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「ロシア・ソ連海軍」:空母アドミラル・クズネツォフ近影(2008年4月11日)
「ロシア・ソ連海軍」:空母クズネツォフ,再び地中海へ
「ロシア・ソ連海軍」:ロシア空母「アドミラル・クズネツォフ」,また地中海へ
「ロシア・ソ連海軍」:大西洋上のクズネツォフ・その2(機動部隊)
「ロシア・ソ連海軍」:大西洋上のクズネツォフ・その3(機動部隊)
「ロシア・ソ連海軍」:大西洋上のクズネツォフ・その4(搭載機)
「ロシア・ソ連海軍」:大西洋上のクズネツォフ・その5(搭載機)(1)
「ロシア・ソ連海軍」:大西洋上のクズネツォフ・その6(乗組員)
「ロシア・ソ連海軍」:大西洋上のクズネツォフ・その7(乗組員)
「ロシア・ソ連海軍」:「アドミラル・ゴルシコフ」海軍旗返納・その1
「ロシア・ソ連海軍」:「アドミラル・ゴルシコフ」海軍旗返納・その2
「ロシア・ソ連海軍」:「アドミラル・ゴルシコフ」海軍旗返納・その3
「ロシア・ソ連海軍」:「アドミラル・ゴルシコフ」海軍旗返納・その4
「ロシア・ソ連海軍」:ロシア太平洋艦隊は,今後10年で新しい空母を得る事を計画する
「六課」:2005年9月21日の空母アドミラル・クズネツォフ(その1)
「六課」:2005年9月21日の空母アドミラル・クズネツォフ(その2)
「六課」:浮きドック上のロシア海軍空母アドミラル・クズネツォフ(2006年)
「六課」:空母アドミラル・クズネツォフ,対艦ミサイル「グラニト」発射
「六課」;ロシア海軍は艦上航空隊科学試験トレーナー(ニートカ)での訓練を再開する
「六課」;ロシアは,2010年に空母パイロット訓練センターの建設を開始する
「ワレYouTube発見セリ」:Admiral Kuznetsov
「ワレYouTube発見セリ」:Admiral Kuznetsov
「ワレYouTube発見セリ」:Admiral Kuznetsov aircraft carrier and CVBG in a heavy storm
「ワレYouTube発見セリ」:Kuznetsov Live
「ワレYouTube発見セリ」:Руски авионосач "Адмирал Куз?ецов" - RFS "Admiral Kuznetsov"
「ワレYouTube発見セリ」:Russian aircraft
carrier Admiral Kuznetsov real life
「ワレYouTube発見セリ」:Russian aircraft
carrier Admiral Kuznetsov real life
「ワレYouTube発見セリ」:Russian carrier footage MUST SEE
「ワレYouTube発見セリ」:Russian Naval Fighter and Carrier
【質問】
ソ連海軍の第2次大戦前・戦中の空母建造計画には,どんなものがあったのか?
【回答】
色々あったが,予算・資材不足,および「空母なんてイラネ.あんなもんは帝国主義の攻撃兵器」と公言していたスターリンとの戦いにより,次々「撃沈」されたという.
まあ,独ソ戦の経過を見ると,スターリンのほうが結果として正解だったかも.
計画には次のようなものがあったという.
▲イズマイル改造案(1925年計画)
未成巡洋艦 Izmail を空母に改造しようというもの.
改造後は20,000〜22,000t,攻撃機12機,戦闘機27機,偵察機6機搭載の予定だった.
しかし,予算・資材不足の上,艦上機を開発する力もなく,外国機輸入も政府が断ったため,「撃沈」.
Izmail級3隻はドイツに売られてスクラップになりましたとさ.
▲ポルタワ改造案(1925)
火災事故を起こし,レニングラードに係留されていた戦艦Poltava
(Gangut 級)を改造しようというもの.
搭載機,約50.
これも予算・資材不足でボツ.
▲コムソモーレツ改造案(1927)
練習艦 Komsomolets (旧 Okean)改造計画.
12,000t.搭載機は戦闘機26,攻撃機16.
ゾーフ海軍総司令官のお言葉「設計官達は自国の経済状況を把握していない」によって「撃沈」.
▲3万t級航空巡洋艦案(1935)
巡洋艦の打撃力と航空機運用能力を兼ね備えた雑種艦.〔ある意味,後のモスクワ級だの,クズネツォフだのの御先祖様?(笑)〕
3万t,搭載機60,305mm砲3連装×3,130mm連装砲×2,45mm連装砲×9
予算不足・適切な艦載機皆無を理由に「撃沈」.
▲「X型」案(1935)
多目的大型巡洋艦.スウェーデンのゴトランド
Gotland や,日本海軍の利根にも似た感じ.
17,000t,240mm 3連装砲×4,130mm連装砲×6,533mm魚雷発射管3連装×2,機雷100個,航空機9機+,魚雷艇×2,潜水艇×2.
予算不(以下同文)
▲航空戦艦案(1930年代後半)
駐米ソ連大使の求めに応じ,米国ギブス・アンド・コックス社がソ連政府(ソ連海軍ではなく)に提出したもの.これによって戦艦ないし航空戦艦の設計資料を,大使は得ようとした.
62,000t,戦闘機/偵察機36 & 水上機4搭載.
しかし,当時ソ連と友好的だったアメリカも,新鋭戦艦の設計資料の売却までは認めなかったとさ.
▲71A型軽空母案(1939)
ソ連政府/海軍が従来の「沿海海軍」方針を変更,「大海洋海軍」建設を目指した中で生まれた計画.
満載排水量13,150tt.軽戦闘機15,軽攻撃機30搭載.
2面図を見ると,どことなく英空母「アーク・ロイヤル」似.
1番艦は1941年,2番艦は1942年起工の予定だったが,第2次大戦勃発によって「撃沈」.
▲71B案(1939)
71A改善案.
満載排水量30,600t,70機搭載.
戦艦や重巡洋艦の起工によって船台が不足したため,原案段階で「撃沈」.
▲72A型軽空母案(1944)
独ソ戦も先が見えてきたことで,クズネツォフ元帥が放った最初の空母計画.
ちなみにクズネツォフは1939年,海軍総司令官に就任.彼は1904年生まれで,就任時34歳.
満載排水量37,390t,62機搭載.
やっぱり英国風だが,煙突などはサラトガ的?
スターリンはこれを承認せず,ボツに.
▲K案(1944)
コストロミノフ少尉の卒論研究.
満載排水量51,200t,106機搭載.
グラーフ・ツェッペリン視察団の資料を元にして研究を仕上げたので,グラーフ・ツェッペリンに激似.
この研究成果は高い評価を得,その後の空母設計に大きく貢献したとか.
▲69AV型
未成巡洋艦69型を改造する案.
38,680t,76機.
ボツ.
2面図を見ると,没にして正解だと思えるような,「なんだかなあ……」という設計.
▲ドイツでの戦利品,グラーフ・ツェッペリンを完成させる計画や,やはり戦利品の未成重巡洋艦ザイトリッツを空母に改造する計画もクズネツォフは提案.クズネツォフ,必死だな(笑).
で,ツェッペリンを練習空母 or 実験空母として完成させる案のほうは,クズネツォフは造船省に合意させたものの,両艦共に損傷が大きく,搭載品も破壊されていたため,
「完工,無理っす」
ということに.
で,そんな状況で,冷戦を迎えたのでしたとさ.
以上,ソースは「世界の艦船」 2004年12月号
p.154-161,A.V.Polutov著述の記事から.
【質問】
AVLとは?
【回答】
1968年に,ソ連海軍総司令部の依頼を受け,レニングラードのネブスコエ設計局が作成した軽空母案.
排水量50,000t
32knot
100mm単装砲×4
30mm CIWS×4
搭載機は戦闘機28機,早期警戒機4機,電子戦機2機,Ka-25PS救難捜索ヘリ4機
推進機関は蒸気タービンあるいは原子力蒸気タービン.
しかし,当時軍需産業を担当していたウスチノフ副首相(後の国防相)は,V/STOL機の製造とその搭載艦の開発を優先したほうが良いと主張したため,「撃沈」.
詳しくは,「世界の艦船」 2005年2月号,p.107-108(A.
V. Polutov署名記事)を参照されたし.
【質問】
1160型とは?
【回答】
AVLをベースにした原子力空母案.4万tから10万tまで8つのプランがあった.
1972年に造船省が採択したのは,85,000t.全長323.7m,幅39.5mのもの.搭載機は計80〜85機.兵装はグラニト
SS-N-19 対艦巡航ミサイル×16.……やっぱり対艦ミサイル積むんだ.
しかし,ウスチノフ副首相は,1160型の要素も取り入れて1143型航空重巡洋艦の開発を継続するよう提案したため,「撃沈」.
詳しくは,「世界の艦船」 2005年2月号,p.(A.
V. Polutov署名記事)を参照されたし.
【質問】
1153型とは?
【回答】
1160型とウスチノフ案を検討した結果,1977年,1143型の発展型として計画された原子力航空重巡洋艦.
排水量70,000t
全長265m
搭載機50機.
しかし1976年に,グレチコ国防相とブトマ造船相が相次いで死去したため,後ろ盾をなくしたゴルシコフ総司令官の権力も次第に衰え,国防相に任命されたウスチノフは1153型の設計作業をストップさせると共に,1143型の建造を継続するよう指示.
詳しくは,「世界の艦船」 2005年2月号,p.(A.
V. Polutov署名記事)を参照されたし.
【質問】
対潜ヘリコプター母艦「ハルザン」(10200型)について教えられたし.
【回答】
ハルザン(鷹)型はヘリコプター搭載対潜艦建造案.
商船ベースの1609型コンテナ船を基本とし,強襲揚陸艦としても使用可能な多目的艦だった.
排水量31,000t
全長229.4m
搭載機はヘリコプター28機
大隊規模の海軍歩兵を搭載可能.
だが,海軍,設計局,造船省は,1143型との同時建造は造船所の能力を超えるとして反対したため,計画は技術案の段階で「撃沈」.
詳しくは,「世界の艦船」 2005年2月号,p.110(A.
V. Polutov署名記事)を参照されたし.
――――――
スターリンを崇拝するウスチノフ国防大臣は「空母」という言葉が大嫌いで,その保有はもちろん,設計や研究にも強く反対していた.
その一方でゴルシコフ総司令官は空母保有に肯定的だったから,「空母」という言葉を使わずに,空母ないし空母に準じた戦力を保有しようと努め,その成果が1123型や1143型だった.
――――――「世界の艦船」 2005年2月号,p.110(A. V. Polutov署名記事)
消印所沢
▼ ソ連邦時代には,多用途ヘリコプター搭載艦が計画されています.
1980年,黒海艦船計画中央設計局(ЦКБ "Черноморсудопроект")により,対潜ヘリコプター母艦プロジェクト10200「ハルザン」が設計されました.
(Противолодочный вертолетоносец
проект 10200 "Халзан")
コンテナ船「カピタン・スミルノフ」(プロェジェクト1609)をベースにした「ハルザン」は,対潜任務だけではなく,艦内に揚陸艇を収容可能なドックを備えており,強襲揚陸艦としての機能も併せ持っていました.
しかし,当時のソ連の造船所には,このような艦まで建造できる余裕が無かった事(31,000トンの大型艦の為,建造できる造船所は限られてくる),更には,「ハルザン」を推す海軍総司令官代理アメリコ提督と,海軍総司令官ゴルシコフの対立といった政治的事情も有り,建造に着手される事なく幻と消えました.
アメリコ提督に,もっと「政治力」が有れば,「ハルザン」は建造されていたかもしれません.

「ロシア・ソ連海軍報道・情報管理部機動六課」
2009/11/29(日) 午後 0:26
▲
【質問】
11780型とは?
【回答】
米タラワ Tarawa 級強襲揚陸艦に似た多目的揚陸艦案.
ソ連軍参謀本部は,V/STOL機を活用するため,艦首にスキー・ジャンプ勾配を設置するよう提案したが,カタパルトを備える伝統的な空母に反対するアメリコ副総司令官の切り札になることを恐れたゴルシコフは,これを認めなかった.
そのために参謀本部は本型への興味をなくし,また,ソ連崩壊も重なって「撃沈」.
排水量34,000t
全長不明
ヘリコプター12機搭載
詳しくは,「世界の艦船」 2005年2月号,p.110-111(A.
V. Polutov署名記事)を参照されたし.
【質問】
85型軽防空空母とは?
【回答】
1953年5月,設計が開始された空母案.MiG-19戦闘機を原型とする「タイガー」戦闘機40機とMi-1ヘリを搭載する.
しかし当時,ソ連は核兵器やミサイルの開発に多大な努力を傾注しており,フルシチョフは「大型艦の建造は無理だ」と明言したため,足踏み状態になった後,設計中止.
詳しくは「世界の艦船」2005年1月号,p.158-159(A.
V. Polutov著述)を参照されたし.
【質問】
洋上戦闘機母艦(Floating Base of Fighters)とは?
【回答】
1959年に設計原案ができた空母案.
海軍総司令部の艦艇建造中央局は「艦艇搭載の戦闘機は防空兵器として将来性がなく,こんな艦は予算の無駄」という報告書を出し,ボツに.
詳しくは「世界の艦船」2005年1月号,p.159(A.
V. Polutov著述)を参照されたし.
【質問】
ソ連海軍において,艦載ヘリが初めて艦艇に着艦したのは?
【回答】
1950年12月,カモフKa-10ヘリが26bis型軽巡マキシム・ゴーリキー
Maxim Gorkiy の甲板に着艦した.
このヘリが発注されたのは,1948年.空軍パレードに展示されていたKa-8ヘリに,海軍首脳部が目を止めてのことだった.
1958年からは57bis型(カニン Kanin 型)駆逐艦の艦載機として,Ka-15対潜ヘリが配備された.
詳しくは「世界の艦船」2005年1月号,p.160(A.
V. Polutov著述)を参照されたし.
【質問】
アドミラル・クズネツォフ(写真,下)が,搭載機数を減らしてまで対艦ミサイルや対潜ミサイルを装備(艦載機でやれよ)したりするなど,空母を重武装させる意味が分からない.彼等は空母を単艦で航行させる気なんだろうか?

【回答】
アメリカの空母とソビエトの航空巡洋艦を混同してる人が居るが,外見が酷似していても,使い方が全く違う.
モスクワ級・キエフ級通じて,基本はアメリカの原潜対策用.
その後継の「アドミラル・クズネツォフ」に,対潜装備があって重武装なのは当たり前.
つまり「沿岸空母」というのが実体.
渡洋侵攻用にできなくもないが,クズネツォフは航空巡洋艦(対潜ヘリ空母)の域を脱していない.
艦載機にしても,アメリカが主に対地攻撃用に使うのに対し,クズネツォフ単体あるいは艦隊に航空直衛をつけるのが目的.
(ふたばちゃんねる)
【質問】
ロシアは自国の空母を「航空巡洋艦」って呼んでるけど,なぜですか?
【回答】
旧ソ連太平洋艦隊は黒海に基地があるのですが、ここから太平洋へ出るにはトルコの管理するボスポラス海峡を抜けなければなりません.
が,トルコは同海峡の空母通過を認めていないのです.
ですから航空母艦と称さず航空巡洋艦を名乗っています.
モントルー条約全文(英訳)では,まず14条で
「海峡を一度に通航できる軍艦のトン数の総計は1万5千トンを上限とする」
と規制しており,これが原則となります.
ただし,これには重要な例外があります.
11条
「主力艦の通航については14条の制限にかかわらず同時に1隻に限って,それ以上のトン数の艦の通航を認める.ただし護衛は駆逐艦2隻までとする」
問題はこの条約で言う「主力艦 catpital
ships」の定義.
ANNEX II-B 1 (a)で「主力艦capital shipsとは航空母艦
aircraft carrier以外の水上艦を指し…」と空母を明示的に除外しています.
つまり空母は11条の主力艦特例に該当せず,14条の一般的制限(上限1万5千トン)を受けることになります.
よって1万5千トン以上の空母の通航は禁止されることになるのです.
したがって,ロシアが空母ではなく航空重巡洋艦と分類したのは
「巡洋艦は主力艦だから11条の特例に該当する」
と主張することで,トルコの面子をつぶさず,かつ正面から条約破りになるのを防いだわけで,外交的に十分意味のある方便です.
あと,航空機を搭載しているのは防空のため(要は対空ミサイルの代わり)で,主兵装は長距離ミサイルとした,米艦隊攻撃のための打撃巡洋艦だからって意味もあります.
(軍事板)
なお,実際にこのモントルー条約とこの方便とによって空母「ワリヤーグ」が通過しようとしたときには,すでに同艦はロシアの所有ではなくなっていました.同艦はウクライナに譲渡され,ウクライナは,マカオの中国系企業に2000万ドルで売却していたからです.
で,黒海から出そうとしたら,トルコ海軍大臣は,こんなことを言いました.
「エンジンもなく舵も効かないドンガラを曳航するのは,危険なので拒否!
通航したければ,安全に進路を維持できるようエンジンと舵を装備しろ!」
で,その企業に泣き付かれたのか,中国政府がトルコに,
「わが国から貴国へ観光客をたくさん出すようにしてあげますから,海峡の通過を認めて頂きたい」
と頼んで,ようやくトルコも承諾.
ちなみに,曳航中,ボスポラス海峡を抜けてエーゲ海に出た後に,曳航索ぶった切ってワリヤーグは3日間漂流.
もし海峡通過中にそんなことになっていれば,トルコのかんしゃくが爆発したでしょうね.
また,A. V. Poltov(「世界の艦船」2005年4月号,p.154)によれば,キエフは引き渡し時は「対潜巡洋艦」だったが,暫くして艦種呼称が「航空重巡洋艦」に変更された.
これには
・ソ連共産党や国防省の首脳部は,いまだ空母に関する論議を継続していたため,「空母」の呼称が使えなかったこと
・本艦の主要兵器は搭載機だけで泣く,威力の高い対艦ミサイルや対潜ミサイルも搭載すること
・ボスポラス海峡およびダーダネルス海峡が「空母」通過を禁じていたため
の,3つの理由があったという.
【質問】
キエフ級とかクズネツォフのロシア海軍における類別は?
【回答】
ロシア語では「Тяжелый Авианосный
Крейсер(ТАКР)」.
原語の配列から,「重航空巡洋艦」と訳すのが適切かと.
ソ連邦が存在していた頃には,「戦術航空巡洋艦」などという誤った名称が用いられていたが,これは,当時,キエフ級が「ТАКР」という艦種だというコトだけは突き止めた西側海軍関係者が,
「Тактйческий Авианосный
Крейсер」
の略だと勘違いしたためのようだ.
「どう読むんだよ?」と思われる方も多いと思われるので.読み方も.
「チジェーリィ・アヴィアノースニィ・クレイセル」(重航空巡洋艦)
「タクチーチェスキィ・アヴィアノースニィ・クレイセル」(戦術航空巡洋艦)
「ТАКР」は「テーアーカーエル」になりますね.
夏光華(シア・クァンファ) in FAQ BBS in FAQ BBS
「ロシア語で考えるんだ!」(映画「ファイアフォックス」より)
【質問】
ニトカ搭載機陸上実験・訓練センターとは?
【回答】
1975年,米海軍の練習空母レキシントン CVT-16
やレイクハースト訓練センターを視察したゴルシコフ総司令官が,1153型航空重巡洋艦の建造計画案に「搭載機陸上実験・訓練センターの建設」という項目を付け加えたことで,サキ飛行場に建設された施設.
1153型の開発は原案段階でストップしたものの,1977年,海軍第23中央海軍設計研究所は「ニトカ」設計案を作成,これに基いて建設作業が始まった.
これと同時に,ネブスコエ設計局は政府の指示により,カタパルトや着艦拘束装置などを至急開発することとなった.
完成したニトカは,3層の言わば「地下空母」で,重量12,000t.
地上の「飛行甲板」の長さは290m.
8度と14度のスキー・ジャンプ勾配やカタパルト,着艦拘束装置を備えていた.
カタパルトは,1143型が搭載するのと同型の蒸気ボイラーが据えられ,1時間に115tの蒸気を作り出せた.
蒸気性状は64気圧,470℃,カタパルトは全長が90m,直径500mm.
竣工後は搭載機の飛行・離発着実験,各種関連装置の試験,パイロットや整備士の訓練が行われた.
しかしソ連崩壊後,ニトカはウクライナの財産になり,現在は荒れ地になっている.
詳しくは,「世界の艦船」 2005年2月号,p.(A.
V. Polutov署名記事)を参照されたし.
正確には,まったく使われていないわけでは無く,現在でも,クズネツォフ航空隊のSu-33飛行隊が一年に一度ウクライナまで「遠征」し,14度のスキー・ジャンプ勾配(クズネツォフの艦首にあるモノと同一)や着艦拘束装置を備えた「地上の飛行甲板」を使って発着訓練を行っている.
ただ,試作カタパルトの方は,現在は放棄されているが・・・・・
下の写真の3枚目と4枚目が「ニートカ」複合体のある一画ですが,立体風に写してみた4枚目で説明すると,滑走路の色が変わっている部分の右側が着艦拘束装置区画(分かりにくいですが,着艦拘束ワイヤーが3本あります)
左側が発艦装置(カタパルト)区画です.
駐機している飛行機(Be-12)と比較して計測してみたところ,この滑走路の色が変わっている一画だけで「全長290m」になります.
さらに,「ニートカ」複合体が備え付けられた滑走路の遥か前方(北東)には,クズネツォフのものと同型のスキージャンプ台(勾配14度)が見えます.
つまり,スキージャンプ台は,「ニートカ」複合体の計画当初(1970年代後半)には予定に無く,後から追加されたモノという事になります.
(「ニートカ」複合体は,このスキージャンプ台だけだと勘違いしている人も多いようですが)
現在,ニートカの着艦拘束装置は,まだ使用可能ですが(いちばん下の写真参照),蒸気カタパルトは放棄され,使用不可能になっております.
むろん,ニートカの遥か前方にあるスキージャンプ台は使用可能ですが.
サキ飛行場には,この他に,勾配8度のスキージャンプ台も設置されていたのですが,使いものにならなかったのか,撤去されたようです.
▼ 後日談.
ロシア海軍が,ついに「ニートカ」に見切りを付けるようです.
――――――
2011年,ロシアは,艦上航空隊操縦士の訓練の為のウクライナの訓練施設のリース契約を打ち切る
モスクワ,1月15日(イタルタス)
ロシアは,2011年に,艦上航空隊操縦士の訓練の為の自前の訓練施設を持ち,ウクライナとリース契約を結ぶ必要は無くなる.
ロシア連邦海軍総司令部の参謀は伝えた.
「我が国の政府から承認を得た解決策により,艦上航空隊操縦士の訓練の為の地上訓練複合体をクラスノダール地方の端のエイスク市に建設する研究および設計作業は,既に行なわれました.
全ての複合体の建設作業には資金が拠出されます.
それは3年以内に建設されます」
と,ロシア海軍総司令部の代理人は述べた.
「複合体の建設は,ロシアの,重航空巡洋艦アドミラル・クズネツォフの艦上航空隊操縦士の訓練のウクライナへの依存を完全に取り払います.
ロシアは,多年に渡って,クリミア半島のサキ市近郊に在るソビエト社会主義共和国連邦時代に建設された唯一の艦上航空隊科学的訓練施設"ニートカ"のリースを強いられており,しかも,時には,使用できない事もありました」
と,総司令部の代理人は注意を喚起した.
彼によると,中国へ複合体をリースするウクライナ政権の決定は,ロシアが艦上航空隊の試験と訓練の為の自前の施設の建設を決定する理由の1つである.
「1つしか無い訓練施設の元では,ロシアおよび中国の操縦士の練成は,上手く行かないでしょう.
更には,私達の意志で,私達に都合の良い練成時間を与えられる保証は何も無い.
その上ロシアは,訓練施設のリース契約により,毎年合計50万ドルを支払い,装置の修理費用を全て支払っているのです」
海軍総司令部の代理人はそう述べた.
〔略〕
――――――
訓練複合体「ニートカ」
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/2665845.html
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/28937151.html
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/15530321.html
記事中の「トランポリン甲板」は,スキージャンプ台の事です.
艦上航空隊の地上訓練複合体をエイスク市に建設するという話は,2007年8月にも出ていますが
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/22902425.html
ついに,実行へ移されるようです.
エイスク(Eysk)市郊外には飛行場が有り,ここに新たな訓練複合体を建設するようです.
現在,エイスク飛行場には, ロシア空軍のSu-24(第959爆撃機連隊)が駐留しています.
Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2009/1/18(日) 午後 9:28
なお,ブログ主によれば,ニトカはその後も中国軍パイロットの訓練施設として使われ続ける予定だそうで.▲
1枚目:サキ市

2枚目:サキ飛行場全景

3枚目:「ニートカ」複合体

4枚目:「ニートカ」複合体(立体風)

5枚目:スキージャンプ台(勾配14度)

6枚目:勾配8度スキージャンプ台の跡地?
(ニートカと14度スキージャンプ台の中間)

7枚目:ニートカで「着艦」テストを行なうSu-33(Su-27KUB)試作機

Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜,2007/3/13(火) 午後 8:16
ニトカでの訓練の様子

【質問】
「ニートカ」のカタパルト,通常動力型空母には搭載できないんでしたっけ?
【回答】
「ニートカ」システムの試作カタパルトは,キエフ級に搭載されているものと同型の蒸気ボイラー(KVG-2)が使われているとのコトなので,少なくともKVG-2と同等かそれ以上の出力のボイラーが有れば,通常動力型空母への搭載も不可能では無かったと思います.
シア・クァンファ(夏光華) in mixi


【質問】
ソ連の航空巡洋艦の最大の弱点は?
【回答】
実は基地だった.
1123型が配備されたセヴァストーポリは,帝政時代に建設された古い基地で,蒸気や電力などの供給能力が乏しかった.
また,供給能力の貧弱さは,ソ連海軍の基地全般に共通の問題点で,資金・技術上の問題のため,海軍は基地整備には消極的だった.
このため,1123型や1143型は在泊中も自艦のエンジン類を停止させることができず,結果として計算以上に艦の寿命を縮めた.
詳しくは,「世界の艦船」 2005年2月号,p.111(A.
V. Polutov署名記事)を参照されたし.
【質問】
ソ連/ロシア海軍の原子力空母建造計画の変遷は?
【回答】
まずソ連海軍は,1972年に,大型の原子力空母プロジェクト1160
(満載排水量85,000t,全長323.7m,搭載機85機)
を計画しました.
しかし1160型は,当時,ソ連共産党中央委員会書記(国防産業担当)を勤めていたドミトリー・ウスチノフの横槍によって「撃沈」されてしまいました.
ウスチノフは,VSTOL空母1143型(キエフ級)を改良しながら建造し続けるべきだと考えていたのです.
その後,1976年には,1160型の縮小版とでも言うべきプロジェクト1153が計画されました.
[プロジェクト1153]
満載排水量:70,000t
全長:265m
幅:30.5m
喫水:10.0m
搭載機:約50機
兵装:グラニート対艦ミサイル垂直発射筒×20基
オーサM短距離対空ミサイル2連装発射機×4基
AK-630 30mmガトリング砲×8基
RBU-6000ロケット爆雷12連装発射機×2基
主機は原子力蒸気タービンで,蒸気カタパルトは2基です.
原子力空母プロジェクト1160が潰された直後とあってか,スペックは控え目に見積もられました.
1153計画で重要なのは,空母の設計と並行して,黒海沿岸のサキ飛行場に,蒸気カタパルトと着艦拘束装置を備えた空母発着シミュレート施設の建設が開始された事です.
これが,空母発着艦シミュレートシステム「ニートカ」です.
つまり,「ニートカ」複合体の蒸気カタパルトと着艦拘束装置は,1153型用の試作品だったのです.
更に,1153型に装備する多用途レーダーとしてフェーズドアレイ方式(4面アンテナ)の「マルス・パッサート」の開発も始まりました.
1153型の搭載機は,Su-27K戦闘機,Su-25K襲撃機,MiG-23K戦闘機など50機程度を想定していましたが,この他に変わり種として,爆撃戦闘機Su-24の艦載型・Su-24K(T-6K)も計画されていました.
1153型は,ソ連海軍の「空母」を手掛けてきた黒海沿岸のニコラーエフ造船所で建造される予定でしたが,1976年4月にソ連邦国防相に就任したドミトリー・ウスチノフは,早速
「この艦を建造するのは,ニコラーエフよりもレニングラードの方が良いのではないかね?
この点を検討したらどうか?」
と余計な差し出口を挟んできました.
ウスチノフは,原子力空母を建造する気などさらさら無く,1153計画も,1977年には「撃沈」されてしまいました.
幻と消えた原子力空母1153型でしたが,本型に装備予定のフェーズドアレイレーダー「マルス・パッサート」は,改キエフ級空母バクーと空母アドミラル・クズネツォフに装備されました.
1153型用に開発され,「ニートカ」複合体でテストされた着艦拘束装置も,アドミラル・クズネツォフに採用されました.
更に,1153型の船体設計は,まったく意外な所で生かされる事になりました.
1980年代にレニングラードで建造された原子力偵察艦ССВ-33(SSV-33)は,1153型の船体設計が流用されたのです.
原子力空母1153型の「成れの果て」とも言える原子力偵察艦SSV-33は,今も沿海州のシュトコヴァ17基地(アブレーク湾)に係留されています・・・・
Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/11/25(日) 午後 3:11
【質問】
ソ連が計画していた原子力空母「ウリヤノフスク」について教えてください.
【回答】
ウリヤノフスク級(プロジェクト1143.7)重原子力航空巡洋艦.
推定要目は,
満載排水量:79,758t
全長:324.6m
幅:39.8m/飛行甲板最大幅:75.7m
喫水:10.79m
主機:原子炉4基/蒸気タービン4基,4軸
出力:240,000馬力
速力:30ノット
搭載機:70機以上(Su-27K艦上戦闘機,MIG-29K艦上戦闘機,Yak-44E早期警戒機,Ka-27ヘリコプター等)
乗員:2,300名+航空要員1,300名
兵装:
グラニートSSM用VLS×12,
キンジャール短SAM用VLS×24,
コールチクCIWS×8,
RBU-12000対潜ロケット10連装発射機×2
ソ連海軍初の「原子力空母」となるはずだった艦.
1番艦ウリヤノフスク1988年11月25日起工(1996年頃就役定),少なくとも4隻建造する予定であった.
11435(アドミラル・クズネツォフ),11436(ワリャーグ)に続くソ連海軍3隻目の空母であり,基本的には11435の拡大発展型.
兵装はクズネツォフ級とほぼ同じであり,スキージャンプ台が有るのも同一だが,アングルドデッキには新たに蒸気カタパルト2基が装備されている.
ちなみに,よく「旧ソ連は空母用のカタパルトを開発出来なかった」などと言われているが,それは全くのウソで,実際には,1980年代前半には黒海沿岸のサキ飛行実験センターに蒸気カタパルトが設置されテストを繰り返していた.
米国防総省発行「ソ連の軍事力(SMP)」1985年版にも,この黒海沿岸の蒸気カタパルトの件が触れられていたのだが,今では誰も覚えていないようだ(笑)
(「世界の艦船」編集スタッフ及び執筆者も忘れているらしい(笑))
旧ソ連は,キエフ級(プロジェクト1143)に続く「航空機搭載艦」として,当初は「蒸気カタパルト装備の8万トン級原子力空母」を建造するつもりだったが,国防省や共産党中央委員会が「本格的原子力空母」の建造に消極的であったため計画はトーンダウンし,スキージャンプ台のみを備えた通常動力のアドミラル・クズネツォフ級が建造される事になった.
そのクズネツォフ級に続くウリヤノフスク級は,当初建造されるはずだった「8万トン級原子力空母」とクズネツォフ級を足して二で割ったような艦になった.
ようやく蒸気カタパルトの装備と原子力推進化が認められたものの,クズネツォフ級の特徴であるスキージャンプ台と長距離対艦ミサイルVLSは踏襲された.
原子炉の形式は不明であるが,おそらくは,キーロフ級と同じKN-3型であったものと推察される.
ソ連邦崩壊直前の1991年11月には,連邦中央政府からの資金供給は途絶えていたが,建造元のニコラーエフ生産財団は,翌1992年3月まで建造工事を続行した.
工事中止の時点では,船体の下半分が出来上がった状態だった.
のちに解体.


シア・クァンファ(夏光華) in mixi
【関連リンク】
「ロシア・ソ連海軍」:未完の原子力空母ウリヤノフスク
【質問】
「ウリヤノフスク」に装備予定だった電子機器は?
【回答】
ウリヤノフスクには,最終的に,以下の電子機器が装備される予定でした.
・戦闘情報統制システム「トロン・ディプロマント」
・多用途フェーズドアレイレーダー「マルス・パッサート」(スカイ・ウォッチ)
・多用途3次元レーダー「ポドベレゾヴィク」(フラット・スクリーン)
・低高度目標探知レーダー「ポドカート-M」(クロス・ソード)
・航行用レーダー「アンドロメダ」
・衛星通信システム「チェンタウル」
・搭載機着艦誘導システム「レシトソル」
・航空機管制レーダー「ガゾン」(ケイク・スタンド)
・電波妨害システム「ソズヴェズディエ-BR」
・ソナー「ズヴェズダ-M1」
多用途(対空・対水上)フェーズドアレイレーダー「マルス・パッサート」は,改キエフ級空母バクーと空母アドミラル・クズネツォフにも搭載されています.
多用途(対空・対水上)大型3次元レーダー「ポドベレゾヴィク」は,カーラ型ミサイル巡洋艦「ケルチ」に搭載され,黒海で海上テストが行われたもので,クズネツォフ級2番艦「ワリャーグ」(未完)にも搭載される予定でした.
低高度目標探知レーダー「ポドカート-M」は,短距離対空ミサイル「キンジャール」(SA-N-9)管制用のレーダーです.
航空機管制レーダー「ガゾン」(ケイク・スタンド)は,バクー以降のソ連空母に装備されています.
ただウリヤノフスクは,それまでのソ連(ロシア)大型艦艇には必ずと言って良いほど装備されていた,小型多用途3次元レーダー「フレガートMA」(トップ・プレート)は,装備されない事になりました.
ソ連空母の対空・対水上捜索用レーダーは,バクーからワリャーグまで試行錯誤を重ねてきましたが,最終的に行き着いたのは,大型の4面フェーズドアレイレーダー「マルス・パッサート」と,これまた大型の3次元レーダー「ポドベレゾヴィク」という組み合わせだったようです.
ウリヤノフスクは,1988年10月4日に海軍籍に登録され,同年11月25日に起工されました.
従って,艦(プロジェクト番号11437)の設計は,海軍籍登録以前に終了しているわけであり,そして「マルス・パッサート」と「ポドベレゾヴィク」は,ウリヤノフスクの設計が固まる数年前から黒海で洋上テストが繰り返されていた.
ウリヤノフスクに装備予定の「新機軸」蒸気カタパルトにしたって,1980年代中期から空母発着艦シミュレートシステム「ニートカ」でテストが繰り返されていました.
(http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/15530321.html参照)
「ソ連(ロシア)初の空母」ウリヤノフスク級ですが,意外と「技術的冒険」を避け,既に実用化されていた技術,あるいは実用化の目処がついた技術を使った「堅実設計」だったんですね.
Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/11/27(火) 午後 6:14
【珍説】
ソ連海軍は潜水艦と水上艦艇があれば十分で,空母を持つ必要はありませんでした.
それをゴルシコフ提督が作らせ,その結果,米国を喜ばせました.
米海軍はゴルシコフを非常に誉めました.
それを米海軍は空母増強の理由に使い,軍拡でソ連経に不必な浪費をさせました.
陸軍国ドイツ,陸軍国ソ連が,不必要な空母を建造するとき,滅びています.
陸軍国中国の空母は柳の下の三匹目の泥鰌になるかどうか見物です.
hiromichit1013
【事実】
まず,ソヴィエト連邦軍における海軍の序列は低く,5軍(戦略ロケット軍,陸軍,防空軍,空軍,海軍)の中で最下位でした.
当時の西側の目には,猛烈な勢いで増強を続けているように見えていたソ連海軍ですが,実際には,あくまでも「国防省及び連邦軍の許容範囲内」における増強だったのです.
しかもソ連海軍の増強のピークは1970年代であり,1980年代に入ると艦艇の建造ペースはガタ落ちしました.
1979年のアフガニスタン介入による軍事費増額のシワ寄せが,大きな原因である事は想像に難くない.
さて,「ソ連空母」は,この「hiromichit1013」とやらが言い張るように,ソ連の経済を消耗させ,国家の崩壊に追い込ませるほど巨額なものだったのかと言えば,むろん答は「ニェート」です.
「ソ連の空母」がどの艦種を指すのかは,人によって違うかもしれませんが,一般的にはモスクワ級ヘリ巡洋艦2隻,キエフ級VSTOL空母4隻,クズネツォフ級空母2隻(1隻は完成せず),ウリヤノフスク級原子力空母1隻(未完成)の4クラスが該当するようです.
「ソ連空母」の値段が幾らなのか,詳細は不明ですが,一つだけ,ソ連邦解体後,売りに出されたクズネツォフ級空母「ワリャーグ」の件から推察できます.
同艦は1992年春にノルウェーの船舶ブローカーを通じて売却が打診されたのですが,この時の売価は合計で約40億ドルと見積もられておりました.
内訳は,艦そのものが20億ドル,搭載機が20億ドルです.
従って,クズネツォフ級空母は艦載機込みで1隻40億ドルくらいと見て宜しいでしょう.
それより前のキエフ級がクズネツォフ級より高価であるとは考えられず,艦載機込みでせいぜい20億ドル程度でしょう.
その前の「ヘリ空母」モスクワ級はもっと安いであろう事は自明の理であり,おおよそ10億ドル程度と見て宜しいかと.
つまり,ソ連の空母建造費用は,竣工した艦がモスクワ級2隻,キエフ級4隻,クズネツォフ級1隻で合計140億ドル.
未完成の2隻ですが,クズネツォフ級2番艦「ワリャーグ」は,ソ連邦解体後,艤装を完了させるのに約10億ドルが必要であると見られていたし,艦載機などは影も形も無いので,10億ドル程度しか支出されていない.
原子力空母ウリヤノフスクは船体の下半分しか出来ていないので,支出合計は多くて5億ドルでしょう.
更に付け加えると,1990年末に竣工したクズネツォフは,ソ連邦解体の時点では艦載機部隊が無かったので,上記で触れたクズネツォフ級空母の艦載機ぶんの20億ドルは,少なくともソ連邦解体までには支出されておらず,これは,上記の140億ドルから割り引いて考える必要があるでしょう.
これらの要素を加算すれば,ソ連空母の建造費用の総計は,120億+15億で,135億ドル.
ちなみに,米原子力空母ニミッツ級の建造費は,艦載機抜きで40億ドル(クズネツォフ級の2倍!).
艦載機も含めれば,その倍になるでしょう.
つまり,ソ連が建造した「空母」の総費用(艦載機込み)は,ニミッツ級4隻分(艦載機込み)にも満たないのです!
しかもこの金額は,短期間で支出されたものではなく,ヘリ空母モスクワのキールが据え付けられた1962年から,ワリャーグ,ウリヤノフスクの建造費の供給を停止した1991年に掛けての29年間のものです.
従って,一年辺りの平均支出は5億ドルにも満たない.
これが,ソ連経済を消耗させ,国家を破綻に至らしめた?
ソ連邦の国家予算はルクセンブルク以下ですか?(大爆笑)
こう書くと,「維持費だって掛かるじゃないか」という反論が有るだろうが,上記の「ソ連空母」は,いっぺんに纏めて就役したわけではない.
しかも,いちばん維持費のかかるクズネツォフは,ソ連邦が解体される直前の就役であり,ソ連邦時代に支出された維持費用は,せいぜい2年分です.
1960年代にはモスクワ級ヘリ空母2隻しか居なかったし,1970年代末までにキエフ級2隻が増え,1980年代後半までに,キエフ級がもう2隻追加.
しかも,「ソ連空母」は,米空母に比べて行動は不活発でした.
ちなみに,米原子力空母ニミッツ級の一年間の維持費用総額は9億ドル程度になるそうですが,ソ連空母がこれより高額になるというのは有り得ない事くらい分かるよね?
これから推算すると,ソ連空母の一年間の維持費用総額は,モスクワ級1億ドル,キエフ級2億ドル,クズネツォフ4億ドルといったところでしょう.
さて,ソ連邦が解体された1991年までの就役期間は以下のようになります.
モスクワ:1967〜1991年(24年)計24億ドル
レニングラード:1969〜1991年(22年)計22億ドル
キエフ:1975〜1991年(16年)計32億ドル
ミンスク:1978〜1991年(13年)計26億ドル
ノヴォロシースク:1983〜1991年(8年)計16億ドル
バクー:1987〜1991年(4年)計8億ドル
クズネツォフ:1990〜1991年(1年)計4億ドル
総計すると,空母建造費用とほぼ同額になるでしょう.
これを加算すると,一年辺りの平均支出は10億ドルくらい.
ちなみに,1980年代初頭における"ソ連軍"の年間予算は,約2500億〜3000億ドルに上っていました.
当時のソ連邦の国家歳入の半分に当たる金額だったそうです.
まあ大雑把に計算して,「ソ連空母」が軍事支出総額に占める割合は,0.003パーセント・・・
「経済を圧迫した」「巨大な軍事費」の「象徴」と言うのは,無理が有るんじゃないのかネエ・・・・(失笑)
あと,米海軍が「ゴルシコフを非常に誉めた」のは,比較的短期間で,米海軍に対抗する大海軍を建設したからであって,上でhiromichit1013とやらが書いているような捻くれた,というか歪んだ見方は正しくない.
・・・歪んでいる.分かっているのだ・・・・(笑)
(「銀河英雄伝説」を知らない人には分からないネタだが)
Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/4/26/18:09
そういえば,『世界の艦船』でも「海軍のコストがソ連をつぶした」かのような主張をしていた方がおりましたが,どこかにこの種の珍説の発生源があるのだろうか?
【質問】
ロシアの新型空母は,どのようなものになると予想されるか?
【回答】
ロシア政府の計画では,2015年以降,建造に着手される予定となっている(らしい),ロシア海軍の新航空母艦(Авианосец)
2年ほど前には,
「ロシアは,少なくとも2015年までは空母を建造する事は無い」
という話だったのですが,昨年からは
「2015年以降に空母を建造する」
という話になりました.
今のところ,詳細は不明ですが(というか,まだ決まっていない),前ロシア海軍前総司令官で,今は国防相顧問のウラジーミル・マソリン海軍上級大将の昨年の発言を拾い集めると・・・
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/21856074.html
「クズネツォフは完全に整備されており,海軍で長期間使われる.しかし永久に,では無い」
「何故なら,我々は,新しい近代的な航空母艦の設計・建造を計画しているからだ」
「ロシアは,今後20〜30年で,北方艦隊の空母部隊と,潜在的には太平洋艦隊にも同様の部隊を展開させる事が出来るだけの経済的能力を持つだろう」
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/22859900.htmlによると,マソリン上級大将は
「将来のロシア海軍は,最新の戦略原子力潜水艦および航空母艦6個戦隊が中核を形成するだろう」
と発言しています.
これと上の発言を合わせると,今後20〜30年くらい掛けて,6個戦隊分の空母(6隻)を揃えたい,という事のようです.
空母の規模ですが,ウラジーミル・マソリン上級大将曰く
「少なくとも長さ100メートルを越える原子力艦になり,30機のジェット戦闘機およびヘリコプターを搭載する」
ということです.
この発言から推定すると,ロシア新空母は,それほど大型にはならないようです.
おそらくは,唯一の現用空母アドミラル・クズネツォフ(58,900t)よりも小さいでしょう.
しかし「空母」といえば,アメリカの超大型空母(ニミッツ級とか)しか思い浮かばないヤポーシュカは,「6個戦隊分の空母(6隻)」と聞いただけで,ロシアがニミッツ級みたいな超大型空母を6隻造るとでも思っているようです(笑)
更には,空母を6隻も造ったらロシアは破綻する,などと思考が飛躍(暴走?)しすぎている輩も居るようですが(笑)
そもそも,マソリン上級大将の発言(ロシア政府の思惑)は,あくまでも
「このまま,ロシアが経済成長を続けて行ければ・・・」
という事が大前提ですから,今後の状況次第では,いくらでも変わる余地があるわけでしてね.
この先,状況がどう変わろうと,何が何でも空母「6隻」の建造は強行する,という話では無いです(^^;
現在,セヴェロドヴィンスク造船所(セヴマシュ・プレドプリャーチェ)では,インドに売却される航空巡洋艦「アドミラル・ゴルシコフ」(キエフ級)を「正規空母」に変身させる大規模改造工事が行われております.
改造後のゴルシコフは,インド空母「ヴィクラマーディティヤ」となりますが,ロシア新空母は,この「ヴィクラマーディティヤ」をタイプシップとするのではないでしょうか.
何しろロシアは,1990年就役の「アドミラル・クズネツォフ」以降,空母の新規建造を行っておらず,しかもクズネツォフでさえ,正確にはウクライナの造船所で造られた空母です.
(つまり,ロシア国内の造船所には,空母を新規建造した経験が無い)
このような状況下では,「技術的冒険」は出来るだけ避けたいところでしょう.
というわけでロシア新空母は,「ヴィクラマーディティヤ」をベースとして原子力推進化したような艦,言い換えれば,フランス原子力空母「シャルル・ド・ゴール」と同クラスの艦になる可能性が高いでしょう.
ロシアの新原子力空母は,今のところ,セヴマシュでの建造が考えられていますが,新空母の原子炉も,セヴマシュで建造中の第4世代原子力潜水艦が搭載するКПМ(KPM)か,その改良型になるのではないでしょうか.
さらに付け加えると,黒海の近くのアゾフ海沿岸の都市エイスク郊外に,空母発着訓練センターを建設する計画も有ります.
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/22902425.html
要するに,かつての「ニートカ」と同様の施設(空母発着シミュレート・システム)を造るという事です.
ウラジーミル・マソリン上級大将曰く
「これ(空母発着訓練センター)無くして,空母部隊は無い」
これからもずっと,いちいちウクライナの飛行場にある「ニートカ」まで行ってられないでしょうし(^^;
かつてのソ連「空母」は,長距離対艦ミサイルなどで重武装しておりましたが,再びロシアが空母を造ると聞いて,また対艦ミサイルなどを搭載する重武装艦を造るなどと夢想している軍事オタクは,少なくないようです(笑)
もうロシアは長距離対艦ミサイルを新規開発していないし,これからも開発予定は無いんですが,いったい,何を積むの?(笑)
ちなみに,タイプシップとなるであろう「バクー改めアドミラル・ゴルシコフ改めヴィクラマーディティヤ」の兵装は,CIWSが6基ていどです.
あと,新空母の護衛用と思われる新型駆逐艦の計画も有るようです.
http://arms-tass.su/?page=article&aid=41639&cid=25
【ロシアは,近い将来に海軍のための新型駆逐艦と空母を計画する】
サンクトペテルブルク,6月25日(イタルタス)
ロシア海軍の新型フリゲート22350型は,もともと,現用駆逐艦の代替として計画されたのですが,その上,新たに「駆逐艦」を建造するとなると,現用巡洋艦の代替という事になるのでしょうか.
ちなみに2005年5月,ロシア国防省の海上兵器・軍事機材発注・納入局長アナトーリー・シュレモフ少将は
「作戦及び経済的な根拠に基付く近代兵器発展の条件下において,巡洋艦と戦艦は存在する権利を持たない」
と発言,ロシアが今後,巡洋艦以上の大型水上艦を建造する可能性を否定しております.
将来のロシア海軍空母部隊は,4万トン程度の原子力空母(改ヴィクラマーディティヤ級?),駆逐艦(8000t程度?),フリゲート(22350型)で構成される事になるようです.
Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/1/29(火) 午後 6:31
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/28784325.html
で取り上げたロシア新空母の続報.
2月6日付けのロシア連邦軍機関紙『クラースナヤ・ズヴェズダー』に,このような記事が掲載されました.
Океанские рубежи России
(ロシアの海洋防御線)
(『クラースナヤ・ズヴェズダー』web版)
これは,今月初めに大西洋・地中海遠征から帰ってきた北方艦隊司令官ニコライ・マクシーモフ海軍中将へのインタビュー記事ですが,冒頭で,インタビュアーが,こう述べております.
Товарищ вице-адмирал, в
соответствии с доктриной
развития ВМФ закладка
четырех авианосцев среднего
класса планируется только
в период с 2012 по 2020 годы.
(中将閣下,ロシア海軍の発展ドクトリンによると,2012年から2020年に掛けて,4隻の中型クラス航空母艦を起工する計画が立てられていますが)
というわけで,インタビュアーは
" четырех авианосцев
среднего класса"
(4隻の中型クラス航空母艦)
と明言しています.
以前は,「航空母艦6個戦隊」(つまり空母6隻)を整備する,という話でしたが,2隻減りました.
ただここでは,2020年までに4隻を"закладка"(起工する)と書かれているので,「就役」はもっと後になります.
(2020年までに4隻を揃える,という話では無い)
この計画通りに事が進んだとして,4隻揃うのは,2030年頃になるでしょう.
参考までに,ロシア唯一の空母アドミラル・クズネツォフは,起工から就役まで8年かかっています.
現在,「中型航空母艦」と言えば,たいていは排水量がおおよそ4万トン前後で,全長がだいたい260m前後,CTOL機を運用できる全通甲板艦を指しております.
参考までに,現在,就役中あるいは建造(改造)中の「中型航空母艦」は,以下の通りです.
フランス海軍「シャルル・ド・ゴール」(2001年就役)
ブラジル海軍「サン・パウロ」(旧フランス空母,1963年就役/2000年再就役)
インド海軍「ヴィクラマーディティヤ」(1987年就役の旧ロシアVSTOL空母バクーをCTOL空母に改造中)
インド海軍「ヴィクラントII」(2005年起工・建造中)
この内,インド海軍のヴィクラマーディティヤは,現在,ロシアで改造工事が行われております.
ロシア海軍は,ヴィクラマーディティヤをタイプシップとする「中型航空母艦」を思い描いていると思われます.
ちなみに,ソ連邦時代に「4隻」が建造された4万トン級「中型」VSTOL空母キエフ級は,1番艦キエフの起工が1970年,4番艦バクーの就役は1987年でした.
4隻揃うまでに,17年掛かったわけです.
Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/2/9(土) 午後 9:04
▼ つい先月も,ロシア連邦大統領ドミトリー・メドベージェフが,空母建造について発言しています.
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/34855900.html
この中でメドベージェフ氏は,「(空母の)動力は原子力でなければならない」と言い,ロシアが原子力空母を造る意向である事を示しました.
しかし,今のロシアには,空母を「新規建造」した経験を有する造船所はありません.
唯一,セヴェロドヴィンスク造船所が航空巡洋艦「アドミラル・ゴルシコフ」を,正規空母「ヴィクラマーディティヤ」に変身させる大規模改装工事を実施したくらいのものです.
かかる状況下で新たに起工される「原子力空母」は,この「ヴィクラマーディティヤ」をベースに原子力推進化した艦となる可能性が高いのではないでしょうか.
Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/11/2(日) 午後 10:15
▲
▼ これまで断片的な情報しか無かったロシアの新空母ですが,今度は,造船会社から新たな情報が示されました.
どうやら,今回のが「最終案」になるようです.
――――――
新世代のロシア航空母艦の排水量は示された
モスクワ,2009年2月27日(ロシア通信社ノーボスチ)
ロシア海軍の新世代航空母艦は,原子力推進となり,60,000トンの排水量を有するだろう.
金曜日,国家防衛発注株式会社「統合造船業営団」(OSK)管理部長アナトーリー・シュレモフ海軍中将は,ロシア通信社ノーボスチに伝えた.
〔略〕
「これまでに(新空母は),原子力推進となり,50,000〜60,000トンの排水量を有する事が決定しています」
と,シュレモフは語った.
彼によると,航空母艦には,現在運用されているSu-33にに代わる新しい艦上航空機が搭載される.
「これは,正統的な水平離着陸の第5世代航空機になります」
と,提督は言った.
航空機に加え,ロシアでは,新航空母艦に搭載されるヘリコプターと,コンツェルン「ヴェガ」による無人航空機の開発が既に始まっている.
シュレモフはまた,新航空母艦には,以前の航空巡洋艦に存在していたような巡航ミサイルは搭載されないと述べた.
「艦は,用途に沿って機能しなければならない為,私達は,ロケット(ミサイル)の装備を拒否します.
航空母艦であるなら,艦の全ての構造は,打撃用兵器を装備する戦闘用航空機を搭載する為に開発されなければなりません」
と,海軍中将は言った.
北方艦隊および太平洋艦隊に最低3隻を配備する為の艦の建造が計画される.
「計画の概念では,将来,北方および極東方面で,まず1隻を保有します.
3隻目を持てば,定期的に整備を行なう事が出来るようになるでしょう」
シュレモフは言った.
彼は,将来,6隻の航空母艦を保有できるかどうかは,国家経済の問題と可能性に依る事を否定しなかった.
これまでに,艦を建造する場所についての問題は未解決である.
ロシアの造船工場では,そのようなクラスの艦は,全く造られた事が無かったからである.
「2つの案が検討されています.
それはバルチースキー・ザヴォートとセヴマシュです」
バルチースキー・ザヴォートには,排水量10万トンの民間船の建造経験が有り,セヴマシュには,原子力機関を搭載した艦艇の建造経験が有ります.
最も良質で比較的安価なプロジェクトが獲得されるでしょう」
シュレモフは述べた.
彼は,昨年10月に国家元首ドミトリー・メドベージェフがセヴェロモルスクを訪問した際,既に国防省に対し,数年以内に航空母艦を建造する為の開発プログラムを作成するように指示していた事を想起させた.
(http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/34855900.html参照)
彼(メドベージェフ)は,2015年までに具体的な成果を出す事は可能であるという見込みを表明した.
この時,大統領は,新航空母艦を製造する場所は,より速やかに決定されると発表した.
先にロシア海軍総司令官ウラジーミル・ヴィソツキー海軍大将は,長期的には,北方および太平洋艦隊に5〜6個の航空母艦グループが作られるとロシア通信社ノーボスチに伝えた.
(http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/33352293.html参照)
彼によると,海軍総司令部は,これらの艦隊の為に,単なる航空母艦の代わりとして,艦,海上および沿岸の航空機部隊,軍事衛星が一体となったシステムとして働く"海上航空母艦システム"を構築する事を決定した.
現在,最初の艦の為の科学研究作業は,既に行われており,試作設計段階が始まると海軍大将は言った.
以前に連邦議会国家海洋政策委員会委員長で元北方艦隊司令官のヴャチェスラフ・ポポフ海軍大将は,「セヴマシュ」が,ロシア海軍の為の航空母艦建造への主な志望者の1つであるとロシア通信社ノーボスチに伝えた.
(http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/35527314.html参照)
彼は,現在「セヴマシュ」がインド海軍の為の航空母艦「アドミラル・ゴルシコフ」近代化改装の仕事を行っている事を想起させた.
ポポフによれば,同社工場におけるアドミラル・ゴルシコフ近代化の貴重な経験は,受注競争に勝つ為の強力な理由になる.
「セヴマシュ」総取締役ニコライ・カリストラトフは,同社工場が,排水量70,000〜80,000トンの最新航空母艦を建造する準備が出来ていると,ロシア通信社ノーボスチに伝えた.
同時に彼は,生産効率を増加させる為,企業の技術的再装備を行なう事は,新技術を注入する為に必要である事を強調した.
一例として,「セヴマシュ」は,航空母艦「アドミラル・ゴルシコフ」の為に,新しい建造碁盤を確立した事が挙げられた.
この碁盤は,新しいロシアの航空母艦建造の為に,また使用する事が出来る.
推算によると,世界市場におけるこのクラスの航空母艦の費用は,40億ドルである.
無人飛行ビークルコンツェルン複合体「ヴェガ」のプログラム主任アルカージー・シロエジコ海軍少将は,ロシア海軍が,自動操縦タイプの偵察機に非常に興味を持っているとロシア通信社ノーボスチに伝えた.
彼によれば,艦隊は,もはや目を閉じていようとは思わない.
ロシアが,航空母艦の建造開始を確約する事は,艦載の自動操縦機複合体を作る為の特別な動機になると考えられる.
この艦の甲板には,通常航空機およびヘリコプターの他に,コンツェルン「ヴェガ」を含む多数の最新海上自動操縦機が搭載される事に疑いは無い.
北方艦隊で稼働する「ソビエト連邦海軍元帥ニコライ・クズネツォフ」は,ロシア海軍の戦闘編制に在る唯一の航空母艦である.
同艦は,1985年に建造された(註:1985年に進水した).
同艦は,50機以上の航空機およびヘリコプターを搭載する.
「アドミラル・クズネツォフ」は,標準で,多用途艦上戦闘機Su-33の他,ヘリコプターKa-29と,その改良型を搭載している.
航空母艦の排水量は55,000トン,航続距離は8,000海里,1500人の乗組員と650人の航空要員が乗っている.
艦の速度は29ノットである.
兵装には,対艦複合体「グラニト」,防空複合体「コルチク」,「キンジャル」,対潜複合体「ウダフ」が有る.
(2009年2月27日16時10分)
――――――
というわけで,ロシア海軍の新世代航空母艦は,排水量50,000〜60,000トンの原子力艦になるとの事です.
以前は,「排水量40,000トン以上,50,000トンを越えない」原子力艦と言われておりましたが,
(http://www.globalsecurity.org/military/world/russia/cvn-newcon.htm参照)
1万トン増えました.
記事中で,空母「アドミラル・クズネツォフ」の排水量が55,000トンと記されているので,同艦とほぼ同じサイズになるようです.
そして,「アドミラル・クズネツォフ」や,その前のキエフ級のような対艦巡航ミサイルは搭載されません.
この件に関して,日本の軍事オタクは,さしたる根拠も無いまま,
「新空母も対艦巡航ミサイルを搭載するだろう」
とネット上で繰り返し発言していましたが,その「希望」は,ロシアの造船会社から公式に否定されてしまいました.
それと,ロシアが原子力空母を造ると聞いて,かつて未完成に終わった原子力空母ウリヤノフスク(排水量約8万トン)クラスの大型艦を建造すると思っていた軍事オタクも少なくありませんでしたが,この可能性も消えました.
艦載機は「第5世代航空機」との事ですから,Su-27KUBやMiG-29K/KUBのような「第4.5世代機」とは違う機体になるでしょう.
(PAK-FAの艦載型か?)
この他,無人偵察機も搭載されるようです.
シュレモフ提督が言った「3隻持てば,定期的に整備を行なう事が出来る」というのは,空母が3隻有れば,定期整備のローテーションを組んで,常時1隻をオンステージに保つ事が出来る,という意味でしょう.
現在は,クズネツォフ1隻しか無いので,同艦が定期整備中は,行動可能な空母がゼロになります.
ただしシュレモフ提督は,この空母計画は,あくまでも,国の経済力次第であるという事も示しています.
構想通りに6隻揃うかどうかは,国(ロシア連邦)の懐具合に左右されるでしょう.
このニュースが日本で報道されるかどうかは分かりませんが,仮に報じられたとしても,「国家経済の問題と可能性に依る」の件は削除される事でしょう.
(特に,産経ならば)
「ロシア・ソ連海軍」,2009/2/28(土) 午前 10:05
>国家経済の問題と可能性に依る
そういえば,これまでのロシア空母を最も多く「撃沈」してきたのは,「ロシアの国内事情」だからなあ.▲
【関連リンク】
「ロシア・ソ連海軍」:ロシアは,北方艦隊と太平洋艦隊に5〜6隻の空母を配備する
「六課」:ロシア海軍の新型空母は,「セヴマシュ」或いは「バルチースキー・ザウォート」で建造できる
「六課」:ロシアは,2012〜2013年に新空母を起工し,完成後は極東に配備される
◆◆◆◆モスクワ級
【質問】
モスクワ級が構想されたのは何故か?
【回答】
ソ連は,地中海でパトロールを行う米戦略原潜を,ソ連西部への重大な脅威ととり,北洋艦隊や黒海艦隊の通常型攻撃潜水艦を大量に派遣したが,戦略原潜を支援する米第6艦隊に対抗できなかった.
また,戦略原潜の行動を阻止するため,ソ連海軍は遠洋対潜機動部隊を編成したが,戦力不足は明らかだった.
そのため,空母建造論が再燃.
しかし,ブレジネフ政権のウスチノフ国防相も空母反対派だったため,妥協点としてヘリ搭載艦が建造されることになった.
その設計のコンセプトは、強力なソナーとレーダー,近代的なミサイル,最先端の電子兵器,高い自動化レベルを持つ軍艦,だった.
静粛性を高める為,主機はソ連水上艦としては初めて防振架台に載せられた.
また,対艦ミサイルの赤外線センサー対策として,煙突内部に排気の冷却装置が既に設けられていたことは,特筆に価する.
電子戦システムの統合化も1123型の特徴である.
このようなシステムは世界的に見てもまだ珍しい頃で,欧米海軍が同様のシステムを本格装備するのは5〜10年後のことだった.
詳しくは「世界の艦船」2005年1月号,p.159-165(A.
V. Polutov著述)を参照されたし.
【質問】
1123型の欠点は?
【回答】
兵装はまるでハリネズミであり,排水量1t当たりの兵装重量は極めて過大で,乗員の居住環境は最悪だった.
しかも,本型の乗員数は乗組員266名,航空要員104名の計370名でスタートしたが,最終案では541名に達し,実際はそれでも人手が足りず,国家海洋試験後,航空要員以外の乗組員定数は700名とされた.
当然,居住環境は悪化し,航空要員が乗艦してくると,乗組員は食糧倉庫や弾薬庫を居住区代わりとした.
1976年には魚雷発射感が撤去され,浮いたスペースは居住区に当てられたが,焼け石に水だった.
もっとも本型に限らず,当時のソ連の新鋭艦は,多かれ少なかれ乗組員に我慢と犠牲を強いていた.
また,海軍総司令部が排水量を厳しく制限したため,耐航性に難があり,軽合金が多用された.
1123型の船体構造は,必要な飛行甲板面積の確保を最重視したため,耐航性や推進性能に悪影響を及ぼすほどだった.
旋回半径は全長の8倍以下,傾斜も10度以内だが,船底から上下する巨大なオリオン型ソナーの位置により,船体の安定性も大きく変動した.
V型で乾舷の低い艦首は,お世辞にも耐航性が良いとは言えず,「モスクワ」艦長を経験したことのあるロマノフ大佐は,
「1970年,大西洋で荒天下の試験航海を担当した時,波により前甲板の装備が破損した.
艦橋からの視界は良好だが,横波を受けた場合,傾斜角は25〜29度に達した.
設計段階ではシーステート6でもヘリコプターの発着や兵器の使用が可能とされていたが,実際はシーステート5が限界であることが,このときの航海で判明した」
と回想している.
弾薬庫は吃水線の上に配置され,カラトM型自動消防装置には改善の余地があった.
詳しくは「世界の艦船」2005年1月号,p.161-165(A.
V. Polutov著述)を参照されたし.
【質問】
モスクワ級の建造スケジュールは,当初2.5年の予定だったものが,なぜ4年に延びたのか?
【回答】
(1) 設計作業の難航
排水量の問題は最後まで設計官らを苦しめた.
新しい材料を積極的に採用したりと彼らがいくら努力しても,甲板や船体構造の強化,煙突の改造,予備エンジン搭載,弾薬庫容積拡大,機器自動化,搭載機用燃料増加,オリオン型ソナーの改造,新型レーダー採用,航続距離増加と,技術案承認後にも関わらず,海軍総司令部の追加要求には終わりがないかのようだった.
(2) 関連企業間の調整難航
27の役所と200以上の企業や向上が関与した建造作業は,設計作業以上に複雑なものとなった.
(3) ターボ発電機,対空ミサイル発射機,ソナーを始めとする新規開発装備の調達遅延.
詳しくは「世界の艦船」2005年1月号,p.161(A.
V. Polutov著述)を参照されたし.
【質問】
モスクワ級の生残性は?
【回答】
500kg弾頭のミサイル3〜4発ないし420kg弾頭の魚雷2〜3発の命中,30kt核弾頭が2,000mの至近で爆発しても,戦闘力を維持できるというものだった.
本艦には,対艦ミサイルの応酬や核戦争が前提であった当時,装甲はもう意味がないとされ,代わりに16もの防水区画と,全長に渡る二重底が採用された.
また,窓は極力廃止され,優れた応急注水装置や放射性物質洗浄装置を備えていた.
ソースは「世界の艦船」2005年1月号,p.162(A.
V. Polutov著述)より.
【質問】
モスクワ級の格納庫にはどんな装備があったのか?
【回答】
搭載機である14機のカモフKa-25PL(対潜型12機,目標指示型,救難型各1機).これが煙突下部の上構内に2機,飛行甲板下の格納庫に12機収容された.
そして,搭載機を移送するためのコンベア.
火災で自動的にストップするエアコン.
揮発ガスの検知・濃度調節装置.
自動消火装置.
飛行時間100時間ごとに実施される定期点検用の整備室.
アスベスト製防火シャッター3枚.元乗員によると,このシャッターは映画のスクリーンとしてよく利用されたという.
詳しくは「世界の艦船」2005年1月号,p.(A.
V. Polutov著述)を参照されたし.
【質問】
「モスクワ」級の就役日は?
【回答】
モスクワ Moskva 級こと1123型対潜巡洋艦は,公式には1967/12/31.セヴァストーポリ基地において第21対潜旅団に編入された.
ただし,就役と同時に,国家海洋試験中に発見された各部の不具合を改修するための工事に着手したため,実質的な就役は1968年9月になった.
なお,モスクワは最新鋭の装備を満載した,新しいタイプの軍艦だったことから,就役の2年以上も前の1965年3月に乗員が編成され,造船所や試験所における新型兵器・装備品の試験を利用して,その運用習熟に努めた.
彼らがモスクワに配属されたのは,1967年3月であり,それから国家海洋試験が行われた.
以上,ソースは「世界の艦船」 2005年2月号,p.104(A.
V. Polutov署名記事)より.
同艦に限らず,ソ連邦海軍の艦艇は,竣工が書類上,年末になっているケースが多い.
これは,書類上だけでも,とにかく工事を完了した事にしないと,「その年のノルマを達成出来なかった」と見なされ,工事責任者の責任問題や,次の年に仕事を回してもらえなくなる恐れが出てくるため.
それで,完成を急ぐために「手抜き工事」するケースも有ったらしい(笑)
【質問】
ソ連のV/STOL攻撃機の初の艦上試験が行われたのはいつか?
【回答】
1972/11/18.
この日,デクスバフ試験パイロットが操縦する,Yak-38の原型試験機Yak-36Mが,フェオドシア近郊に在泊する「モスクワ」の飛行甲板に初めて着艦した.
この日のことは,モスクワの戦闘日誌に
「ソ連海軍艦上機の誕生日である」
と記された.
その約8ヵ月前の同年3月,モスクワは訓練を終えてセヴァストーポリへ帰投中,当直将校がオリオン型ソナーを引揚げることを忘れたため,暗礁と衝突.チタン製のフェアリングを修理するには特別な技術が必要なことから,6ヵ月にも及ぶ修理に入っていた.
そのころ,Yak-38開発計画が進行中だった.政府は1967年12月,Yak-36を原型にしてYak-38軽襲撃機を設計するようヤコブレフ設計局に依頼していた.
しかし海軍は,V/STOL搭載機の運用経験がなかったため,ちょうど修理中だったモスクワの飛行甲板を耐熱鋼鈑に替え,これにAK-9F耐熱材を貼りつけた特別発着プラットフォーム(20m四方)を用意し,排気ガスを直接受ける部分には温度や圧力などの計測装置も設置して,V/STOL搭載機の運用試験に供することとしたのだった.
その後,モスクワ艦上ではあらゆる試験が行われ,V/STOL搭載機の発展に大きく貢献することとなり,ゴルシコフ層司令官は,その試験飛行を度々視察に訪れたという.
以上,ソースは「世界の艦船」 2005年2月号,p.105(A.
V. Polutov署名記事)より.
【質問】
1975年2月の「モスクワ」の火災事故の経過は?
【回答】
艦首のディーゼル発電機室から出火,火災は瞬く間に延焼し,3時間後に鎮火.
3名が死亡し,修理は一年半以上に及んだという.
以下引用.
1975年2月に発生した火災は,モスクワにおける最大の事故である.
セヴァストーポリに在泊中,艦首のディーゼル発電機室で火災が発生,昼食時間のために付近に乗員がいなかったため,炎は隣の兵員室に広がった.
このクラスは重量軽減のため,上部構造物に軽合金を多用したので,火災は瞬く間に補助ボイラー室に延焼し,館内は停電になった.
しかも間の悪いことに,艦首の自動消火システムと艦尾の補助ボイラー室も故障していたため,電気供給を復活できなかった.
基地に救援が要請され,すぐさま救助船や消防船による消火活動が開始された.
だが,火災がシトルム型ミサイルの弾庫に近づいたため,庫内に注水せざるをえなくなった.
(幸いなことに,核弾頭を装着したビフリ型対潜ミサイルは搭載していなかった)
3時間後,火災はやっと消し止められたが,3名が犠牲となり,26名が負傷した.
また,修理は翌1976年10月まで一年半以上に及んだ.
「世界の艦船」 2005年2月号,p.105(A. V. Polutov署名記事)
【質問】
モスクワ級の対潜能力は?
【回答】
一度発見した原潜の追跡では優秀だったが,米原潜を発見するには力不足だった模様.
以下引用.
もちろん,最大の作戦任務は米戦略原潜の発見と追跡であったが,最新のソナーを装備しているにも関わらず,その任務は非常に困難であった.
モスクワの艦長を務めたことがあるロマノフ退役大佐は,当時の様子を次のように語っている.
「公式報告によると,モスクワ搭載機による敵戦略原潜などとのコンタクト時間は数百時間に達したとあるが,残念ながらその数字は信憑性に乏しい.
だが,一度コンタクトを得てしまえば,モスクワの能力に疑問はない.
1970/3/30,オリオン型ソナーが16.5kmの距離で原潜を発見,以後10時間以上コンタクトを維持した.
原潜はあらゆる運動を駆使して追跡を振り切ろうとしたが,数機のヘリコプターは,原潜がイタリア領海に入るまで目標を見失うことはなかった.
4度目の遠征の時は,コンタクト時間が98時間に達し,うち32時間はヘリコプターによるものだった」
ソ連海軍は新型艦を有効に活用すべく,対潜戦術の開発にも積極的で,第11対潜旅団を基盤に「偵察攻撃機動部隊」を編成,地中海で運用するようになった.
カアトノフ退役大将は,
「1123型対潜巡洋艦1隻と複数の61型(カシン Kashin 型)対潜艦を含む偵察攻撃機動部隊は,1時間に225〜330km2の海域を捜索する能力があった」
と回想する.
「世界の艦船」 2005年2月号,p.105-106(A. V. Polutov署名記事)
【質問】
モスクワが退役した理由は?
【回答】
海軍崩壊の影響を受けたのに加え,海軍帰属問題によって身動きが取れなくなったためだという.
以下引用.
1992年は黒海艦隊は5つの演習に参加したが,年明け早々の1月,ノヴォロシースクを訪れたエリツィン大統領とシャポシニコフ国防相は,在泊中のモスクワ艦上から
「黒海艦隊は今後もロシア海軍の艦隊である」
と宣言し,これがモスクワにとって最後の晴れ舞台となった.
その後,海軍崩壊の下で燃料や食料品が不足したモスクワの行動は,次第に不活発となり,給料の未払いもあって乗員の士気も急速に低下していった.
そして1993/5/26の出港を最後に,ロシアとウクライナ間での海軍帰属問題から身動きが取れなくなった本艦は,以後,現役中にセヴァストーポリの港を出ることはなく,「モスクワの不動産」と揶揄されつつ,1995/4/27,予備役に編入された.
また同年6/22,1164型ミサイル巡洋艦スラヴァ Slava がモスクワと改名されたため,本艦はPKR108号艦となった.PKRは対潜巡洋艦の記号である.
1996/11/7,旧モスクワは遂に除籍となり,スクラップとしてインドに売却され,翌1997/5/27,セヴァストーポリを後にした.
作戦任務回数は11回(1112日),総航海距離は183,768浬であった.
「世界の艦船」 2005年2月号,p.106(A. V. Polutov署名記事)
ちなみに,ロシア海軍艦艇スレッドでも紹介したが,1995年当時のモスクワ級を撮影した写真.
http://www.hazegray.org/features/russia/carrier.htm
このページの上から3〜7枚目
・Moskva at Sevatopol, 8/1995.
・Another view of Moskva at Sevastopol 8/1995.
・Another third view of Moskva at Sevastopol
8/1995.
・Helicopter cruiser (PKR) Leningrad (Project
1123 "Kondor"), Sevastopol, 1/1995.
・Another view of Leningrad.
モスクワは1995年8月撮影なので,予備役に編入されて「PKR108号艦」になった状態だね(舷側の艦名は,そのままのようだが)
レニングラードは,既に除籍されているので(1991年除籍),兵装や電子機器の一部が撤去されているね.
それにしても,このフネはウクライナにくれてやっても良かったような気が・・・・(笑)
【関連リンク】
「ロシア・ソ連海軍」:ソ連海軍ヘリ空母モスクワ級の「晩年」
【質問】
1123-3型とは?
【回答】
1965年に設計開始された改モスクワ級.
原級に比べ,全長が10m,幅が1m,排水量が2,000t増加.対空ミサイルが強化されていた.
当初,「キエフ Kiev」の名前はこの艦に与えられる予定だった.
しかし1967年,ゴルシコフ総司令官らはYak-36
V/STOL攻撃機の試験を視察して,その性能に感激,これと親衛のマラヒト対艦ミサイル(P-120型/SS-N-9)を1123-3型に搭載するよう指示した為,起工は見送られ,プラン1143型に発展.
この1143型が後のキエフ級である.
詳しくは「世界の艦船」2005年1月号,p.161-162(A.
V. Polutov著述)を参照されたし.
◆◆◆◆キエフ級
【質問】
キエフ級各艦の兵装は,どんなものだったの?
【回答】
●キエフ,ミンスク
・バザリート長距離対艦ミサイル連装発射機×4(SS-N-12)
・シュトルム艦隊防空ミサイル連装発射機×2(SA-N-3)
・オーサM個艦防空ミサイル連装発射機×2(SA-N-4)
・ヴィフリ対潜ミサイル連装発射機×1(SUW-N-1)
・RBU-6000対潜ロケット12連発射機×2
・AK-276 76mm連装砲×4
・AK-630 30mmガトリング砲×8
・533mm5連装長魚雷発射管×2
●ノヴォロシースク
・バザリート長距離対艦ミサイル連装発射機×4
・シュトルム艦隊防空ミサイル連装発射機×2
・ヴィフリ対潜ミサイル連装発射機×1
・RBU-6000対潜ロケット12連発射機×2
・AK-276 76mm連装砲×4
・AK-630 30mmガトリング砲×8
●バクー(アドミラル・ゴルシコフ)
・バザリート長距離対艦ミサイル連装発射機×6
・キンジャール個艦防空ミサイル8連装垂直発射機×24(SA-N-9)
・AK-100 100mm単装砲×2
・RBU-12000対潜ロケット10連発射機×2
・AK-630 30mmガトリング砲×8
各艦の搭載機:Yak-38M×12,Yak-38U×1,Ka-27対潜ヘリx17,Ka-32救難ヘリx2,Ka-25目標探知ヘリ×3
なお,1,2番艦の格納庫内の収容機数は24機だったが,3,4番艦では,36機に増加された.
シア・クァンファ(夏光華) in mixi
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~ ~~ || ̄」」 ̄| \⊂≡⊃\ ~
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|\ ΘΘ┌|┐ΘΘ /|」 ̄ ̄〜
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~ | \____/ | 〜~ ~
〜 \ ж / 〜~ ~
〜~ ~ ~\ /~ 〜~ ~
~ ~~〜 ~\../~ 〜~ ~~
~ ~ ~~〜~〜~~〜~〜~ ~ ~
【質問】
キエフ級各艦の略歴を教えてください.
【回答】
★キエフ
1970年7月21日起工,1972年12月26日進水,1975年12月28日就役.
黒海沿岸ウクライナのチェルノモルスキー造船所(第444海軍工廠,ニコライエフ南)で建造(2〜4番艦も同様)
1976年7月:北洋艦隊に配属.
当初は,配属先のムルマンスクに本艦が入渠出来るドックが無かったので整備に苦労したが,スウェーデンから浮きドックを購入して問題を解決.
1981-82年:ムルマンスクで航空艤装改善工事.
1989年:ムルマンスクで近代化改修工事に着手.
1991年:改修工事中断,ムルマンスクで予備役係留保管.
1994年:除籍.
(同型艦アドミラル・ゴルシコフの整備及び修理用に,使える部品は全部剥ぎ取って陸揚げ.)
2001年:スクラップとして中国に売却.
★ミンスク
1972年12月28日起工,1975年9月30日進水,1978年9月28日就役.
1979年6月:大型対潜艦ペトロパヴロフスク,大型揚陸艦イワン・ロゴフと共に太平洋艦隊に配属.
(本艦の太平洋艦隊配属に先立ち,日本から浮きドックを購入)
1980年8月:対馬海峡南下.
1981-82年:ウラジオストクで航空艤装改善工事.
1982年10月:ベトナムのカムラン湾に展開.
1984年3月:対馬海峡南下.
1986年3月:日本海北部で統合演習.
1986年6月:オホーツク海統合演習に参加.
1989年:機関事故を起こし,そのまま修理もせずに係留.
1991年:ウラジオストクで予備役係留保管.
ソ連崩壊後は,ソヴィエツカヤ・ガヴァニに回航.
1994年:除籍.
1995年:スクラップとして韓国に売却,釜山港に回航.
1998年:中国に転売.
2000年:火災起こして全焼.
2001年:復旧してテーマパークとして開業.
2005年:保有会社が破産,閉鎖.
2006年3月:競売が開始されるも買い手が付かず.
★ノヴォロシースク
1975年9月30日起工,1978年12月26日進水,1982年8月14日就役.
当初は1979年に完成する予定だったが,ヤコブレフ設計局が,艦載機Yak-38用の発艦促進装置なるものを提案した結果,
艦内の設計に一部変更が生じたために工事が遅れる.
1984年2月:大型対潜艦1隻,警備艦1隻,補給艦1隻と共に太平洋艦隊に配属.
1984年9月:オホーツク海演習に参加.
1985年3月:大型対潜艦4隻,警備艦2隻,補給艦1隻を率いて太平洋中部に進出,大規模な機動演習を行う.
1985年8月:オホーツク海統合演習に参加.
1987年6月:日本海に進出.
1987年8月:オホーツク海に進出.
1988年4月:日本海中部に進出.
1991年:ボイラー事故を起こし,そのまま修理もせず,ウラジオストクで予備役係留保管.
ソ連崩壊後,ソヴィエツカヤ・ガヴァニに回航.
1994年:除籍.
1995年:ミンスクと共にスクラップとして韓国に売却.
★アドミラル・ゴルシコフ(旧名バクー)
1978年12月26日起工,1982年5月31日進水,1987年12月11日就役.
(公試時,ボイラーに亀裂が入る)
1988年12月:北方艦隊に配属.
1990年10月:ソ連国防相命により,「アドミラル・フロータ・ソヴィエツカヴァ・ソユーザ・ゴルシコフ」に改名.
1991年:本艦で試験飛行中の新型STOVL艦上戦闘機Yak-141の試作2号機,事故で墜落.
(この事故をきっかけに,Yak-141の開発中止)
1994年:火災事故を起こし,同型艦キエフの部品を剥ぎ取って修理.
1996年:現役復帰.同年の北方艦隊観艦式の「旗艦」をつとめる.
1997年:予備役編入.ムルマンスクで係留保管.
2004年1月:インドに売却.
契約内容は「艦そのものは無償でインドに譲渡.全通甲板空母への改造費用と搭載機MIG-29K改等の代金(合計で約15億ドル)だけ支払う」
セーヴェロドヴィンスク市のセヴマシュ・プレドプリャーチェ(北方機械建造会社,旧第402海軍工廠)において改造工事に着手.
2005年3月10日:インドに引き渡され,ヴィクラマーディティヤ(INS
Vikramaditya)と命名.
シア・クァンファ(夏光華) in mixi

【関連リンク】
「ロシア・ソ連海軍」:旧ソ連空母キエフ・その1
「ロシア・ソ連海軍」:旧ソ連空母キエフ・その2
【質問】
ミンスクの1981〜1982年の小改装の中身は?
【回答】
キエフ級VSTOL空母(重航空巡洋艦)の初期グループ(プロジェクト1143)に属する1番艦キエフКиевと2番艦ミンスクМинскですが,キエフは1975年,ミンスクは1978年に就役しました.
しかし,キエフとミンスクを実際に艦隊で運用してみると,飛行甲板上で乱気流が発生し,搭載機の発艦に支障をきたす事が分かりました.
そこで,キエフとミンスクは,造船所に回航され,飛行甲板上での乱気流発生を防止する対策を施す事になりました.
キエフは,飛行甲板に整流柵を設置しましたが,ミンスクは,もう一歩踏み込み,乱気流発生の元凶と見られる左舷前部の30mmガトリング砲スポンソンの形を変えました.
ミンスクの改装は,1981〜1982年に掛けてウラジオストクの「ダーリ・ザヴォート」で実施されました.
改装前(1979年撮影),

改装後(1982年撮影)
左舷前部の30mmガトリング砲スポンソンの形が変わっているのが分かるでしょう.


Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/5/25(日) 午前 9:07
【質問】
1982年12月の整備・改装工事における,キエフの工事内容は?
【回答】
新型電子兵器搭載.
通信装置近代化.
飛行甲板への整流柵設置.
静粛性を高めるための改善措置.
工事は1984年11月に完了,北方艦隊に復帰すると,すぐさま訓練のために出港したが,主機や発電機が突如停止し,その復旧に5時間を費やしたばかりか,そのときに打ったアンカーが,本土とノヴァヤ・ゼムリャ島の核兵器実験所を結ぶ海底ケーブルを切断してしまったという.
詳しくは「世界の艦船」2005年4月号,p.155(A.
V. Poltov著述)を参照されたし.
【質問】
「キエフ」の現役期間は,欧米空母のそれに比べ,なぜ非常に短かったのか?
【回答】
(1)ソ連崩壊のもたらした大軍縮や予算不足.
(2)徴兵制の結果,未熟練乗員が常に存在するため,故障や事故が絶えないこと.
(3)空母の将校は他の軍艦に比べて昇進が早いので,短期間で入れ替わってしまうこと.
(4)キエフの乗員一人当たりの整備作業量が,他の軍艦に比べて多いこと.クレスタII型のほぼ2倍.
(5)船舶修理工場において1143型の修理ができる技術者が育たず,本格整備のためにはニコライエフ造船所まで回航しなければならなかったこと.
(5)停泊中も主機停止を禁じられていたため,主機の寿命を縮めたこと.
が原因だという.
詳しくは「世界の艦船」2005年4月号,p.154-156(A.
V. Poltov著述)を参照されたし.
【質問】
キエフ級には「機関の信頼性不足」という持病が本当にあったのか?
【回答】
『世界の艦船』2007年6月号「ロシア艦艇最新事情」(岡部いさく著述)において,
「かつてのキエフ級V/STOL空母以来のロシア空母の持病である機関の信頼性不足」
などという記述が見られますが,これは見当ハズレもいいところでしょう.
まず第一に,キエフ級は,1978年11月以降,停泊時も機関を停止する事を禁じられました.
これは各艦の退役時まで続きました.
ずっと蒸気タービン機関を動かしたままでは,エンジンの寿命を縮め,老朽化が早まるのではないでしょうか.例え,どんなに信頼性が高くとも.
さらに,同級が配備された北方艦隊と太平洋艦隊は,回航直前に外国から巨大浮きドックを購入したくらいだから,メンテナンス(バックアップ)体制も充分だったとは言えない.
特に,日本から超大型浮きドックを購入するまでは,キエフ級くらいの大型艦艇が入渠出来るドックが無かった極東方面は,尚のこと「泥縄」の感が強い.
それに旧ソ連海軍は,急速な艦隊の拡張に乗員の養成が追いつかず,ごく一部の熟練士官と,ほぼズブの素人である徴兵された若年兵が大多数という,歪な構成になっていました.
前線部隊の中核を担う熟練下士官は居ないに等しかった.
(旧ソ連軍における下士官のポジションは,単に准士官や士官へ昇進する前のステップにしか過ぎなかった)
高圧ボイラーを使う蒸気タービン機関は,取り扱いが難しい事は言うまでも有りません.
徴兵された若者に扱える代物ではない.
アニメみたいに,ズブの素人が,いきなり最新鋭の高性能機動兵器に乗り込んで,使いこなすようなわけには行かないのですよ(笑)
しかも徴兵された若年兵は,徴兵期間の3年が過ぎれば民間に戻り,海軍に残る者など極少数派です.
つまり,ようやく艦の動かし方を分かってきた頃に海軍を去るわけです.
これでは,軍を支える優秀な下士官・兵は育ちません.
艦が就役してから暫くの間は,建造元の造船所の技術者が乗り込み,手取り足取りサポートするので,大したトラブルも無く艦は動かせますが,彼らが降りた後は・・・・
というわけで,これは,機関の信頼性云々では無く,ソ連海軍の運用体制の問題ですね.
そもそも,そんなに信頼性の低いエンジンなら,回航するコトすら出来ないっしょ(笑)
(黒海沿岸からウラジオストク(orセヴェロモルスク)まで何キロ有るのか?(^^;)
Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/6/3(日) 午後 0:55
【質問】
1143型では,なぜ停泊中も主機停止を禁じられていたのか?
【回答】
1978年11月のキエフの事故に起因する.
セヴェロモルスク基地の沖合で錨泊中――同基地にはキエフ用の埠頭がなかった――,突然の嵐によって走錨,座礁.
幸い,浮き桟橋がクッションとなって大きな損傷とはならなかったが,この事故を契機にキエフ(後に1143型全艦)は停泊中も主機停止が禁じられ,結果として主機の寿命を縮めることになったという.
詳しくは「世界の艦船」2005年4月号,p.154(A.
V. Poltov著述)を参照されたし.
【質問】
1979年,極東への回航の途中で,ミンスクを含む艦隊はなぜアデン近海で戦術演習を行ったのか?
【回答】
イエメンでの内戦深刻化に鑑み,ソ連がイエメン人民民主共和国政権を支持する意思があること,それを裏づけるに足る軍事力を有していると誇示するためだという.
詳しくは「世界の艦船」2005年4月号,p.157(A.
V. Poltov著述)を参照されたし.
【質問】
アフリカを経由した,「ミンスク」の極東への回航において,搭載機に生じた支障にはどんなものがあったか?
【回答】
Yak-38は大西洋に入ると,離昇エンジンに不具合が発生し始め,赤道を越えるとその件数が急速に多くなった.
南極に近付くとエンジンは正常に作動するようになったが,アフリカ南端を巡り,気温や湿度の高い海域に入ると再びぐずりだし,燃費も悪くなった.酷い時は1回の垂直離艦で搭載量の3割近くを消費,その後の飛行可能時間は僅か20分しかなかった.
報告を受けた設計局は,離昇エンジン改善に努めたが,根本的解決にはならなかったという.
その後,ミンスクはベトナム近海で,気温や湿度が高い海域での,改良型ノズルを搭載したYak-38発艦実験を繰り返したという.
詳しくは「世界の艦船」2005年4月号,p.157(A.
V. Poltov著述)を参照されたし.
【質問】
コノネンコ墜落死亡事故はなぜ起こったのか?
【回答】
後に判明したところによると,飛行甲板上の乱気流に発艦機が巻き込まれると,急激に揚力を失うため.
このため急遽,整流装置が開発され,1981〜1982年にかけ,ウラディウォストークのダリザボド船舶修理工場でミンスクに装備されたという.
詳しくは「世界の艦船」2005年4月号,p.157-158(A.
V. Poltov著述)を参照されたし.
なお,
「入渠したミンスクの艦首から筆者のアパートまでは300mしか離れておらず,ミンスクが突っ込んでくるような気分になったのを覚えている(ときおり,テレビからミンスクの艦内放送が流れたりもした)」
とは,同著述者の弁.
【質問】
ミンスク売却に絡む「ナビコン」汚職とは何か?
【回答】
まだ使えるかもしれないミンスクを,スクラップ価格で売却することで,元総司令官らは不正な利益を得たのではないかとされる汚職.
チェルナビン元総司令官らは各艦隊毎に「ナビコン」という会社を設立し,政府や総司令部の人脈を利用して,多くの除籍艦艇をその会社経由で外国にスクラップとして売却していた.ミンスクも例外ではない.
公式報告では,売却に際してミンスクの兵装や重要設備は全て解体・撤去されたことになっていたが,実際は,極秘の機器を含む兵装や設備とそれに関する資料等が,そのまま残されていた.
しかもナビコンの黒幕,故マホニン大将は,韓国で替え玉会社を設立し,自分(ナビコン)でスクラップとして購入したミンスクを,自分(替え玉会社)に売却した.
このときの価格は僅か458万3,000ドル.
詳しくは「世界の艦船」2005年4月号,p.158-159(A.
V. Poltov著述)を参照されたし.
また,航空巡洋艦『ミンスク』と『ノヴォロシスク』が海外にいかに売られたかに関する新しい詳細が,イズヴェスチヤ紙1997年8月26日に掲載されている.
以下引用.
<一部省略>
・・・確実に世界に例のないインチキ仕事が暴かれたのは,全くの偶然であった.
設備及び装備を撤去するために,はるかに手頃な沿海地方の太平洋艦隊の強力な基地及び工場に有るべきであった巨大な艦艇は,これに全く適していないソビエツカヤ・ガヴァニのポストロヴァヤ湾に突然有ることになった.
これは,小さな地方のヴァニノ税関の責任地帯であった.
特にそこへ1994年12月のある日,物的資源中央局(TsUMP)及びロシア対外経済関係省の代表であるミハイル・リャザンツェフ海軍大佐がやってきた.
彼は,
「『ミンスク』及び『ノヴォロシスク』の両艦の輸出手続き及び買い手へのそれらの引き渡しを実施する」権限を与える自分の組織の,2通の委任状No.148/12-228及び148/12-229を提示した.
大佐は,航空重巡洋艦が『通関手続』を経ており,鉄屑,つまり船体の骨組みの他には,何もないことを証明する『解体記録』を税関職員に手渡した.
ヴァニノ税関職員は,そのような異常さに注意を向けた.
というのも,用紙において重要な通貨・会計課長A.クジメンコの代わりに,独特な艦艇の海外の買い手への引き渡しの権限を与えるTsUMPの委任状に署名したのは,記載された職務の前に『Yes』を意味する斜線を引く某人物であったからである.
もしかすると,艦艇の海外への発送に関する画期的な瞬間にクジメンコ氏は不在だったのか?
その時何故,彼の上司の中のこれらの権限を有する者への委任状に署名すべきではなかったのか?
誰によるともしれないトリックは,大変警戒すらさせた.
そこで,モスクワ税関において処理された艦艇の海外への売却を許可するもう1つの文書には,税関監督組織の課長であるV.セルマフキンが記載されている.
しかしながら,その前には,全て同じ高名な斜線と他人の不明瞭な署名があった.
さらにまた,何故だか通常公用文書に捺印される総務課の印判があった.
「もし極めて公式に問題へアプーローチしたならば,勇ましい大佐は関税国境手続に必要な全書類を提出し,我々は印判を押し,国境を開放する他無かったはずである.」
と,ヴァニノ税関副所長ニコライ・スリュンディンは語る.
「だが,文書の署名,印判,最近まで祖国の艦隊の誇りであったものの海外への全く普通ではないこの移送に関与した役人のレベルの全てが警戒させた.
それ故,船を検査することが決定された.」
後に税関により呼ばれた海軍防諜部が認めるように,両艦上において「正常な防腐処理を施されるか,あるいは修理に適した状態」にあった最高機密の装備及び設備が,巧みに隠されていた.
太平洋艦隊防諜部は,未曾有の密輸の試みに関する秘密書類を作成し,それを政府及びその他の機関へ送った.
明らかになった事実に基づき即時に刑事事件で告発する代わりに,恐らく何度も,肩章に大きな星を付けた軍人の『状況を説明する』試みが行われた.
1994年12月20日付けの軍部隊40011指揮官V.ヴァシレフ海軍中将により承認された『解体記録』を思い出していただきたい.
それを創作したのは,V.ヤキムチュクを長とする30名の上級艦隊将校からなる特別委員会である.
5カ月後に艦隊の専門家が参加して,海軍防諜部の将校により作成された別の記録と,この文書を比較してみよう.
こういうわけで,『廃棄記録』には以下のように主張されている.
「無線技術装備,設備,資産は,廃棄処分され,撤去され,そして供給機関へ引き渡された.人名勘定は閉ざされた.」
実際には,以下の物が撤去されず,使用に適した状態で定位置に残されている.
●MP-700(RLS『フレガート』),航空・水中状況,目標発見電波探知所,『極秘』
●MP-105 RLS,艦載対空砲射撃統制所,『秘』
●『アレヤ−2』,対潜防御及び対空防御手段使用推薦並びに目標指示情報収集及び処理自動システム,『秘』
●MNPA,SV電動装置,至近距離航法及び航空機(ヘリ)着陸自動無線技術装置,『秘』
●『サルギル−1143』,航法複合体,『秘』
『廃棄記録』の著者は,艦には「ミサイル・砲腔装備,設備,予備弾薬が存在していない」と主張している.
実際には,無傷で以下の物が発見された.
●対潜ミサイル複合体『ヴィフル』,『秘』
●艦載高射ミサイル複合体『オサ−M』,『秘』
言語道断である!
錆鉄の値段で,海外へ危うく数百万ドルの価値がある軍事機密が去ってしまうところであった.
航空重巡洋艦には,数百キロの赤銅管,銅製ケーブル線,真鍮製,青銅製の船外部品,チタン製フェアリングが存在していた.
その他,多くの金,銀,プラチナ・・・.どのくらい?
これを誰も知らない.
『解体記録』において以下のように記録されている.
「旧航空重巡洋艦の船体に残された非鉄金属の総重量を算定することは,艦の設計建造文書が存在しないために可能とは思われない.」
この記録には,さらに以下のようなフレーズも存在する.
「太平洋艦隊司令官I.フメリノフ海軍大将の決定に従い,廃棄処分された旧航空重巡洋艦『ノヴォロシスク』を艦上に残された非鉄金属を含むシステム,装置と共に外国会社へ売却することが許可された」・・・.
イーゴリ・フメリノフ自身が,目下,彼が太平洋艦隊司令官として行ったアパート及び他のインチキ仕事で裁かれていることを思い出していただきたい.
『ミンスク』は450万ドルで,『ノヴォロシスク』は430万ドルで売られた.
専門家は,両艦には非鉄金属しか残されておらず,1,200-1,400万ドルがただで海外へ去ったと主張している.
・・・極東運輸検察は,最高検察庁の仕事を責任を持って遂行し,インチキ仕事自体についても,その組織者についても詳細に叙述した大量の文書を正確に記載された期限にそこへ送った.
ついでに,航空巡洋艦『ミンスク』及び『ノヴォロシスク』における物質財の海外への不法移転への彼らの関与が見つけられなかったため,ヴァニノ税関職員の刑事責任を問うことに関する『否定材料』が作成された.
事実上,税関職員に勲章を与える他ない.
特に,彼らは機密艦隊装備の海外発送を未然に防ぎ,艦艇をできるだけ早く海外へかっぱらおうとした高級軍人の圧力を,丸1年間くい止めた.
全員に明らかなのは,犯罪の組織者が金色の肩章の佩用者の中にいることである.
だが,彼らの責任を問うのは,極東運輸検察庁の権限外である.
発言は,最高検察庁のためにある.
シア・クァンファ(夏光華) in mixi
【関連リンク】
「ロシア・ソ連海軍」:ソ連空母ミンスク・最後の外洋航海(1986年4月)
【質問】
ロシア当局は,「ナビコン」の不正を察知できなかったのか?
【回答】
太平洋艦隊の軍事防諜局は事前に察知していたが,エリツィン大統領が中国に売却を約束してしまったため,それをストップできなかった.
「二日酔い状態のエリツィンは,中国側が太平洋艦隊の1143型2隻を購入したいと申し出たという事を聞いて,
『生まれ変わったロシアに,もはや空母など必要ない.これからは大軍縮の時代だ.
中国が欲しいというのなら,くれてしまえ!』
と呻き,中国側はモスクワで賄賂を縦横に駆使しながら商談を進めた結果,ミンスクの運命が決まった」(大統領警護局の元将校・談)
詳しくは「世界の艦船」2005年4月号,p.159(A.
V. Poltov著述)を参照されたし.
【質問】
キエフ級が2隻以上揃って行動したことはあったのか?
【回答】
合計で4隻が建造されたキエフ級航空巡洋艦(1143型シリーズ)は,北方艦隊と太平洋艦隊に2隻ずつ配備されました.
しかし北方艦隊でも太平洋艦隊でも,同級2隻が揃って外洋で行動する機会は有りませんでした.
そのキエフ級2隻が揃って行動した唯一の例が,下の写真のものです.
写真の手前側(左側)がキエフ,奥側(右側)の給油艦と並航している方がミンスクです.
1979年3月,前年に就役し,太平洋艦隊に編入されて極東方面に回航されるミンスクと,既に就役済みで北方艦隊所属となっていたキエフは,地中海で合同訓練を行いました.
この合同訓練の後,ミンスクは極東方面に向かい,太平洋艦隊に配属されました.


Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/6/3(日) 午後 0:55
【質問】
ノヴォロシースクはなぜ建造されることになったのか?
【回答】
海軍当局にはその気はなく,キエフ,ミンスクを通じて確立したノウハウをもって,大型空母建造を準備していた.
だが,ウスチノフ国防相はV/STOL機重視派で,1977年2月,政府は一方的に改キエフ型(1143M型)2隻の建造計画を承認したという.
詳しくは「世界の艦船」2005年4月号,p.159(A.
V. Poltov著述)を参照されたし.
【質問】
1143M型は1143型とどこが違っていたのか?
【回答】
搭載機数を30機(最大で36)に増加.
Yak-41搭載を予定して,ブラスト・デフレクターと新しい耐熱板を採用.
海軍歩兵の上陸手段としての大型貨物ヘリMi-6の運用を考慮.
魚雷発射管を廃止し,海軍歩兵90名分の居住区を設置し,格納庫を拡大.
ソナーをポリノム型に変更.
対潜指揮装置をプルガ型に.
統合航海システムをサルギル5型に.
統合戦闘情報システムをアレヤ2K型に.
フィン・スタビライザーの翼面積を拡大.
対空ミサイルをSA-N-9 キンジャルに.(実際には間に合わず,近接対空ミサイルは未搭載)
CIWSをミサイルと機銃のハイブリット型,CADS-N-1
コルチクに(実際には間に合わず,AK-630Mを搭載).
以上により,艦内の40%が改設計となった.
詳しくは「世界の艦船」2005年4月号,p.159-160(A.
V. Poltov著述)を参照されたし.
【関連リンク】
「ロシア・ソ連海軍」:ソ連空母ノヴォロシースク太平洋機動演習・その1(1985年4月)
「ロシア・ソ連海軍」:ソ連空母ノヴォロシースク太平洋機動演習・その2(1985年4月11日)
「ロシア・ソ連海軍」:ソ連空母ノヴォロシースク太平洋機動演習・その3(1985年4月11日)
「ロシア・ソ連海軍」:ソ連空母ノヴォロシースク太平洋機動演習・その4(1985年4月)
【質問】
ミンスクとノヴォロシースクは,なぜ艦齢をまっとうせずに退役したのか?
【回答】
グロモフ大将の公式説明では,
「ノヴォロシースクとミンスクをヘリ空母に改造することも検討したが,技術を持つニコライエフ造船所がウクライナの財産となり,加えてロシア海軍は予算不足から現在の艦艇数を維持することができなくなったため,改造計画を断念した.
また,仮にヘリ空母へ改造できたとしても,Yak-38というエア・カヴァーを失った――Yak-38は1991年予備役,1992年除籍――以上,空母には直衛部隊を付けねばならず,現在の戦力ではそれはとうてい不可能」
だったからという.
詳しくは「世界の艦船」2005年4月号,p.161(A.
V. Poltov著述)を参照されたし.
【質問】
キエフ級4番艦「バクー」について教えられたし.
【回答】
キエフ級4番艦「バクー」は,のちに「アドミラル・フロータ・ソヴィエツカヴァ・ソユーザ・ゴルシコフ」に改名.
ただ,キエフ級とは言っても,3番艦までとは外見が大きく変わっており,「改キエフ級」として扱われる事が多い.
ロシア(旧ソ連)でも,本艦は「プロジェクト1143.4」と呼ばれるタイプになっており,1,2番艦(プロジェクト1143)とも3番艦(プロジェクト1143M)とも違います.
当初は,3番艦と同様にプロジェクト1143Mとして計画されたのですが,1143Mよりも更に改設計が行われ,プロジェクト1143.4となりました.
本艦は,1978年12月26日起工,1982年5月31日進水,1987年12月11日に就役しました.
(なお,就役前の海上テスト中,ボイラーの1缶に亀裂が入るという事故が発生)
翌1988年3月3日,「バクー」は黒海艦隊に編入され,各種新型機器のテストを続けた後,同年12月,黒海を抜けてムルマンスク方面に回航,北方艦隊に編入されました.
1990年10月4日,国防相命により,本艦は「アドミラル・フロータ・ソヴィエツカヴァ・ソユーザ・ゴルシコフ」と改名されました.
元々の名前「バクー」は,当時,ソ連邦からの分離独立運動が盛んになっていたアゼルバイジャン共和国の首都名であり,ソ連邦海軍の軍艦名としては相応しくなくなった,というのが改名の理由だったようです.
しかし本艦の乗組員は,この改名を歓迎せず,士官が連名で「元の艦名に戻して欲しい」という嘆願書を出しましたが,無視されました.
その後の本艦は災難続きであり,1991年6月9日には,艦内に置いてあった生活ゴミから出火,補助区画に通じるケーブルが損傷するという事故が起こりました.
同年11月15日には,開発中の超音速STOVL戦闘機Yak141の試作機が本艦でテスト中,垂直着艦に失敗して全損しました.
当時,2機しか無かった試作機の内の1機が失われた事は,同機の開発を頓挫させる要因の一つとなりました.
ソ連邦解体後も本艦の災難は続き,1993年にも火災事故を起こし,翌1994年2月にもボイラーの爆発による火災事故が発生.
この時には,火災がタービン室にも延焼して8時間に渡って燃え続け,乗組員6名が死亡するという大惨事となりました.
フネにも「運の良し悪し」が有りますが,本艦はここまでの経緯を見ると,間違いなく「運の悪い艦」に入るでしょう.
この大火災により本艦の命運は絶たれたかに見えましたが,既に退役していた同型艦「キエフ」の部品を「共食い」して修理が行われ,1995年にはカムバック.
同年5月ムルマンスクで行われた観艦式に参加し,「旗艦」を勤めました.
これが,ロシア海軍における本艦の最後の花道となりました.
1995年7月,本艦は予備役に編入され,ロシア・ソ連海軍における活動に終止符を打ちました.
その活動期間は,10年にも満たない短いものでした.
既に,艦載機Yak-38Mは1992年に退役,後継のYak-141Mの開発も頓挫し,ヘリコプターだけを運用する母艦としては大きすぎる本艦に,戦力的な価値は無くなっていたのです.
しかし,本艦は,これで終わったわけではありませんでした.
以後の流れは,次の機会に.



Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/1/4(木)午後4:06
【質問】
キエフ級4番艦「バクー」は,1〜3番艦とどんな違いがあるのか?
【回答】
1143及び1143Mからの変更点は多数有りますが,まず,新開発のフェイズドアレイレーダー「マルス・パサート」を装備するなど,レーダー類は大幅に更新された為,艦橋構造物(アイランド)の形状が変わりました.
このアイランドは,本艦に続いて建造された空母「アドミラル・クズネツォフ」のものと同一であり,いわば「先行試作品」として本艦に搭載されたようです.
航空機格納庫は,3番艦(1143M)と同様に36機の各種航空機を収納可能となっており,搭載機は,当初,Yak-141超音速VSTOL戦闘機×16機,Ka-27ヘリコプター×19機となる予定でしたが,Yak-141が間に合わなかった為,Yak-38襲撃機×12機,Yak-38U練習機×1機,Ka-27ヘリコプター×20機が搭載されました.
兵装も変更され,対艦ミサイル「バザリート」(SS-N-12)は3番艦までと同様ですが,連装発射筒は6基に増やされ,その代わり,3番艦までに装備されていた対艦ミサイルの次発装填機能は廃止されました.
対空ミサイルは,新型の垂直発射式短距離ミサイル「キンジャル」(SA-N-9)が搭載され,3番艦までに搭載されていた「シュトルム」エリア防空ミサイル(SA-N-3)は廃止されました.
中口径砲も,3番艦までの76mm連装砲2基から,100mm単装砲2基に変更されました.


Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/1/4(木)午後4:06
【質問】
キエフ級5番艦「ソヴィエツキー・ソユーズ」について教えられたし.
【回答】
プロジェクト11434(バクー)を更に改正したキエフ級5番艦,プロジェクト11434-2「ソヴィエツキー・ソユーズ」は,バクーまでは甲板上に有った「バザリート」対艦ミサイル発射筒を右舷に寄せ,全通飛行甲板化したのが最大の特徴です.
この他,飛行甲板面積も拡張され,それまでのキエフ級に比べ,より「空母」らしい艦になりました.
排水量は,当時の国防相ウスチノフ元帥の同意を受け,バクーよりも1万トン増加し,搭載機数は40機に増えました.
飛行甲板には着艦拘束装置が装備され,VSTOL機以外にも,CTOL機の運用も考慮されていました.
当時,ソ連海軍が計画していた「本格的空母」の案を次々と葬り去っていたウスチノフ元帥も,この11434-2の建造だけは承認し,気前良く排水量の増加まで許可しました.
これに目を付けた海軍当局は,この11434-2をベースにして搭載機数を更に増加させ,対艦ミサイルは飛行甲板埋め込み式の垂直発射型「グラニート」(SS-N-19)に変更し,艦首にスキージャンプ台を設置するなどの改正を盛り込んだ修正案を提案しました.
つまり,事実上,国防相の御墨付きを受けている「改バクー級」に,それまでに潰されてきた「本格的空母」の要素を出来るだけ盛り込もうとしたのです.
海軍の意を受けたネフスキー設計局が改設計した修正案は,1982年5月7日に政府及び国防省の承認を受けました.
11434-2の修正案なので,ウスチノフ元帥の抵抗も無かったようです.
同時に,計画名は「11434-2」から,「11435」に変更されました.
しかし,その一ヶ月前の1982年4月1日,黒海沿岸のニコラーエフ南造船所では,(修正前の)プロジェクト11434-2「ソヴィエツキー・ソユーズ」が起工されていました.
5月7日,造船所は,上記の修正案の決定を受けて「ソヴィエツキー・ソユーズ」の建造を中止.
同年9月1日,改めて,プロジェクト11435「リガ」が起工されました.
これが,のちの「アドミラル・クズネツォフ」になりました.

「ロシア・ソ連海軍」,2007/1/14(日) 午後 5:18
◆◆◆◆アドミラル・クズネツォフ
【質問】
アドミラル・クズネツォフ建造までの経緯は?
【回答】
別項にもあるように,キエフ級5番艦「ソヴィエツキー・ソユーズ」建造に,国防相の御墨付きを得た海軍がこれ幸いと,それまでに潰されてきた「本格的空母」の要素を出来るだけ盛り込もうとしたもの.
しまいにはキエフ級改ではなく,殆ど新型艦となって改めて起工された.
ちなみにアンドレイ・V・ポルトフも,次のように経緯を述べている.
――――――
アドミラル・クズネツォフ Admiral Kuznetsov は,改設計に次ぐ改設計により,デザインの段階でついに全通の飛行甲板を与えられた5隻目のキエフ級11434-2型に,1970年代初期に検討された1160型原子力空母をルーツに持つ正統的空母11435型(計画のみ)の技術がミックスされたもので,計画番号も11434-2型でスタートし,途中で11435型に変更された経緯を持つ.
――――――「世界の艦船」2006年3月号,p.148
【質問】
プロジェクト11435初期案は,どんなものだったのか?
【回答】
1970年代に「原子力空母」の計画案を2回立てて2回潰された海軍でしたが,ゴルシコフ海軍総司令官は,まだ空母の建造を諦めておらず,代わりに計画されたのが,プロジェクト11435でした.
11435は,1980年までに設計案を纏め,1981年に起工し,1990年の就役を目指しておりました.
1979年11月に承認された設計案(上の図)は,排水量65,000トン,主機はキエフ級と同一の蒸気タービン,搭載機数は52機,カタパルトを2基装備する「通常動力空母」となりました.
搭載機は,Su-27KやYak-141などが考えられておりました.
しかし,連邦軍参謀本部はこの案に反対し,その上,国防相ウスチノフ元帥は,排水量を抑える為,カタパルトではなくスキージャンプ台を採用し,搭載機もVSTOL機を中心にする事を要求した為,計画は延期される事になりました.
そこで,排水量を55,000トンに抑え,搭載機数を46機に減らし,カタパルトを1基だけ装備した修正案が1980年7月に作成されましたが,ウスチノフ国防相は,1979年案に比べて戦闘能力が30パーセント下がっているとして承認を拒否,11435計画は暗礁に乗り上げてしまいました.
ウスチノフ元帥は,カタパルトが1基だけ残っていたのが気に入らなかったのでしょうか.
結局,既に承認済みのキエフ級5番艦・プロジェクト1143-2(改バクー級)に,上記11435の要素を盛り込んだ「折衷案」が,最終的に政府や国防省の承認を受け,これを「プロジェクト11435」と改名し,建造に着手される事になりました.
プロジェクト1143-2改め11435は,1982年9月1日に起工されました.
これが,のちの「アドミラル・フロータ・ソヴィエツカヴァ・ソユーザ・クズネツォフ」です.
「ロシア・ソ連海軍」,2007/1/14(日) 午後 7:08
【質問】
「世界の艦船」2006年10月号の読者投稿に,米空母ミッドウェイと諸性能が似ていることから,ロシアのスパイが情報を盗んで,クズネツォフ建造に役立てたのではないか?とする主旨のものがありましたが,どうなんでしょうねえ?
消印所沢
【回答】
まず,当ブログでも書いているように,クズネツォフ(プロジェクト11435)は,当初からあのような規模の艦として設計されていたのではない.
ソ連海軍は,1970年代に原子力推進の「空母」を2度に渡って計画し,2度に渡って潰された.
そして結局,実際に建造が認められたのが,キエフ級の拡大型でスキージャンプ台と全通飛行甲板を有する「45,000トン級」の「空母」プロジェクト11435であった.
それから1年後の1981年,ソ連海軍の大演習「ザーパド81」が行われ,航空巡洋艦キエフも参加した.
この時,当時の国防相で,「本格的空母」の建造計画を2度に渡って潰した張本人であるウスチーノフ元帥がキエフを視察した.
ウスチーノフは,キエフの戦闘能力について説明されて非常に感激し,その場で,プロジェクト11435の排水量を1万トン増加させるように指示したと言う.
こうして,11435は6万トン近い大型艦として建造される事になり,翌1982年9月1日には,早くも建造工事に着手された.
で,「結果として」「米空母ミッドウェイと諸性能が似ている」艦になったわけ.
そもそも「米空母ミッドウェイ」は,当初からジェット機の運用を想定して設計されてはいない事は周知の事実.
元々はエセックス級の拡大型で,太平洋戦争終結直後の1945年9月10日に竣工した艦だよ.
それを,何回も改装に改装を重ね,どうにか超音速ジェット戦闘機を運用できるようにしたのは良いが,その結果,艦の復元性能は悪化し,1986年には日本の横須賀でバルジを両舷に装着する改装工事を行う事になった.
こんな「出来損ない空母」の情報など,盗んで建造に役立てる価値が有るのだろうか?
だいたいやね,上記のように,1970年代には米原子力空母のような艦の建造を目指していたソ連が,何が悲しゅうて,それよりも遥かに旧式の米空母の情報を盗んで役立てなきゃならんねん.
寝言は寝て言え.
疑われるべきは,こんなデムパ説を艦船専門誌に投稿するマカーキ(ニホンザル)と,そんなデムパ説を読者投稿欄に載せた「世界の艦船」編集スタッフの見識だろうね.
「世界の艦船」の読者&編集スタッフも,質が低下したよな・・・・・・
こんな説がまかり通るんなら,一部で流布している
「零式艦上戦闘機は,イギリスのグロスター社製戦闘機のパクリ」
の方がよっぽど説得力が有るぜ(爆笑)
空母「ミッドウェイ」

【質問】
アドミラル・クズネツォフという名前に決まるまでの名前の変遷は?
【回答】
「アドミラル・フロータ・ソヴィエツカヴァ・ソユーザ・クズネツォフ」の元々の予定艦名は,「レオニート・ブレジネフ」
Леонид Брежневでした.
それが1987年8月11日付でトビリシТбилисиに改名され,1990年10月4日付で現在の艦名になりました.
下の写真は,その「レオニート・ブレジネフ」時代のものです.
本艦は1985年12月5日に進水しておりますが,おそらくは進水直後に撮影されたものでしょう.
いまいち不鮮明ですが,艦首の横に「Леонид
Брежнев」と書かれています.

Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/4/11(水) 午後 11:20
1987年8月11日から1990年10月3日までは,トビリシТбилисиという艦名でした.
本艦は,艦名が「トビリシ」だった時期の1989年6月から洋上テストが開始され,1989年11月1日,本艦に初めてSu-27K及びMiG-29K艦上戦闘機が着艦しました(2枚目の写真).
翌1990年7月からは受領試験が行われましたが,この試験の最中の1990年10月4日,本艦は「アドミラル・フロータ・ソヴィエツカヴァ・ソユーザ・クズネツォフ」と改名されました.
本艦の就役は,改名から2ヵ月後の1990年12月25日でした.
この為か,本艦の就役時の名前はトビリシで,就役後に改名されたと勘違いしている者は結構多いようです.
というか,大半の軍事専門誌が勘違いしてます(^^;
まあ,1990年初頭あたりにソ連側(タス通信とか)から,「新鋭空母トビリシ」の写真が気前良くリリースされていたので,そう勘違いするのも無理からぬ事ではあったでしょう.
なお,本艦の舷側番号は,1989年には「111」でしたが,翌1990年には「113」に変更されています.
3枚目:1989年のトビリシ

5〜9枚目:1990年のトビリシ


Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/5/2(水) 午後 8:51
【質問】
「アドミラル・クズネツォフ」の搭載機は?
【回答】
現在の同艦の標準的な搭載機は
・Su-33艦上戦闘機×20機
・Su-25UTG艦上練習機×4機
・Ka-27PL対潜ヘリコプター×18機
・Ka-27PS捜索救難ヘリコプター×4機
・Ka-31早期警戒ヘリコプター×2機
となっており,このうちSu-33とSu-25UTGは「第279艦上戦闘機連隊」という部隊の所属です.
当初の予定では
・Su-33艦上戦闘機×18機
・MiG-29K艦上戦闘機×18機
・Yak-44E艦上早期警戒機×4機
・Ka-27対潜ヘリコプター×12機(捜索救難型も含む)
となるはずだったのですが,ソ連邦解体後にMiG-29KとYak-44Eがキャンセルされた為,現在のような構成になりました.
同艦が公試を行っていた頃のソ連側報道によると,最大で60機くらい搭載可能だそうです.

【質問】
クズネツォフの機関は欠陥品?
【回答】
アドミラル・クズネツォフの機関は,通常の蒸気タービンであり,KVG-2型ボイラー8基とTV-12-4型蒸気タービンエンジン4基で構成される.
念のために書いておくが,原子力推進じゃございません.
日本では,「空母」は全て原子力推進だと思っている奴もけっこう居るらしいけど.
だいぶ前に,かの『読売新聞』でクズネツォフの事が少しだけ取り上げられたが(写真付きで),この時にも「ロシアの原子力空母」などと書かれていたものです(笑)
そのクズネツォフの心臓とも言えるKVG-2型は,旧ソ連海軍の大型水上艦で多用されていた重油専焼ボイラーであり,クズネツォフの前のキエフ級航空巡洋艦も基本的には,同じ形式の主機が同じ数だけ載せられていた.
ただ「同じ主機」とはいえ,キエフ級の機関の合計出力が180,000馬力であるのに対し,クズネツォフは200,000馬力と,出力が1割強ほどアップされている.
これをボイラー1缶あたりに換算すると,キエフ級は1缶あたり22,500馬力,クズネツォフは25,000馬力になる.
蒸気タービン機関において出力がアップされるという事は,ボイラーから発生する蒸気の圧力を高める事に他ならない.
つまり同じKVG-2型とは言っても,キエフ級のボイラーよりは蒸気圧力が高くなっていると見られる.
さて,ロシア・ソ連のモノとなると,何でもかんでも「欠陥品」と決め付けたがる輩が多い事は,これまでくどいほどに当ブログでも取り上げてきたが,クズネツォフの機関とて例外ではありません.
ただ,確かにクズネツォフは就役以来,機関故障が頻発しておりました.
クズネツォフの就役以降の行動から,機関に関する事柄をピックアップしてみると・・・
1993年:ボイラー故障
1994〜1995年:ボイラー換装
1996年1月4日:地中海遠征時にボイラー2基が故障
1996年1月7〜17日:チュニジアにて応急修理
(地中海遠征中,ボイラー8基のうち6基が故障)
1999年:ボイラー故障
2000年〜:オーバーホール
というわけで,1990年代はボイラーの故障が多かった.
一見すると
「何だ,クズネツォフの機関(ボイラー)は欠陥品じゃないか」
と思われるかもしれないが,もう少し詳しく分析してみよう.
まず,クズネツォフの機関(ボイラー)に最初から欠陥が有るのならば,1991年12月初頭に黒海を出て北方海域に向かう時にボイラー故障が起きていているのではないか?
だが,この時には機関には異常が無かった.
否,そもそもクズネツォフは,改名前のトビリシの時代の1989年11月から洋上テストを開始しているが,この時にも機関が故障した事は無い.
クズネツォフのボイラー故障が起きるようになったのは,北方海域に配属されて以降の事である.
つまりソ連邦が解体されてから,という事だ.
ソ連邦解体後,ロシア海軍は極度の財政難と人手不足に悩まされるようになり,艦艇の活動は低下した.
当然,クズネツォフとてその影響は免れ得ない.
ロシア海軍最大の水上艦という事は,乗員数もロシア海軍最大という事になるが,果たしてこのどん底の時期に,優秀な乗員を多数揃えられたかどうかは甚だ疑問だろう.
熟練した機関員を揃えるのも困難であり,未熟な乗員(機関員)が増えてしまったとしても不思議ではない.
この乗員の錬度不足が,機関故障を招いたのではないか?
また,1994〜1995年にかけてボイラーを換装しているが,この時の修理作業が杜撰だった可能性も高い.
この時期,どこの造船所も,金払いの悪い海軍の艦艇の修理は嫌がっていたし,修理を引き受けても,金を払ってもらえる当てが無い為か,「手抜き」する事も多かった.
誰だって,カネにならない仕事なんかには力を入れないよね.
こんな状況下において,地中海に遠征した事が,さらにボイラー故障を続発させる結果に繋がったのではないか?
海軍上層部としては
「ボイラーも換装したし,もう大丈夫だろう」
とでも思ったのかもしれないが.
これらの原因によりクズネツォフの機関はガタガタになり,90年代末には「瀕死」の状態に陥ってしまった.
2000年以降は長期修理を余儀なくされたが,プーチン政権になってからは,修理の為の予算が本格的に割り当てられるようになり,ようやくマトモに修復される事になった.
クズネツォフは2004年9月に復活.
早速,北大西洋で演習を行い,健在ぶりをアピールした.
これ以降,クズネツォフの機関故障は無くなった.
ちなみに,『世界の艦船』2004年12月号より,クズネツォフについての記述.
――――――
「さすがに一応健在ではあるが,その機関については不調が伝えられており,1991年に就役して以来,すでに3回もボイラーのチューブ交換を行い,現在もまた機関の大規模修理の必要に迫られていると言われる.
今のところクズネツォフはロシア海軍の威信を示す艦としての地位を保っているが,その機関の問題が,予算不足によって解決困難となってくると,早期退役という可能性も持ち上がってくるかもしれない」
(岡部いさく)
――――――
この号が店頭に並んでいた頃,「不調」のアドミラル・クズネツォフは,「機関の大規模修理」をとうに終え,北大西洋で演習を行っていたんですが・・・(^^;
・・・・間が悪いとは,正にこのコトですね(笑)
今度,『世界の艦船』でロシア海軍の特集を組む時には,アンドレイ・ポルトフ氏以外の執筆陣を総入れ替えした方が良いと思われます(笑)
Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2006/12/15(金)午後7:13
【質問】
空母「クズネツォフ」において、『コブラ』などのマニューバで有名なプガチョフ氏が,初の発着艦テストを行った,というのは本当か?
【回答】
本当.
プガチョフ他2名が,試験飛行を行った.
以下引用.
1989年末,重航空巡洋艦「トビリシ」において,航空兵装の共同飛行・設計試験が行われた.
1989年11月1日,甲板上において,艦載戦闘機MiG-29K,Su-27K及び教育・訓練機Su-25UTGが最初の着陸,後に離陸も実行した(試験飛行士はそれぞれT.O.アウバキロフ,V.G.プガチョフ及びI.V.ヴォチンツェフ).
1990〜91年,これらの機体の試験は,黒海で継続され,1991年末,重航空巡洋艦(この時既に「アドミラル・フロータ・ソヴィエツカヴァ・ソユーザ・クズネツォフ」)は,北洋艦隊の母港への移転を実行した.
(「アドミラル・クズネツォフ」 from 「対外情報調査部」)
↓Su-27K

↓Su-33

(スタルヴォ & 夏光華(シア・クァンファ) in FAQ BBS)
【質問】
クズネツォフの写真にカタパルトが見当たらないのですが?
【回答】
<旧来の説明>
〔クズネツォフ建造当時,〕旧ソ連は艦載機射出用のカタパルトを開発できなかったため,発艦の際は,傾斜14度のスキー・ジャンプを利用しています.
ちなみに着艦の際は,傾斜7度のアングルド・デッキと4個のアスレッチング・ギアを使います.
(福好昌治 「丸」 Feb. '03,抜粋要約)
<最近の説明>
旧ソ連は、本型より前のプロジェクト1143(キエフ級)に続く「航空機搭載艦」として、当初は蒸気カタパルトを備えた本格的な原子力空母を計画していた。
計画がスタートした1970年代初頭の国防相グレチコ元帥は、陸軍出身にしては珍しく空母推進派で、
「わが国にも(米ニミッツ級のような)空母が必要なのだ」
と檄を飛ばしていたのだが、彼の後任のウスチーノフ元帥になってから状況は変わった。
国防省も共産党中央委員会も本格的空母には消極的であり、さらには海軍総司令官ゴルシコフ連邦海軍元帥までもが、本格的な空母にまで長距離対艦巡航ミサイルを搭載するように要求するなど、多方面からの様々な横槍によって、設計段階で(祖国に)「撃沈」されてしまった。
それで結局、計画を練り直し、基本的にはキエフ級を拡大して全通飛行甲板を備えた本型が最終的に承認され、実際に建造に着手される事になった(このあたりの経緯については、ロシア海軍機関誌「海軍論集」1992年3月号掲載論文「航空巡洋艦〜我々は何が成されたか知っている〜」で、とある現役の海軍大佐が匿名で告発したのだが、西側ではほとんど注目されなかった)。
カタパルト自体は,1985年頃には黒海沿岸サキ飛行センターに試作品が設置されており,この事は,当時のアメリカ国防総省発行の「ソ連の軍事力」でも確認されています.
更に付け加えれば,本級2隻に続いて建造される予定だった「原子力空母」ウリヤノフスク級は,最初からカタパルトを装備する設計になっていました.
ところで,やたらと詳しい,このウィキペディア「アドミラル・クズネツォフ」項目の寄稿者は,もしや…….
【珍説】
ソ連海軍は蒸気カタパルトを開発はしたが,実用化には失敗した.
陸上に設置された機材が成功していたとしても,艦載出来ていないのなら「実用化に成功」というのは苦しくない.
【事実】
結果「だけ」見ても,物事を正しく見ることは出来ないぞ.
「実用」蒸気カタパルト搭載第一号のウリヤノフスクが未完成なのに,「実用化失敗」と決め付けられる思考がステキ(笑)
ウィキペディアのどこをどう読んだら,そういう結論になるのか理解に苦しむ.
で,ウリヤノフスクが未完成に終わったのは,カタパルトの実用化云々とは無関係.
技術的要因と政治的要因を混同するなよ.
「技術的に実用化は無理」と判明して中止するのならば「開発に失敗」と言えるが,技術的問題以前に開発を継続できる環境が失われた事を,「開発に失敗」と言うのは違うのでは?
「開発に成功」と「装備化」をごちゃ混ぜにして考えてるのだろうか.
例えば,「シー・コブラ」と言うイタリアとイギリス共同開発の連装30oCIWSがある.
1985年にスタートし,1988年にはシステム試験も完了したCIWSだが・・・
しかし,これを採用した国は無い.
これをどう思う?
CIWS自体が「失敗作」かな?
「開発に失敗」してるのかな?
438:名無し三等兵:2006/07/23(日)18:57:35ID:???
つまりあれだな,モンタナ級戦艦とかユナイテッド・ステーツ級空母とかは失敗だと.
439:名無し三等兵:2006/07/23(日)18:58:35ID:???
XB-70も失敗なんだろうなあ
440:名無し三等兵:2006/07/23(日)18:59:51ID:???
日本の八八艦隊に対抗して計画された米サウスダコタ級戦艦,レキシントン級巡洋戦艦も失敗ですねw
441:名無し三等兵:2006/07/23(日)19:01:08ID:???
F-20タイガーシャークも失敗ですか
442:名無し三等兵:2006/07/23(日)19:02:46ID:???
アーレイ・バークのフライトVは諸事情により開発を断念したのでバーク級は失敗作!!!11
443:名無し三等兵:2006/07/23(日)19:03:03ID:???
四式中戦車,五式中戦車も失敗w
444:名無し三等兵:2006/07/23(日)19:04:09ID:???
>>442
アーセナルシップも失敗作ですか?
445:名無し三等兵:2006/07/23(日)19:04:23ID:???
もう「ソ連邦が失敗」でいいよ
【質問】
カタパルトが実用化されたのなら,クズネツォフに装備されないのは何故なんだろう?
お金の問題が第一の要因だろうけど,モノになっているなら装備してもおかしくないよね?
【回答】
国防大臣ウスチノフ元帥閣下の威光を見くびってはいけません.
「蒸気カタパルト付き原子力空母」の設計案が二度にわたってウスチノフ元帥閣下を筆頭とする連邦軍上層部に潰された後に,カタパルト付き空母を設計したら,アニキーエフ氏はシベリア送りになっちゃいますよん.
直接は関係ないが,かの高速原潜アルファ型の設計主任は1970年代末,
「"大型の艦艇を造って米海軍に対抗する"という軍の方針に逆らって小型の原潜を作った」
などという理不尽な理由でクビになっておりますよ.
かかる状況下で,その軍のトップである国防大臣が,「蒸気カタパルト付き原子力空母」の建造を許さないと公言しているのに,その意向に逆らって蒸気カタパルトを付けることなど出来ないと思われ.
1970年代末のソ連邦で,今の我々のような常識が通用するくらいならば,ソ連邦崩壊は無かったでしょうね.
【質問】
ソ連邦崩壊後にクズネツォフにカタパルトを付けるような動きってなかったの?
そんなことに使う予算は無いだろうけど.
【回答】
乗組員の給料も払えない状態で,そんなどうでも良いことできるか!
クズネツォフ自体が1990年代後半には整備もせずに放置という状況で,追加装備を付けるような大規模改装など論外でしょう.
プーチン大統領になってから本格的な整備と修理が行われたが,「元通りにする」ので精一杯だったでしょうね.
【質問】
STOBARとは?
【回答】
「短距離離艦,ただし拘束着艦」(Short Take
Off, But Arrested Recovery)の略称.2005年現在,アドミラル・クズネツォフAdmiral
Kuznetsovだけに用いられている特異な方式である.
これについて,岡部いさくは次のように述べている.
飛行甲板の前端は12度の大型のスキー・ジャンプとなっており,カタパルトは持たない.
CTOL〔通常離着陸〕搭載機はスキー・ジャンプで離艦し,着艦する際には通常の空母と同様にアレスティング・ワイヤで機を停止させるという,他に例のない方式を採っている.
この方式は「短距離離陸,ただし拘束着艦」という意味でSTOBARと呼ばれる.
ロシア海軍はCTOL空母を建造したことがなく,当然スチーム・カタパルトを製造したことも運用したこともない.
空母を建造するに当たって,経験のないスチーム・カタパルトを避けたのは,それなりの理由があったのだろう.
もちろん重量や整備保守の手間や人員も,カタパルトを廃すことができれば不要となる.
ただし,スキー・ジャンプでは機が加速されるわけではないので,CTOL機は重量が軽く,推力に余裕がなければ,離艦することは難しくなってくる.
世界初にして現在世界唯一のSTOBAR空母として,クズネツォフの運用実績には大きな関心が持たれるところだが,ロシア海軍の大型艦の例に漏れず,その活動は非常に不活発で,STOBARの実績については殆ど聞こえてこない.
( from 「世界の艦船」2002年9月号,p.94-95)
【質問】
クズネツォフのP-700型グラニト対艦ミサイルは,なぜ発射筒内に注水する必要があったのか?
【回答】
専用発射機の開発にかかる時間と予算を惜しみ,949A型(オスカー型)原潜のシステムを流用したため.
そのため,発射時は増えた重量により速力が低下するなどのデメリットを生じたという.
詳しくは,「世界の艦船」2006年3月号,p.149(A.
V. Polutov著述)を参照されたし.
【質問】
クズネツォフ搭載の長距離対艦ミサイルは,どの程度有用なのか?
【回答】
発射筒のために格納庫スペースが減り,飛行作業中は発射できないなど,「空母」として見れば使い勝手が悪いという.
以下引用.
搭載航空部隊の弱体を補うためか、クズネツォフは近距離兵器を中心に強力な対空兵装を持ち,さらに前部の飛行甲板にはSS-N-19対艦ミサイルの発射筒12本が埋め込まれている.
長距離対艦攻撃は,搭載機よりむしろこのミサイルに期待しているのかもしれないが,ミサイル発射筒のために格納庫のスペースが減り,しかも飛行作業中はミサイルの発射は不可能となるなど,空母としての運用を考えると,このミサイルは勝手の悪いもののようにも思われる.
おそらくクズネツォフは冷戦末期のソ連海軍において,戦略ミサイル原潜展開海域の保護と水上部隊のための防空と対潜のプラットフォームとして計画されたものであったのだろう.
その意味では,米スーパーキャリアーのような,力の投射を目的とした空母というよりは,英インヴィンシブル級のほうに性格としては近いのかもしれない.
(岡部いさく from 「世界の艦船」2002年9月号,p.95)
【珍説】
ウィキペディア:アドミラル・クズネツォフ(空母)(2009/3/5アクセス)
>[グラニートミサイルVLS未配備疑惑]
>VLSが配備されている痕跡が甲板上に見られない
>グラニートミサイルの発射が公開されていない
>このことから当初搭載すると発表されていた
>「グラニート」長距離対艦巡航ミサイルのVLS(垂直発射筒)を取り外したか,
>始めから装備しなかったことにより格納庫スペースを水増しして確保している疑念が持たれている
【事実】
>VLSが配備されている痕跡が甲板上に見られない
そりゃ,ふだんは目立たないからね.
youtubeの動画程度じゃ,分からないよ.
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/37209335.html
の2枚目では,しっかりとVLSのハッチが確認できるね.
>グラニートミサイルの発射が公開されていない
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/37474508.html
の写真を見ろ.
>このことから当初搭載すると発表されていた
>「グラニート」長距離対艦巡航ミサイルのVLS(垂直発射筒)を取り外したか,
>始めから装備しなかったことにより格納庫スペースを水増しして確保している疑念が持たれている
アドミラル・クズネツォフの構造上,それは不可能です.
下の図面は,クズネツォフの艦内ですが,実は,対艦ミサイル区画と格納庫の間には,航空隊指揮所や戦闘指揮所などが有り,ミサイル区画を無くしたところで,格納庫をそのまま拡張する事は出来ません.
それに,この図面(1枚目)を見る限り,対艦ミサイル区画が存在する場所は,ミサイルのランチャーが飛行甲板を支える形になっているようです.
ランチャーを無くせば,この部分の甲板の強度が落ちます.
それこそ,「安心してタッチ・アンドゴー訓練を行う」事は出来なくなります.

「ロシア・ソ連海軍」,2009/3/5(木) 午後 8:30
青文字:加筆改修部分
【質問】
クズネツォフの随伴艦は?
【回答】
アドミラル・クズネツォフは,北方艦隊の「第7大西洋作戦戦隊」という部隊に所属しております.
同戦隊の編制は,2006年9月現在で以下のようになっております.
<第7大西洋作戦戦隊>(司令官:アレクセイ・マクシミチュク少将)
★第43水上艦艇師団
重航空巡洋艦アドミラル・フロータ・ソヴィエツカヴァ・ソユーザ・クズネツォフ
重原子力ロケット巡洋艦ピョートル・ヴェリキー
ロケット巡洋艦マルシャル・ウスチノフ
戦列駆逐艦アドミラル・ウシャコフ(旧ベスストラーシュヌイ)
★第2対潜艦旅団
大型対潜艦アドミラル・チャバネンコ,アドミラル・レフチェンコ,セヴェロモルスク
この他,予備役として以下の艦が在籍しております.
重原子力ロケット巡洋艦アドミラル・ナヒモフ(近代化改装中)
戦列駆逐艦ラストロープヌイ(オーバーホール中),ベズプレチュヌイ(オーバーホール待ち)
大型対潜艦アドミラル・ハルラモフ(オーバーホール待ち),ヴィッツェ・アドミラル・クラコフ(オーバーホール完了?)
作戦行動の際には,第16支援艦艇旅団(補給艦セルゲイ・オシポフ,ゲンリク・ガサーノフなど計5隻)所属の補給艦などが随伴する事も有ります.
この「第7大西洋作戦戦隊」が,ロシア海軍唯一の「空母機動部隊」と言えるでしょう.
さすがに,所属艦艇全てが一斉に出航した事は無いようですが,2004年9月下旬の北大西洋演習には,アドミラル・クズネツォフ,ピョートル・ヴェリキー,マルシャル・ウスチノフ,アドミラル・ウシャコフと第16支援艦艇旅団の補給艦2隻が参加しております.
1996年初頭の地中海遠征は,アドミラル・クズネツォフと駆逐艦ベスストラーシュヌイ(現アドミラル・ウシャコフ)のみで,その他には,航洋曳船と原子力潜水艦が随伴という非常に寂しい「空母機動部隊」でしたが.
1995〜1996年の地中海遠征時のクズネツォフと随伴艦

駆逐艦ベスストラーシュヌイ(現アドミラル・ウシャコフ)

Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/9/27(木) 午後 9:04
【質問】
クズネツォフの地中海遠征について教えられたし.
【回答】
ソヴィエト連邦解体直前の1991年12月末に北方艦隊ヘ配備された重航空巡洋艦「アドミラル・フロータ・ソヴィエツカヴァ・ソユーザ・クズネツォフ」だったが,極度の財政難により,その後の活動は極めて低調であり,ムルマンスク近郊のウラ・グバ(ヴィジャエヴォ)に停泊している事が多かった.
就役から4年後の1994年,クズネツォフにようやく航空部隊が配属された.
1995年12月8日,クズネツォフは,ウラ・グバを出港した.
目的地は,5年前に通過した地中海であった.
クズネツォフには,駆逐艦ベスストラーシュヌイ(ソヴレメンヌイ級),原子力潜水艦「ヴォロネジ」(オスカーII型),
「ヴォルク」(アクラ型)と航洋曳船の他,バルト艦隊所属の警備艦ピィルキィ(改クリヴァクI型)が随伴した.
この時,「クズネツォフ機動部隊」の指揮を執ったのは,ロシア海軍総司令官第一代理(副総司令官)イーゴリィ・カサトノフ大将.
奇しくも彼は,かつて1991年12月,黒海を「脱出」するクズネツォフを見送った黒海艦隊司令官であった.
地中海へ向かうクズネツォフには,
Su-33艦上戦闘機×15機,
Su-25UTG艦上練習機×1機,
Ka-27対潜ヘリコプター×10機,
Ka-31早期警戒ヘリコプター×1機
が搭載されていた.
1995年12月23日,クズネツォフ機動部隊はジブラルタル海峡を抜け,地中海入りした.
地中海西部で新年を迎えたクズネツォフ機動部隊は,1996年1月7日,チュニジアに寄港,17日まで滞在していた.
チュニジアを出港し地中海を航行するクズネツォフは,アメリカ海軍第6艦隊司令官の訪問を受けた.
地中海を東へ進むクズネツォフ機動部隊は,1月29日,シリアのタルトゥスに入港.2月2日に出港した.
2月17日,マルタのヴァレッタに寄港.19日まで滞在.
その後,クズネツォフ機動部隊は帰路につき,2月4日,ジブラルタル海峡を抜け,大西洋入りした.
クズネツォフ機動部隊がバレンツ海に入ると,北方艦隊は,本艦を「標的」にして「対空母迎撃」演習を行った.
1996年3月22日,クズネツォフはウラ・グバに帰還した.
この時,クズネツォフは6,245海里(11,565km)を航行し,艦載機の飛行回数は600回に及んだ.
その後,ロシア海軍は,2000年秋以降に,再びクズネツォフの地中海進出を計画したが,極度の財政難により取り消された.
地中海のクズネツォフ

クズネツォフに随伴した警備艦ピィルキィ

機動部隊を指揮したイーゴリィ・カサトノフ大将

Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/9/27(木) 午後 9:04
【質問】
クズネツォフの近況は?
【回答】
ムルマンスクで出港準備中のクズネツォフ(2005年3月21日)

給油艦から給油を受けるクズネツォフ(2005年3月21日)

上掲写真が撮影されてから数日後,クズネツォフは出港してバレンツ海で演習を行ない,同2005年9月には大西洋北部まで進出し,演習を実施しております.
そして2006年初頭から浮きドック(ロスリャコヴォ工廠)でオーバーホールを行ない
(http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/15457414.html参照)その後,セヴモルプート工廠に回航して修理が行なわれました.
:セヴモルプート工廠で修理中のクズネツォフ(2006年8月16日)

下掲写真が,昨年9月末に報じられた,修理を終える直前のクズネツォフです.
(http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/2006939.html参照)
修理中のクズネツォフ(2006年9月22日)

修理中のクズネツォフ(2006年9月22日)

Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/4/8(日) 午後 0:58
【関連動画】
「ワレYoutube発見セリ」:アドミラル・クズネツォフ
「ロシア・ソ連海軍」:「アドミラル・クズネツォフ」は,2020〜2025年まで現役に留まる
「ワレYoutube発見セリ」:哀愁のロシア海軍正規空母アドミラル・クズネツォフ
【質問】
チムール・アパキージェ少将について教えられたし.
【回答】
チムール・アヴィタンジオヴィッチ・アパキージェТимур
Автандилович Апакидзеは,
1954年3月4日,ソヴィエト連邦グルジア共和国のトビリシに生まれる.
幼少時,家族と共にレニングラード(サンクトペテルブルグ)移住.
1975年にソ連海軍へ入隊した彼は,海軍航空隊パイロットの道を歩み,
1983年までには,バルト艦隊海軍航空隊において,最良のテスト・パイロットの一人としての評判を獲得した.
1983年,彼は,当時建造が始まったばかりの新型航空母艦(後の「トビリシ」「アドミラル・クズネツォフ」)に搭載予定の航空部隊の指揮官に任命された.
奇しくも,この新造空母には,彼の生まれた街の名前(トビリシ)が付けられた.
彼は,黒海でスホーイSu-27K(Su-33)艦上戦闘機を操縦し,各種テストに従事した.
ソヴィエト連邦解体時,ウクライナのクリミア半島サキ飛行場に駐留していた彼の飛行部隊は,新たに創設されたウクライナ空軍への編入を拒否した.
アパキージェには,彼が生まれたグルジアから,空軍司令官のオファーも有ったが,これも断った.
アパキージェと彼の部下は,あくまでもロシア海軍に忠実であり続け,母艦クズネツォフの後を追ってセヴェロモルスクへ向かう道を選んだ.
1990年代,アパキージェは北方艦隊において,ロシア海軍唯一の艦上戦闘機部隊を率いていた.
1995年8月17日,チムール・アパキージェは,ロシア海軍航空隊への多大な貢献により,「ロシア連邦英雄」勲章を授与された.
2000年,アパキージェは,少将に昇進,海軍航空部隊司令官代理に任命された.
2001年7月17日,チムール・アパキージェ少将は,プスコフ州オストロフで開催された航空ショーで,Su-33のスティックを握り,展示飛行を行った.
しかし,飛行中に乗機が故障して墜落,47年の生涯を閉じた.
彼は最後まで脱出しようとはせず,墜落して行く機体を出来るだけ人里から遠ざけようとしていた・・・
ロシア人は,彼の死に涙し,彼が殉職した現場には,記念碑が建立された.
http://www.airforce.ru/memorial/russia/apakidze/index.htm



Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/7/20(金) 午後 7:44
【関連動画】
Timur - The last flight
http://militaryvideo.ru/eng/index.php?ind=news&op=news_show_single&ide=145
チムール・アパキージェ少将の最後のフライトを追ったドキュメンタリー(露語)
CRS@空挺軍 in mixi,2007年12月09日16:27
【質問】
アドミラル・クズネツォフって耐用年数どれくらいなんですか?
【回答】
艦艇は整備さえ金をかければ,相当な長期間使えます.
台湾海軍や北朝鮮など「新型艦艇の調達の目処」が立たないところだと,40年50年も現役だったりします.
その一方で,空母のような大型高価な艦艇であっても,維持費でアシが出るとか,より費用対効果の高い代替艦艇ができると,寿命に余裕があっても除籍されます.
くだんのロシア空母の寿命は,ロシアが海軍に何を期待するのかという戦略と,維持費を出せる経済状況によって変わるとしか言いようがありません.
原油高が続くのであれば,代艦の目処もないことからしばらくは維持されることになると思います.
ただ,ロシア海軍の艦艇は港湾の支援能力が貧弱であることから,寄航中でもボイラー炊きっぱなしとか寿命が短くなる傾向があるので,機械的損耗によるどうにもならない理由での退役もあるかもしれません.
【珍説】
ウィキペディア:アドミラル・クズネツォフ(空母)(2009/3/5アクセス)
>[「空母」か「巡洋艦」か]
>ちなみに現在この艦は正規空母であるとロシア軍当局は認めている.
【事実】
ロシア軍当局の公式発表では,今でも,"Тяжелый
Авианесущий Крейсер"(重航空巡洋艦)という呼称が使われていますが.
ちなみに,昨年10月,ロシアのメドベージェフ大統領は新しい「空母」を建造すると発言した,と伝えられましたが,実はこの時,メドベージェフ氏は,一貫して"Авианесущий
Крейсер"(航空巡洋艦)という呼称を使っており,"Авианосец"(航空母艦)とは一言も言ってません.
ロシア語読めなきゃ分からないけど.
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/34855900.html
「ロシア・ソ連海軍」,2009/3/5(木) 午後 8:30
【質問】
空母ワリヤーグはいつ起工されたのか?
【回答】
11435型クズネツォフの改良型である11436型は,当初リガ
Rigaという名称で,1986/12/4,ニコライエフ(旧第444)造船所で起工.
ちなみにこれがワリヤーグ Varyag と改名されたのは1990年6月.海軍総司令官の指示による.太平洋艦隊に配備されることが決まっていたため,日露戦争における著名な巡洋艦であり,勇壮と悲惨の象徴であるワリヤーグを記念してのもの.
詳しくは,「世界の艦船」2006年3月号,p.148(A.
V. Polutov著述)を参照されたし.
【質問】
ワリヤーグがクズネツォフから改正された点は?
【回答】
以下の点.
・艦尾の形状を変更し,格納庫面積を拡大.
・格納庫内にターン・テーブル装備
・船体装甲を単層式に
・クズネツォフでは4面固定式のマルス・パッサート型対空捜索用フェーズド・アレイ・レーダー(西側呼称「スカイ・ウォッチ」)を装備したのに対し,ワリヤーグはフェーズド・アレイ・レーダー2面を背中合わせに組み合わせ,此れを回転させるフォルム-2M型レーダーを2基装備(の予定)
・フレガットMA(MR-750)型対空レーダー(西側呼称「ストラット・ベア」)の代わりにポドベレゾヴィク型を搭載(予定)
・カンタタ11435型電子戦装置の代わりにソズヴェズディエBR型を搭載(予定)
・他,あらゆる装置やシステムを改良型に
詳しくは,「世界の艦船」2006年3月号,p.(A.
V. Polutov著述)を参照されたし.
【質問】
なぜワリヤーグは建造中止となったのか?
【回答】
ウクライナ独立によってニコライエフ造船所が同国国営となり,ロシア海軍は1991年12月から建造費をストップしたため.
その後,ロシアとウクライナとの間でワリヤーグの所有権争いとなり,1995年6月にロシア・ウクライナ間の協定が結ばれて同艦はウクライナの所有となったものの,ウクライナにはワリヤーグを完成する意思は最初からなかった.
そのため,1995年末には海外売却の方針が決定されたが,なかなか売買交渉は纏まらず,スクラップになりかけたものの,最終的に1997年6月に中国に売却された.
なお,ロシア政府の決定に対し,次のように残念がる声もある.
以下引用.
空母に詳しいロシア海軍の高官は,
「残工事25%というのは,数字だけ見ると完成には程遠いようだが,実際は後から搭載可能な装備品の取り付けや機器の調整,塗装などで,一隻の船を作る工程から見れば残務処理のようなもの.
ロシア政府は,金貨を銅貨に無意味に両替したようなものだ」
詳しくは,「世界の艦船」2006年3月号,p.149-150(A. V. Polutov著述)を参照されたし.
まあ,政治的な思惑も裏に何かあったんでしょうな.
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