるでしょう.
(しかし,ロシア人の消費意欲はクレイジーですから,市場としての魅力は十分あります)
もう一つ,権威ある会社のデータを見てみましょう.
最近,「ロシアはうっさんくさい!」という日本人も減ってきました.
その大きな理由は,BRICsという言葉が定着してきたことでしょう.
ゴールドマン・サックスの2003年10月のレポートによると,2050年のGDPは
1位中国(!!!)
2位アメリカ(涙)
3位インド(!!!)
4位日本(涙)
5位ブラジル(!!!)
☆6位ロシア
7位イギリス(涙)
となります.
これを見てわかることは,
1,アメリカ最大の脅威は中国である.
2,中国とインド両国を敵に回すのは得策ではない.
3,アメリカはインドと組んで中国をつぶさなければならない.
4,ロシアは2050年になってもかつてのような脅威にはなりえない.
というわけで,ロシアがかつてのような超大国になることはありえない.
しかし,多極世界で一極を占める力は十分あります.
アメリカもこんなことはわかっています.
アメリカにとって,ロシアは最大の脅威ではなく,脅威はいまだ成長期にある中国.
2月3日に発表された米国防総省の「4年ごとに行なわれる国防計画の見直し(QDR)」,この中で,「ロシアは,冷戦時の旧ソ連のような脅威にはなりそうもない」.
一方中国は,「潜在的な軍事的脅威」になる可能性がある.「中国は96年以来毎年約10%づつ国防予算を増やしているが,動機が不明.」
「中国は対する適切な対応策を講じないとアメリカの軍事優位が崩れる恐れがある」
北野幸伯著「ロシア政治経済ジャーナル」No.379,2006/3/6号
……ということは,あの味のあるロシア海軍の艦隊も,半数近くは現役復帰は望めないということかな?
ただ,この「ジャーナル」,じゃっかん分析に難があるときがあるので,留意されたし.
ところでプーチン登板以前はロシア国内は,地方政府の自治権をどんどんと,
ある意味無秩序に増やしていく傾向だった.
というのも中央政府にカネが無く,そもそも徴税組織を建て直すカネすら事欠く有り様だったから,中央集権なんて何処のお伽話ですかてなもんで,地方を自治政府として切り離して援助はしないし代わりに搾取も干渉もしないからお前ら自分で頑張ってください,という方向を打ち出さざるを得なかった.
その後エリツィンからプーチンに代替わりした時点で方向転換した.
切り売りしたって誰も儲からない.
地方政府は干上がるし,ロシアという国そのものが地方切り捨てで小さく小さくまとまっていくと,最終的には
モスクワ大公国の時代ぐらいまで縮小均衡する怖れすら有った.
だから強力な中央集権制にして,大統領府があらゆるレベルに介入できる行政権を持つ構造に改革した辺りで税収がようやく安定,その後エネルギー需給の悪化で資源大国であるロシア経済が持ち直した.
だからエリツィンがもっと酒浸りでヤケを起こしていたらとか,プーチンみたいな有力な後継者が居なかったらとか,経済危機の時点で歯止めが掛からずもっと貧乏になってたらとか,可能性としては更にどうしよう
もない四分五裂だった可能性は十分にあった.
軍事板
「大国ロシア」の夢は,これで我慢してやってください

【質問】
イタル・タス通信社のゴロブニン東京支局長についての評価は?
【回答】
『佐藤優の「地球を斬る!」』,2007/10/31付によれば
[quote]
日本専門家の第一人者で,同支局長の見解はロシア外務省はもとより,クレムリン(ロシア大統領府)も重きを置いている.
よく訓練されたジャーナリストである
[/quote]
との評価.
佐藤の経歴を考えれば,この記述は比較的信頼性が高いと考えられる.
+
◆◆科学技術
【質問】
ロシアの科学技術は劣っているのか?
【回答】
決してそうではない.
基礎研究の分野においては,日本や欧米とは発想が異なるユニークな研究成果が多い.
ただし,それらが実用化に結びつかず,国際市場で競争力を持つ製品を生み出すことにはならなかった.
現在では研究投資の貧弱ぶりから,それらの衰退が危惧される.
以下引用.
ソビエト,ロシアの科学技術,特に基礎研究の分野においては,日本や欧米とは発想が異なるユニークな研究成果が多いと言われています.
宇宙開発,軍事など国家が優先して,その研究成果を実用に生かしていった分野では,アメリカと比肩する実力をつけ,共産主義陣営の雄としてのソビエトの立場を強化するのに貢献しました.
一方,それ以外の分野では,官僚主義の硬直化した縦割り行政と,技術力の向上を促す自由競争の欠如により,研究成果と実用化,マーケティングが効率的に結びつかず,国際市場で競争力を持つ製品を生み出すことはできませんでした.
ソビエト崩壊後,外国からの投資や原油や天然ガスによる利益は,マネー・ゲームに投入されて研究と生産の現場には殆ど向かいませんでした.
ロシアには,時間の経過と共に,これまで培ってきた科学技術の成果を生かす機会を逸してしまうという懸念もあります.
〔略〕
ロシアは,コンピュータなどのデジタル技術では,日本やアメリカに大きく遅れています.
そのロシアがなぜ宇宙開発の最先端かと,疑問に思われるでしょう.
しかし宇宙空間では,宇宙塵や宇宙放射線の影響がデジタル機器にどのような影響を与えるのかいまだに十分に解明されていません.
また,緊急事態が起きても,すぐに駆けつけることのできない宇宙空間では,宇宙飛行士の手で動かすアナログ技術のシステムも無視できないのです.
小林和男著『ロシアのしくみ』(中経出版,2001/7/9),p.116

【質問】
第2次大戦後のソ連のレーダー開発史を教えられたし.
【回答】
1946年以降,冷戦が進展すると共に,ソ連は英米からの合法的技術導入を諦め,自力更生に転じ,7月10日付閣僚会議布告に基づいて,通信手段工業省(レーダー本体),装備省(陸上用レーダーステーション),農業機械製作省(近接信管付ロケット砲,巡航ミサイル),航空機工業省(航空機搭載用レーダーシステム),造船工業省(海軍用レーダーシステム)の5つの省にレーダー関係の開発を指示すると共に,従来のレーダー関係会議を改組して,閣僚会議附属のレーダー委員会を設置する事になりました.
このレーダー委員会は,マレンコフ副首相を議長に,副議長はベルク,委員にショーキン,ブルガーニン,Gosplanの議長を勤めているサブーロフ(後に議長に就任),キルピチニコフが就任しており,その麾下に新たに中央レーダー科学研究所と新技術ビューローが設置されると共に,通信手段工業省の科学研究所3箇所,設計ビューロー6箇所,装備省の設計ビューロー3箇所,航空機工業省の設計ビューロー7箇所,農業機械製作省の科学研究所2箇所,設計ビューロー3箇所と国防省の研究機関若干,砲兵機器科学研究所と赤旗勲章国立空軍研究所などが関与する事になります.
更に1949年8月15日付の閣僚会議布告第3546-465は,より開発スピードを上げる為,通信手段工業省その他の54工場,19の科学研究所を再編して,レーダー研究に充当するように指示しています.
とは言え,自力開発は決して平坦な道ではありませんでした.
レーダー開発・製造の予算を担当していたGosplan第3課長であるキピャトコフはこう述懐しています.
――――――
…この技術分野は,軍事力の要請から立ち後れたままであり,現在の戦術的要求に応えられる水準に達していない.
1950年の年末までに,ソ連邦で開発・製造されたレーダーの最新機種は可成りの欠陥を持っている.
ステーションは重く,寸法が大きく,敵側からの妨害を防ぐ事が出来ず,場合によっては捕捉範囲が狭く,座標決定の精度も低い.
現在迄の所,戦闘機捕捉用航空機搭載レーダー,砲兵陣地位置決定ステーションなどは未だに配備されていない.
レーダー装置のシリーズ生産は需要を満たしていない.
工業は品質の良いキット,特に真空管機材を必要量入手するのに深刻な困難を経験している.
――――――
2月12日のGosplan議長サブーロフの報告では,この原因として,
1つ目に陸軍省,海軍省が共に旧式設備に満足している事,
2つ目に関連各省がレーダー工場とレーダー関連の設計ビューローや研究所にレーダーと直接関係のない課題まで請負わせている事,
3つ目に,1944〜45年に製造された外国製レーダーの複製を除けば,新機種の開発・製造に手間が掛かる事,
最後に,真空管の品質の悪さと真空管製造業の労働者不足
を挙げています.
人材不足も相変わらず深刻で,レーダー専門家の必要数を1951年度には4,400名としているのに,実際の技術者は1,735名しかいませんでした.
仮想敵国米国では,航続距離12,000km,最高高度16,000mを誇るとする爆撃機B-52の生産が1954年に始まろうとしていました.
他の航空機の性能も飛躍的に高まっており,4月29日には実際にB-47が3機,ソ連の領空を侵犯する事件が起きていました.
こうした現状は直ちに改められねばなりませんでした.
1951〜55年に掛けて,レーダー工業増強の為に49億4,500万ルーブリの予算が投じられる事が決定されました.
航空機工業省には7.4億ルーブリ,造船工業省に9.3億ルーブリ,装備省に5.6億ルーブリ,農業機械製作省に1.5億ルーブリ,通信手段工業省に24.5億ルーブリが割り当てられ,通信手段工業省の内10億ルーブリは真空管製造業の大幅な拡張に投資される予定でした.
また,どさくさ紛れに内務省も1.5億ルーブリの割当を受けました.
こうした大きな投資でも,キピャトコフは未だ足りないと訴えています.
1950年度の生産額が年産2,400万個から1955年度の生産額を1.2億個と5倍の増強が必要だと訴え,15億ルーブルの追加割当が必要としていました.
1951〜53年には関連工業分野で74工場,18研究所,試験施設2箇所(内,真空管関連は19工場,3研究所)の新設,再編,1954〜55年には真空管製造業5工場,試験施設1箇所を含む,計89万m^2の21新工場の建設・稼働を求め,最終的に,当初予算49億4,500万ルーブリが,54億1,500万ルーブリにまで拡大します.
この建設作業は,内務省の担当となり,25のレーダー関連企業の新設が内務省の手によって行われています.
しかし,レーダーの増強だけでは,権力最上層部層の不安に応えられませんでした.
そこで,対空誘導ミサイルを持つだけでなく,それを有機的に結合した対空防衛システムの構築が考えられる事になります.
眠い人 ◆gQikaJHtf2,2009/03/16 22:34
1948年,党政治局の集まりでゴーヴォロフ元帥が報告した内容は,対空ミサイルとレーダー網と有機的に結合した対空防衛システムを構築すると言うもので,スターリンの関心を強く惹き付けるものでした.
そして,内相ベリヤがこの問題を所管するものとされ,1950年,内務省内に第1設計ビューロー(КБ-1)が設置されます.
その所長にはベリヤの係累エリャン中将が,総設計技師には1937年にトハチェフスキー事件に連座して逮捕され,1939年の第二次大戦開戦に伴って釈放されたクークセンコ,更にベリヤの息子セルゲイも主任設計技師として働く事になりました.
セルゲイ・ベリヤは,モスクワ航空専門学校卒業生で,1948年には既に戦略防衛システムの構想を提案していたとされています.
КБ-1の活動は全て国家保安省(当然これもベリヤの管理下にあった)の監督下に置かれますが,国家保安省職員が各課の課長職を独占し,科学者や設計技師は次長止まりでした.
このКБ-1には一定の優遇条件の下,ドイツ人専門家も勤務していたと言われています.
1950年8月,КБ-1は,対空防衛部隊が示した1,100〜1,200km/hの速度で,高度3〜25kmを飛ぶ35km以内の目標を同時に20機捕捉し,対空誘導ミサイルを管制する対空ミサイル防衛システム構想に応える技術的提案を纏めました.
此を受けてスターリンは,第3総管理部の設立を指示しました.
長官はリャビコフ少将,次官にヴェトーシュキン,麾下の科学技術協議会議長には科学アカデミー会員のシチゥーキン,主任設計技師はカルムィコフが任命されると共に,КБ-1は新たに総管理部の設計開発部門と位置づけられ,第1特別ビューロー(СБ-1)とも呼ばれる様になります.
初のミサイル防衛システム(ЗРС)は,Беркутと言うコードネームが割り当てられましたが,このコード名も,セルゲイ・ベリヤとクークセンコの姓を合成したものだったりします.
ベリヤはСБ-1の活動を監督し,屡々実験場に出向き実験を観察しました.
御陰で,СБ-1の職員は同じ実験を何度も繰り返し行う羽目になり,実験が不首尾に終わると,その都度ベリヤは激怒し,内務省の監督官をСБ-1に派遣していました.
Беркутの構築は,何にも増して優先する事になっていた為,レーダー開発・生産に従事していた各省の生産活動を益々圧迫するものとなりました.
堪り兼ねた各省は,Gosplanに負担の軽減を訴えています.
例えば,通信手段工業省は,Беркут関連の装置製作に忙しく,ロケット関連の仕事の終期を延期して欲しいと訴えていますし,造船工業省は,Беркут関連の機器製造で手一杯なので,Р-1ロケット管制用のジャイロスコープ機器の為の試験設備22品目の製造を他の省に回して欲しいと懇願しています…が,Gosplanはこれを却下しています.
更に,通信手段工業省はレーダー関連を統括する新しい総管理部の新設をも要求していました.
こうして,ベリヤの半ば強引な手段でСБ-1は恵まれた地位を築いていた訳ですが,そのライバルとなる研究機関は逆に大きな制約を受けました.
1950年の段階でロケット開発の中心だった第88科学研究所(НЕЕ-88)の防衛ミサイル開発は,内務省からの干渉で大きく停滞します.
1951年12月には,ミサイル開発に消極的とされた砲兵総管理部長官ヤコヴレフが解任,逮捕されました.
更に,1952年になると3箇所のミサイル設計ビューローが強権的に閉鎖され,СБ-1は対艦巡航ミサイル開発独占を実現しました.
Беркутシステムの根幹になる射撃管制用レーダーБ-200は,СБ-1で開発が進められ,1951年10月に試作1号機が完成しました.
しかし,これは仕様に合致しておらず,別にドイツ人協力者のグループが独自に並行して設計を進めていたレーダーを転用して,2号機の設計を進めました.
1952年6月に2号機は完成し,6月24日〜9月20日にかけて試験が実施されました.
Б-200に伴う誘導システム開発は第108科学研究所(НЕЕ-108)のラスプレーチン等が援助し,長距離目標捕捉レーダーА-100開発は第244科学研究所(НЕЕ-244)のレオーノフのグループが担当し,ミサイル発射装置はバルミン等の運輸設計ビューロー,管制用電子計算機は科学アカデミー・精密機械・計算機器研究所が,迎撃ミサイルБ-300は,ラヴォーチキン率いる第301特別設計ビューロー(ОКБ-301)が,その管制用電子機器類は,НЕЕ-88から移籍したババーキン等旧Р-101(ドイツの対空ミサイルであるヴァッサファール)のエンジニアが開発しています.
対空ミサイルの仕様に関しては,内部でドイツ技術信奉グループと自主開発グループで大きな論争が展開されており,2種類のミサイルが並行して開発されていました.
最終的に採用されたラヴォーチキンのБ-300はエンジンにР-101の液体燃料ロケットを其の儘流用し,НЕЕ-88のイサーエフ・チームが設計したものでした.
これに対し,СБ-1でトマセヴィッチ等が設計した32-Вミサイルは,固体燃料を使うものでしたが,設計開始が1951年と出遅れ,Беркутには間に合いませんでした.
しかし,このミサイルは,その後継システムであるС-75Двинаに活用される事になります.
そうこうする内に,1953年,スターリンは死亡し,6月にベリヤは逮捕されて,セルゲイらベリヤ・ファミリーは,СБ-1から追放され,СБ-1は農業機械製作省に所管が移り,НЕЕ-108のラスプレーチンが主任設計技師に就任して,名称をС-25と改め,開発を続行する事になりました.
С-25を基礎とした首都モスクワの防空網建設は1958年に完了します.
それは,内外二重に走る環状道路に沿ってミサイル発射サイトを展開したもので,内側環状道路沿いに22箇所,外側環状道路沿いに34箇所が設置されていました.
それぞれのサイトは,ミサイル発射エリア,誘導ミサイルエリア,管理・住居・技術サービス棟,及び変電所の4区画から成り,約30名の士官と430名の兵が常勤していました.
Б-300ミサイルは,第82国立航空機工場で月産100基のペースで,1956年までに計32,000基が生産されました.
1954年8月,建設途上の防空網はモスクワ防空管区として編成されますが,米国の戦略偵察機U-2の捕捉が,初めて防空管区のА-100レーダーが捕捉した目標でした.
それにしても,家族ぐるみでミサイル防衛システムを構築するとは,流石,ソ連って感じです.
眠い人 ◆gQikaJHtf2,2009/03/17 22:36
【質問】
なぜロシアからの頭脳流出が起きているのか?
【回答】
生活難や先行きが不透明なことによる.
核専門家がテロ支援国家に流れて,核開発がその国で行われては大変なことになるため,先進国ではそれを食いとめるための助成プログラムを支援している.
以下引用.
ソビエト時代,科学アカデミーの研究者達は,国家の頭脳として恵まれた待遇にありました.
しかしソビエト崩壊後,財政難のため学術研究分野の予算は大幅に削減され,資金不足で十分な研究活動が行えなくなりました.
また,激しいインフレで多くの研究者達は生活していくのもやっとという厳しい状況に追い込まれました.
外国,とりわけ西側の研究機関と共同で活動を行う機会に恵まれた研究者は,月に数百ドルから数千ドルと,平均給与の数倍から数十倍に当たる給与を得て,外国での学会に参加することもできます.
しかし,そうした機会に恵まれない研究者は,月収が50ドル前後で,生活維持のため複数の副業を持たなければならず,研究活動にじゅうぶんに従事できないという事態が起きています.
こうした事情や先行きが不透明なことから,研究者の一部は,活動の場を海外に求めるようになります.
学術界に多いと言われるユダヤ系市民がイスラエルへ移住したのをはじめ,研究生の招聘や交換プログラムを利用してドイツ,アメリカ,イギリスなどへ移るケースが目立ちます.
ここ数年は,有識者を優先して移民を受け入れているカナダ,ニュージーランドも人気を集めています.
特に核関連の研究者の中には,高い給与と特典を条件に,核開発を進める国々に招かれるケースも出てきています.
先進国の間では,核兵器や関連技術がイラクや北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国などに拡散することへの懸念が高まり,ロシアに対して資金援助を行い,核専門家の流出を避けるための受け皿となる研究機関作りを促しました.
また,アメリカの「カーネギー基金」や国際投資家ジョージ・ソロス氏の設立した財団,EU=ヨーロッパ連合などの助成プログラムも実施され,核開発だけでなく,幅広い分野にわたって,研究者と研究機関の活動に対して支援を行っています.
小林和男著『ロシアのしくみ』(中経出版,2001/7/9),p.126-127
【質問】
秘密都市とは?
【回答】
ソビエト時代,ベールに包まれていたのが,核開発が中心に行われた秘密都市です.
秘密都市は10あると言われ,研究機関の科学者と技師,その家族しか出入りすることが許されませんでした.
連邦崩壊後も立ち入りは制限されています.
秘密都市は「アルザマス16」,「チャリャビンスク70」,「クラスノヤルスク45」というように番号がつけられ,各都市に科学アカデミー会員の科学者が送り込まれ,国家と共産党の指令に従って核開発が進められました.
小林和男著『ロシアのしくみ』(中経出版,2001/7/9),p.128
道に迷って,こういう都市に迷い込んでしまったら,どうなるんだろ……?
【質問】
バイコヌール宇宙基地はどういう施設から構成されているのか?
【回答】
横幅120km,奥行き80km,広さ7300m2.
15の発射台やロケット組み立て工場がある.
宇宙開発の犠牲者達を偲ぶ記念碑も.
以下引用.
ロシアには,この他主な宇宙基地が3ヶ所(プレセツク,カプスティン・ヤール,スバボードヌィ)ありますが,15の発射台やロケット組み立て工場を誇るバイコヌール基地が最も充実しています.
この基地の横幅は最大120km,奥行きは最大80kmで,広さはおよそ7300m2と,宮城県とほぼ同じで世界最大の面積を誇ります.
1955年,中央アジアを流れるシルダリア川沿いのチュラタムに建設されました.
ロケットの種類によって発射台が異なり,友人飛行に使われる「ソユーズ」,大型衛星を打ち上げる「プロトン」,大陸間弾道弾ミサイルを改良した「ゼニット」,その他計画が中止された全長60Mの巨大ロケット「エネルギア」の発射台があります.
「ソユーズ」ロケットの打ち上げに使われる発射台の一つは,「ガガーリン・スタート」と呼ばれています.
ガガーリン大佐を乗せたロケットをはじめ,殆どの有人飛行の打ち上げが行われ,打ち上げ回数は400回以上に上ります.
栄光の歴史だけでなく,事故の記録も刻まれています.
1960年10月に発射準備中のロケットが爆発し,ネジューリン元帥を含む50人以上が焼死しました.
ソビエト時代,事故に関する情報は犠牲者の親族に対しても秘密にされました.
現在,発射台跡やバイコヌールの町(旧名レニンスク)には,宇宙開発の犠牲者達を偲ぶ記念碑が建てられています.
小林和男著『ロシアのしくみ』(中経出版,2001/7/9),p.112-113
【質問】
バイコヌール基地はカザフスタンが独立した後も,ロシアが使っているのか?
【回答】
カザフスタンとロシアとの関係に左右されるようになったため,現在ではバイコヌールは商業打ち上げにしか使われず,軍事用ロケットの打ち上げは,プレセツクへ移転したという.
以下引用.
ソビエト崩壊後,バイコヌール宇宙基地はカザフスタン領になりました.
待遇改善を求めるカザフ人労働者による暴動も発生し,専門家や技術者の流出が相次ぎました.人口10万の内,ほぼ半数がロシアに戻ったと言われています.
カザフスタンは,ロシアに対して基地の使用料を支払うよう要求し,1994年,年間に1億1500万ドルを支払うことで合意しました.
しかし財政難のため,ロシアの支払いが遅れたり,ロケットの墜落事故でカザフスタンが一時打ち上げを差し止めたりするなど,バイコヌール宇宙基地の運用はロシア・カザフスタンの2国間関係に大きく左右される状態になっています.
このため,ロシアは,バイコヌール宇宙基地を商業打ち上げに限り,安全保障と直接関わる軍事用打ち上げは,ロシア北部のプレセツク宇宙基地から行う方針を決めました.
小林和男著『ロシアのしくみ』(中経出版,2001/7/9),p.113-114
ウクライナ領になってしまった某造船所みたいな話やね.
◆軍需産業
【質問】
第2次大戦後のソ連における軍需産業再編について教えられたし.
【回答】
1945年5月,ドイツが降伏すると,もう敵は日本軍しか残っていません.
そうなると,ソ連としても何時までも軍需工業を残すのも国にとって重荷になるので,出来るだけ早くこうした工業施設を民生生産へと移行する必要がありましたし,軍需工業はこの大戦で肥大化した為,整理・縮小を図る必要がありました.
こうした考えに基づき,5月20日付の国家防衛委員会は,弾薬人民委員部,迫撃砲・ロケット砲人民委員部,戦車工業人民委員部を即時廃止する決定を下しました.
これに伴い,戦車やディーゼル機関の工場は,運輸機械人民委員部へと移管され,薬莢・弾薬筒工場,手榴弾工場は農業機械人民委員部に移管されるなど,省庁再編が進みました.
続いて26日に,国家防衛委員会は,「兵器生産の縮減に伴う工業の再編措置について」を布告.
残り3つの軍需工業関連人民委員部にも大幅な民需転換を指示しました.
航空機工業人民委員部の生産能力の一部はエネルギー設備,電力設備,バス,オートバイ生産に振り向けられる事とされ,装備人民委員部の生産能力の一部は光学機器,巻揚げ機,輸送用機器,それに石油や石炭の採掘設備などの製作に振り向けられる事になります.
また,戦時中の軍需工業関連の人民委員部を引き継いだ農業機械,運輸機械の両省と通信手段工業省(1946年3月15日以降は人民委員部は省と改称される)及び先の2省の生産高に占める軍需生産の割合は,1945年には34.5%に低下していましたが,1947年になると更に10.8%に低下すると共に,民生品生産の割合は1947年第2四半期になると49.1%(残りは軍民両用または中間財)にまで上昇していました.
1946年4月22日の装備省のコルレギア(参事会,省の最高幹部会)でも民需転換は既定路線とされ,ウスチーノフも,「基幹建設の問題は,工業の新しい軌道,即ち,平和な生活の軌道への転換に関連して,我々,省にとって甚だしく重要な問題である」と発言しています.
1943年当時は13.7%だった民生品生産は,1946年には47.0%に回復し,ピーク時64箇所もあった管轄工場は,諸企業の原省復帰などで47工場に減少していましたが,それらの工場では223品目の製品が生産されていました.
この中には相当数の新製品が含まれていますが,これは新製品開発に従事する装備省所属の研究諸機関による開発研究,諸工場附属の設計ビューローなどに対し,装備省が事細かな規定を設けて研究業務,開発設計業務の仕事量に敢えて貨幣表現を与えた結果,研究所の稼働率が高く見える細工を行い,これを加えた結果,装備省の総生産高(1940年平価換算)は,見かけ上対前年比90%未満の数字となっていました.
装備省の研究機関で一番古いのは,ドイツからの輸入に頼っていた光学ガラスが第一次大戦の影響で入手出来なくなった事を切っ掛けに,帝政ロシア政府が準備し,1918年に設立された国立光学研究所があります.
この研究所はソ連の原子爆弾開発に非常に重要な役割を果たしていますが,そう言った軍事的な顔とは別に,1946年,民生用・軍用の新しい光学機器を35品目,計206サンプル,カメラ・レンズを14種,計133サンプルを試作し,関連諸工場や研究機関に72冊(306例)の報告書,243種の設計図・見積書を作成・送付し,研究書を5冊,論文は171本出版すると共に,技術面での指導・助言の為に54工場に延べ319名の研究員を派遣しています.
また,ドイツから接収した広範囲な技術資料の解読と利用が図られています.
但し,民生転換初期には,装備省は極めて重大な危機に直面していました.
1945年12月10日付のウスチーノフに宛てた工業銀行からの書簡でそれを示しており,1946年6月17日の省参事会決議には,
「1946年5月1日現在の装備省管轄下工業の財政状態は極めて深刻である.
装備省の納入業者,及びGosbank(国立銀行)に対する負債は装備省に現在ある資金,及び,装備省諸工場から出荷される製品に対して,発注者が払うべき未払い額の総額を5億2,530万ルーブリも超過してしまっている」
とあります.
確かに,民生転換に伴う新製品開発,それに対応する新設備の導入,設置,調整作業,試作品完成までの一連のエンジニアリング業務その他,色々と投資が必要で,一定額の欠損を見込んでいましたが,実際にはその倍近い欠損を出してしまった訳です.
その原因は戦後の混乱期に於ける石炭等燃料の不足,電力供給の不安定性,軍用品目に対する大幅な受注減,労働力の農業や土木事業など国土復興への供出,他省との資材・部品供給に対する連携の拙さなどが挙げられています.
此処までは他責要因であり,他の省庁も等しく悩んでいた問題でした.
しかし,装備省独自の問題としては,大量生産品として従来行ってきた製品は軍用品であり,民生品を直ちに生産移行する体制が整っていない事,計画に上っていない小口発注ばかりで,工場がこれら小ロット生産に追われた事,更に民生品の新製品を生産する過程で多くのロスが発生したうえ,完成品にも不良品が多かった事が挙げられています.
特に不良品の問題については,他省の様に,元から民生品を生産し,大戦と同時に軍用品に転換した工場ではそれなりに経験や設備が残っていましたが,軍需生産を基盤にしてきた装備省の工場群は効率性の点で太刀打ち出来ない上,そのノウハウを受容れる事が無かったのが,失敗の原因でした.
1946年7月27日,財政相ズヴェレフは,装備省が特別回転資金の欠損補填を求めたのを機会に,装備省の財政問題について閣僚会議ビューローでの審議を要請します.
この問題は随分先送りされた挙げ句,1947年12月4日のビューロー会議で審議されることになりました.
この時,財政省が作成した資料によれば,装備省は支払期限済みの借款(焦げ付き)が,Gosbankに2億4,300万ルーブリ,納入業者に3億2,100万ルーブリ,賃金未払いが400万ルーブリあり,10月1日現在,標準的な在庫の規模を超える資材の予備を9,100万ルーブリ抱え込んでおり(生産用資材は2億3,900万ルーブリ),負債は4億3,520万ルーブリ,更に不良品による損失は何と1億1,560万ルーブリとなっていました.
元々,装備省は1936年に重工業人民委員部から分離独立した国防工業人民委員部から,更に1939年に装備人民委員部,弾薬人民委員部に分割された,生粋の軍需産業管轄官庁でした.
戦後,弾薬,戦車工業,迫撃砲・ロケット砲人民委員部が廃止され,同時に分割成立した弾薬人民委員部までも廃止された現在では,唯一の軍需産業管轄官庁でしたが,他の産業部門が民生部門へと転換していく中,それに抗い続けるのは難しく,結果として,自らのアイデンティティを否定する形で民生部門に進出した訳です.
しかし,これは「武家の商法」と言うべきもので,結果として大きな損失を出す事になります.
スターリン体制下でのこうした失態は自らの失脚や,省庁の閉鎖に繋がる事は珍しくありませんでした.
財政省のみならず,ソ連の権力中枢部では少なからぬ人々が,装備省も早晩他の省庁と同じ運命を辿るのではないか,と思ったのも不思議ではない状況が存在しています.
しかし,ウスチーノフは諦めませんでした.
ドイツから齎されたとある新技術に目を止め,これを自家薬籠中の物にしようと画策したのです.
眠い人 ◆gQikaJHtf2,2009/03/25 23:47
【質問】
ロシアが,この数年間,軍事的取引に相当の力を入れているのは何故か?
【回答】
外貨獲得により,国家財源を安定させると共に,ロシア軍近代化のための財源を確保しようとしているためだという.
しかし,「危ない橋」であると見るジャーナリストもいる.
以下引用.
GDP2倍増を目標としているロシアは,この数年間,軍事的取引に相当の力を入れている.
インド,マレーシア,イエメン,エジプト,中国,ヴェトナムなどに積極的にアプローチし,次から次へと取引を成立させた.
日本へも,民間転用できる軍事技術を積極的に売却しており,
「買ってくれるなら,何処にでも売ります」
という状態なのだ.
この「大セール」の理由は2つある.
ロシア国防省の機関誌「母国」は,それを次のように説明している.
第1の理由はやはりカネ(外貨獲得)である.
現在,ロシアで国際競争力のある商品と言えば,石油と軍事的技術しかない.
それをフル活用し,外貨を稼ぎ,国家財源を安定させるという目的だ.
もう一つの理由は「ロシア軍の完全立て直し」である.
急速に軍の近代化を進めているアメリカやイギリスに比べ,ロシアの軍隊は衰退していく一方.
時代遅れの技術や兵器を売れる内に捌き,軍隊編成の効率化,特に,高額な投資が必要となる軍事情報技術屋宇宙計画の財源に充てるという狙いだ.
だが,この2つの目的を両立させるのは至難の業.
「一石二鳥」にも見える軍事技術の大セールだが,下手をすれば「唯一の輸出品」を失った上に,最新技術獲得も頓挫するという事にもなりかねない.
膨大な出費が避けられない軍事改革によって,またしても経済が崩壊するというシナリオもある.
「超大国ロシアの復権」を目論むクレムリンは,非常に危ない橋を渡ろうとしているといえよう.
(Domitry Novikov from "SAPIO"
2004/2/25号,p.53)
余談だが,アメリカにもロシア製兵器を購入する計画があるという.
イラク向けに輸入するつもりなのだとか.
以下引用.
ロシアから4億ドル相当の武器購入 米国 [7/15]
アメリカ政府がロシアから4億ドル相当の武器を購入する計画を立てていることを武器輸出商社Rosoboronexportが示唆している.
アメリカがロシア製の武器を購入する意図は不明とされるが,イラクに進駐する米軍が使用するものと見られている.
Rosoboronexportではこの3月末までに170億ドルの受注を受けており,昨年度は61億2600万ドル相当の武器を61カ国へ輸出している.
ロシアから海外へ輸出された武器の52%は海軍用の機材で,44%を空軍向けの機材が占めている.
同社が昨年締結した契約では契約高は90億ドルを超えている.
【質問】
ロシアの軍需産業の武器輸出は,「軍需産業を復興拡大して強いロシアの復活を」という,特別の使命感に燃えているように思えるのですが.
消印所沢 in mixi支隊
【回答】
それは確実にありますね.だから,メーカーを集約して無駄を省き,競争力を高めようとしていますし.
でも,親方三色旗の下に統合しようとしているあたりが,ちと不安を感じさせる要素ではありますが.
余談ですが,ロシア人がなかなかの強かぶりを見せる,ボーイングとロシアのチタン・メーカーのジョイント・ベンチャー話をめぐるあれこれ.
http://www.defenseindustrydaily.com/2006/08/titanium-boeing-signs-deal-with-vsmpoavisma/index.php#more
http://www.defenseindustrydaily.com/2006/08/titanium-sanctioned-rosoboronexport-buys-1-producer-vsmpoavisma/index.php#more
井上@kojii.net in mixi支隊
また,経済誌によれば,ロシアの武器輸出は,武器輸出額の9割弱を占める国営企業「ロシア国防輸出」を中心として拡大戦略を採り,民需産業を主導してその立て直しを図る方向に向かっているという.
以下引用.
04年4月,ロシア国防輸出のチェメゾフ第1副総裁が総裁に昇格し,ロシア国防輸出を金融産業コングロマリット化する政策を打ち出した.
それは,国防産業の再編に絡むものと,自動車産業の再編に絡むものという2方向で進められた.
国防産業については,04年11月29日付大統領令によって設立されることになったヘリコプター製造持ち株会社が,ロシア国防輸出の子会社であるオボロンブロム(ロシア国防輸出とロシア資産管理庁の保有する株式比率は82%)をもとに設立されることになった.
また,ロシア国防輸出は直接には関与しないが,プーチン大統領は06年2月,ロシアの航空機製造会社を統合した統一航空機製造会社を設立する大統領令に署名した.
この統合とともに,ジェットエンジンを製造する国内の6企業を統合する計画もある.
自動車産業の再編に関しても,ロシア国防輸出が重大な役割を果たした.
ロシア国内最大の自動車メーカーであるAvtoVAZ(アフトワズ)の支配権が05年12月,事実上,国家に移行した.
それまで,同社株の62%は子会社2社に属していたが,ロシア国防輸出が7億ドルでその子会社を買収.
アフトワズの臨時株主総会で,ロシア国防輸出のアルチャコフ副社長が取締役会議長,エシポフスキイ部長が社長に任命された.
ロシア国防輸出がアフトワズの支配権を握ったことで,国防企業であるアルマズ・アンテイに自動車部品の一部を生産させる構想もある.
こうして,軍需産業が民需産業を主導し,その立て直しを図るという方向性が明確に打ち出された.
プーチン大統領の元,ロシアの軍需産業は国内産業全体の再編に関わる重大な役割を果たしたことになる.
ただし,その成否についてはこれからだ.
塩原俊彦(高知大学助教授) in 「週刊エコノミスト」
2006/7/18号,p.42
その国営企業が赤字ぬるま湯体質にならなきゃいいんだけどね.
【質問】
ロシアの兵器輸出に関する問題点は何か?
【回答】
大きな利権の巣窟であるために政治が絡んでくること,ほぼ1社の独占状態であるための弊害などが生まれているという.
以下引用.
兵器の輸出は大きな利権の巣窟で,「ロスボオルジェーニエ」の経営はしばしば政治問題ともなっています.
「ロスボオルジェーニエ」という独占体では,兵器輸出の手数料が高くなると多くの工場から不満も出て,1997年には「プロムエクスポルト」,そして「ロシア・テクノロジー」の2つの企業にも兵器の輸出業務が認められました.
それでも「ロスボオルジェーニエ」の輸出シェアは90%に上り,事実上の独占状態が続いていました.
しかし2000年11月にプーチン大統領は,「ロスボオルジェーニエ」と「プロムエクスポルト」の2つの国営会社を統合し,新たな国営会社「ロスオボロンエクスポウロト」を設立しました.
統合の理由としては,兵器の輸出産業が互いの利権を追求するあまり,兵器のダンピングに走り,結果的に双方の経営に大きなダメージを与えることが挙げられますが,社長に自らのKGB人脈の人物を据えるなど,プーチン大統領が武器輸出に自らの影響力を強めたかったというのも大きな理由の一つでしょう.
〔略〕
プーチン大統領は就任以来,積極的に外国訪問をしていますが,訪問先はロシアの兵器の主要輸出国か,将来輸出市場になる可能性のある国であることは注目すべきです.
プーチン就任の初年,2000年には,ロシアの兵器輸出額は38億ドルと最高を記録しています.
小林和男著『ロシアのしくみ』(中経出版,2001/7/9),p.94-96
財政難にあえぐ新生ロシアにとって,通常兵器は,石油や天然ガスなどの天然資源と並んで重要な輸出品で,輸出に力を入れています.
1993年には,ロシアで生産される兵器を独占的に輸出する国営会社「ロスボオルジェーニエ」が作られ,海外への売り込みを活発化させました.
特に,アメリカが唯一の超大国として世界への影響力をより増していく中で,一極支配に強く反発するロシアは,伝統的な兵器供給先の中国・インドなどとの関係を強化し始め,兵器の輸出を積極的に進めています.
〔略〕
イギリスの国際戦略研究所が纏めた「ミリタリーバランス2000-2001」によると,1999年の世界各国の兵器の輸出割合でロシアは,アメリカ,イギリス,フランスに次いで4位を占めています.
アンリかが全体のほぼ半分の割合を占めているのに対し,ロシアはおよそ35億米ドルで6.6%.前年に比べれば2ポイント延ばし,1991年のソビエト崩壊以来の最高額を記録しましたが,かつて争ったアメリカには大きく離されたままです.
ロシアの輸出主力兵器はスホイやミグといった戦闘機,戦車,戦艦〔原文ママ〕,そして地対空砲などです.
小林和男著『ロシアのしくみ』(中経出版,2001/7/9),p.94-96
【質問】
ロシアの軍事産業の現状は?
【回答】
現存するのは1500ほどで,それらの生産能力の内,活用されているのは50%程度.
国からの発注に半数を頼っている状況.
ジリ貧は必至.
以下引用.
ロシアの軍事産業関連の通信社「TS-VPK」の資料によると,軍産複合体企業は1999年でおよそ1500あります.
このうち国営企業が600余り,国と民間が株式を持つ企業が500,民間企業が300余りです.
全体の生産能力を100とすれば,現在活用されているのは,半分程度の生産力であるとされ,その半分近くが国からの発注です.
軍民の生産量割合で言うと,軍事品・民政品はほぼ半々で,軍事品のうち6割は輸出されています.
部門別の企業数で言うと,
航空産業が20%,
ミサイル製造17.8%,
造船11.5%,
通信関連10%
などとなっています.
〔略〕
新生ロシアの財政難で国防費は大きく削減され,軍需発注をこれまでのようには受けられなくなった軍産複合体企業は,その収入源を大きく失いました.
さらに,完了した契約についてさえ,国からの支払いが滞る事態まで起きる有り様です.
これはこうした企業が国に税金を支払わないことにも繋がり,未払いの連鎖がこの部門では顕著に見られるようになったのです.
例えばシベリアの多くの町では,独ソ戦の最中にドイツからの攻撃を避けるため,ソビエト・ヨーロッパ部にあった軍需工場が数多く移転してきました.
こうした工場は,その後,地域の基幹産業として発展しましたが,国の支えを失った今,厳しい状況に追いやられています.
〔略〕
多くの工場で,国からの発注がなく稼動できなくなったものの,国防関連ということで有事の際に生産を即時に再開できるよう設備を整備することが義務付けられ,経営の大きな負担になっているという話も聞かれます.
小林和男著『ロシアのしくみ』(中経出版,2001/7/9),p.91-94
現在,地方産業の生産指数は,90年代の初めに比べ40%も減少し,賃金の目減りや未払い,失業率の上昇の傾向を加速させました.
生活費に困っている労働者達は,家族を養うため,郊外の畑で野菜を作ったり,白タクで稼いだり,いかがわしいたぐいのアルバイトにまで精を出し,工場の部品や資材などの横流しなども当たり前のことになっています.
同,p.194
ただし,その後はそうした衰退状況から抜け出しつつある模様.
以下引用.
ロシアの軍需産業はプーチン政権下で存在感を強めている.
(1) 国防予算の増加
(2) 武器輸出の増加
(3) 国家による軍需産業支援と民間企業への干渉拡大
――を特徴として,軍需産業はソ連崩壊後の苦境からようやく脱却しつつある.
〔略〕
05年予算では,〔略〕連邦予算全体の軍事支出は3兆479億ルーブル(約12兆7000億円)にのぼった.
06年の当初予算では,〔略〕4兆2701億ルーブル(約17兆円)にのぼる見込みだ.
こうした国防予算の増加に合わせて,国家から軍需産業に対する武器の発注額も増加している.
表1に示したように,武器生産の発注などを主な項目とする「国防発注額」の推移を見ると,諸説あるが,00年に比べて,05年は年額ベースで4倍前後にまで膨らんだ.
06年の予測額は2830億ルーブル(約1兆2千億円)にまで拡大する見通しだ.
表1 ロシアの国防発注額の推移(10億ルーブル)
(出所)「コルメサント」2005/12/29付
| 年 |
2000 |
01 |
02 |
03 |
04 |
05 |
06(予測) |
| 発注額 |
42.9 |
52 |
79 |
118 |
148 |
186.9 |
283 |
加えて,武器輸出が好調なことも軍需産業にとって追い風となっている.
05年の武器輸出は当初,前年実績を下回ると予測されてきたが,結局,61億ドル(約6700億円)と,04年実績を上回った.※
〔略〕
輸出先出は,これまで中国向けが突出していたが,06年に入って,「ロシア国防輸出」がアルジェリアに40億ドル(約4400億円)を上回る軍事技術供与契約を締結するなど,武器輸出先が多様化しつつある.
塩原俊彦(高知大学助教授) in 「週刊エコノミスト」
2006/7/18号,p.42
※05年度はアメリカを抜いて武器輸出額で世界1になったという.
以下引用.
露の武器輸出急増 途上国向け,米抜き1位 米議会報告
【ワシントン=有元隆志】米議会調査局は29日までに,1998年から2005年にかけての発展途上国への武器輸出報告書をまとめ,05年の武器売却契約で,ロシアが91年の旧ソ連崩壊後初めて米国を抜いて第1位となったことを明らかにした.
〔略〕
ロシアが05年に発展途上国と交わした武器売却契約は70億ドル(約8200億円)で,04年の売却実績54億ドルを大きく上回った.
売却側はフランスが2位(63億ドル),米国が3位(62億ドル).
武器を購入する発展途上国側はインドが1位(54億ドル),サウジアラビアが2位(34億ドル),中国が3位(28億ドル)だった.
ロシアは05年11月,地対空ミサイルシステム「TOR−M1(SA15)」29基を売却する契約をイランと交わした.ミグ(MIG)29戦闘機やスホイ(SU)24爆撃機などロシア製軍用機の性能を改良することでも合意している.
地対空ミサイルはイランの核施設周辺に配備される可能性が指摘されている.
米政府はイランの核開発問題の解決の見通しが立たない中,ロシアに契約履行の凍結を求めたが,ロシア側は拒否している.
報告書は「イランが核開発や軍事力の向上に努める中,イランへの武器輸出は懸念すべきことだ」と指摘している.
〔略〕
産経新聞,2006年10月30日8時0分
そして2006年度も,ロシアの武器輸出は過去最高を更新.
ロシア政府は二十七日,二〇〇六年の武器輸出額が六十五億ドル(約七千八百億円)に達し,過去最高を更新したと発表しました.
会見を行ったドミトリエフ連邦軍事技術交流局長は,輸出全体に占める割合の中でシナとインド向けシェアは七十四%から六十二%に低下し,中東や中南米,東南アジア向け輸出が増加したとしています.
特に増えたのは中東と中南米向けです.
現時点で契約先は八十カ国で,〇七年は八十億ドルに達する見込です.
⇒この一月にプーチン大統領は,国営のロスオボロンエクスボルト社会に武器輸出を独占させる大統領令に署名し,これまでエネルギーを主役としてきた対外路線を,武器輸出にも広げてゆく国家方針が明らかになっています.
ちなみにわが国は,武器輸出ができないことで東南アジア各国から非難されてきました.
その結果それらの国々はロシアやシナから武器を導入し,結果,長期にわたる外交関係の基盤を作っています.
おきらく軍事研究会,平成19年(2007年)3月5日
もっとも,アメリカの発表に対しては,ロシアは以下のように反論している.
米議会の武器輸出データは信憑性なし
軍事解説員ヴィクトル・リトフキン in ノーボスチ日本語版,2006/11/06/12:29
ロシアは,71億ドルに相当する兵器や戦闘技術の納入契約を締結し,発展途上国向けの武器輸出では昨年世界第一位の座を占めた.
これは,「1998年から2005年までの発展途上国向け通常兵器輸出」と題すアメリカ議会研究班の報告だ.
〔略〕
注目を集めているのは「センセーショナルな」この報告の中の幾つかの数値である.
第一に,この数値は,2005年にロシアの武器輸出を61億2600万ドルと評価していたロシア連邦軍事技術協力委員会が本年最初に公表した数値と甚だ食い違っている.
また報告書では昨年末も額は59億ドルに達しすでにその時点で記録的であっとしているが(昨年の我が国の武器輸出は50億ドルに到達するのがやっとだった),その場合,ロシア連邦軍事技術委員会とアメリカ議会研究班とは約10ドルの差がある.
この(食い違いの)説明は非常に迅速にアメリカに届いた.
同国の報告書の数値は,ロシアの昨年の武器輸出にはイランへの複数の防空用陸上体系砲兵大隊,高射ミサイル設備「Top-M1」の輸出も含んでいる.
ロシアがイランにこの設備を納入したかまだ納入していないかは触れていない.
この取引が7億ドルの価値があり,さらにこの高射ミサイル以外にロシアはイランに飛行中にイランの航空機に燃料補給を行なう能力のある8台の航空戦車(エア・タンク)を輸出契約した点だけを伝えている.
さらに,報告書では,ロシアのイランへの武器輸出額の中にはアメリカ議会は低空戦闘爆撃機Su-24,戦車T-72そして戦闘機MiG-29の近代化も含めている.
ロシアは,まるで,中国とインドだけでなくイランのお陰もあり「武器輸出のチャンピオン」になったと云わんばかりだ.
これは,議会研究班の報告が本当に客観性を持ち,信憑性のある分析をしたのかどうか疑わざるを得ない.
さらにもうひとつの疑念要因がある.
武器輸出は,過去もそして現在もいつも極めて政治化され易い統計であることだ.
いちいち証拠を探しに遠くに行く必要はない.
ヴェネズエラ大統領のウゴ・チャヴェスにとって「アメリカの帝国主義」の非難を開始すると同時に,アメリカの国務省は即座にヴェネズエラ向けのアメリカ戦闘機F-16の予備品の輸出に禁輸措置を施した.
そのためヴェネズエラの空軍は地上に縛り付けれた状態になってしまった.
そこでチャヴェスはロシアに「世界で最も優秀な戦闘機Su-30」の納入してもらうよう掛け合った.
その結果この戦闘機の輸入契約にサインにこぎつけた.
しかしアメリカ国務省は今度は航空機製造会社「スホイ」社の戦闘機を制裁対象にした.
モスクワ「PRセンター」の専門家ワジム・コジュリンは,アメリカは世界を脅かそうと試みていると指摘している.
「ロシア人は自分の武器を誰でも良いから売る.そこからいつもおなじみの軍事紛争が起こる」と.
もちろんそんなことはない.ロシアはいつも武器輸出で国際ルールをいつも守ってきたし守っている.
そして南オセチアとアプハジアに戦争をけしかけているグルジアにすら兵器を売っている数ヶ国のNATO諸国と違ってロシアは,紛争中の諸国とは武器輸出しないというルールをしっかりと守っている.
〔略〕
残念ながら,あまり有効な反論とは言えないようだが.
「ボクちゃんだけでなく,○○○ちゃんだってやってます!」
ではねえ…….
【珍説】
ロシア軍需産業 低品質,納期遅れ…相次ぐ破棄・返却 墜落寸前
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080307-00000088-san-int
武器に戦闘機,潜水艦…後進国から返品相次ぐ ロシアの軍事産業
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/080306/erp0803062253006-n1.htm
【事実】
上の記事で産経は「返品相次ぐ」などと書いているけど,実際に「返品」されたのは,アルジェリアのMiG-29SMTだけです.
アルジェリア空軍,受領済みのMiG-29をロシアに返却
「アルジェリアは,これとは別にスーホイSu-30MKI(A)複座型多目的戦闘機28機を注文していて,最初の3機を昨年暮から1月に掛けて受領している.
この程ロシアの兵器輸出局に対し,MiG-29の註文を取消し,その費用でSu-27と練習機ヤコーレフYak-130Aの購入を打診している.」
つまりアルジェリアは
「MiG-29は要らないから,代わりにSu-27(Su-30)とYak-130を寄越せ」
と言っているわけだ.
産経は「MiG-29は要らない」という箇所だけ報じており,あとは無視しているんだよ.
ま,いつもの産経のやり口だけどね.
アルジェリアは「昨年暮から1月に掛けて受領したSu-30MKA」の方には,不満は無いようです.
むろん,産経は無視しているが.
ちなみに現在,ロシアのアドミラルティ造船所では,アルジェリア向けに636型(改キロ型)潜水艦2隻が建造中です.
インドのディーゼル潜水艦ですが,今回,受け取りを拒否したのは,2005〜2007年にズヴェズドーチカ工廠で近代化改修を実施したS-62「シンドゥヴィジャイ」です.
http://www.india-defence.com/reports-3689
しかしロシアの造船所では,これまでに同型艦5隻が同様の近代化改修を終了し,インド海軍へ引き渡されています.
S-55「シンドゥゴーシュ」(下の写真の右側の艦)
2002〜2005年,ズヴェズドーチカ工廠で近代化改修
S-57「シンドゥラージ」
1999〜2001年,アドミラルティ造船所で近代化改修
S-58「シンドゥヴィル」
1997〜1999年,ズヴェズドーチカ工廠で近代化改修
S-59「シンドゥラトナ」
2001〜2003年,ズヴェズドーチカ工廠で近代化改修
S-60「シンドゥケサリ」
1999〜2001年,アドミラルティ造船所で近代化改修
S-62にしても,その後,続報が入っています.
――――――
http://www.bharat-rakshak.com/NAVY/Sindhugosh.htmlより
Naval officials said it would take another
year to rectify the defects and prove it
in firing trials.
Ria Novosti reported on 16 January 2008,
that the submarine would remain at the Zvyozdochka
SY awaiting further missile firing tests
at a White Sea testing site in July-August
2008.
「海軍将校は,不備を是正し,試射によってそれを証明するのに,もう1年かかるだろうと言った.
RIAノーボスチは2008年1月16日,潜水艦は,2008年7〜8月に,白海試験基地で発射テストを実施すると報じた.」
――――――
潜水艦と言えば,インドは,ロシアからアクラ型原子力潜水艦をリースしますが,産経は知らないのかな.
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/26698601.html
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/26514499.html
「インドが04年に発注した中古空母」ヴィクラマーディティヤにしても,2月28日付けで,こう報じられていますよ.
"India, Russia Finalize Pricing For
INS Vikramaditya Deal"
【インドとロシアは,INSヴィクラマーディティヤの売買価格に決着をつける】
上記の産経の記事は3月6日付けですが,1週間も何をやっていたんでしょう?
ついでに言うと,産経は,契約額(7億5000万ドル)間違えていますよ.
ヴィクラマーディティヤ(旧ゴルシコフ)は,船体そのものはインドへ無償供与され,改装費用(9億7,400万ドル)と艦載機の費用(5億2,600万ドル)はインド側が支払うという契約でした.
だがこれも,基本合意は1998年に出来ていたが,具体的な契約額の話になると,なかなか纏まらず,ロシア側は,当初,改装費用を20億ドル,艦載機の費用を7億ドルと見積もっていたのを,インド側がロシアの足元を見て安くさせた,という経緯がある.
言わば,ロシアの足元を見て安く買い叩こうとしたツケを,インドが払う破目になったという事ですよ.
あと,細かいところだと,ロシアは,インド国産駆逐艦用の推進器を製造しています.
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/23877440.html
インド向け改タルワー級フリゲートもヤンタリ造船所で建造中だし.
更に産経が無視している事として,インドは,ロシアとの軍事技術協力・提携を深めているという事実が有ります.
例えば,ロシア・インド共同開発の超音速対艦ミサイル「ブラモス」とか,インドも参加を表明しているロシア空軍次期多用途戦闘機(いわゆる「ПАК-ФА」)とか.
インドが国内建造する原子力潜水艦ATV(Advanced
Technology Vessel)にも,ロシアは技術協力しています.
確かに今のところ,中国とロシアの大型契約は無いが,中国の国産兵器の主要パーツ(エンジンなど)の輸出は継続されている.
中国の国産戦闘機J-10やFC-1のエンジンが何処で製造されているのかを,産経は知らないのか?
いつもは中国の脅威を煽っているくせに.
それに,中国が建造を企図する国産「航母」(空母)には,ロシアの技術協力が不可欠です.
中国が空母建造を望むのであれば,艦上機や空母用各種装備(着艦拘束装置など)は,ロシアから導入する必要が有ります.
なお,以前に報じられた中国のSu-33艦上戦闘機購入の話ですが,水面下で交渉は進んでおります.
――――――
"Up to the present, on the issue of
the Su-33, China and Sukhoi have had three
rounds of negotiations and have reached some
agreement," said the source.
「現在までに,Su-33の問題について,中国とスホーイは3回の交渉を行っており,ある合意に達しました」と情報筋は言った.
――――――
そして何よりも重要な事は,産経の記事で挙げられている国々は,いずれも,
「ロシア製兵器は,もう要らない」などとは一言も表明していない
という事実です.
要するに産経の記事は,ごく一部のケースだけを取り上げ,あたかも,それが全体像であるかのようにミスリードしているものだ.
ネガティブな事例ばかりを並べたて,それが全てであるかのように書き立てる産経の姿勢は,極めてアンフェアであると言わざるを得ない!
ついでに書くと,インドは,MiG-29を近代化改修する契約をロシアと結びました.
インドとロシアは,9億6000万ドルのMiG-29の契約に署名した
産経の言う通りなら,インドがロシアと新規契約を結ぶ事は無いのでは?
産経は,軍事関係からは手を引き,こういうニュースだけ報じていればいいんだよ.
浅尾選手もPR 松下電器が体組成計の新商品
http://sankei.jp.msn.com/release/electric/080310/elc0803101820000-n1.htm
「日本一早い」水着ファッションショー 大阪・阪急百貨店
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/080125/biz0801251752012-n1.htm
「はずかしい…」1年ぶりの水着にグラドル山本早織
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/080202/tnr0802021708007-n1.htm

Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/3/11(火) 午後 7:30
▼ その続報.
――――――
インド潜水艦は,ロシアでの遅れた修理の後,海軍に再就役する
サンクト・ペテルブルク,2008年7月29日(RIAノーボスチ)
ディーゼル・エレクトリック潜水艦INS「シンドゥヴィジャイ」は,北部ロシア造船所での広範囲に渡るオーバーホール後,再びインド海軍に就役する為,8月5日にインドに向けて出港する.
造船会社は,火曜日に発表した.
プロジェクト877EKMキロ級潜水艦は,2005年以来,セヴェロドヴィンスクのズヴェズドーチカ造船所での修理を経験していた.
そのオーバーホールは,新しい「クラブ-S」(SSN-27)巡航ミサイルの受け入れられない成果により,6ヶ月遅れた.
2007年9月から11月に実施された受領前テストにおいて,クラブ・ミサイルは,6回連続発射中,一度も目標を見つける事は無かった.
そしてインドは,問題が全て解決されるまでは,受領を拒否した.
「クラブ-S」亜音速巡航ミサイルは,533mm魚雷発射管あるいは垂直発射機から発射する為に設計されている.
それは160海里(約220km)の射程距離を有する.
それはARGS-54アクティブ・レーダー・シーカーおよびGLONASS衛星および慣性誘導を使用する.
新たなテストは,7月中旬,成功裡に終了した.
「シンドゥヴィジャイ」は,ズヴェズドーチカ造船所で修理された4隻目のインド海軍潜水艦である.
改装プログラムでは更に,管制システム,ソナー,電子戦システムおよび統合兵器管制システムを改善したのと同時に,その船体構造を含む潜水艦の完全なオーバーホールを含んでいる.
伝えられるところによれば,その改装には,約8000万ドル掛かる.
ロシアのキロ級ディーゼル・エレクトリック潜水艦は,非常に静粛な艦としての評価を得て,中国,インド,イラン,ポーランド,ルーマニアおよびアルジェリアが購入した.
(2008年7月29日12時09分)
――――――
産経涙目・・・・
Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/7/29(火) 午後 10:00
▲
▼ 続報.
『航空情報』誌,「赤星通信局」No3の執筆者,小泉悠氏によれば,今回の返品騒動の直接的な原因は,RSK-MiG側が96年以前に製作されたまま,倉庫に死蔵されていたフレームを使用したことにあるようだが,軍事産業の研究で定評のあるロシアの研究者団体 CAST(戦略・技術研究センター)によれば,上記の品質問題以外にも
(1) アルジェリア国内の大統領派と軍との権力闘争の一環として,情報機関が「低品質説」を打ち上げて,大統領と近しい関係にある参謀総長への攻撃材料にした
(2) アルジェリアの天然ガスの最大の顧客である,アメリカとフランスに対する外交的配慮として,MiG-29SMTがスケープゴートにされた
という側面があると分析している.
(『Moscow Defense Brief』,#4[14] 2008年)
このとばっちり受けてRSK-MiGは,3億2000万ドルの損害を受けた.
なおかつ18億ドル以上の負債を抱えているから,同社は相当苦しい経営状態になっている.
ライバルのスホーイから,合併(事実上の吸収)しないか?と持ちかけられているという話もあるし・・・
RSK-MiG\(^o^)/オワタ.
(RSK-MiG先生の次回作にご期待ください)
【余談】
『軍事研究』 2009年2月号の連載:『ロシア軍の再興と実力(3)』兵器輸出と戦略兵器&陸軍装備の調達
の執筆者,江畑謙介氏もMig-29返品騒動にも触れているが,アルジェリアが「MiG-29は要らないから,代わりにSu-27(Su-30)とYak-130を寄越せ」と要求したことは書かれていないし,またCAST(戦略・技術研究センター)の分析にも触れていないので,ちょっと物足りなかったりする.
この辺は各自のクロス・チェックでカバーするしかないね.
CRS@空挺軍 in mixi,2009年01月12日15:00
青文字:加筆改修部分
▲
【質問】
軍事産業の民需企業への転換の状況は?
【回答】
先進国の支援を受けているものの,ハイテク技術で劣り,また,国防関連の設備の維持を義務付けられていることから,なかなか容易ではないという.
以下引用.
新生ロシアは,旧ソビエトの軍事的な組織の85%を継承したと言われ,こうした「軍産複合体」企業の民営化を含む再編と軍需から民需への生産割合の移行,いわゆる「軍民転換」がそのまま重要な問題となりました.
これはロシアのみならず,地域の安定を求める世界的な課題となり,アメリカ,日本そしてヨーロッパと先進諸国が一致して軍民転換に対して支援しました.
しかしロシアの軍事技術は,現在産業界をリードするハイテク技術では大きく遅れをとっていましたから,市場のニーズに合った軍民転換は容易ではありません.
〔略〕
特に軍民転換の当初は,多くの経営者が市場のニーズを把握する術を知らず,市場に適応できない商品を生産して失敗しました.
多くの工場で,国からの発注がなく稼動できなくなったものの,国防関連ということで有事の際に生産を即時に再開できるよう設備を整備することが義務付けられ,経営の大きな負担になっているという話も聞かれます.
国防の整備計画などもはっきりせず,どの程度の生産力を最終的に維持すべきなのか,どこまで民需転換していいのかなど現場レベルでは全く分からず,政府の対応を批判する声も上がっています.
小林和男著『ロシアのしくみ』(中経出版,2001/7/9),p.92-94
【質問】
2001年11月に承認された,ロシア政府による軍産複合体改革の内容は?
【回答】
江頭寛によれば,軍産複合体担当副首相イリヤ・クレバノフに産業科学技術相も兼任させ,それまで続いていた,産業科学技術相とクレバノフ自らが創設した5つの軍産複合体部局との間の対立の解消が主眼.
また,軍産複合体に35〜40の垂直統合的な持ち株会社を作り,これによって企業の利益を持ち株会社に吸い上げ,それを兵器近代化のための調査・開発の原資にしようとするものだったという.
しかしロシアの兵器産業では,輸出している企業は数十に過ぎず,その生産コストは高く,企業の赤字を国家の借り入れという形で帳消しにしている状態.
したがって,持ち株会社構想では,米国に対抗できるような兵器開発はできるはずがなく,クレバノフはただ企業の利益を,自分,ないしはあるグループの掌中に移すことがねらいではないかとの疑惑が生まれていたという.
詳しくは,江頭寛著『プーチンの帝国』(草思社,2004.6.22),p.273-274を参照されたし.
【質問】
軍需産業の再編と兵器調達制度改革の状況は?
【回答】
『軍事研究』2007年7月号における,同志「CCCP1917」の記事「プーチンの安全保障・機構改革・産業再編――投稿 ロシア軍事機構の変革」によれば,ロシアの軍需産業の統合化による合理化・外国の軍需産業の連携・兵器調達の透明化が主要課題とされている.
装甲関連は前途多難な動きであることは興味深い.
特にT-80シリーズを開発・販売していたオムスク輸送機械が倒産.
というのも政府からのT-80調達打ち切り,しかも高価なT-80は海外には売れずに発注なしという状況に追い込まれ,ウラル車輌製造との合併を拒否され,見捨てられる.
見捨てられたオムスク輸送機械は軍需産業委員会でT-80の修理と近代化ののみを担当する修理センターへ格下げ.
まぁ肥大化した軍需産業の改革は難しいのはクレムリンも理解しており,厳しい評価を報告書で述べているが,今後もこの統合化による合理化・外国の軍需産業の連携の路線は継続するということ.
兵器調達の透明化というのは,企業の言い値にならないようにすることと.
膨大な調達を一つの省庁に限定し監視することで,汚職やロビー活動の防止につなげてコスト削減を図ろうとする動きがある.
ただちゃんとやらないと意味がないと思うので,この制度には疑問が残るが,問題があった調達制度に一石を投じたのは確かである.
CRS in mixi,2007年06月08日14:30
【質問】
イジェフスクとは,どんなところですか?
【回答】
イジェフスクは,モスクワの東1300kmに位置するウドムルト共和国にある市です.
同市は軍事産業都市でもあり,1807年に国営兵器工廠が出来た時から,2世紀近くにわたり兵器生産に携ってきました.
かの有名なイズマッシュ社も,ここに本社を構えています.
Поклонная гора(パクロンナヤの丘)には,大祖国戦争の勝利50周年を記念して,1995年5月に勝利公園が設立されたようです.
この公園内にある博物館で,イジェフスク武器工場財団200周年記念展覧会が行われた模様.
Оружейная кузница России
(Izhevsky weapon factory exhibition)
http://www.vitalykuzmin.net/?q=node/142
>Small exhibition on Poklonnaya Gora museum
dedicated to 200 anniversary of the foundation
of Izhevsky weapon factory.
【参考サイト】
Poklonnaya Hill
コロボックのころりん観光案内!−第1回/お辞儀が丘
CRS@空挺軍 in mixi,2009年01月05日19:48
【質問】
「ロスボオルジェーニエ」とは?
【回答】
兵器輸出独占体.
1993年11月,外貨不足だったロシアで,兵器輸出促進のために,エリツィンの大統領令で設立.
江頭寛によれば,当時の大統領警護局長アレクサンドル・コルジャコフの支配下に置かれたが,コルジャコフは1996年に失脚.
その後1997年になって,支配権は当時の首相チェルノムイルジンの手に移ったという.
さらに
・1998年11月,首相に就任したプリマコフが,自身の対外情報局長時代の副長官だったグリゴーリー・ラポタを社長に据える
・1999年8月,大統領補佐官だったアレクセイ・オガリョフが社長就任
と,たびたび支配が交代したという.
詳しくは,江頭寛著『プーチンの帝国』(草思社,2004.6.22),p.278-279を参照されたし.
【質問】
「ロスオボロンエクスポルト」とは?
【回答】
「ロスボオルジェーニエ」と「ウロムエクスポルト」が合体した,兵器輸出独占企業体.
2000年11月,大統領令により発足.
直接の輸出権限を有している数社を除き,全ての兵器生産企業は同独占体を通じて製品を輸出することとなった.
「ロスオボロンエクスポルト」社長に就任したアンドレイ・ベリャニノフは,KGB出身で,プーチンの東独駐在時代の同僚だった.
江頭寛によれば,これはヴィクトル・イワノフの大統領府副長官としての最初の,軍産複合体分野での仕事だという.
これには「シロヴィキ」の利益基盤の一つを確保する狙いがあったという.
また,同独占体に買い手の企業や国家に,どの兵器の機種を進めるかの裁量権も持っており,すなわち,どの企業が受注するかも同独占体に左右されることになったという.
さらに手数料として10%を受け取るうまみも大きいという.
ただし手数料1割に対する兵器産業の抵抗が実り,2003年11月,プーチンは「ロスオボロンエクスポルト」が軍事技術協力委員会(2000年12月,国防省内に復活)に従属することを大統領令で認め,委員会は同社の運営に発言権を行使できることになった,と江頭は述べている.
詳しくは,江頭寛著『プーチンの帝国』(草思社,2004.6.22),p.277を参照されたし.
【質問】
「ロスオボロンエクスポルト」新総裁アナトーリー・イサイキンとは?
【回答】
2007年11月,ロシアの武器輸出の総元締めである連邦国営単一企業「ロソボロネクスポルト」(Рособоронэкспорт)総裁に,KGB,FSB出身のアナトーリー・イサイキン(Анатолий
Исайкин)が任命されました.
前任のセルゲイ・チェメゾフ(Сергей
Чемезов;文民)は,国営会社「ロステフノロギヤ」(Ростехнология)総裁に任命.
アナトーリー・イサイキンは,これまでロソボロネクスポルトの副総裁(2000年〜).教授,安全保障・国防・法秩序問題アカデミー会員.
1946年12月17日,ウラジオストクに生まれる.
1972〜1996年,国家保安機関に勤務,ソ連KGB特殊任務グループ「ヴィンペル」副指揮官,ロシアFSB特殊作戦局副局長を務める.
アフガニスタンでの任務遂行に対して,赤星勲章,「勇気に対する」メダルを受賞.
元諜報員 in mixi,2007年11月28日06:02
【質問】
ビクトル・ボウト Viktor Bout とは?
【回答】
世界各地の紛争地域に武器を売り捌いた,ロシア人武器密売業者.
1967年,タジキスタンの首都ドゥシャシベ(Dushanbe)生まれた.
モスクワ(Moscow)の軍事学校に進学し英語,フランス語,ポルトガル語などを習得.
その後,ソ連空軍に入隊.
ソ連崩壊により.ソ連時代の中古武器,航空機,ヘリコプターなどを格安で入手し,それらを世界各地の紛争地域の武装勢力に売り飛ばす,武器密輸ビジネスに手を染める.
KGBメンバーだった疑いもあるという.
ボウトが世界を股に掛け暗躍する中,英国のピーター・ヘイン(Peter
Hain)外相(当時)が同容疑者を「死の商人」と呼んで非難.
国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(Amnesty
International)も,同容疑者が1度に50機を超える航空機で大量の武器をアフリカに密輸した事実を告発.
英メディアも同容疑者と国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)やアフガニスタンの旧支配勢力タリバン(Taliban)とのつながりを指摘.
他にも,国連(UN)の武器禁輸措置下にあったリベリアのチャールズ・テーラー(Charles
Taylor)大統領(当時)にも武器を密輸していたとされる.
ジャーナリストのダグラス・ファラー(Douglas
Farah)氏によれば,
「ボウトの闇ビジネスの仕組みは単純だ.
中古航空機をただ同然で手に入れ,これに安価で購入した武器を詰め込み,そして顧客のもとへ空輸する.
この3段階のビジネスを合体させた」
さらにボウトの暗躍は,ニコラス・ケイジ(Nicholas
Cage)主演の米映画『ロード・オブ・ウォー(Lord
of War)』(2005年)の下敷きにもなった.
しかし2008/3/6,米麻薬取締局(Drug Enforcement
Administration,DEA)の1年間に及ぶおとり捜査の結果,バンコク市内の高級ホテルで逮捕.
ボウトは,このホテルでコロンビアの左翼ゲリラ「コロンビア革命軍(Revolutionary
Armed Forces of Colombia,FARC)」と数百万ドル規模の武器取引契約を結ぶ予定だったという.
【参考文献】
「AFP」:ロシアの「死の商人」,ボウト容疑者の横顔
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