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◆戦略ロケット軍&WMD関連
ロシアFAQ目次



 【link】

「2ch radio」◆(2012/02/21)【ロシア】 プーチン首相 ICBMとSLBM,今後10年間で計400基を調達する方針

「Blogs of War」◆(2013/06/08) Russia’s New ICBM… A Missile Defense Killer?

「Defense News」◆(2012/10/11)Russia Says It Wants End to U.S. Arms-Disposal Plan
「VOR」◆(2012/10/11)ロシア 米国が資金援助する大量破壊兵器を破棄するための計画を更新しない意向

「DNA」◆(2012/07/02)ロシアの戦略ミサイル軍は最終兵器「核ミサイル発射用ハンマー」をもっていた

「English Russia」:At the Nuclear Power Plant

「FAS」◆(2012/07)The History of the Soviet Biological Weapons Program

ие войска - войска рхбз(ソ連&ロシア軍の化学科部隊&対NBC防護服関連を取り扱うサイト)

Фотогалереи "Химбат" (ソ連&ロシア軍の化学科部隊&対NBC防護服関連を取り扱うサイト)

「Lenta」◆(2011/11/23)Медведев изложил план действий в ответ на развертывание ПРО
メドベージェフ,ミサイル防衛の展開に対する行動計画を概説

「Russia Now」◆(2010/12/25)Russian isotopes coming to Canada

「Russia Now」◆(2010/12/27)Russia's upper house may ratify New START treaty on Jan. 26

「Russia Now」◆(2011/01/10)"Internet nuclear bomb is waiting to go off"

「Russia Now」◆(2011/02/23)Russia wants role in, or limits on, Europe missile shield

「Russia Now」◆(2011/05/18)Russia to boost strike nuclear potential if missile cooperation with NATO fails

「Russia Now」◆(2011/06/25)The Russian Atomic Weapon Museum

「Russia Now」◆(2012/02/02)Russia, NATO May Hold Missile Defense Drills in March

「Russia Now」◆(2012/03/07)Russia to Hold International Conference on Missile Defense

「VOR」◆(2011/01/03)ロシア戦略ロケット軍 ことし10回の発射実験を予定

「VOR」◆(2012/03/06)ロシア・NATOサミット 実施可能性低い文書採択不可能

「VOR」◆(2012/02/11)ロシア 西側とのMDの建設的な解決策を模索する構え

「VOR」◆(2012/03/12)米国 欧州MDに関する機密情報をロシアに提供する用意ある

「VOR」◆(2012/03/17)ロシア 最新ミサイルシステム「ヤルス」の実験行う

「VOR」◆(2012/03/27)オバマ大統領 2013年にMDについて露と合意準備ある

「VOR◆(2012/04/29)ロシア 化学兵器の約62パーセントを廃棄

「VOR」◆(2012/05/03)欧州MD グローバル戦略の安定性に対する脅威

「VOR」◆(2012/05/12)ロシア 新型ミサイルで欧州MDを破壊できる

「VOR」◆(2012/06/30)欧州MD ロシア 米国が立場を変えるまで兵器削減に関する話し合いはしない

「VOR」◆(2012/06/30)ロシア軍 巡航ミサイルと戦闘機によるモスクワ攻撃撃退の用意

「VOR」◆(2012/05/23)プレセツク宇宙基地 米国MDにミサイル発射実験で対抗

「VOR」◆(2012/07/09)ロシア 地対空ミサイルシステムC-400の輸出急がず

「VOR」◆(2012/07/14)ロシア軍S400ミサイル 初の発射訓練が8月にも

「VOR」◆(2012/08/25)ロシアは化学兵器の67%を廃棄

「VOR」◆(2012/10/25)ロシアの新弾道ミサイル試作品,標的命中

「VOR」◆(2012/12/14)2019年までに ロシア 新しい大型大陸間弾道ミサイル

「VOR」◆(2013/04/15) クルチャートフ研究所 核兵器から人工太陽まで

「VOR」◆(2013/04/05) 米国務省,ロシアの核兵器に関する情報を公開:「依然米国のものより小規模」

「VOR」◆(2013/05/28) ウラル地方の閉鎖核研究都市にスーツケース男,入境未遂

「VOR」◆(2013/06/07) ロシア,新型弾道ミサイルの発射実験

「VOR」◆(2013/07/30) ロシア軍 対ウイルス・バクテリア特別医療研究施設を建設

「朝日」◯(2012/02/24) ソ連の原爆開発,米学者が手助け? プーチン氏語る

「カラパイア」:【画像】旧ソビエト時代に,つくりかけのまま放置されたクリミア原子力発電所廃墟

「くろいあめ,あかいほし」★(2011/04/24) RS-24の配備状況とロシアの弾道ミサイル生産能力について

「くろいあめ,あかいほしM2」★(2013/04/07) Yahoo!ニュース個人 「本格化するロシアの戦略核戦力再編」

「国際情報センター」◆(2010/11/18)米ロ戦略兵器削減条約批准問題とロシア情勢

「週刊オブイェクト」:ロシア版MD,S300&S400ミサイル・コンプレクスについて

「週刊オブイェクト」◆(2010年04月18日)ロシアと中国が推進するミサイル防衛システム

「ワレYouTube発見セリ」:ICBM Second launch of RS-24 Yars

「ワレYouTube発見セリ」:ICBM SS-18 Rise and Fall Russia Nuclear Power

『世界の環境問題 第4巻 ロシアと旧ソ連邦諸国』(川名英之著,緑風出版,2009.1)

 ソ連から現在までのロシア周辺の環境問題をとりあつかってる本だけど,核実験関連の記述がおもしろい
 実験場近くの農村.
 疎開命令出たはいいが,40人だけ村の集会所で待機させられる.
 実験後,軍の医療機関に収容.1年後に8名が生きていたことだけは記録でわかっているとか,水爆実験直前に風向き変わって,安全だったはずの地域に放射性物質バラまかれたとか,ソ連時代はガンは存在しないことになっていたので,核実験場付近の農村では「肺炎」がはやっていたとか,そんなんばっか.

 その手の話はいろいろあるんだよなぁ.
 どこだったかなぁ,80年代に沿海州で原潜の事故が起こったときは「クラゲ大量発生」という事になった.
 避難したのは,たまたま旅行に来ていた日本人だけ,と.
 後,ノヴァヤ・ゼムリア.水深数十メートルの海底に廃炉を投棄とか.

 なんというか,豪快すぎる.

――――――軍事板

 【質問】
 ロシアの核戦力は?

 【回答】
 〔戦略核部隊の〕兵力は14万9000人.

 海軍1万3000,SSBN19隻に弾道ミサイル324基配備.

 戦略ミサイル軍10万,ICBM 776基,ABM 100基配備.
 警戒システムも管轄.

 【参考ページ】
『ロシアのしくみ』(小林和男著,中経出版,2001/7/9),p.45


 【質問】
 スヴォーロフの「ザ・ソ連軍」シリーズに見る様に,確かに初動核攻撃がソ連のドクトリンなんだが,ただあの国もバルバロッサ然りルスト事件然り,結構ここぞという時に躊躇する国だしねぇ…
 ガチで先制攻撃かけるか,西側による大規模侵攻の明白な兆候でも掴めない限り,むしろ第一撃は西側に撃たせてから,「死の手」作戦バリに核飽和攻撃ってパターンになる気がするのだけど?

 【回答】
 スコットの「ソ連軍-思想・機構・実力」においても,核攻撃のドクトリンは変わらずとの記述があります.
(ただし,あくまでも当時の話)
 ソ連軍全体がドクトリンとして定めている以上,それが想定されてる訳で無視は出来ません.
 実際に実行するかしないかの決断はさておいて,ソ連はその能力と,使うことを前提にした軍備を進めてたと言うことです.

>結構ここぞという時に躊躇する国だしねぇ…

 つまりNATOもそこに期待してた訳です.
(米の相互確証破壊が機能するので,緒戦から使われることはないという前提)

 まあ,いくつかの想定の内,一番激烈な通常戦を本にした訳で…
 そして緒戦で核を使わないという事は,それだけ実施のハードルも低い訳で…
 だからこそ,この想定を選んだのでわと推測.

Lans ◆xHvvunznRc in 軍事板,2009/06/23(火)
青文字:加筆改修部分



 【反論】
ソ連・WTO側が通常戦力でNATO(欧州での地上戦力)を上回っていた時期には,「核による先制攻撃」は積極的には推奨していなかったかと.
 むしろ,「撃てるものなら撃ってみいや」と後の先を狙っていたようです.
 もちろん,政治的必要性があるなら,核戦力による先制攻撃のオプションもあるので,完全放棄はしていませんが.

名無し整備兵 in 軍事板,2009/06/26(金)
青文字:加筆改修部分

 【再反論】
 「ソ連軍 思想・機構・実力」をみるに,1979におけるオガルコフ元帥の言などから見るに80年代中頃までは,先制かどうかはともかく,核攻撃は必須のものと考えていたと捉えるべきではないでしょうか?
 しかも相互確証破壊により,使用を躊躇する意味合いをあまり感じていないようにも思われます.
 これは十分に先制核攻撃をも内包しうる方向性だと感じられます.

 なお,80年代中期といえば,NATOを上回っていた時期です.
 そして,その方向性が明確に変わるのは,90年代に入ってからだったと思われます.

 うらー(笑)

Lans ◆xHvvunznRc in 軍事板,2009/06/26(金)
青文字:加筆改修部分



 【反論】
 Glanzを読む限り,
「通常の状態では核による先制攻撃は政治的にリスクが高い.
 しかし,どうしても必要な政治的要求があるなら実行する」
という考えだったようです.

 そして,仕掛けてくるのはむしろNATO側だと考えていたから,それに対し脆弱な第2梯隊を減少させる方向に進んだ,と.

 ソ連の軍事ドクトリンにおいて,相互確証破壊はあくまでも「政治的に考慮すべきリスク」の一つであって,リスクを上回る利益がある(または更に大きいリスクを回避できる)と政治的に判断できるならば,甘受するものだったのでしょう.
 「戦争とは,別の手段による政治の継続」であることを,革命以来常に信条としてきた国ですから.

名無し整備兵 in 軍事板,2009/06/26(金)
青文字:加筆改修部分

 【再反論】
>そして,仕掛けてくるのはむしろNATO側だと考えていたから

 なので,あの時期に下手にソ連を過剰に刺激すると,NATOに対する予防攻撃として侵攻を誘発する危険性があったわけで…

 この下手に誤解を与えた場合…
「今やらねばNATOの侵攻を許す事になる.
 放っておけば母なる大地は,西欧の大悪魔に蹂躙されてしまう.
 ならば攻撃,一心不乱の大攻撃を先に行わねばならない!
 なれば核先制攻撃も辞さない!
 今こそ勝利を!
 うらー!」
というのは十分ありえる方向性な訳で…
 このあたり,防衛の為とはいえ,両国がお互いに脅威と認識しあう軍備バランスと言うのがいかに難しく,危ういものであるかと言うのが見て取れると思います.

 まあ,本来は攻勢防御を狙うのでしょうが,NATOの能力と比べ,それが難しいと感じさせてしまったら,先制による予防攻撃を選択というのは十分に…

 ああ,人類の理性は偉大です.

Lans ◆xHvvunznRc in 軍事板,2009/06/26(金)
青文字:加筆改修部分



 【反論】
 ソ連は,主敵たる米国(及び西側先進国)の重心(弱点)は,「世論」であると見抜いていた節がありまして.

 即ち,「核による先制攻撃」は,米国世論を反ソに駆り立てる可能性が高い.
 それよりも,優勢な我が通常戦力で予防攻撃を行い,米国が世論に配慮して核打撃をためらっているうちに戦略目的を達成するか,あるいは通常戦力の劣勢を補うため核打撃を行うNATOを,足元から政治的に揺るがすよう考えていたようです.

 繰り返しますが,ソ連が想定していた先制核打撃は,「それが政治的に有利な場合」以外ありえません.
 それが「純粋に軍事的には有利」であっても,「政治的に考慮すべきリスク」を上回るのでは,それを諦める理性を持っていたのがソ連軍でした.

 そしてNATOは,通常戦力のみでソ連を脅かす能力を保有していたことはありませんでした.
 つまり「ソ連による先制核打撃」への懸念は,当時の内部文書を調べることができる今となっては,NATO側のプロパガンダに近いものだったと言えるかもしれません.

名無し整備兵 in 軍事板,2009/06/26(金)
青文字:加筆改修部分

 【回答】
 なるほど,納得しました.

>ソ連が想定していた先制核打撃は,「それが政治的に有利な場合」以外ありえません.

 はい,それは承知しております.

>そしてNATOは,通常戦力のみでソ連を脅かす能力を保有していたことはありませんでした.

 ただ,結局は当時の「ソ連」がどうとっていたかであり,繰り返し,NATO/米の過剰軍備を非難していたソ連としては,我々は,微塵も優勢など思っていませんでしたが,ソ連は脅威を感じてたという事なのでしょう.

 つまりNATOもWTOも同じく,壁の向こうの相手に幻想を持っていたのではないでしょうか?

Lans ◆xHvvunznRc in 軍事板,2009/06/29(月)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 NATOの方が,数に勝るワルシャワ軍の突進を止めるために,小型核で遅滞戦術という話もあるが,撤退戦で先制核投入というのは難しそうだよなぁ?

 【回答】
 それを阻止する為に,OMGが主梯団から分離先行し,NATOや米軍の核施設や基地/司令部などを狙っていく訳です.

 NATO軍兵士が自棄になってワルシャワ条約機構軍にランスをぶっ放しったりが出来ないように,OMGを先行させ,核施設を直接奪取してしまうのですよ.
 また司令部を叩くのも同様.
 核の発射命令を出す前に,指令をだす頭をつぶすという考えです.
 命令系統の再構築は可能ですが,その間に欧州は赤化されます.
 1週間以内に全てを終わらすつもりでしたから.

 また,OMGにばかりかかずらわっていると,WPO主力の攻撃でNATO戦線が崩壊の憂き目にあいます.
 そしてOMG以上の規模を持つ第2梯団が発進します.
 ※OMGと第2梯団と予備部隊は全て別々の存在ですので注意.

 ま,出来るか出来ないかは別の問題ですががが
 がお,がお,うらー

 で,それに対応しようというのがエアランドバトル.
 縦深攻撃だけでなく,実は対OMGとして機甲騎兵連隊や空中強襲部隊などが重要となのは秘密です.

Lans ◆xHvvunznRc in 軍事板,2009/06/23(火)
青文字:加筆改修部分



 【質問】
 70年代以後のソ連では,第2梯隊を大幅に縮小していったのでは?
 この趨勢は,エアランドバトルに対抗するため,ソ連崩壊時まで加速.
 そしてペレストロイカ以後は,ソ連成立以来初めて「当初の防勢」を言い出すようになります.

名無し整備兵 in 軍事板,2009/06/25(木)
青文字:加筆改修部分

 【回答】
 その前にNATOが逆侵攻を言い出してたあたりでも,部分的防勢について言い出し始めてませんでしたっけ?

 また,第2梯団は縮小してはいますが,OMGよりは規模があったはずです.
 つまり第1梯団がより強化されてたと思いましたが.
(一部はOMGの強化にも)
 第2梯団が叩かれても,第1梯団で押し切る方向.

Lans ◆xHvvunznRc in 軍事板,2009/06/26(金)
青文字:加筆改修部分

 【反論】
 ペレストロイカ以後は「当初は防勢」で,敵の先制攻撃をすりつぶしてから攻撃に移る攻勢防御になっています.
 理由は,当時のソ連軍の事情をご存知の方には明らかですが.

 第2梯隊は個々のOMG(或いはOMF)よりは強力ですが,複数のOMG(OMF)に割くリソースの方が大きくなっているはずです.
 第1梯隊が重視されているのは,その通りですね.
 理由は簡単.
「第2梯隊はエアランドバトル(それ以前ではNATOの核打撃)に対して脆弱」
なため.

名無し整備兵 in 軍事板,2009/06/26(金)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 第2次大戦後のソ連のロケット開発について教えられたし.

 【回答】
 ソ連のロケット開発と言えば,コロリョフとかグルシコ等が良く出て来るのですが,彼等は中央空気流体力学研究所(ЦАГИ)や反動科学研究所(РНИИ)の何れかの人物です.
 しかしロケット開発を管轄したのは,第2次大戦中に装備人民委員部,後の装備省に属していました.

 ロケット開発と言えば,ソ連ではツィオルコフスキーを筆頭に,可成りの技術蓄積があったのですが,ソ連が最初に開発したミサイルは,A-4ロケット…つまりドイツで報復兵器2号と呼ばれていたもの…を下敷きにしたものでした.
 ソ連の学者達は,このA-4ロケットを評して,
「余りに不正確で,不安定で,航続距離に限界があり,高価すぎて,単なる通常弾頭では連合国の都市を大量に焼き尽くすには値しなかった」
と評しており,コロリョフ,チェルトック等,第一線の技術者達も,この方針に反対していました.

 その技術導入の背景は,1945年5月,赤軍の駐ベルリン軍政部内に設置された「反動技術装備に関する技術委員会」の責任者ガイドゥーコフ将軍から始まります.
 彼は委員会設置から間もない頃,党中央委員会からロケット技術の修得を担当する人民委員の人選を依頼されましたが,ガイドゥーコフ将軍は3名の候補を立てます.
 1人は,航空機工業人民委員であるシャフーリン,次が弾薬人民委員(後に廃止される)ヴァンニコフ(1945年8月に新設された第1総管理部(原爆開発部署)長官になる),そして最後が装備人民委員部のウスチーノフでした.

 しかし,シャフーリンとヴァンニコフは多忙を理由にこれを断りました.
 と言うのも,当初は弾道ロケット弾は戦略的・戦術的有効性が未だ確立されていないものだったからです.
 一方で,ウスチーノフは次官のリャビコフと諮ってこれを受ける事にしました.

 さて,装備人民委員部の仕事は何かと言うと,国防人民委員部が発注した軍備の生産と監督でした.
 1940年に国防人民委員部が発注した軍備総額は309億ルーブリに達し,内訳は弾薬人民委員部に32.1%,航空機工業人民委員部に23.5%,中型機械製作工業人民委員部に7.6%,重機械工業人民委員部に3.7%,化学工業人民委員部に2.7%,一般機械人民委員部に2.3%,造船工業人民委員部に1.5%,国防人民委員部内部で2.9%,その他7.3%であり,装備人民委員部には16.2%が充当されています.

 ソ連の軍備増強に拍車が掛かったのは,第2次大戦直前である1939年8月29日付の人民委員会議布告「高調質鋼・鉄合金の配給バランスと計画について」が嚆矢ですが,戦時動員が開始されたのは,9月の党政治局決定「既存航空機工場の再装備と新工場の建設について」で,9工場の新設,9既存工場の軍需転換を決定すると共に,航空機工業人民委員部に民需向けの60企業を軍需向けに転用する決定が下された事からです.
 1940年6月,党政治局はチェリャビンスクとスターリングラードのトラクター工場をT34戦車生産に動員する決定を下し,同時に民需用のウラル重機械工場,ウラル貨車工場,ノヴォ=チェルカスク,ノヴォ=クラマートル,ヴォトキンスクの各機械工場に砲身や砲身用被せ金(クラット板)の製造を請負わせています.

 そして,これらの工場に派遣されている軍関係者は1938年から僅か2年で1.5倍の20,281名に達しました.

 独ソ戦勃発後,党政治局は,既に弾薬人民委員部に対し政府が決定していた民需工業企業の移管を承認し,弾薬人民委員部は本来所管している65企業から一気に600企業を管理することになります.

 更に9月11日になると,様々な省庁の部局を基礎に,戦車工業人民委員部が誕生します.
 これは,チェリャビンスクのトラクター工場(キーロフ工場),造船第112工場(クラスノエ・ソルモヴォ),ウラル重機械工場,スターリングラード・トラクター工場など当時ソ連邦最大級の工業施設6箇所を含む27企業,218,300名の工員を擁し,戦車,ディーゼルエンジン,砲弾,潜水艦の船体や戦闘機・爆撃機に搭載する機関砲類の生産にも携わっています.
 11月21日には,一般機械人民委員部をそのまま迫撃砲・ロケット砲人民委員部に再編する措置が執られました.

 装備人民委員部については,開戦前に14箇所の大砲工場,9箇所の銃火器工場,8箇所の弾薬・弾薬筒・薬莢生産工場,12箇所の光学器械工場の合計43工場に職員総数286,000名,工作機械70,800台を擁していましたが,大戦末期の1944年になると,64工場,職員総数316,000名,工作機械99,500台に迄膨れ上がりました.

 1941年8月16日,人民委員会議・党中央委員会の合同決議により,工業生産力確保を目的に,前線に近い場所に立地していた工場を疎開する「東方疎開」が始まります.
 夏期中に1,360箇所の企業移転が決定され,ウラル地方に455,西シベリア210,カザフスタン・中央アジアに250などが割り当てられました.
 この「東方疎開」には最高戦争指導機関である「国家防衛委員会(ГКО)」の作業ビューロー(当初はモロトフを長に,マレンコフやミコヤンが,1944年12月8日からはベリヤを長に,マレンコフ,ミコヤン,ヴォズネセンスキー,ヴォロシーロフが就任)により強力に推進されますが,それぞれの人民委員部でも,1941年10月時点で,管轄企業数500箇所のうち,324企業が疎開作業中で,操業中は177企業でした.

 装備人民委員部の疎開計画でも58企業のうち32企業が疎開作業中でしたが,第60工場の様に,大規模工場の場合は,疎開先に充分なスペースが取れず,イルクーツクの第540工場,カザンの第543工場,チェリャビンスクの第541工場,チカロフの第545工場,キーロフの第537工場,キルギス共和国の地方工業人民委員部附属修理工場に分割して移送されるケースも多かったと言われます.

 1941〜45年までの年平均国防支出は,予算支出の50.8%に当る582億ルーブリ,国民所得中の割合も1943年には33%に及びます.
 しかし,大戦が終結する1945年になると,国防支出は一挙に128億ルーブリ,1946年には73億ルーブリ,1947〜48年に66億ルーブリと急速に下がっていきます.

 大戦当時の工業は軍需一色だった事から,民生品が犠牲にされました.
 それを補ったのが英国,米国からのレンド・リースであり,その比率は,通常歩兵装備(小銃など)は7.4%,戦車・自走砲13.4%,航空機20.5%に達しました.
 レンド・リース総額は1,060億ドル,1944年の国民所得の18.9%に達していますが,こういった軍用品だけでなく,民生品も多く輸入されています.
 トラックや軽乗用車はソ連全体の生産台数の55%,トラクターが20.6%,金属切削工作機械が23.1%,蒸気機関車が42.1%,鉱産資源では,アルミニウム地金が40.8%,鉛19.3%,水銀37%,錫99.3%,コバルトが56.9%,モリブデン67.1%,防錆鋼が24.3%,航空ベンゼンが18.1%,天然ゴム100%,エチル・アルコールが22.3%,グリセリンが38.2%に達しています.

 戦争が終結すると言う事は,直ちにレンド・リースの打ち切りになる訳で,民生品の超過需要を吸収する為には,先ずドイツ東部,ポーランド,オーストリアの一部,マジャール,中国東北部,朝鮮に展開していた「敵性」企業の工場5,500箇所から旧ソ連邦領内に大規模な工場設備の移送が計画されます.
 この作業は,閣僚会議麾下に内務人民委員部次官サヴェニャーギンを長として「日本・ドイツ企業設備移管委員会」に監督され,1947年12月からは,これらの接収設備を分配する組織としてGosplanの一部を分離して,国家供給委員会(ゴススナブ)が組織されました.
 同時に,「国民経済への新技術導入国家委員会(ゴステフニカ)」は,連合国から戦時中に提供されたものや,ドイツから接収した多くの外国特許を管理し,様々な企業への導入促進を進めました.
 ゴステフニカが所有していた特許は,総数約22.5万件,うち1939〜40年のドイツ特許が4.5万件,それ以降のドイツ特許(申請中を含む)5万件,米国からの特許13万件がありました.

 こうした戦利品の利用と並んで,軍需工業の整理・縮小も行われます.
 戦後のソ連軍需工業は,この整理縮小に対抗して,何かを為さなければなりませんでした.

眠い人 ◆gQikaJHtf2,2009/03/21 17:20

 モスクワには防衛援助=航空・化学振興協会(ОСОАВИАХИМ)と言う組織があり,その中には反動エンジン研究グループ(ГИРД)と言う分科会がありました.
 初代のグループ長はツァンデルで,その下にコロリョフ等有能な研究者を集め,ロケットの開発研究を進めており,既に1933年8月と11月には液体燃料と液体酸化剤を用いたロケットГИРД-09(液体酸素とベンジン),ГИРД-10(液体酸素とアルコール)を開発していました.
 このグループは気体力学研究所(ГДЛ)と合併し,後に重工業人民委員部所管の反動科学研究所(РНИИ)となりました.

 所長にはクレイメノフが就任し,その指導の下,ランゲマークやコロリョフ等の活躍により,この研究所からはロケット弾М-8,М-13が開発され,1937年のノモンハン事件で航空機から発射されて大きな戦果を挙げました.
 以後,地対地ロケット212型,216型,217型,空対空ロケット弾201型を相次いで開発しますが,1937〜38年,これらのロケット開発を支援していたトハチェフスキー元帥の粛清に連座して,クレイメノフ,ランゲマークは銃殺され,コロリョフやグルシコは収容所に送られて辛酸を嘗める事になり,突然の停滞を迎える事になりました.

 その後,細々と1941年まで弾薬人民委員部第3科学研究所でロケット弾の研究開発は行われていましたが,独ソ戦進展の結果,その重要性が益々高まり,1942年7月,人民委員会直属の研究機関として国立反動技術研究所(1944年2月に航空機工業人民委員部に移管)が設置され,各種ロケット兵器が生み出されていきました.

 この他,農業機械工業人民委員部の第1国立中央科学研究所では固体燃料ロケット弾を,航空機工業人民委員部の第1科学研究所が液体燃料ロケットエンジンを,装備人民委員部第88工場設計ビューローが高射ロケット砲の研究を進めていました.

 戦争が激化すると共に,有為な人材を収容所に入れておくのは忍びないと言う事で,コロリョフ,グルシコ等は釈放され,航空機工業人民委員部第16工場合同設計ビューローで反動エンジン開発に従事しました.
 グルシコは第2設計ビューローを率いてロケットエンジンの研究に勤しみ,コロリョフは「第5グループ」リーダーとして航空機用ジェットエンジンの開発に当りました.

 戦争が終わると,ソ連の技術もそれなりに発展してはいましたが,他人の芝生は青く見えるが如く,ドイツの技術,特にV-1,V-2…その中でもV-2の効率の良い液体燃料ロケットエンジンが注目の的となります.

 1945年5月,廃墟のベルリンにあった駐ベルリンソ連軍政部内に「反動技術装備に関する技術委員会」が設置されました.
 委員長はガイドゥーコフ将軍,副委員長はムルィキン,技術者としてポペドノースツェフ,ブゥドニクなどが参加しており,彼等は5月24日にベルリンに到着,直ちに残された資材,部品から,ドイツ人技術者達の「協力」を得て,A-4ロケットを10基再現する事を計画しました.
 8月になると,コロリョフ,グルシコ,ピリューギン,バルミン,ミーシン,リャザンスキー,В.И.クズネツォーフ,チェルトック,それに軍人のН.Н.クズネツォーフ等が新たに派遣され,委員会に合流しました.
 逸失文書の復元作業は専らブゥドニクの作業だったと言われています.

 航空機工業人民委員部も独自に動きを見せ,ペトロフ将軍を長とするミッションに同行する形で,第1科学研究所副所長だったアブラモヴィッチ教授をドイツに派遣し,ロケット製作の実態について調査を行いました.
 その結果,ペーネミュンデの実験施設については,150の建物と11基の発射台があったのが,ソ連軍進駐時には2箇所の酸素工場と発電所,若干の燃料タンク,酸化剤タンクとバラバラな資材,部品が残っているだけ,また,職員も幹部クラスは全てチューリンゲン地方に疎開し,米軍に投降してしまったので,現地には2級の労働者が残っているだけであることが判明しました.

 ただ,ソ連が確保した技術者の中にもそれなりの人物がおり,例えばジャイロスコープの第一人者であるクルト・マグヌス,レーダーのフランツ・ランゲ,空力学のヴェルナー・アルブリング,自動管理システムの専門家,ハンス・ホッホ等がいました.
 しかし,その確保された技術者達のリーダー格だったヘルムート・グレトルップを除けば,彼等はフォン・ブラウンと働いた事もなければ,多くの技術者がロケット技術に接したのは,ソ連がロケットなどドイツの先進技術を調査する機関として設置したノルドハウゼンが初めてだったと言う状況でした.

 8月,帰国したガイドゥーコフ将軍を長に,軍需工業関連の諸人民委員部と国防人民委員部砲兵総管理部代表からなる官庁間委員会が開催され,以下の事が決定されます.

 ドイツのロケット技術に関する資料の収集と翻訳
 ノルドハウゼン地区での特別研究所の設立とV-2実験工場再建
 5つの設計ビューローと技術ビューローをノルドハウゼンの諸工場に配備すること
 残存している部材から7基(既に4基は実験済みで,別に3基がモスクワに送付されていた)のV-2を再現し,テストすること
 これらの事業に「協力」するドイツ人は凡そ1,200名でした.

 1945年7〜8月,ノルドハウゼンのミッテルベルク工場にコロリョフやグルシコ等が派遣され,現地でA-4ロケットの再現に取り組みます.
 この為,クライン=ボドゥンゲンに「第3工場」を組織すると共に,ブライヘロデにチェルトックを責任者とするRabe(Raketenbauの略)研究所を設置し,南チューリンゲンのレーステンにあった液体酸素地下工場とエンジン試験場を接収し,グルシコがその再利用を指揮しました.
 これらの諸施設は,1946年5月までにノルトハウゼン研究所に吸収され,新たにガイドゥーコフ将軍が所長,コロリョフが主任技師として就任します.
 この研究所にはロケット本体の再現に当る「第1工場」,エンジンを担当する「第2工場(別名モンターニャ)」,制御システムの開発を担当する「第4工場」が設置され,ソ連技師によるV-2ロケットの再現が試みられました.

 ところで,我らが装備省も,この新技術獲得競争に参戦しています.
 1946年4月29日付Gosplan副議長キルピチニコフがベリヤに宛てた報告に依れば,それは以下のものでした.

 非誘導型液体燃料地対空ロケット弾「タイフーン」の実物,技術文書.
 無線誘導型地対空ミサイル「ヴァッサファール」の実物(但し電気装置が不完全と詳細設計書が不完全な技術文書).
 無線誘導型地対空固定燃料ミサイル「ライントホター」の無線装置を欠いた実物と詳細設計書を欠いた技術文書.
 無線誘導型地対地ミサイル「V-2」の不完全な実物と詳細設計書を欠いた技術文書
などでした.

 同じ報告には,弾薬人民委員部,そしてそれを引き継いだ農業機械製作省もこの競争に参戦している旨,報告されています.

 V-2の実物2基,その9〜70基分の部材,対潜ミサイルHs-294,対艦ミサイルHs-293の実物6発(但し無線装置を欠く)ロケット弾用固体燃料150発分などの実物
 V-2のフォトアルバムなど技術文書
 ドイツの地下工場「ミッテルヴェルケ」から搬送した1,592台の設備(内,367台はV-2生産用),ラインメタル=ボルジッヒ社から搬送途上に押収した貨車450両分の設備などを保有
 そして,29名がその研究に従事しているとされていました.

 更に,Gosplanは,装備省,農業機械製作省のどちらがどのタイプのロケットの製作に力点を置くべきかをベリヤに進言していますが,農業機械製作省の方が保有している実物や部材が多いにも拘わらず,農業機械製作省は固体燃料推進ロケットの研究と開発担当とすべきと述べています.
 即ち,液体燃料ロケットの研究と開発担当は装備省となった訳です.

 確かに農業機械製作省の方が部材は多かったのですが,装備省は1945年冬から第88科学研究所(НИИ-88)の組織に着手していました.
 11月30日付の装備人民委員指令463に則って,第88工場に主任技師コースチンをリーダーに250〜300名を定員とする特別設計ビューローが付設され,先ず上級技師バイコフスキーを始めとする8名の設計者が中核となり,若手の専門家や軍を召集解除された技術者を集め,第88工場の空家を利用して設計技師室,実験職場,研究室など設備を整え,1946年春に第88工場長カリストラートフを兼務で所長職とし,コースチンを設計ビューロー長兼務としてНИИ-88を発足させてました.
 29名が細々と研究を開始した農業機械製作省とは反対に,機材は少なかったものの,人数的には指導部8名,上級技師・設計技師15名,技師59名,技士44名など合計150名の大所帯で発足した研究所でした.

眠い人 ◆gQikaJHtf2,2009/03/26 22:06


 【質問】
 ソ連のミサイルは旧ナチス・ドイツのもののパクリですか?

 【回答】
 きみのいうミサイルが何を指すのかよくわからんが,ソ連に強制連行されたドイツ技術者が開発に当たっていたのは中距離弾道弾だ.
 しかも彼らはソ連技術者への刺激剤としてのみ使われ,実用になったソ連のミサイルには,彼らのアイデアや努力はほとんど反映されていないらしい.
 ソ連から生還したドイツ技術者の回想「ロケット収容所」(サイマル出版)に詳しい.

軍事板


 【質問】
 ソ連での核ミサイル開発の始まりは?

 【回答】
 旧ソ連において,ロケットと核戦略が融合するのは,1950年代半ばのことでした.

 1951年にР-3Аロケットの設計が完了した後,射程1,200km,重量28t(弾頭重量1.5t)のР-5が検討され,1953年3月から1955年2月にかけて実施された3段階の試験研究の後,完成に漕ぎ着けました.
 この最後の試験段階に於て,Р-5ロケットに核弾頭を搭載する事が提案され,当時核兵器開発に主導的役割を果たしていた物理学者,ハリトン,ブリッシュ,サハロフ等がその為の核弾頭を設計しました.
 こうして,Р-5ロケットは戦略核ミサイルР-5Аとなり,1955年1月〜1956年2月にかけて試験研究が行われ,1956年3月に実戦配備が行われました.

 これは,1950年代初頭にНИИ-88が設定した3つのテーマであるН-1〜Н-3のうちのН-1に当ります.
 因みに,Н-2はよりコンパクトな弾道ミサイル開発,Н-3は2段ロケット式大陸間弾道弾の開発でした.

 核兵器の運搬手段となる前のロケットと言うのは,非常に非効率な兵器でした.
 ソ連が手に入れたV-2ロケットにしても,その不正確さ,高価さは批判の的であり,この兵器が時代の徒花になってしまう可能性もありました.
 コロリョフからして,1947年の段階でも,V-2の再現という砲身に反対し続けており,チェルトックも1945年の段階で,V-2は既に時代後れの代物であると感じていました.

 航空機工業人民委員部が作成したドイツ視察報告書においても,ロケットと言うものについて,1942年にドイツではアルコールと液体酸素を利用したエンジンを完成させていたにも拘わらず,弾頭部爆発のタイミングのずれや,無線コントロールの不正確さの為に,実戦利用が可能になったのは1944年末になってからであり,その射程も僅か550〜600kmで,余り戦略的な価値がないとしており,一方で対空ロケット弾の方を高く評価しています.
 まぁ,航空機関係のものに興味を示すのは当然で,V-2ロケットについては砲兵術の延長線上にあるものとして,弾薬人民委員部に任せるべきであると書いていました.

 一方,装備省でもV-2の評価は高くありませんでした.
 1946年3月23日付の省参事会決議ではロケット弾関連の技術項目が9項目挙げられていますが,V-2ロケット関連の項目は出ていません.

 6月5日付スターリン,ベリヤ,マレンコフ宛の書簡でも,ウスチーノフ達は,V-2の無線誘導装置が嵩張る大きさである事,V-2は英国の妨害電波を受けると簡単にコントロールを失った事,この教訓からドイツでは自律コントロールを実現するジャイロスコープによる自己位置決定システムを開発していたが,これは未だ実験段階である事,更に搭載弾量は800〜1,000kgに過ぎず,射程距離が250〜270km有ると雖も,誤差が10〜20kmもあること等,V-2の技術的未完成性を率直に報告していました.
 但し,V-2ロケットの技術的意義を認め,研究・開発の着手について提案をしています.

 これがより具体的に書かれて居るのが1946年6月24日付のスターリン宛報告メモです.
 これには,こんな事が書かれて居ます.

――――――
1. V-2をソ連邦が修得する可能性はある.
2. V-2をものに出来れば,現代の基本的な反動技術とより強力な反動装置を作る能力を手に入れる可能性が与えられる.
3. 高射ロケット弾はドイツでも着手されたばかりで,ソ連邦でも科学研究,設計が行われなければならない.
4. 反動装備の戦闘への応用は予言的で,その性格は明らかではない.
  軍事力省(1946年2月25日に国防人民委員部と海軍人民委員部が合同した単一の軍事官庁であったが,1950年2月25日には再び陸軍省と海軍省に分割され,1953年3月15日に再統合して国防省となる)に研究させて頂きたい.
5. ソヴィエト国家には新しい強力な科学研究機関を作る必要がある.
――――――

 一方,軍部は,と言えば,長距離ロケットが初めて軍機関紙『軍事思想』に登場したのは,1945年1〜2月号でしたが,それは事実関係を淡々と述べただけで,V-2に関する本格的な考察論文は1946年12月号で初めて出現します.

 この論文においては,大砲など単なる火薬の爆発による推力に比較した場合の反動による推力の効率の良さを原理的に解説すると共に,米英の雑誌記事を抜粋して,西側のロケット開発の現状を紹介しています.
 但し,この論文を執筆したクレショフ将軍は,西側にこうした技術開発が後れを取る事を危惧したが故のものに過ぎず,技術そのものの将来性に確固たる展望を見る事は出来ません.

 つまり,軍部としてもロケット技術が将来的に国の国防を担うものであるかどうかはまだ判断が付きかねていた訳です.

 兎にも角にも,スターリンへの根回しの結果,装備省がコロリョフやチェルトックと言った主要研究者の反対を押し切ってV-2ロケットの完全なコピー作りに青信号が点る事になりました.
 何故,時代後れと言われていた産物を製作する事になったか,と言えば,装備省上層部が独ソ間の技術格差を短期間で埋める為の手段として,コピーを選んだと言われています.

 実際,1947年のコロリョフの報告では,プレス加工,鋳造,圧延など塑性加工部品1,271点のうち,ソ連で1,012点までは出来たものの,256点は原寸大型紙を用いた手作業で漸く完成し,鋼材はV-2に利用されている86級種に対し,国産で入手可能なのは僅かに32級種,非鉄合金は59品目に対し21品目しかなく,НИИ-88の工場設備もプレス機や鋳型を中心に可成り不足していました.
 とは言え,V-2のコピーが直ちに同等の性能を発揮するとは限りません.

 では,何故この様な回り道を採ったのか,と言えば,先日触れた装備省の「御家の事情」が絡んでいました.
 チェルトックに依れば,それは以下のようなものでした.

――――――
1. 技術者,労働者の巨大な集団に需要を与え,養い,働く事を学ばせる為に,具体的で明確な課題を与える必要.
2. 様々な部門の工場を休ませておく訳には行かない.
3. 戦争の過程で,事実上,国立中央ポリゴン(発射試験場と関連施設)が出来上がってしまった.
4. 祖国の工業がロケット技術を出来るだけ早くものにする必要.
――――――

 要は,遊休生産設備の活用をしないと,スターリンから目を附けられ解体の憂き目に遭うので,自分達のレーゾンドートルを確保する為にも,V-2のコピーという難題に取り組む必要があった訳です.

 こうした方針は装備省上層部が積極的に動き,1946年4月から国家中枢への積極的な働きかけが開始されました.

 何となく,ロケットを打ち上げる某国の事情も似たようなものじゃないかなぁと思ってみたりして.

眠い人 ◆gQikaJHtf2,2009/03/27 23:50

 さて,装備省のウスチーノフは組織解体を免れる為に,積極的に活動を開始しました.

 1946年4月17日付のベリヤ,マレンコフ,ブルガーニン,ヴァンニコフ大将,ヤコヴレフ元帥,そしてウスチーノフ連名のスターリン宛報告メモでは,誘導型,非誘導型液体燃料ロケットに関する科学研究,設計,試験研究は装備省に,固体燃料型ロケット弾については,弾薬人民委員部を引き継いだ農業機械製作省に集中するよう勧告しています.
 この勧告は,ウスチーノフの根回しに依って書かれたものであり,また,Gosplanも装備省の掩護を行い,4月29日付のベリヤ宛書簡で,Gosplanは装備省に対するV2ロケット等の開発を要請していました.

 1946年5月13日,スターリンは,閣僚会議布告により,閣僚会議附属「反動技術特別委員会」を設置する事を承認し,その長にはマレンコフが,実行官庁は装備省が責任を持つ事になりました.
 この「反動技術特別委員会」は通称「第2(特別)委員会」とも呼ばれ,マレンコフが議長,副議長はズーボヴィチ,委員にウスチーノフ,ヤコヴレフ,キルピチニコフ,ベルク,ゴレムィキン,セロフ,ノソフスキーが就任します.
 装備省を中心に様々な課題が諸官庁に割り振られ,その課題遂行の為,農業機械工業省,電気機械工業省,航空機工業省に総管理部(Главк)が,化学工業省,造船工業省,機械・機器製作工業省には管理部(Управление)が設置されました.
 更に6月には,軍事力省にネステレンコ将軍を長とする「第4(反動装備)科学研究所」が設置され,砲兵総管理部に「反動兵器管理部」と「ロケット技術国立中央ポリゴン」設置され,Gosplanにもロケット技術課が設置されます.
 動員の対象となったのは12省1総管理部に跨り,総数40箇所にも及びます.
 正に,国を挙げての一大プロジェクトとなっていった訳です.

 8月になると,ドイツのソ連占領地域に「ロケット開発経験研究総括国家委員会」が設置され,ノルトハウゼン研究所の基本課題が定められます.
 同じ時期,ドイツのブロイヘロデに於てヤコヴレフ元帥を長とする政府委員会が開催され,ウスチーノフ,ゴノール将軍,装備省総管理部長ヴェトーシュキン,Gosplan国防工業部長パシコフ等が参加し,装備省「第88科学研究所」の骨格が形作られました.

 そして,1946年末にはノルトハウゼン研究所を文字通り移転させ,全員がソ連に帰国する事になります.
 協力させられていたドイツ人技術者,労働者もСП-1,СП-2と言う2本の特別列車に乗せられ,ソ連に連行されました.
 この特別列車は各々68両編成で,V2ロケット40基分の完成品,資材,部品,308名のドイツ人科学者と技術者を乗せていました.
 その行先はНИИ-88.

 これはモスクワ州カリーニングラードの第88工場が基礎になっており,この研究所の所長にはゴノール将軍,主任技師にはカチューシャロケットを開発したポべドノースツェフが宛てられました.
 НИИ-88は,「科学部」,「第88特別設計ビューロー」,「第88実験工場」,「試験用発射場」の4部門から成り,更に「第88特別設計ビューロー」には幾つかの設計課が置かれましたが,「第3設計課」はコロリョフが指導し,V2のソ連版であるР-1,Р-2の設計を担当しました.
 又,「第4設計課」ではシニリシチコフが長距離誘導高射ロケット弾「ヴァッサファール」の再現を,「第5設計課」ではラシュコフ等が中距離誘導高射ロケット弾「シュメッターリンク」,「ライントホター」の再現を,更に「第6設計課」ではコースチン等が非誘導高射ロケット弾「タイフーン」の開発を進めていました.

 合せて「第8設計課」ではウマンスキー等が酸化剤開発を中心に液体燃料ロケットの開発研究を行っていましたが,こちらは航空機工業省第1科学研究所のイサーエフ(大戦中ロケット戦闘機ВИ-1を開発した)等が先に成功した為,1948年に「第8設計課」は廃止となり,イサーエフを所長とする「第2合同設計ビューロー(第9設計課)」に業務が移管されました.

 「科学部」ではНИИ-88主任技師ポベドノースチェフ直属の部署で,イォルダンスキー率いるМ課は材料研究を,パンフェーロフ率いるП課は硬さ試験を,ラフマトゥーリン率いるА課では空力学,気体力学,ツィビン率いるИ課では一連の試験法を,チェルトック率いるУ課は管制システムを担当していました.
 この内,У課は,戦利品として捕獲された光学機器工場用の精密工作機械を駆使して一連の研究を実施し,後には科学アカデミー自動機械・遠隔操作機器研究所の協力を得て課題に取り組んでいます.

 こうして,V2再現作業は順調に推移し,V2ロケットの完全コピーであるР-1の発射試験が1948年から開始され,10基中8基が成功しました.
 Р-1ミサイルは,射程270km,照準誤差8×4kmの性能を持ち,1950年に正式に配備されています.

 ところで,装備省はこの時期も一貫して,危機的な財政状況にありました.
 1946年7月には,1億5,000万ルーブリに上る特別回転資金欠損補填を財政省に要請し,1947年3月に1億4,660万ルーブリの回転資金不足埋め合わせ,借款の決算期限延期,1億2,000万ルーブリに上る決算用クレジット4ヶ月分の提供を,7月には閣僚会議予備ファンドから8,400万ルーブリの補填を,12月にも6,000万ルーブリの損失補填と1億6,000万ルーブリの決算用クレジットの提供を要請しています.
 1948年は2月に早速,1億2,500万ルーブリの損失補填と決算用クレジットの提供を財政省に求め,3月には閣僚会議予備ファンドから1億5,490万ルーブリの支出,借款の返済と1947年に特別に供給された設備に対する工業銀行へのローン支払いに5,600万ルーブリ,10月になると工業銀行に対しローン支払期限延期を要請しています.

 これに先立つ9月9日付閣僚会議布告3168-1036cにより,装備省の総生産高計画値は58億ルーブリから54億5,000万ルーブリに軽減されると共に,国家補助金割当は2億4,209万ルーブリから3億3,984万ルーブリ,回転資金予算額を2億7,736万ルーブリから3億3,092万ルーブリにそれぞれ増額され,利益からの国庫還付金の内,6,260万ルーブリの支払いが免除されました.

 全てこれは「ロケット」と言う「打出の小槌」を手にしたが故の無茶ぶりです.
 この他,1946年10月にはドイツ人専門家の雇用に財政省に2,000万ルーブリの支援,1947年12月にはНИИ-88へのドイツからの設備移送に利用した特別列車代1,970万ルーブリを含むНИИ-88関連の基幹投資資金5,000万ルーブリの支出を求め,1948年10月にはНИИ-88が高等教育省,軍事力省,発電所省の各省附属研究機関に依頼した研究に必要な装備の調達資金をそれぞれの省が支払う事になり,1949年3月には,НИИ-88の噴射実験ステーションと酸素工場新設に320万ルーブリ,「新技術部品試験用」に計画外発注した特殊車両の代金431万9,000ルーブリの支援も要請し,10月にはНИИ-88の年次基幹建設事業の為に1,500万ルーブリ増額も要求しています.

 正に焼け太り…何処かの国の政府機関にも通じる話ですね.

眠い人 ◆gQikaJHtf2,2009/03/28 22:56


 【質問】
 ソ連製の著名なICBMを,NATOコードネームではない正式名称で教えて下さい.

 【回答】
 ホイ,英語だけど
http://www.russianspaceweb.com/rockets_icbm.html
Vehicle(呼称(愛称?))
Industrial name(工場名)
Treaty name(正式名)
US name(米国名)
NATO name(NATO名)
Developer(開発担当)
Description(用途)
が一覧できる.


 【質問】
 ロシアの新型ICBMについて教えられたし.

 【回答】
 RS-24と呼ばれるもので,RS-18 および RS-20の代替.
 弾頭は10個.
 可搬式ランチャーから発射される.
 2007年5月に試射が行われ,3400マイルはなれた極東のカムチャッカ半島の目標に達したという.

 詳しくは

Russia tests new multiple-warhead missile
ロイター:ロシアが新型の多弾頭ICBMを試射

Tue May 29, 2007 7:19 AM EDT14


および

Russia Test-Launches New Missile
ロシア,新型ミサイル試射

By JIM HEINTZ Tuesday, May 29, 2007; 7:33 AM


を参照されたし.

ニュース極東板


 【質問】
 放射能に汚染された牛乳は,煮沸すれば飲んでも安全ですか?

 【回答】
 安全です.
 少なくとも,ロシア人のうちの14%によれば,安全です.
 それに,太陽は地球の周りを回っていますし,恐竜時代に人間は恐竜と戦っていました.

3割が天動説信じる=恐竜時代にも人類?−ロシア調査

「太陽は地球の周りを回っている」−.
 ロシアで国民の約3割がこう信じていることが明らかになり,関係者の間に衝撃が広がっている.
 有力紙イズベスチヤがこのほど,全ロシア世論調査研究所から入手した調査結果として伝えた.
 調査はロシアの153都市で,1600人を対象に基本的な科学知識を試す形で行われた.
 この結果,天動説を信じている人は28%に上った.
 ほかに
「放射能に汚染された牛乳は煮沸すれば飲んでも安全」との回答が14%,
「人類は恐竜時代に既に出現していた」との回答が30%
に上った.
 また,科学的な知識だけを信じる人は20%しかおらず,あとは魔法を含む何らかの超自然的な力の存在を信じていることも明らかになった. http://www.ocn.ne.jp/news/data/20070422/j070422X348.html

 ロシア人,可愛いよロシア人.

むーちゃ in mixi支隊


 【質問】
 アメリカのMD欧州配備を,なぜロシアは嫌がるの?

 【回答】
 自分ところの核ミサイルを無力化される(かもしれない)システムなんだから,ロシアにとってはそりゃあ脅威でしょ.
 相互確証破壊がなくなっちゃうもの.
 東ヨーロッパのみならず,旧ソ連の国の中にも反ロシアという意味で続々とNATOに走る国が出てるのが現状だし,このまま放置しておけばロシアだけ孤立しちゃうわけで.

 もっとも,ヨーロッパ内でも,はたまたチェコ,ポーランド国内でも,配備がメリットになるのか,単にアメリカのお手伝いをするだけではないのか,結局ヨーロッパを舞台に米ロのつばぜり合いが起きるだけではないのか,と異論は多いようです.
 ヨーロッパへの攻撃であれば,弾道ミサイルよりも巡航ミサイルの方がずっと可能性が高いですし,アメリカへの攻撃防御なら,アメリカにミサイルとレーダーを置けよ,ということです.

 NATOあるいはEUの結束を,ミサイル配備に賛同する国,しない国に分断することで乱し,ヨーロッパの米に対抗する力を弱めようとする戦略である,という見解まであります.
 これには,電波な考えと言いきれない部分があります.

軍事板


 【質問】
ロシアが潜水艦ミサイル発射実験 米MD計画を牽制か

>今回,発射されたミサイル「シネワ」は,最終段階で弾頭が分離して巡航ミサイルになるため,
>弾道計算で運用されるMDシステムでは対応できないともいわれる.

 すいません,産経の記事じゃアレなんで,「シネワ」についてもう少し詳しく教えてください.
 ていうか,ターミナルフェイズ以降で巡航ミサイルになるなら,PAC-3で対応できるんじゃ?
 ミッドコースで巡航ミサイルになるとか?
 宇宙空間で?

ゆきかぜまる

 【回答】
 シネワってR-31のことですよね?
 だったらグロセキュにはそんなこと書いてなかったんですが……

丼炒飯

 音速の何倍ものスピードで突っ込んできた再突入体が,いきなり翼を生やしてエンジンかけて巡航ミサイルにバケラッタするって,(本当なら) 凄いテクノロジーだ…
 終末段階で回避機動をとる,というぐらいなら分かりますけれど.

 というかそもそも,「弾道計算で運用される」って.何のために迎撃ミサイルが赤外線シーカーやレーダーを用意しているのかと.

井上@Kojii.net

 シネワのMIRV弾頭は,グロナスを使った命中精度向上用のMaRVとしての機能があります.
 勿論,これはMD突破用には全く役に立ちません.
 あくまで細かい軌道修正にしか使えませんから.

 ちなみに産経新聞は昨年12月にも同じ間違い記事を掲載しています.

 神浦さんちの2007年12月の過去ログ

――――――
http://www.kamiura.com/new12_2k7.html

 ロシア軍は25日,ロシア北方,バレンツ海海中を潜航中の原潜「トゥーラ」から潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「(通称)シネワ(青)」を発射し,極東カムチャッカ半島にある標的に命中させた.
 「シネワ」は旧型SLBMのSSM54を基に作られた新型で,最終段階で弾頭が分離し,巡航ミサイルになるため現在のMDシステムでは対応できない.
――――――

JSF

 ラムジェットエンジンの作動限界がマッハ5ですから,せっかくマッハ20で突入してきたICBMから巡航ミサイル弾頭を分離しても大損なのです.
 この問題を解決するには,巡航ミサイル弾頭をスクラムジェットエンジンにするしかありません.
 ロシアはトーポリのブースターを利用して,スクラムジェット弾頭の実験を行っています.
 行っていますが,まだ基礎的なデータ収拾のレベルで,実用化には程遠いです.

 ……あ,グロナスについては別のミサイルだったかもです.

JSF

Russia: Ballistic Missile Test-Fired
>The RSM-54, or Sineva, is a hybrid ballistic missile
>that in its final stages becomes a modified cruise missile.

 まさか元ネタがロイターだったとは.

JSF

以上,「軍事板常見問題 mixi支隊」より


 【質問】
 クルチャートフ研究所とは?

 【回答】
 1943年4月,原子爆弾開発を目的として,当時のモスクワ市西部の郊外に設置された施設.
 科学アカデミー所属のラボラトリー2(第2研究所)から
1949年,LIPAN(ソ連科学アカデミー測定装置研究所),
1956年,IAE(原子エネルギー研究所),
1960年,I. V. クルチャートフ記念原子力研究所,
1991年,RRC クルチャートフ研究所(ロシア科学センター・クルチャートフ研究所)
と改称している.
 研究内容は核融合物理,超伝導,プラズマ科学,放射性同位元素製造,VVER型原子炉(ロシア型加圧水炉)・RBMK型原子炉(黒鉛減速軽水冷却炉)・原子力砕氷船・原潜・MHD(電磁流体力学発電)などの開発・研究.
 主要施設に,1946.12.25に初臨界を達成した,ソ連最初の物理原子炉1号(F1)がある.

 【参考ページ】
『ソ連・ロシアの原子力開発 1930年代から現在まで』(藤井晴雄著,東洋書店,2001.3.25),p.24-25

【ぐんじさんぎょう】,2012/01/18 20:40
を加筆改修


 【質問】
 ルルデス電子通信センターとは?

 【回答】
 ロシアがキューバに持つ軍事施設.
 同センターは,ロシア人がそこからいなくなり,ロシアとキューバとの関係が薄くなっていた間も,年間2億ドルの租借料を石油で支払いい,維持されていた.

 江頭寛によれば,同施設は米国のMD開発・実験状況を監視できるという点で,再び大きな意味を持ち始めているという.
 2000年12月のプーチン大統領のキューバ訪問の際にも,同センターを彼は訪れている.

 詳しくは,江頭寛著『プーチンの帝国』(草思社,2004.6.22),p.153-155を参照されたし.

プーチン近影



 【質問】
 アメリカによる欧州のミサイル防衛基地の建設について,プーチン大・ロシア統領が,ポーランドやチェコではなく,アゼルバイジャンに地上基地を置くのであれば,反対を取り下げると提案したのは何故か?

 【回答】
AP・WSJ:「プーチン大統領は欧州ミサイル防衛でアゼルバイジャンに基地を作るのなら反対しないと新たに提案」
Putin Proposes Alternate Site For U.S. Missile-Shield Defense Leaders Agree on Plan for Cuts To Greenhouse-Gas Emissions Associated Press

June 7, 2007 11:09 a.m.

という記事によれば,この新提案は,アメリカとの直接対決を避けて妥協点を探るものであろうけれど,そのアイデアは「驚き」という受け止め方であるような.
 ヨーロッパ諸都市のミサイル防衛の為の地上基地としての効果は,ポーランド,チェコでもアゼルバイジャンでもさして変わらないという.
 ロシアの提案はポーランドやチェコへの牽制なのかもしれないけれど アゼルバイジャンならOKというロジックは,ちょっと上手く理解できにくいような(?)

 まぁ,対イラン用のMDというエクスキューズで,実際には対露のMD配備を進めているわけですから,露助としては「対イランならばポーランドやチェコじゃなくてアゼルバイジャンの方がいいだろうが,ゴルァ」なんでしょう,ハドレィ米補佐官の解釈を見ると・・

 以下,ハドレィ安全保障補佐官と記者のQ&Aより引用.

He talks about concerns about Iranian missiles. He believes that once Iranian missiles are able to threaten Russia or Europe or the United States were to appear, there would be time to deploy interceptors which could fall in on the kind of radar architecture he's talking about. It's a bold proposal.

I think the way you have to -- it is an interesting proposal, and I think the way you have to read it is a willingness by a Russian President to consider real cooperation and mutual participation on ballistic missile defense -- something that we have been after for the Russians for almost 15 years, and something the
President has been calling for.

ニュース極東板


 【質問】
 MD基地アゼルバイジャン設置案には,軍事的に見てどんな問題点があるのか?

 【回答】
Geopolitical Diary: Understanding Putin's Missile-Defense Offer
STRATFOR:ミサイル防衛基地をアゼルバイジャンにするというロシアの提案

June 08, 2007 02 00 GMT

という記事は,以下のような問題点を挙げている.

It's true that pushing the system closer to the Middle East would give interceptor sites in Europe more time to react -- but Azerbaijan is actually too close to Iran to be a base for interceptors. It is much easier to predict where a missile will go once it establishes its ballistic path -- that is, after its final booster cuts out. If Iran could launch from its northwest, the missile would already be ahead of the Azerbaijan site before Azerbaijan-based interceptors could engage it or even plot its course.
Even for the most advanced interceptors, it would be a tail-chase from the start, which would require essentially near-instantaneous response time to the initial launch for any chance of success at all.

 MDシステムをイランの近くに設置するというのは,欧州のインターセプター・サイトにより時間的余裕を与える.
 しかしアゼルバイジャンはイランの隣国で近すぎるため,インターセプターの基地になり得ない.
 ミサイルの攻撃目標を推測するには,ある程度の弾道飛行を見た後でないと確認できず,ファイナル・ブースターの段階を見ることが必要であろう.
 イランが北西部からミサイルを打ちあげる場合には,アゼルバイジャンの基地がインターセプターを発射できる以前に,ミサイルがアゼルバイジャン上空を通過しているであろう.
 インターセプター発射までの時間が短すぎる為に,ミサイル防衛の成功する可能性が大変低い.

 プーチンの提案はアゼルバイジャンのロシア製弾道ミサイル検知レーダーを使ったミサイル防衛を作るというものであるが,問題があって:

・アゼルバイジャンのQabalaにあるロシア製のレーダーを使うという提案ではアメリカのMD関連の軍事機密が漏れる恐れを否定できない.

・ロシアのレーダーやその関連の通信はロシアによって容易に干渉できるので,アメリカから見た場合の信頼性に問題.

・ロシアの持つアゼルバイジャンのレーダーに対して,近距離にあるイランは,恐らくジャミングが可能であろう.そうなればシステムが無価値になる.

 同紙は,ロシア軍部もアメリカ軍部も,以上の事を知っているはずなので,政治的な牽制の意味で提案しているのだろうと推測している.

ニュース極東板


 【質問】
 本当にロシア軍参謀総長は,こんな発言をしたのか?

――――――
ロシア軍の参謀総長が「核先制使用」発言

1月20日3時5分配信 読売新聞


【モスクワ=瀬口利一】
 タス通信によると,ロシア軍のバルエフスキー参謀総長は19日,モスクワ市内で開かれた軍事技術者の会議で演説し,「(他国を)攻撃する意思はないが,ロシアとその同盟国の防衛に必要ならば,核兵器を含む武力の先制使用が行われるだろう」と述べた.
 ブッシュ米政権が進めるミサイル防衛(MD)東欧配備計画や北大西洋条約機構(NATO)拡大の動きに対し,核使用の威嚇で対決姿勢を誇示したものとみられる.
――――――

 【回答】
 〔略〕
 ロシア側報道記事では,

――――――
ロシアは主権保護の為,核兵器を使用可能である
モスクワ,1月20日(RIAノーボスチ)


 ロシアおよび同盟国の主権保護の為,必要ならば核兵器を含む軍事力は使用されなければならない.
 土曜日,ロシア連邦軍参謀総長ユーリー・バルエフスキー上級大将は,こう語った.

 しかし彼は,ロシアには他国を攻撃する意図が無い点に注意を促した.
「私達は,誰も攻撃する意図を持っていません.
 しかし,私達のパートナー全てがはっきりと理解し, 誰もが,いかなる疑問も抱かない時,軍隊は,ロシア連邦およびその同盟国の主権および領土を完全に保護する為に使用されるでしょう.
 それは予防的措置も含まれ,そして,核兵器の使用も含まれるでしょう」
 バルエフスキーは,モスクワ科学会議の講演で,こう話した.

 彼によれば,軍隊は,その利益を護る為,国家首脳の意思表示の為に使用されなければならない.
「そして,全ての残る手段が,効果が無いと分かった時の非常手段として」

 〔略〕
――――――

 バルエフスキー参謀総長は,「予防的措置も含まれ」「そして,核兵器の使用も含まれる」と発言しております.
(в том числе и превентивно, и в том числе с использованием ядерного оружия, )

 「核兵器を含む予防的措置」とは言ってない点に注目.

 この場合,わざわざ「予防的措置」と「核兵器使用」で別個に「含まれる」в том числе という表現を使い,間に「そして」иと付け加えているところから,バルエフスキー閣下は,「予防的措置」と「核兵器使用」は別の事として発言していると見るべきでしょう.
 閣下(ロシア側)は「核兵器先制使用」と受け取られる事を避けているようです.

 〔略〕

 よく日本では,ロシア軍の要人が「過激な発言」をしたかのように報じられるけど,ロシア側の元報道を見ると,(制服組としては)ごく常識的な,というか当たり前すぎる内容の発言であるというケースが多いんだよね(^^;
(キリル文字読めないヤポーシュカのブロガーどもは,分かるまいが)

 この場合,読売の瀬口利一とやらは,こう書くべきだった.
「ロシアとその同盟国の防衛に必要ならば,予防の為の武力行使および核兵器の使用が行われるだろう」

>核使用の威嚇で対決姿勢を誇示したものとみられる.

あーもしもし?, バルエフスキー閣下は,モスクワ市内で開かれた科学者会議の講演で,上記の内容を話しているんですが(笑)
 つまりこれは,ロシアの科学者達に向けて話した事であり,外国に向けて言ったわけでは無い.

 バルエフスキー閣下は科学者達を「核使用」で「威嚇」したんですか?(爆笑)

バルエフスキイ将軍

Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/1/20(日) 午後 5:41


 【質問】
 モスクワの森林火災スモッグに関して流された,「核兵器関連施設が森林火災被害に遭い……」というデマについて教えられたし.

 【回答】
 私個人twitterを便利に使っており,使い始めた当初は思っても見なかった方々(漫画家さんなどメイン)との接点が出来,楽しく過ごさせているが,考え込んでしまったのが,mixi倒産デマTLとモスクワの火災スモッグ被害TLの案件.

 〔略〕
モスクワの火災スモッグ被害に対し,核兵器関連施設が森林火災被害に遭い,各国大使館は秘密裏に自国民を退避させているという酷いデマも先日流れた.

 大気中の一酸化炭素など,有害物質の濃度を懸念して,ロシア当局は,健康問題を抱える児童1万人と高齢者1600人をロシア南部やウクライナなどへ退避させたり,スモッグ対応として米国,イタリア,ドイツなどが自国民に対して渡航自粛を勧告しているのが真相.
(出典:毎日新聞記事『ロシア:森林火災の煙,モスクワ市内覆う 首都機能も低下』2010年8月11日 20時18分 更新:8月11日 23時7分)

 以上は,放射能云々の話ではない.
 もし,核や放射能云々の話であれば,その影響はチェルノブイリ事故と同様に早晩欧州を覆い,24時間各国で行われている環境放射能モニタリングに引っかかり,仮にロシア当局が隠蔽を図ったとしても,すぐにその異常が報道されるだろう.
 もっとも,陰謀論者はその点をすっかり無視しているか,それも各国当局の陰謀とするので手に負えないが.

 このデマの大元は,「気象兵器」や「地震兵器」とも言われる秘密(苦笑)の万能兵器「HAARP」の存在をまことしやかに主張しているサイトであり,真面目に読むと,あまりの出来の悪い陰謀論ばかりで,頭が痛くなりそうなものであった.
 通常の常識感覚を持ち合わせている方なら,それを読めば,「核兵器関連施設が森林火災被災」主張云々が如何にうさんくさいものであるか,すぐに分かりそうなもの.

 しかし,RTを繰り返すうちに,すっかりデマ情報源の洗浄(デマソース・ロンダリングとでも言うべきか)が行われ,それを真に受ける者が現れたり,懐疑的態度を示しながらもRTによって,結果的にその拡散に手を貸す人間が現れることとなった.

 個人的には陰謀論者,及びその主張を真に受ける人間は情報リテラシーが低すぎると感じているが,改めてそれを痛感させられる出来事であった.

 しかし,今回の出来事は,それと同時にRTの持つ危険性,特に風評被害等拡大に,無意識のうちに結果として荷担してしまう脅威を感じさせたものであり,如何に風評被害を防ぐか,それに砕身している(私個人を含む)人間にとって,悩みの種が増えたことは明白であった.

 さて,twitterの持つ可能性については盛んに出版されたり,紹介されたりしているが,上記のような危険性について,真面目な考察などが追いついているのだろうか?
 上記等の危険性は杞憂である,と何処かの誰かが説明・証明してくれたのであろうか.

 それら私の懸念に対するtweetの中で
>「(利用に覚悟が必要なような)危険な道具は普及しない(から大丈夫)」
という,一見もっともな指摘があった.
 しかし,それは自動車(交通事故)を考えれば「明らかに失当」である.むしろ,

「大変残念なことに,その利用に細心の注意や命を預かるという覚悟が無きままに,漫然と自動車を運転し,取り返しの付かない事態(死亡事故等)を招いている数多くの事例がある.
 しかし,それでも自動車は減る気配はなく,特に新興国で普及が進んでいる.」
と言うべきでは無かろうか.
 自動車はそれに伴う様々な弊害があり,取り返しの付かない事態が数多く起こっても,個々人にそれがそれと深く認識されることなく,なおかつそれによる便益が大きいがために,一旦事故が起きた場合の破滅的な影響とは裏腹に普及が進み,事故も様々な努力もむなしく,なかなか減らないのではないだろうか.

 すなわちtwitterにしても,上記の危険性・懸念があるにもかかわらず,その手軽さ・便利さ故に普及がどんどん進み,それによって思わぬ形で弊害が現れる可能性が否定できない.
 よって,むやみやたらに恐れたり,萎縮する必要はないが,最低限のマナーとして日常生活・社会人生活を営む程度と同様に,十分気をつけて利用・活用すべきではないだろうか.

 残念ながら,twitterであっても現実社会の束縛から完全に逃れるものではない.
 逆に便利だからこその罠,それが内包する危険性を十分に考慮し,最低限のマナーとして日常生活・社会人生活と同様に,無責任なtweetを垂れ流したり,RT等で拡散させないよう,常日頃から注意する必要があるのではないだろうか.

 皆さんは如何お考えでしょうか.

へぼ担当 in mixi,2010年08月13日19:14


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