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「English Russia」;World's Biggest Submarine
「YouTube」:Project 661 "Anchar"
Russian submarine part1
「YouTube」:Project 661 "Anchar"
Russian submarine part2
「ロシア・ソ連海軍」:原子力潜水艦「コムソモーレッツ」19周忌
「ロシア・ソ連海軍」:シエラII型原潜「ニジーニー・ノヴゴロド」復帰
「六課」:最新ディーゼル・エレクトリック潜水艦「サンクトペテルブルク」は,2010年に就役する
「六課」:新型原潜「セヴェロドヴィンスク」は造船台を出渠する
「六課」:セヴマシュは,今年中にボレイ型1隻とヤーセン型1隻を起工する
【質問】
671型(ヴィクター型)の原子炉はどのようなものか?
【回答】
VM-4P型と呼ばれる加圧水型原子炉が並列に2基搭載されたが,これはVM-A型に比べて出力が7%増加し,核燃料の寿命は8年に延びた.
また,遠隔操縦装置が大幅に採用され,循環系のパイピングも見直されて長さが短くなったことにより,信頼性が向上した.
そのためヴィクター型はノヴェンバー型に比べ,原子炉事故は減少した.
【参考ページ】
『ソ連/ロシア原潜建造史』,p.28-31
記載そのものには瑕疵はないのですが,分かりやすくするために以下の部分の修文を提案します.
> 循環系の「配管取り回し」も見直されて「配管の」長さが短くなった
【解説】
我々のような従事者だと「パイピング」=「配管取り回し(配管敷設ルート)」とすぐに思い浮かぶのですが,一般の方には難しいと考えます.
また,この「パイピング」は,単に機器を結ぶ配管を最短ルートで敷設すればよいと言う単純な物ではなく,熱膨張などの各種熱影響・機械的強度,配管曲がり部などの腐食・浸食・減肉の問題(エロージョンが主),放射線遮蔽の問題などがあり,現在でも製作とともに高度なノウハウが求められる重要な分野です.
そのため,パイピング等の設計の良否がそのプラント(この場合,原子力潜水艦)の信頼性を大きく左右するだけに,非常に重要視される物であり,その点において671型(ヴィクター型)は長年運用されてきたことでも明らかなように,致命的な問題点は少なかったものと評価できます.
> 原子炉事故は減少
第一世代に比べれば改善されたと言うことでしょうね.
ヴィクター型でも,K-314の事故では「原子炉冷却材喪失事故+原子炉格納容器破損」という,商業炉では絶対にあってはならない極めて深刻な事故(米国TMI事故は原子炉格納容器が健全であったため,これに比べれば遙かに軽微)を招いていますので,絶対的な安全であったとまでは言い難いと考えます.
<もっとも当時の知見において,専門家以外で加圧熱衝撃(PTS)を想定しなければならなかったのは,酷な面がありますが.>
解説はこちら:加圧熱衝撃
http://www.rist.or.jp/atomica/dic/dic_1924_01.html
【参考ページ】
『ソ連/ロシア原潜建造史』,p.31
へぼ担当 in mixi,2009年05月02日 02:34
【質問】
ヴィクター型原潜用原子炉開発までの過程を教えられたし.
【回答】
1955年半ばからは第2世代型原子力潜水艦用原子炉の開発が開始されました.
これはНИИ-8のデレンスをリーダーとして,プロイェークト639として始動し,この原子炉では原子力潜水艦の重装備化と高速化を目標に高出力の原子炉を目指したものでしたが,突然,この計画は打ち切りとなります.
計画中止の理由は明らかになって居ませんが,当時の海軍造船総管理部では,米国に短期間で追いつき,追い越す為に過大とも言える原子力潜水艦建造計画を作成しつつあり,プロイェークト639は,その目標が建造計画に余りにも低いものとして大幅に見直しを迫られたからと言われています.
1959年12月,プロイェークト639の代わりに出力を大幅に引上げたプロイェークト661が発動されましたが,この計画には長い年月を要し,661艦の試験が完了したのは実に1969年12月の事になります.
661艦はК-162と命名され,2基の高出力蒸気発生装置群を搭載し,船体に軽いチタン合金を採用することで,公試に於て出力90〜92%の状態で,計画速力37〜38kts/hに対し,42kts/hという驚異的な速力を実現することになります.
しかし,公試が進むにつれ,また,就役が進むにつれて欠陥が明らかになってきました.
即ち,船体が水を切って進む時に発生する乱流に起因する流体力学上の原因による外部からの雑音,敵に集中攻撃をかける為にミサイルを全搭載数分発射しようとすると,1度に2基宛発射するとして,次発装填から発射までのインターヴァルが3分掛かると言う戦術的欠陥が発覚し,特に前者の欠陥は設計時の考慮不足であり,1988年にこの艦は退役させられてしまいました.
ところで,当初海軍中枢部が示していた憂慮には相応の根拠がありました.
27/ВМ試験台では,К-3以後のプロイェークト627А艦となるК-5,К-8,К-14用の為の地上試験が行われていました.
しかし,この実験の過程で様々な故障が発生しています.
1956年末には一次冷却水回路のパイプ群の溶接部から冷却水が漏出し,これが為に循環ポンプが停止,試験台での実験が一時中止されています.
この際に,燃料棒が多数破損し,炉心の取り替えが必要と成りました.
1957年5月,27/ВМ試験台は復旧し,1961年1月まで実験が継続されました.
1961年5月には次の原子炉の実験を進め,1962年8月3日に念願の出力100%,即ち計画出力7万kWを達成します.
しかし,第4期試験の過程で1965年12月,小規模ながら冷却水の漏出が発見され,炉を停止して冷却した後,燃料棒を取出して炉内を点検した所,耐食性遮蔽板が疲労した結果,裂け目を生じていたことが判明しました.
この修復方法の検討には多大な時間を要し,1966年9〜10月,НИИ-8の開発した方法で修理が施されました.
この間,1960年10月13日にはК-8で航海中に蒸気発生器から冷却水が漏出した事故が発生しました.
これは幸い乗組員が補修して事なきを得ましたが,1961年7月4日に北大西洋を航海中のК-8で放射能漏れが発生し,司令官を始めとする乗組員が多数被曝,後に死亡しています.
有名なのが,1963年4月10日のК-19の事故で,8名が死亡,艦は航行不能となり,基地に曳航されています.
更に,1965年2月10日にはモロトフスクで繋留中のК-11の炉が過熱,暴走し,8名が死亡しています.
これも余りにも拙速に原子力潜水艦艦隊を編成しようとしたツケが回ってきたと言えるでしょう.
てな訳で,次は液体金属冷却炉について.
眠い人 ◆gQikaJHtf2,2009/05/13 23:04
今日は液体金属冷却炉の話.
この炉はВ研究所(後に物理エネルギー研究所(ФЭИ)となる)で研究されてきたものです.
В研究所は,1946年にドイツ人専門家の「協力」も得て,一連の原子核物理学の実験的研究の為に設立されたもので,当初はベリリウム乃至その酸化物から成る減速材を持つ原子炉の開発,リング陽子加速器の製作,核融合爆発と大気中での核爆発の光学的現象に関わる研究などを担当していました.
液体金属冷却炉はレイブンスキーが一貫して指導してきた研究開発テーマですが,その過程で1954年,1962年,1966年,1977年と4回事故を起こし,最初の事故ではレイブンスキー自身も被害者となって居ます.
液体金属冷却の利点は,冷却材の一次回路に於ける気圧が20〜40気圧と低くて済むことにありました.
また,炉心単位面積当りの冷却能が加圧水と比べものにならないくらい高く,その為炉を可成り小さくする事が可能でした.
この液体金属冷却の素材としては,ナトリウム,ナトリウム−カリウム合金,鉛−ビスマス合金などが比較検討され,最終的に鉛−ビスマス合金をВ研究所は選択します.
これは,ナトリウムやナトリウム−カリウム合金と違い,蒸気発生器に冷却材漏れまたは水漏れが万一生じた場合でも,それが水と反応しない点にありました.
ナトリウム,ナトリウム−カリウム合金は水と急激に反応し,屡々火災を起こす欠陥があった為です.
1952年9月,液体金属冷却方式蒸気発生装置群の設計が,ポドリスクにある油圧プレス特殊設計ビューロー(ОКБ
Гидропресс)ショルコヴィチ所長の下で2段階に分けて行われました.
第1段階は,ОКБ ГидропрессとВ研究所の協同で研究・実験を進めながら,地上発電装置用原子炉と原子力潜水艦プロイェークト627と同サイズの原子炉の設計を同時並行で進め,12月,第1総管理部で設計確認レビューが行われた結果,このタイプの原子炉は,輸送機関の動力装置,即ち,原子力潜水艦用の原子炉(ВТ炉)として設計されることになりました.
概略設計が完了した後,1955年10月22日の閣僚会議布告により,ВТ炉を中心とした新たな装置の開発が決定します.
これはプロイェークト645と命名され,このВТ炉は第2段階へと突き進んでいきます.
10月31日の重機械・運輸機械製作工業省の命令により,技術設計の完了は2ヶ月後の12月までとされますが,当然日程に余裕のないものだったりします.
潜水艦本体の設計は第143特別設計ビューローで行われ,当初ペレグゥドフ,後にナザーロフが主任設計技師として設計が進められていきました.
プロイェークト645には,液体金属冷却炉を中心とした装置の製作をオルジョニキーゼ記念ポドリスク工場,燃料棒の構成と製作法の開発をНИИ-9,燃料棒の製作が第12工場,一次冷却材回路用ポンプの設計がОКБ
Гидропресс,その製作がカリーニン記念モスクワ・ポンプ工場,10〜220mm径の特殊ベロー電機子の設計が電機子中央設計ビューロー,管状減圧器,ポンプ用パイプの設計と製作にはエコノマイザー工場,鋼材,溶接法と溶接温度のコントロール法開発にはЦНИИ-48,自動熱管理システムの開発にはЦНИИ-45,自動管理チャートの開発には第12計測制御機器設計ビューローなどが関わり,他にОКБ
Гидропрессの課題解決には,ЦАГИ,重機械中央化学研究所が関わっています.
プロイェークト645の技術設計は,当初予定から約1年遅れの1957年1月,中型機械製作省によって承認されます.
プロイェークト645はプロイェークト627と同じく原子炉を2つ並べた形で,それぞれの出力は7.3万kWが予定されていました.
この炉はВТ-1と命名され,燃料は90%濃縮ウラン,減速材にはベリリウムが用いられています.
一次冷却材には,先述の鉛−ビスマス共融混合物を用い,二次冷却回路の冷却材は水で,蒸気発生器は両舷側に配置されており,1時間に90t,40気圧,350〜380度の蒸気生産能力を有していました.
このВТ-1炉の特徴は,融点125度の液体金属冷却材を絶えず140度以上に保つ加熱器とその付帯設備を有していたことです.
この加熱器の熱には蒸気発生装置群から発する表面の熱を利用しています.
この為,極めて複雑な形状の管状蒸気加熱器が開発されました.
因みに,共融混合物の容積は7.3m^3とされています.
もう一つ,困難だったのは蒸気発生器МП-1の設計でした.
艦の両舷に3箇所の渦巻管部が装備され,それぞれの渦巻管部にはエコノマイザー,蒸気分離器,過熱部をU字形管に配置したものから構成されていました.
地上試験用の27/ВТ試験台の技術設計は1955年2月までに概ね完了し,1958年11月,試験台に炉心部が装備され,年末までには試験台上への設備の据付が完了しました.
1959年3月,一次回路に鉛−ビスマス共融混合物が充填され,計画出力の10%で原子炉を稼働させてみて,最終的に1960年4月8日に計画出力を達成しました.
最初に充填した核燃料は,1960年12月に尽き,1961年2〜3月にかけて燃料棒の取外しと設備の点検を実施しましたが,此処で大きな問題が発覚しました.
と言うのも,内部にスラグ,マグネシウム酸化物,鉄と鉛が原子炉容器の内部で大量に発見されたからです.
ところが,この課題は徹底した解明が為される前に,地上試験関係者は別の課題に忙殺されることになります.
1961年8月,中型機械製作省は次期原子力潜水艦プロイェークト705用の新しい液体金属冷却式原子炉ОК-550の開発を決定したからです.
このОК-550は,アフリカントフの指導の下,機械製作特殊設計ビューローが担当し,蒸気発生器の設計は油圧プレス特殊設計ビューローが担当しました.
この決定の為,27/ВТ試験台は改修されて,1965年末には27/ВТ-5試験台として再び実験が行われるようになりました.
1966年11月末,ОК-550は先ず30〜75%の出力で実験が開始されましたが,この装置は1975年まで実験が続けられました.
しかし,その間,冷却材のスラグ化,合金の酸化,蒸気発生器からの冷却材漏れなどが続出し,事態は改善しない為,遂に試験継続は放棄されてしまいます.
炉と並行して,前述のように液体金属を液状に保つ加熱装置が開発されています.
1953年の段階では,1万kWの重油ボイラーを搭載した液体金属加熱装置モデルが設計されましたが,検討の結果,重油ボイラーは容積が大きいこと,金属を多用して重くなったこと,水力学的に複雑なことが分かり,1954年には出力1,500kWの管状電炉に切り替えられました.
この部分は「試験台1500」と名付けられ,公式には1956年8月の完成ですが,実際には据付は1957年に入ってからの完成です.
この装置で,液体金属用200mmバルブの実験,液体金属の酸化を防ぐ為のフィルターの熱力学的特性とその作業特性の研究,酸化防止技術の改良,蒸気発生装置群冷却のために並行して連結された5本の冷却水管の実験,蒸気や電力による液体金属加熱装置の実験などが行われました.
ところが,案に相違してこうした装置をゴテゴテと取り付けた結果,ВТ炉を用いた装置は627Аのそれより13.5%重くなってしまいました.
また,主タービンや動力伝達装置群の大きさは同じでも,高出力化によりタービン発電設備は4倍も重くなり,プロイェークト627艦に比べ20%も重くなってしまいました.
この為,627艦が装備していた予備ディーゼル発電機を削減するなど,軽量化が大きな課題と成りました.
1958年7月15日,造船工業省は645艦の起工式を挙行し,1962年4月1日に進水式を行い,8月11日には蒸気発生装置群を含めた原子炉部分が据え付けられ,完成しました.
12月5日には工場のボイラーから発せられる蒸気の力を借りて,液体金属加熱装置が起動し,蒸気発生装置群が稼働開始しました.
並行して,潜水艦が建造されていた職区の沿岸に隣接して特別な建屋371が建設され,そこに鉛−ビスマス共融混合物が準備されていました.
一次回路に冷却材を充填する作業は12月7日にレイブンスキーの指導で行われ,循環ポンプЦН-14の装備も完了し,12月27日に2つの原子炉が計画出力の20%で初めて稼働しました.
以後,繋留実験が行われ,それは1963年7月まで,中型機械製作省エネルギー管理部長ニコラエフの監督の下で行われています.
続く洋上公試は,ホロスチャコフ海軍中将を長とする国家委員会によって行われますが,この試験は原子炉フル稼働状態に於て,同艦が示すべき性能に対する「技術的・戦略的要求(ТТЗ)」を確定しました.
これはソ連どころか西側世界を含めても高い性能を誇っています.
1963年10月30日,プロイェークト645艦は正式に海軍に引き渡され,К-27と命名されました.
潜航深度は300m(但し,航行可能深度は270m),潜航時最大速力30.2kts/h,連続潜航期間50日と言う性能を持つК-27は,1964年4〜5月,初の海軍での航行試験で51昼夜連続潜航の記録を作り,7〜9月にドック入りして再整備の後,1965年7〜9月には洋上航海に出て地中海に進出,帰還後2年間に亘って改修と設備の近代化が行われ,その後3度目の洋上航海に出ますが,1968年5月24日,左舷原子炉で液体金属のスラグ付着とそれによる炉心に於ける冷却材通路の閉塞を原因とする事故が発生.
過熱した核燃料が一次冷却回路の一部などの上に落ちてしまい,炉心は破壊され,乗組員の多くが被曝して,両炉は停止の已むなきに至りました.
この為,冷却材は固まり,艦は曳航されて帰還すると其の儘退役処分となりました.
他に同型艦は,1981年に深度50mで冷却剤が固まる事故を起こしています.
К-3の時と同じく,プロイェークト645の時も,試作艦が航海を初める前の1960年6月,党中央委員会と閣僚会議は特別布告を出し,ОК-550型機関を2基搭載した原子力潜水艦プロイェークト705が発動されましたが,К-27の事故を受けて1971年,1972年,1975年の3回に渡り設計に見直しが実施されます.
しかし,建造は継続され,1970年9月に完成し,10月から第1艦の公試が始まりました.
ところが,これも海軍に配備された直後の1972年2月,事故により退役しています.
それでも,このプロイェークト705艦の同型艦は1981年まで3隻が建造されています.
つくづく,社会主義ってやつぁ〜って感じですね.
眠い人 ◆gQikaJHtf2,2009/05/14 22:19
【質問】
ヴィクター型ではどんな原子炉事故が起きたのか?
【回答】
1985/3/20,作戦行動中のK-38は,タービン区画でショートによる火災が発生,原子炉がストップしたため,北洋艦隊原潜基地へと曳航された.
同年/12/29,ウラディウォストーク近郊にあるパブロフスク原潜基地に帰港したK-314において,原子炉の1次冷却水漏れ事故が発生した.
規則では,損傷箇所の修理は原子炉が完全停止してからと定められていたが,原子炉室長は原子炉停止前に漏洩箇所のパイプを閉鎖.
ところが1次冷却水の遠隔操作装置故障のため,高圧蒸気の圧力により,調整弁経由で原子炉室に1次冷却水が大量に噴出.
新たに冷却水が補填されたが間に合わず,炉心融解が始まって,放射能を帯びた水蒸気が大量に吹き出した.
しかも,第4原潜艦隊副司令官リセンコ少将の誤判断により,原子炉に冷水が浴びせられた結果,原子炉格納容器に亀裂が入り,そこから噴出した放射性蒸気により乗員が被曝した.
事故後,K-314は予備役となり,原子炉から核燃料も取り出せないまま,現在もチャジマ湾の原潜修理工場に係留されたままになっている.
K-469において,自動装置の故障から,原子炉のタービンを破損した例もあったという.
一方,改正型の671RT型(ヴィクターII型)では,機器の信頼性も高まり,原子炉事故はなかったという.
【参考ページ】
『ソ連/ロシア原潜建造史』,p.31, 33
【ぐんじさんぎょう】
【質問】
ヴィクターIII型原潜B-305(K-305) について教えられたし.
【回答】
かつてロシア海軍太平洋艦隊に所属していたプロジェクト671RTM原子力潜水艦B-305(Б-305)
西側では,ヴィクターIII型(Victor-III)のコード名で知られているタイプです.
コムソモリスク・ナ・アムーレ市のアムール造船所で建造.
1979年1月23日,「潜水巡洋艦(КрПЛ)」として海軍籍に登録
1980年7月27日起工
1981年5月17日進水
1981年9月30日就役
就役時の名前はK-305(К-305)でした.
1981年11月23日,太平洋艦隊に編入.
本艦は,沿海州のパヴロフスキー湾(бухта
Павловского)を基地として活動しており,
1986年,海軍総司令官より海上ロケット射撃功労賞および対潜戦闘功労賞を受賞,
1990年にも,海軍総司令官より海上ロケット射撃功労賞を受賞しました.
1992年6月3日,B-305と改称され,艦種も「原子力大型潜水艦(АБПЛ)」に変更されました.
1994年8月,訓練中のB-305に訓練弾が命中して火災が発生しましたが,間もなく鎮火.
1995年春,修理を終えた本艦は,予備役となりました.
1996年7月末,ウラジオストクで挙行されたロシア海軍創設300周年記念観艦式に参加.西側報道陣および海軍関係者の前に姿を見せました.
これが,B-305の最後の花道となりました.
1998年5月30日,B-305は,海軍籍から除かれました.
本艦が駐留していた沿海州パヴロフスキー湾の原潜基地は閉鎖され,除籍された原潜の保管場所となりました・・・・
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/20567919.html
[本艦の歴代艦長]
・初代(1981〜1988年):V.K.ボンダレンコ
・2代目(1988〜1990年):S.P.ポターニン
・3代目(1990〜1994年):D.G.ポガダエフ
・4代目(1994〜除籍まで):S.P.ボーエフ
2枚目:原潜B-305艦内

3〜5枚目:パヴロフスキー湾の原潜B-305

6,7枚目:1996年7月末,ウラジオストクのロシア海軍創設300周年記念観艦式に参加する原潜B-305

Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/5/7(水) 午後 5:28
【質問】
オスカーII型原潜「ヴォロネシ」について教えられたし.
【回答】
北方艦隊の原子力潜水艦K-119「ヴォロネシ」は,セヴェロドヴィンスクのセヴマシュ造船所で1988年に建造された.
同艦は,多用途潜水艦プロジェクト949A「アンテイ」である.
このクラスの原子力潜水艦は,全長155m,排水量18,000t,潜航深度480m,水中速力33ノット,乗員130名である.
プロジェクト949Aの基本的な兵装は,24基の対艦ミサイル(PKR)「グラニト」である.
「ヴォロネシ」は,2007年頃にセヴェロドヴィンスクへ回航された.
セヴェロドヴィンスクの「ズヴェズドーチカ」社において定期整備と近代化改装を行なう予定.
詳しくは
「ロシア・ソ連海軍報道・情報管理部機動六課」,2009/2/2(月)
午後 11:16
を参照されたし.

「ロシア・ソ連海軍報道・情報管理部機動六課」,2009/5/26(火) 午後 8:45
【質問】
オスカーII型原潜「クルスク」の略歴を教えられたし.
【回答】
プロジェクト949A原子力潜水巡洋艦の10番艦・K-141「クルスク」К-141"Курск"は,セヴェロドヴィンスク市のセヴマシュ・プレドプリャーチェで建造.
1990年3月22日起工,
1994年5月16日進水,
1994年12月30日就役.
1995年3月1日,北方艦隊に編入.
1998年までは,訓練に明け暮れた.
1999年7月5日〜10月19日,大西洋及び地中海で行動.
2000年5月,洋上行動.
同年,「ロケット射撃功績賞」授与.
2000年8月12日,北方艦隊演習に参加したクルスクが,魚雷発射訓練を行おうとした所,突如,第1区画(魚雷発射管区画)で爆発が起こった.
この時に爆発した魚雷は,
650mm対艦重魚雷であるという説,
533mm対潜ミサイルであるという説,
高速水中ロケット「シュクヴァール」であるという説
が有る.
(ロシア国内においては,650mm対艦重魚雷説が有力らしい)
どれを「犯人」にするのかはともかく,この第一次爆発により,第1区画,第2区画(発令所)は10秒で全滅.
この爆発で空気供給がストップした第3,第4区画の乗員は脱出しようとしたが,間に合わず全滅.
爆発から130秒後,2基のOK-650B型原子炉は自動停止したが,魚雷発射管室の魚雷が誘爆,第1〜第5区画までが破壊された.
第6区画(原子炉室)では,生き残った乗員が原子炉を閉鎖したが,その直後,第6区画も侵水.
残った最後の23名は,最後尾の第9区画へ退避したが,8月12日午後6時以降,艦内の酸素が尽きて絶命.
K-141クルスクは,北緯69度40分,東径37度35分の海域に没した.
118名の乗員全てを道連れにして・・・
それから1年が経った2001年8月より,引揚作業が開始された.
爆発事故が起こった艦首部分は切断され,10月には船体の浮揚に成功した.
クルスクは,ムルマンスク郊外ロスリャコヴォ町の浮きドックPD-50へ曳航された.
2002年4月14日,クルスクは,PD-50を出渠.
4月26日,船舶修理工廠「ネルパ」に到着した.
クルスクは,同工廠で2003年までに解体された.



Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/8/14(火) 午前 10:00
【関連リンク】
kursk(クルスク事故ニュース映像,『ロシアの注射』の元ネタ)
【質問】
オスカーII型原潜「トムスク」の略歴を教えられたし.
【回答】
プロジェクト949A原子力潜水巡洋艦の11番艦・K-150「トムスク」は,西側では,オスカーII型巡航ミサイル原潜(SSGN)として知られています.
セヴェロドヴィンスク市のセヴマシュ・プレドプリャーチェで建造.
1991年8月27日起工,
1996年7月20日進水,
1996年12月30日就役.
1997年3月17日,北方艦隊に編入.
1998年9月,北氷洋経由で太平洋方面に回航.20日で5,100海里を航行し,この内3,500海里は,氷の下でした.
同年10月9日,太平洋艦隊に編入.
現在,太平洋艦隊の第16潜水艦戦隊・第10潜水艦師団に所属しております.
なお,K-150の艦名については,一時期,「サンクト・ゲオルギー・ポベドノーセッツ」と言われており,『世界の艦船』では,何故か英訳名「セント・ジョージ・ザ・ヴィクトリアス」と表記されていました(笑)
(何でロシア海軍の艦艇が英語名なんだよ(^^;)
どうも,同じく太平洋艦隊所属の戦略原潜K-433「シヴァトイ・ゲオルギー・ポベドノーセッツ」(常勝聖人ゲオルギー)と混同されていたようです.
949A型原潜は,本艦に続いて2隻が起工されましたが,1隻は工事中止,
もう1隻も工事中断しましたが,2000年8月のクルスク爆沈事故に建造が再開されました.
しかし,80パーセント完成した2006年7月,国防省は同艦の建造中止を決定.
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/1723651.html
今度は,再開される事は無いでしょう.
従って,この「トムスク」が,949A(オスカーII)型ミサイル原潜の最終艦になります.
ちなみに,949A(オスカーII)型ミサイル原潜は,ウォーターラインシリーズ(1/700スケール)でタミヤからプラモデルが発売されています.
商品名は「クルスク」ですが,「トムスク」と「オムスク」(K-186)のデカールも付属しており,「トムスク」として作る事も出来ます.


Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/8/9(木) 午後 7:25
【質問】
オスカーII型の未成艦「ベルゴロド」について教えられたし.
【回答】
プロジェクト949A(オスカーII型)ロケット原子力潜水艦の12番艦K-139(К-139)は,
1992年4月20日,ロシア海軍籍に登録
1992年7月24日,セヴェロドヴィンスク市セヴマシュで起工(建造番号664)
1993年4月6日,「ベルゴロド」Белгороодと命名
1995年〜1997年,V.アブハリモフが初代艦長に任命.
しかし,当時のロシア海軍の極度の財政難の為,1997年に建造工事はストップ,本艦は,ロシア海軍籍から抹消されました.
この時,「ベルゴロド」は75パーセント完成していました.
2000年9月,改正型のプロジェクト949AMとして建造再開.
949AMは,ミサイル複合体の誘導装置が改良されています.
2006年7月20日,セルゲイ・イワノフ国防相(当時)は,報道機関に対し本艦の建造中止を示唆.
(http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/1723651.html参照)
2日後の7月22日,正式に工事中止を決定.
この時,「ベルゴロド」は85パーセント完成していました.
『世界の艦船』2007年6月号「再生図るロシア海軍」(アンドレイ・ポルトフ)では,本艦は「竣工した」と書かれていますが,間違いです.
その後,ロシア日刊紙『コメルサント』は,ロシアが本艦のインドへのリースを提案したと報じました.
・・・・実現する可能性は,限り無くゼロに近いでしょうが・・・・


Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/3/29(土) 午後 10:34
▼しかし,その工事は再開されるようです.
――――――
失われた潜水艦「クルスク」と同型の原子力潜水艦の建造は続行される
サンクトペテルブルク,6月26日(ロシア通信社ノーボスチ)
2000年に失われた潜水艦「クルスク」と同タイプの多用途打撃原子力潜水艦「ベルゴロド」の建造は続行される.
金曜日,ロシア海軍総司令官ウラジーミル・ヴィソツキー海軍大将は,ロシア通信社ノーボスチに伝えた.
原子力潜水艦「ベルゴロド」(プロジェクト949A)は,同プロジェクトシリーズの最新艦である.
現在,「セヴマシュ」工場(セヴェロドヴィンスク)における工事進捗度は70〜80パーセントと評価されている.
「これまでに私達は,この艦の完成に便宜を図るか,或いは,新シリーズの多用途打撃原子力潜水艦セヴェロドヴィンスク型の建造へ資金を拠出するかについての問題で,正確な方向性を定められませんでした.
この潜水艦はセヴマシュに在り,その建造工事は続行されます」
海軍総司令官は言った.
ロシア連邦海軍総司令部の情報筋がロシア通信社ノーボスチに伝えた所では,射程が増大した最新巡航ミサイル複合体によって武装する原子力潜水艦セヴェロドヴィンスク型により,これらのタイプの原子力潜水艦の再装備の可能性についての問題点は解決された.
(2009年6月26日16時15分)
――――――
オスカーII型の元々の主兵装は,長距離巡航ミサイル「グラニト」ですが,この記事では,同型が新世代原潜セヴェロドヴィンスク型と同じ,巡航ミサイル(オニクス)を装備する可能性を示唆しています.
「ロシア・ソ連海軍報道・情報管理部機動六課」,
2009/6/27(土) 午後 10:14
▲
【質問】
小型核動力プラント式AIP潜水艦「K-68」について教えられたし.
【回答】
ジュリエット型のコード名で呼ばれるプロジェクト651巡航ミサイル潜水艦K-68(К-68)は,ロシア内陸部のニジーニー・ノヴゴロド(旧ゴーリキー)市にあるクラスエ・ソルモヴォ造船所で建造.
1962年1月25日起工
1963年4月30日進水
1965年12月28日就役
1966年,北方艦隊へ配属.ザーパドナヤ・リッツァのマラヤ・ロパトカ基地へ配備
1969年10月,アラ・グバ基地に配置換え
1977年7月25日,B-68(Б-68)と改称
1985年,651E計画改造の為,クラスエ・ソルモヴォ造船所に入渠.
小型核動力プラント(湯沸し型原子炉)VAU-6(ВАУ-6)を搭載する改装工事を実施.
円筒型のVAU-6モジュールは,B-68の艦尾に挿入された.
旧ソ連は,原子力と通常動力(ディーゼルエレクトリック)の「ハイローミックス」で潜水艦の整備を進めてきたが,「ロー」である通常動力潜水艦の能力向上策として,小型核動力プラント方式AIP(Air-Independent
Propulsion非大気依存推進)が考案され,1960年代に開発計画がスタートした.
(潜水艦を全て原子力推進艦に統一する事は,財政的にも,そして地理的条件からも,不可能であった)
湯沸し型原子炉(Реактором Кипящего
Типа)と発電機で構成されるVAU-6プラントは1971年に完成.
これを受けて,ディーゼル潜水艦651型を改造してVAU-6プラントを搭載する計画が立てられ,ラズリート設計局(クラスエ・ソルモヴォ造船所付属設計チーム)は,651E(651Э)改造計画の図面を引き始めた.
VAU-6を搭載して洋上テストを行う艦として,たまたまこの時,バッテリーが壊れて修理する必要があったB-68に白羽の矢が立てられた.
1986年,B-68の改装工事終了,北方艦隊復帰
以後,小型核動力プラントVAU-6の洋上テストに従事
1990年除籍
2004〜2005年,第85船舶修理工廠「ネルパ」で解体.
小型核動力プラント方式のAIP潜水艦は,今のところ本艦のみであり,西側では,フランスにおいて「提案」はされているが,実際に製造されてはいない.

Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/1/6(日) 午前 9:49
【質問】
ジュリエット型潜水艦K-77について教えられたし.
【回答】
プロジェクト651(ジュリエット型)ミサイル潜水艦K-77(К-77)は,ロシア内陸部のニジーニー・ノヴゴロド(旧ゴーリキー)市にあるクラスエ・ソルモヴォ造船所で建造.
1963年1月31日起工
1965年3月11日進水
1965年10月31日就役
1965年11月19日,北方艦隊の第35潜水艦師団(ポリャールヌイ基地)へ編入
1966,1968,1969年,北方艦隊の演習に参加
1969年9月,ウラ・グバ(ヴィジャエヴォ基地)へ移動
1970年4月〜6月,地中海へ進出し,「オケアン」演習に参加
1971年10月28日〜1973年1月23日,第35船舶修理工廠セヴモルプートでオーバーホール
1974年5月3日〜11月23日,地中海で行動
アメリカ第6艦隊の空母「アメリカ」「フォレスタル」「インディペンデンス」を追跡
(7月26日〜8月4日,エジプトのアレクサンドリアへ寄港して小修理)
1975年12月20日〜1976年4月10日,大西洋および地中海で行動
(1976年3月10日,エジプトのアレクサンドリアへ寄港)
1977年4月4日〜1978年12月24日,第10船舶修理工廠シュクヴァールでオーバーホール
オーバーホール最中の1977年7月25日,B-77(Б-77)と改名.
1979年12月〜1980年6月,地中海で行動
1981年6月10日〜9月29日,地中海で行動
1989年9月20日〜1991年3月19日,第35船舶修理工廠セヴモルプートでオーバーホール
1991年8月,バルト海へ回航
1991年9月6日,バルト艦隊の第58潜水艦旅団へ転属
1993年6月30日,ロシア海軍籍抹消
1994年,ラトビアへ回航され,U-184と改名
1997年,20万ドルでアメリカへ売却
1998年1月,アメリカへ回航
2000年,キャスリン・ビグロー監督の映画『K-19:The
Widowmaker』で,「主役艦」K-19役を務める事が決定.
外見をK-19に似せる「メイク」を施された後,映画に「出演」.
本艦がK-19役に「抜擢」された理由は,キャスリン・ビグロー監督によると,K-19と同時期に造られた本艦は,K-19とよく似ており,最小限の「メイク」でK-19に「変身」出来るから,という事であった.
(キャスリン・ビグロー監督とスタッフは,ロシアへ行って本物のK-19を見学している)
本艦が「主演」した『K-19:The Widowmaker』は,2002年7月19日からアメリカで公開.
日本では,2002年12月14日から公開された.
2002年3月,ロードアイランド州プロヴィデンス市へ回航
(プロヴィデンス市公式サイト http://www.providenceri.com/)
2002年8月,「潜水艦博物館U-184」としてオープン
2007年4月17日,暴風で沈没
2007年8月,修理のため,ニューオリンズへ回航
3〜7枚目:潜水艦博物館U-184




Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/5/5(月) 午前 8:57
【質問】
タンゴ型って何?
【回答】
タンゴ型(641B型)は,ソ連海軍がフォックストロット型の後継として開発した潜水艦です.
ディーゼル・エンジンで動き,主な武器は魚雷でした.
1970年代に18隻が建造されました.
モスクワ市北西行政管区北トゥシノ地区の「北トゥシノ公園」海軍博物館では,潜水艦B-396「ノヴォシビルスキー・コムソモーレッツ」
Подводная Лодка Б-396 "Новосибирский
комсомолец"
(プロジェクト641B,1980年9月就役:)が一般公開されています.
プロジェクト641Bは,タンゴ型のコード名で知られるディーゼル潜水艦であり,1972年から1982年に掛けて18隻が建造されました.

Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/6/15(日) 午前 11:06
より再構成
【質問】
タンゴ型潜水艦B-380について教えられたし.
【回答】
西側では,タンゴ型のコード名で呼ばれている,プロジェクト641B「ソム」型ディーゼル・エレクトリック潜水艦の最終艦(18番艦)B-380(Б-380)
ロシア内陸部のニジーニー・ノヴゴロド(旧ゴーリキー)市にあるクラスエ・ソルモヴォ造船所で建造
1981年10月15日起工
1982年8月進水
1982年12月25日就役
18隻建造された641B型の中で,本艦とB-498は黒海艦隊へ配属された.
(ただし,B-498は1988年11月に北方艦隊へ転属)
1982年11月から1992年2月15日まで,「ゴリィコフスキー・コムソモーレッツ」Горьковский
комсомолец(ゴーリキー共産党青年団)という個艦名を付けられた.
1984年,黒海で2度の戦闘演習に参加.
1985年および1986年,初代艦長V.パナセンコ2等海佐が指揮するB-380は,海軍総司令官より「魚雷攻撃最優秀賞」を授与された.
1988年,艦長はA.ゴリャチェフと交代した.
1991年,セヴァストポリのセヴモルザヴォートでオーバーホールが開始されたが,財政難の為,資金の割り当てはストップし,工事は停滞した.
B-380の乗組員は,最低限に減らされ,岸壁に係留されたまま動く事は無かった.
この期間,V.スミルノフが艦長を務めた.
2000年,ロシア政府は本艦の復帰を決定.潜水艦の修理および近代化の為の費用が拠出される事になった.
2004年3月1日,本艦の乗組員は,再び定数を満たした.
本艦の艦長は,2000年〜2005年頃までボリス・レズニク2等海佐が務め,2006年以降,K.タバチュニィー2等海佐が務めている.
2007年12月25日,B-380は就役25周年を迎えた.
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/27857448.html
現在,潜水艦B -380は,第247独立潜水艦大隊に所属しており,セヴモルザヴォートで近代化改装中である.
改装終了は,2008年秋を予定している.
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/28248829.html
本艦以外の641B型は,全てロシア海軍から除籍された.
B-515,B-396,B-307の3隻は,記念艦として保存,公開されている.
Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/1/13(日) 午前 8:30



Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/1/10(木) 午後 8:25
【質問】
タンゴ型潜水艦B-396について教えられたし.
【回答】
旧ソ連(ロシア)海軍のディーゼル潜水艦B-396.
西側では「タンゴ」型のコード名で知られるプロジェクト641Bの13番艦です.
プロジェクト641Bは,1972年から1982年に掛けて18隻がソ連海軍に就役しました.
1979年1月22日,ソ連邦海軍籍登録.
1979年8月31日,クラスノエ・ソルモヴォ造船所で起工.
(クラスノエ・ソルモヴォ造船所 http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/7903605.html)
1980年5月17日,進水.
1980年10月24日,海軍へ引き渡し.
就役後は,赤旗北方艦隊へ配備されました.
1982年7月2日〜8月24日,ノルウェー海で戦闘哨戒.
1984年8月5日〜1985年3月3日,南大西洋(アフリカ沖)で戦闘哨戒.
1985年5月23日,「ノヴォシビルスキー・コムソモーレッツ」と命名.
1988年1月1日〜6月5日,バレンツ海で戦闘哨戒.
1991年1月,第35船舶修理工廠「セヴモルプート」 で修理.
1992年4月1日,「ノヴォシビルスキー・コムソモーレッツ」の名前を抹消.
1992年5月23日〜8月16日,北部大西洋で戦闘哨戒.
1993年3月26日〜6月22日,北部大西洋で戦闘哨戒.
1998年1月22日,ロシア海軍の戦闘編制から除籍.
1998年5月1日,乗組員の編制を解散.
2000年7月〜8月,浮きドックPD-18から第10船舶修理工廠「シュクヴァール」へ移動.
2000年10月21日,モスクワ市の潜水艦博物館として改装する為,セヴマシュに到着.
2004〜2005年,セヴマシュで改装工事.
2006年7月26日,モスクワ市郊外で「潜水艦博物館B-396」としてオープン.
現在,モスクワ市北西行政管区北トゥシノ地区の「北トゥシノ公園」で一般公開されています.
写真は,2009年3月半ば頃に撮影されたB-396です.
B-396の隣には,「カスピ海のモンスター」こと表面効果翼艇「オリョーノク」が展示されています.
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/37952656.html
ところで,このタンゴ型B-396の写真を見ると,スクリューにシュラウドリングが付いています.
これまでに公表されているタンゴ型(プロジェクト641B)の図面では,シュラウドリングは有りませんでしたが・・・



「ロシア・ソ連海軍」,2009/4/2(木) 午後 7:02
【質問】
なぜデルタ型原潜には4つものサブ・バリエーションがあるのか?
【回答】
ミサイルの改良に従って,船体が大型化するなどしたため.
デルタI型:R-29(SS-N-8)ミサイル搭載=単弾頭,発射筒12基
↓
デルタII型:R-29Uミサイル搭載.発射筒が16基に.北極海対応.
↓
デルタIII型:R-29R(SS-N-18)ミサイル=弾頭3個.
↓
デルタW型:R-29RM(SS-N-23)ミサイル=弾頭4個.
以下は,岡部いさくによる解説.
ソ連海軍のSSBNにとっては,西側の強力な対潜哨戒網をかいくぐって,ミサイルの射程まで西側本土に接近するのは容易ではなく,より安全なソ連本土に近い海域から西側主要目標を射程内に収めうる,長射程の水中発射弾道ミサイルが必要とされた.
そこで開発されたのが,1973年から実用配備になったR-29(SS-N-8ソーフライ)ミサイルである.
R-29は相変わらず液体燃料で単弾頭だったが2段式で,射程は4300浬に伸び,精度も向上し,新型の発射システムにより,ヤンキー型のR-27よりも戦力としての効率は2.5倍に強化されたとされている.
これを搭載するSSBNがデルタ Delta I型で,1970〜76年に18隻が建造され,1973〜78年に就役した.
デルタI型は基本配置はヤンキー型を踏襲しているが,さらに大型とされ,静粛性も向上し,電子装備も強化・合理化された.
デルタI型はミサイル区画の背が高く,フェアリング部分はセイルの高さの半分ほどにまで達しているのが外形上の特徴である.
そのミサイル区画には12基の発射筒が並び,ヤンキー型よりもミサイル搭載数は減っているが,ミサイルと発射システムの性能向上により,戦力としてはむしろ強化されていると評価されたようである.
18隻のうち8隻は,さらに射程4400浬に延長したR-29Uミサイルを搭載した.
このミサイルの搭載を前提に,デルタI型の拡大改良型として,デルタII型4隻が1973〜74年に起工され,1975〜76年に就役した.
デルタII型ではミサイル区画が延長されて発射筒が16基となり,静粛性が向上し,さらに,主な作戦海域となる北極海での運用を考慮して,セイルの潜舵は90度に回転できるようになった.
その一方,ソ連は水中発射ミサイルの多弾頭化を進め,1979年に射程3600浬のR-29R(SS-N-18 スティングレイ)ミサイルを実戦化した.
このミサイルの初期型は単弾頭だったが,改良型は3個,さらに7個の個別誘導再突入弾頭を装備するようになった.
ただしSTART I条約の制限により,7個弾頭装備型は実際には配備されなかった.
このミサイルの搭載艦として,さらに大型化したデルタIII型が,1977年から82年にかけて14隻就役した.
デルタIII型は水中排水量が1万tを超え,ミサイルの全長が大きくなったのに伴い,発射筒も長くなり,ミサイル区画の高さはセイルの半分以上に達することとなった.
静粛性や居住性にも改良が加えられており,単弾頭ミサイルを搭載するデルタI,II型の殆どが退役しているのに対し,こちらはまだ現役にとどまっている.
1987年には,R-29Rに続くミサイルとして,射程を4,600〜5,100浬に延長し,精度を向上させ,4個の弾頭を装備する新型,R-29RM(SS-N-23 スキッフ)が実戦化され,それを搭載するデルタW型が,1987〜90年に7隻就役した.
デルタW型はミサイル区画の高さがさらに増し,静粛性の向上のために機関のラフト装備などを施して,船体はまた大型化し,水中排水量18,200tと,アメリカのオハイオ級に匹敵する巨艦となった.
船尾の形状も,推進器周辺の水流の整流のために延長されている.
デルタW型は現在のロシア海軍の主力SSBNで,1998年にはK-407が史上初めて水中からの人工衛星打ち上げに成功している.
しかし2隻は予算難から修理に長くかかっており,事実上現役を離れている.
さらにK-64は海洋調査潜水艦への改造途中のままとなっている.
(岡部いさく from 「世界の艦船」2004年10月号,p.85-86)
以下の写真は,セヴェロドヴィンスク市のズヴェズドチカ工廠でオーバーホール中の667BDRM(デルタIV)型戦略原潜.
K-18カレリアと推定されます.
ロシア海軍の667BDRM型は,昨年(2006年)1月にK-114ツーラが,10月9日にK-117ブリャンスクが,それぞれオーバーホールを終えて艦隊に復帰しております.



Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/4/6(金) 午後 8:50
【質問】
デルタII型原潜「リャザン」について教えられたし.
【回答】
タス通信,(2007年12月13日10時56分付によれば,弾道ミサイル原潜リャザン(戦術番号K-44)は,セヴェロドンヴィスクのセヴマシュ造船所で1982年に建造された.
プロジェクト667BDR「カリマール」弾道ミサイル原子力潜水艦(NATOの分類では「デルタII」)は,
全長155m,
水上排水量10,600t,
水中速力24ノット(44.5km/h),
兵装は,弾道ミサイル発射筒16基.
2007年12月,「リャザン」は,セヴェロドンヴィスクの「ズヴェズドチカ」造船所で定期整備の後,テストの為,洋上に去った.

Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/12/14(金) 午後 5:07
【関連リンク】
「ロシア・ソ連海軍」:デルタIII型戦略原潜「リャザニ」,弾道ミサイル試射
【質問】
デルタIV型原潜「カレリヤ」について教えられたし.
【回答】
プロジェクト667BDRM原子力弾道ミサイル潜水艦(暗号名「デリフィン」)「カレリヤ」は,▼セヴェロドヴィンスクのセヴマシュ造船所で建造され,1989年にロシア海軍へ就役した.
1987年2月にセヴェロドヴィンスクのセヴマシュ造船所で起工され,
1989年にロシア海軍に編入された.▲
北方艦隊配属.
1994年,潜水艦は北極ヘの航海を完了し,国旗およびアンドレイ旗を打ち立てた.
この航海により,60人の乗組員が,国家から栄誉と報酬を与えられた.
2000年4月,同艦は,ウラジーミル・プーチンを乗せて出港した.
▼ 14回のミサイル発射を実施し,140,000海里を航行した後,▲
2006年11月,セヴェロドヴィンスクの艦船修理センター「ズヴェズドーチカ」で中規模修理と近代化改装が始められた.
2009年に再就役の予定.
公式データによれば,
排水量約12,000トン,
全長167m,
幅12m
最大潜航深度400m,
水中速力24ノット(44,5km/h),
乗組員 140人.
SLBM16基搭載.
詳しくは
イタル・タス,2008/11/5付,
ノーボスチ,2008/11/22付
および,その翻訳である
「ロシア・ソ連海軍」,2008/11/6付
「ロシア・ソ連海軍」,2008/11/23付
を参照されたし.
【関連リンク】
「ロシア・ソ連海軍」:デルタIV型戦略原潜「カレリア」,造船台を出渠
【質問】
原子力潜水艦「トゥーラ」について教えられたし.
【回答】
ノーボスチ,2007年12月25日15時16分付によれば,原子力潜水艦K-114「トゥーラ」(デルタIV型)は,1987年建造.
その後,アルハンゲリスク州セヴェロドヴィンスク市のズヴェズドーチカ(小さな星)工廠で近代化改装.
同艦は,16基の「シネーワ」弾道ミサイルおよび12基の魚雷を装備しているという.
2007年12月17日&25日,「シネーワ」弾道ミサイルの発射テストを行なった.
RSM-54「シネーワ」(NATOコード名SS-N-23スキフ)は,2007年6月にロシア海軍へ就役した第3世代の液体燃料推進大陸間弾道ミサイル.
5,500マイルの射程距離を有し,4個の核弾頭を搭載する.
***
補足説明すると,本文中に登場する「シネーワ」Синеваは,以前から配備されていたRSM-54(R-29RM)の最新改良型です.
Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/12/26(水) 午後 4:52
【質問】
デルタIV型原潜「ノヴォモスコフスク」について教えられたし.
【回答】
弾道ミサイル原子力潜水艦K-407「ノヴォモスコフスク」は,プロジェクト667BDRM「デリフィン」(NATOコード名
「デルタ-IV」).
セヴェロドヴィンスクのセヴマシュ造船所で建造され,1990年に艦隊へ就役した.
1991年,ロシア海軍で最初に,水中位置から全ミサイルの一斉発射を遂行.
1998年には水中位置から,初めて弾道ミサイルを使って人工衛星を打ち上げた.
艦艇修理センター「ズヴェズドーチカ」でオーバーホールおよび近代化改装を実施し,2010年にロシア海軍へ復帰する予定.
この「ノヴォモスコフスク」を以って,ロシア海軍のプロジェクト667BDRM(
「デルタ-IV」型)6隻の近代化改装工事は全て終了する.
詳しくは
2008年11月27日付,イタルタス
および
「ロシア・ソ連海軍」,2008/11/30付(画像も)
を参照されたし.

【質問】
デルタIV型原潜「ブリャンスク」について教えられたし.
【回答】
イタル・タス,2007/11/30付によれば,K -117「ブリャンスク」 はプロジェクト667BDRM「デリフィン」型の戦略任務ロケット巡洋潜水艦(NATOの分類では「デルタ-IV」).
この型の艦は,
全長167m
幅12m,
水上排水量12,000t,
最大潜航深度400m,
水中速力24ノット(44km/h),
乗組員140名,
潜水艦用弾道ミサイル16基.
K -117は,セヴェロドンヴィスクのセヴマシュ造船所で1989年に建造された.
1985年から1992年までの期間に,セヴマシュは7隻の同型艦を海軍へ引き渡した.
戦闘任務を10年間に渡って遂行した後,修理のため,2002年7月に「ズヴェズドチカ」へ到着した.
広報室によると「ブリャンスク」の修理及び近代化改装は,艦の戦術上及び技術上の問題を改善する為,83ヶ所に渡って実行され,
「潜水艦の騒音レベルは敵に探知される可能性を低くする程に低下し,戦闘力および原子力機器の安全性の保証は,かなり高められた」
という.
2007年11月30日,「ブリャンスク」は,セヴェロドンヴィスクの「ズヴェズドチカ」工廠で近代化改装後の最初の洋上テストを完了し,弾道ミサイル原潜は停泊地へ戻った,と企業の広報室長ナデジェダ・シェルビニナは発表した.

Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/12/2(日) 午後 4:12
を元に,文章を再構成
【質問】
ノヴェンバー型原潜の開発経過を教えられたし.
【回答】
船体に関しては,素材となる高硬度鋼の開発をНИИ-48,流体力学計算はЦНИИ-45,有名な中央空気流体力学研究所(ЦАГИ)が担当しました.
気密性の維持とヴェンチレーター,復熱・凝縮システムの原寸大実験は,人民戦士の称号を持つ退役潜水艦Д-2で実施されていました.
この潜水艦の最大のネックは,大型核弾頭魚雷Т-15の数十トンに及ぶ発射装置をどう配置するかでした.
自力で魚雷が始動するシンプルな発射管を想定した場合,その口径は2mとなりますが,構造は単純であり重量もそれほどではないことが分かり,設計に組入れられることになりました.
1954年末,船体の技術設計が完了し,海軍上層部での検討に回されました.
しかし,オリョール少将が委員長を務める海軍専門家委員会では,全くの新設計艦である627号艦にТ-15を装備する事に懐疑的で,設計は差し戻しとなりました.
結果的に,627号艦の装備は変更となり,Т-15発射装置1門,533mm魚雷発射管2門の代わりに,船首部に従来と同じく533mm魚雷発射管8門を装備する事になりました.
当初,このプロイェークト627の目的は,Т-15を用いた海岸施設の大規模破壊だったのですが,武装変更の結果,対艦船・対輸送船攻撃に切り替えられています.
これは,その後の核弾頭の小型化により,従来の533mm魚雷にも核弾頭を搭載出来るようになるという展望が拓けたからでもありました.
円筒型の船体は,特別に開発されたАК-25鋼で造られ,9つの防水区画に分けられていました.
第1区画は船首・魚雷部,第2区画はバッテリーと居住区,第3区画は司令塔,第4区画は補機群,第5区画は原子炉,第6区画はタービン,第7区画は電気設備,第8区画が居住区,第9区画が舵機と船尾部となります.
この内,乗組員が出入りする区画は第1〜4,8〜9区画で隔壁は15気圧に耐えるように出来ていました.
30名の士官は,2人部屋,4人部屋に配置され,第2区画に士官集会室,第4区画に下士官用集会室が設けられました.
潜水艦の連続航走距離は2ヶ月とされ,原子炉は艦の中央部に隣り合って前後に配置,蒸気発生器とパイプ群は炉から見てシンメトリカルに配置されえいました.
基本的な設備は防振,消音カバーで緩衝され,船体はレーダー波を減衰出来るカバーに包まれていました.
装備としては,水深100mでも発射出来る魚雷発射管とその制御システム「レニングラード」,レーダーアンテナ,周囲を監視する装置としてテレビカメラМТ-50装置を3基,聴音機,操舵装置群,凝縮器とヴェンチレーターなどがあり,排水量3,050t,潜航深度300m,潜行最高速力30kts/h,浮上時最高速力15kts/h,潜行日数は先ほども触れた様に50〜60日,乗組員数85名で,魚雷発射管8門に対し533mm魚雷が20発装備されており,1955年に完成した米国海軍のノーチラスとほぼ同じ性能を予定していました.
因みに,1959年,ドレジャーリは米国を訪問しています.
その際,シッピングポート炉や原子力船サヴァンナ号の建造過程を見学し,自分達の軽水炉が米国のそれに比べても遜色のないことを確認し,自信を深めています.
〔略〕
船体の方は1955年9月24日に起工式を終えましたが,原子炉実験の一定の成功を待って,1956年10月に蒸気発生装置群の据付を開始し,1957年8月9日に進水式が挙行されました.
9月13〜14日の両日,初めて最小出力ながら原子炉を洋上で稼働させ,9〜10月にかけ船体外部の蒸気発生源の力を借りての調整が完了しました.
1958年5月19日〜6月5日,中型機械製作省のニコラエフを長とする官庁間委員会の試験に於て,計画出力の60%の出力で繋留しつつ実験が行われましたが,それ以上の出力での試験は,舫の強度を勘案して回避されています.
引き続き,7月13日〜12月1日まで,イワーノフ海軍中将を長とする国家委員会が実施した白海での洋上実験が行われ,途中7月14日には原子力のみで10時間3分の航海に成功しました.
蒸気発生装置群の出力は,この時点でも矢張り60%止まりでしたが,最大速力は23.3kts/hを実現しています.
この国家委員会には,アレクサンドロフ,ドレジャーリ,ペレグゥドフ,グラドコフ,デレンス,コーシュキン等も加わっていました.
しかし,全力運転に至らない実験成功は,海軍にとってとても領収出来る状態にあるとは言えませんでした.
彼等は,実際,蚊帳の外に置かれ続けていました.
この627号艦についても,国の命令で建造したもので,自分達の要求で建造したものでは無かったりします.
特に,彼等は原子力潜水艦の技術的未完成性を危惧し,その採用に反対していました.
にも関わらず,実験は成功したとする国家委員会の報告は,党中央委員会と閣僚会議で1959年1月17日に承認され,直ちに原子力潜水艦プロイェークト627は,К-3と言う艦名を与えられて,試験航海の為に海軍に引き渡されてしまいました.
1959年の年内にК-3は,9日,22日,14日に亘る長期の潜航実験に成功し,原子炉出力は計画出力の80%に達していました.
1962年7月には北極点までの北極海潜航航海に成功し,この艦は「レーニンスキー・コムソモール」と言う名誉ある名称を与えられることになりました.
それに先立つ1955年10月22日付の閣僚会議布告により,К-3が完成する以前に早くも第402造船工場では12隻のプロイェークト627А型原子力潜水艦の建造が開始されました.
このシリーズの第1艦であるК-5は,出力80%で28kts/hを出せるものとされ,1959年12月27日,北洋艦隊に配備され,К-8が1960年8月31日,К-11,К-21,К-52は1961年12月27日,К-42,К-152は1961年11月4日,К-133,К-153は1962年10月16日,К-115は1962年12月30日,К-50は1963年12月20日に海軍に配備されました.
眠い人 ◆gQikaJHtf2,2009/05/13 23:04
【質問】
627型および627A型(どちらも西側分類ではノヴェンバー型の一種)における原子炉の不具合は,どのようなものだったか?
【回答】
まず,ソ連最初の原潜K-3は,白海での潜航試験中,蒸気発生器が破損し,大量の1次冷却水を海中投棄.
1959年7月には北氷洋からの帰投中,蒸気発生器破裂により,乗員94人が被曝した.
627改正型であるはずの627A型でも,蒸気発生器の信頼性が低く,整備後わずか数百時間で故障するケースが多発,蒸気漏れは日常茶飯事だったという.
また,蒸気発生器は1次冷却水と2次冷却水の接点であるため,蒸気漏れが原因となって1次冷却水が2次冷却系に混入し,放射能が漏れる事故も頻発した.
しかも2基のうちどちらが故障したのか,即座に判断しにくい構造だったという.
蒸気発生器の問題は1960年代中期になってようやく解決されたが,それでも平均600時間しかもたず,出港するとすぐに蒸気漏れが発生したという.
1960/2/10.バレンツ海で潜航訓練中のK-8の蒸気発生器が破裂し,1次冷却水と蒸気加減弁のヘリウムが,原子炉室とタービン室に大量に噴出.
炉心温度が急上昇したが,燃料棒溶解は回避した.
このとき乗員118人が被曝して13人が放射能症患者となり,1年後に1人が死亡.
1963/8/9,51日間という大西洋大航海中のK-133において,蒸気発生器のトラブルから,タービン区画で放射能が激増.
その後も帰投するまでに蒸気発生器のトラブルは3回起きた.
627 & 627A型は平均修理期間は実際には10年近いと言われており,85年以降は全艦が保管状態に置かれた.
【参考ページ】
『ソ連/ロシア原潜建造史』,p.18-22
なお,蒸気発生器については別項を参照されたし.
【ぐんじさんぎょう】,2009/4/15 22:40
に加筆
【質問】
645型(ノヴェンバー改型)に搭載された原子炉は,どのようなものだったのか?
【回答】
冷却材にビスマス(Bi)/鉛(Pb)合金を使用する液体金属冷却式のVT-1型原子炉.
これは水を冷却材とした場合よりも,加熱蒸気の温度を高くできるため,原子炉出力を高めることができた.
これは水を冷却材とした場合よりも,過熱(super-heated)蒸気の温度を高くできるため,原子炉出力を高めることができた.
また,1次冷却が自然循環のため,騒音源の1つである冷却ポンプが必要なく,さらに2次冷却系の圧力が1次冷却系よりも高いため,蒸気発生器にトラブルが生じても,放射能が2次冷却系に漏れる心配がない反面,保守整備が難しかった.
しかしその反面,冷却材の液体金属が原子炉内で固まって閉塞しないよう,常に125℃以上に維持しなければならない上に,冷却材の液体金属が原子炉内で放射化されて,強い放射線を発する(または『強い放射能を持つ』)Po-210が生成されるため,それを含む一次冷却系への接近が著しく困難になるなど,保守整備が難しかった.
ちなみに自然循環は,液体金属冷却にしか起こらないというものではないので,念のため.
【参考ページ】
『ソ連/ロシア原潜建造史』,p.22-24
【ぐんじさんぎょう】,待機稿に加筆・修正
> 「加熱蒸気の温度」
これはこのままでも差し支えないのですが,より当該原子炉の特性を強調する場合,『ソ連/ロシア原潜建造史』の記載通り
「過熱(super-heated)蒸気の温度」
とすべきと考えます.
PWRの場合,特別な工夫を施さない限り
「飽和蒸気(その圧力で蒸気と水が共存する物;通常の大気圧下では100℃の蒸気に相当する)」
以上に熱を加えること
(過熱:super-heat;通常の大気圧下では,蒸気の温度を100℃より高くする(例:120℃)こと.この場合,水(液相)が共存することはない)
ができません.
一方,上記のような液体金属冷却原子炉では,原子炉出口の冷却剤温度がPWRより高いため,過熱蒸気を容易に得ることができ,その分,小型の原子炉で大出力をねらうことができます.
だからこそ,液体金属冷却原子炉が技術的に極めて困難であることは承知の上でも,645型(ノヴェンバー改型)K-27が実験艦として1隻のみ建造されたわけです.
たった1文字の違いですが,これは単純な誤植ではなく,そこまでの意味を持った違いとなりますので,ご注意のほどを.
また,その技術的意味をここまで正確な日本語で伝えることのできる,アンドレイ
V.ポルトフ氏の力量は全く持って尋常ではないことが,この点に凝縮されているとも言えます.
〔略〕
> 「保守整備が難しかった」
この記載自体に全く誤りはありませんが,何故難しかったのか例示を挙げておくと,親切かと考えます.
よって,原文を元に以下の記載に変更することを提案します.
「冷却材の液体金属が原子炉内で固まって閉塞しないよう,常に125℃以上に維持しなければならない上に,冷却材の液体金属が原子炉内で放射化されて,強い放射線を発する(または『強い放射能を持つ』)Po-210が生成されるため,それを含む一次冷却系への接近が著しく困難になるなど,保守整備が難しかった.」
〔略〕
しかし,どこを読んでみても,技術的に整合性のとれない誤りがほとんど見受けられない『ソ連/ロシア原潜建造史』は,絶賛に値する良書だと感じますね.
へぼ担当 in mixi,2009年04月25日 00:48
【質問】
自然循環って何?
【回答】
1次冷却材ポンプ(原子炉主循環ポンプ)などの外部からの駆動力により原子炉冷却材は強制循環されているが,このポンプが停止した際にも,原子炉冷却材の密度分布による差や一部にボイドが発生することによって,ループ内に原子炉冷却材の循環(能力)を生じるような循環を,自然循環(自然対流)という.
自然循環は冷却材喪失事故時や,何らかの原因によるポンプ停止時に,炉心の除熱をする上で重要な役割を果たす.
http://www.rist.or.jp/atomica/dic/dic_0364_01.html
特に,蒸気発生器・一次系ポンプなど放射能を含む一次系機器を原子炉容器内に内装した原子炉システムである一体型炉では,自然循環による炉心冷却能力が高く,一次系配管が無いためLOCA対策上安全性が高くなる。
http://www.rist.or.jp/atomica/07/07040502_1.html
※ LOCA:冷却材喪失事故(Loss−of−coolant Accident)
また,沸騰水型炉では自然循環を利用することによって,高価な循環ポンプを不要としている.
http://www.rist.or.jp/atomica/16/16030107_1.html
旧原研のLOCA模擬実験装置LSTF(Large Scale Test Facility)による実験では,LOCAが発生して冷却材の主循環ポンプが自動的に止まっても,炉心で加熱された水と蒸気発生器の伝熱管内で,冷やされた水との密度差によって,原子炉の一次系に自然循環が発生し,炉心の冷却が維持されることが分かっている.
http://www.rist.or.jp/atomica/06/06010104_1.html
高速実験炉「常陽」においては,定格出力で運転中に全動力電源喪失を想定した時に,原子炉システムの自然循環により崩壊熱を十分に除去でき,固有の安全性を有することを実証.
http://www.rist.or.jp/atomica/06/06010205_1.html
また,日本原子力研究開発機構において研究されている,次世代の舶用炉としての大型船舶用原子炉[MRX]では,受動的崩壊熱除去システムが採用されている.
これは蒸気管破断,蒸気発生器伝熱管破断等の事故時に,自然循環により炉心の崩壊熱を格納容器水中に放熱できるヒートパイプ式 水冷却システム(弁の開放操作のみ) が採用できるので,受動的崩壊熱が可能であり,安全性の向上ができるというもの.
http://www.rist.or.jp/atomica/07/07040401_1.html
詳しくはそれぞれのリンク先を参照されたし.
【ぐんじさんぎょう】,待機稿に加筆・修正
PWRを中心とした上記記述には,「下記の一点を除き」大きな問題はありませんので,ご安心ください.
(細かいことを言えばきりがありませんが,そこまでやると趣味の領域の問題であり,本質的な問題ではありません.)
> また,沸騰水型炉では,自然循環を利用することによって,
>高価な循環ポンプを不要としている.
> http://www.rist.or.jp/atomica/16/16030107_1.html
この部分は「全面削除」
(舶用炉を前提とした記述に統一した方が良く,舶用炉での採用実績のないBWRのお話をここで含める必要は薄いと考えます.)
を推奨します.
修正する場合は,以下の事項を考え合わせる必要があります.
<後述するとおり,これだけで論文を数多く書くことができる非常に難解・複雑な分野です.
ちなみに私個人はこの分野の技術検討・詳細解析が専門であり,幅広い原子力分野でもっとも得意とする分野です.>
1.確かにBWRの開発当初は「自然循環を利用することによって,高価な循環ポンプを不要」とする意図があったのは確か.
2.しかし,自然循環により得られる炉心流量は比較的小さく,結果として原子炉の大きさに比べ得られる原子炉の出力は小さくなり,経済性に劣ることが次第に明らかとなった.
3.そのため,元は自然循環を指向していたBWRの開発は,循環ポンプ(BWR名称:再循環ポンプ)を用いた強制循環に移ることとなった.
これにより再循環ポンプそのものは高価であるが,強制循環によりよりコンパクトな原子炉で大きな原子炉出力を得られるため,結果として経済性の向上につながった.
4.ただし,強制循環には「ポンプそのものが高価」という点以上に,原子炉から原子炉水をいったん外に引き出して,強制的に再度送り込むため,その取り出し,送り込む配管のトラブル,及び,精緻きわまりない再循環ポンプそのものがやっかいであり,万が一配管が破断した場合に大きな事故につながる
(BWRでの最大の事故想定は,これら配管の破断である).
5.そのため,静止型のジェットポンプを用いたりして,原子炉外にいったん引き出す原子炉水の量を低減したり,原子炉内への内蔵ポンプを採用することによって,これら配管そのものをなくしてしまうなどの改良が,現在も続けられている.
6.なお,元々の発想である「自然循環」の試みが放棄されたわけではない.
強制循環より,自然の物理現象を利用した自然循環の方が,工学的なトラブルが少ないのは誰の目にも明らかである.
一方,経済的に自然循環利用で十分な原子炉出力を得るには,風呂が深ければ深いほど上下の温度差があり,自然対流が強くなることからも明らかなように,原子炉の上下高さを高くとる必要がある.
しかし,やり過ぎれば原子炉圧力容器が巨大な物となってしまい,ある一定の制約がかかる.
よって,現在開発中の新型炉においても,自然循環概念の活用が常に検討課題としてあがっており,経済性・安全性・信頼性他とのトレードオフで強制循環概念とどちらが優位か,詳細な設計・検討が行われている.
7.また,自然循環に移行した際の問題点として,原子炉の自己制御性を適切に考慮しなければ,出力振動を起こす可能性があり,BWRの炉心設計では十分な配慮が必要となり,6.とも絡んで技術的な課題となる.
これは初心者ドライバーが運転する車が道にそれた場合,元に戻そうとしてハンドルを切りすぎて行き過ぎ,それを繰り返すことによって蛇行運転を繰り返す状況(機械制御理論でのフィードバック効果の発散現象)と,考え方は似たものである.
以上,1.から7.まで全てまとめることが必要となりますが,軍事板的にここまでやるべきかどうか,判断を仰ぎたいと考えます.
<これでも極力,要点だけを端的にまとめたつもりなのですが,たった1行の部分を正確に書こうとすると,この有様となります.>
へぼ担当 in mixi,2009年04月24日 23:51
【質問】
K-27(645型)の原子炉は,どのようなトラブルを起こしたか?
【回答】
1964年,大西洋南部を航行中,蒸気発生器の故障により,1次冷却系に酸化物やスライムが発生してパイプ・ネットが閉塞,炉心温度が1,000℃に上昇した.
1965/8/26には原子炉室に火災が発生,漏洩放射線が最大許容値の5倍に達した.
乗員105人が被曝したが,にもかかわらず直後に米空母ランドルフ(エセックス級)を発見し,追尾の後,魚雷の仮想発射まで行った.
しかしこの火災が引き金となり,左舷原子炉の破損したパイプから,放射能を帯びた水蒸気が艦内に漏れ,右舷原子炉も数日後には同じトラブルが発生する恐れがあった.
乗員の決死の修理により,K-27が帰港したとき,埠頭には出迎えは無かった.
北洋艦隊幹部は,同艦は沈没したものと思い込んでいたためだった.
1968/5/24にはバレンツ海で潜航訓練中,1次冷却系の清掃不充分が原因で原子炉が暴走し,続いて出力が急低下した.※
蒸気発生器がトラブルを起こし,炉心温度急上昇に堪えきれず,核燃料棒の20%以上が融解,破裂した.
このため原子炉室のガンマ線量は1,000レントゲンに達し,放射性ガスが艦内に広がった.
身を挺して故障を修理した乗員9人は,事故直後に放射能症で死亡.
被曝した乗員115人のうち何人かは1970年代初期,癌や心臓病で死亡した.
K-27はこのバレンツ海での事故の後,係船されて,液体金属冷却材が凝固しないよう,専用の補助船が高温蒸気を供給していた.
しかし1979年には,セヴェロドヴィンスクの造船所埠頭に係船中,同様の炉心融解事故が再度発生した.
そのため1982年9月,K-27は原子炉と核燃料を搭載したまま,ノバヤ・ゼムリヤ島のステエポボイ湾に秘密裏に投棄された.
1963/10/30に海軍に潜水巡洋艦として引き渡された同艦が,1965/9/7には早くも実験潜水巡洋艦に艦種変更されたのも,トラブルの多さを物語っていると思われる.
【参考ページ】
『ソ連/ロシア原潜建造史』,p.23-24
【ぐんじさんぎょう】,2009/4/29 21:00
に加筆・修正
※ このような液体金属冷却炉では,1次冷却系の原子炉流量が原子炉の出力を大きく左右する傾向にあります.
このため,本原子炉の暴走から始まる事故シーケンスは以下が考えられます.
1.何らかの要因で出力上昇,原子炉暴走.
(制御棒操作などの不具合が疑われますが,その点はさすがに注意深く削られていますね.)
2.その中で,1次冷却系が酸化物やスライム等で閉塞.
3.1次冷却系の原子炉流量が減少,または安全系の動作により原子炉出力は急低下.
その後は,解説するまでもないと考えます.
問題はどの程度閉塞したか,と言うことになりますが本文を読む限り,「清掃不充分により1次冷却系の原子炉流量が急変した」のは間違いないところと愚考します.
この場合,乗員に有効な防護方法は実質ありません.
この場合,原子炉を止める方が先であり,原子炉を止められなかった場合……(涙).
文字通り,死に突撃した勇敢な水兵さんに最敬礼.
へぼ担当 in mixi,2009年04月28日 22:34・改
【質問】
ノヴェンバー型「レニンスキー・コムソモール」について教えられたし.
【回答】
2008年12月17日は,ロシア/ソヴィエト原子力潜水艦50周年の記念日でした.
50年前の1958年12月17日,ロシア/ソヴィエト初の原子力潜水艦K-3「レニンスキー・コムソモール」がソヴィエト海軍へ引き渡されました.
K-3(プロジェクト627原子力潜水艦)は,ウラジーミル・ペレグドフが設計主任を務めました.
K-3は,1955年9月24日に「セヴマシュ」で起工され,1957年8月9日に進水しました.
同艦の建造には,135の企業が参画しました.
1957年9月14日,K-3はVM-A型原子炉を起動.
そして翌1958年12月17日,K-3はソヴィエト海軍に受領されました.
1959年3月12日,北方艦隊に編入.
設計主任ウラジーミル・ペレグドフは「社会主義労働英雄」称号を授与され,410名のセヴマシュ労働者が表彰されました.
「セヴマシュ」総取締役エゴーロフは,レーニン勲章を授与されました.
K-3は,1962年12月9日,「レニンスキー・コムソモール」と命名されました.
1967年9月8日,出港してから56日が経過したK-3は,油漏れの為,出火.
第1,第2区画に居た39名が死亡しました.
死亡した乗員の大多数は,消化剤の二酸化炭素による窒息死でした.
K-3は,その後もソヴィエト海軍に留まり続けましたが,1987年12月17日,海軍の戦闘編制から除かれました.
1988年9月9日,グレミハ基地へ回航.
1989年3月14日,予備役のK-3は,B-3と改称されました.
ソ連解体後の1993年9月30日,第285潜水艦大隊に転属.
1993年11月5日,第14潜水艦旅団に転属.
2002年11月,ムルマンスク近郊の第10船舶修理工廠「シュクヴァール」へ回航されて修理を受けました.
そして現在は,同地で記念艦として保存されています.
Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/12/21(日) 午前 11:46
【質問】
パパ型原潜K-222について教えられたし.
【回答】
プロジェクト661原子力潜水艦K-222は,西側では「パパ」型のコード名で知られています.
プロジェクト661は,チタニウム合金製の船体を持つ最初のソ連原子力潜水艦です.
当初の艦名はK-162でしたが,1978年,K-222と改名されました.
同艦は
1963年12月28日に「セヴマシュ」で起工され,
1968年12月21日進水,
1969年12月31日就役,
1970年,北方艦隊へ編入されました.
1971年,艦は,実地テストに移行し,水中速力44.7ノットの記録を打ち出しました.
1989年,除籍.
1999年,解体の為に「セヴマシュ」へ曳航されました.
しかし「他の艦型の潜水艦解体によって,経験が蓄積されるまで」,ほぼ10年間,「セヴマシュ」の民間乗務員は,艦を保持しました.
同じチタン製のアルファ型は,少なくともK-64,K-432,K-493,B-123がセヴェロドヴィンスクで解体されております.
「経験が蓄積」とは,この事でしょう.
2008年7月,同艦は解体の為,「ズヴェズドーチカ」造船所へ移動しました.
そういえば,パパ型原潜は『レッド・ストーム作戦発動』にも出ていましたね.
確か,こんな感じのやり取りだったような・・・
――――――
「パパ級だと思わんか?」
「あれは1隻しか無いでしょう」
「だからと言って,飾っているわけでは無いだろう?」
――――――
661は,高速「だけ」が取り柄であり,水中雑音は高かったので,発見は容易だったでしょう(^^;
オスカー型の船体設計は,パパ型を引き継いでおります.
(まあ上の図面からも一目瞭然ですが)



Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/7/24(木) 午後 8:41
【質問】
角川文庫の「K-19(映画の小説版ではないほう)」には以下のようなことが書かれています.
(定価\590,古本も良くあるので,見つけたら買って損は無いかなぁ,と)
――――――
「ソヴィエト連邦の第一世代潜水艦には,一時冷却装置のバックアップシステムも緊急冷却装置も無かった.
(中略)
原子炉で起こる可能性がある最悪の故障は,一次冷却水の循環防止や漏洩だ.
この場合,原子炉はエネルギーの供給をストップするだけでなく,ウラン燃料がオーバーヒートして融解し,原子炉そのものがこわれることもある.
ソヴィエト連邦の原子炉は設計上の欠陥と運用上のミスが多く,そのために核燃料のメルトダウンを伴う事故が数件おき,大勢の被害者を生み,広範囲にわたる放射能汚染を招いた.
――――――p.82
――――――
(原子炉を設置する)シールド区画は,事故発生中は常に封鎖して,核分裂による副産物が艦内全体に広まることが無いようにしなければならない.
こうした一連の応急処置には,原子炉の熱を十分に逃がして,燃料棒がメルトダウンするのを防ぐ処置が含まれていなければならない.
原子炉区画のシールド区域を冷やしたら,事故が収まるまでのその状態を維持しなければならない.
そのために必要なのが緊急消火装置,すなわちスプレーシステムで,これは専用のタンクから高圧ポンプを使ってジェット噴流を原子炉に直接吹きかけるものである.
こうした応急安全システムは,最新の艦にしか存在しない.
われらが第一世代の原子力潜水艦には,一つも無かった.
――――――p.83
1961年7月4日,K-19は一次冷却水漏れを起こし,一次冷却系が機能を喪失しました.
英wikiによれば,「the chain reactions continued
despite the control rods being inserted via
a SCRAM mechanism.(スクラムを介して,制御棒が挿入されているにもかかわらず,連鎖反応は止まらなかった)」「The
reactor continued to heat up as coolant is
still required during shutdown until the
reactions decrease. (反応が収束するまでの間,停止に必要な冷却材が流れないため,原子炉は加熱し続けた)」
とあります.
ここからは素人の推察ですが,K-19の装備する原子炉には,緊急時に制御棒を全部突っ込んで,連鎖反応を止める装置はあったのでしょう.
(本には,自動で制御棒を作動させ,炉を停止させる装置の描写があります)
しかし連鎖反応を止めても,燃料棒内に大量に生じた核分裂生成物から発生する崩壊熱があります.
これは,炉停止1時間後でも炉出力の1%程度のレベルで発生し,冷却しなければ,炉心融解を招きます.
このため,緊急停止時でも炉心の冷却を維持する必要があり,一次冷却系が機能を喪失した場合に備えて,非常用炉心冷却装置があるのが普通ですが,K-19のようなソ連第一世代原潜の原子炉には,この装置が無かった.
したがって,一次冷却系の機能喪失がそのままメルトダウンに繋がる危険な設計であった,ということではないのかな,と.
えーと,間違ってる可能性が大なので,へぼ担当さん,よかったら添削願います.
【回答】
角川文庫の「K-19(映画の小説版ではないほう)」と英語版wikiを並べて読んでみましたが,角川文庫の方の信頼性
(物語としてそもそも脚色があり,一般的に知られているシステムと矛盾が多く,そのままでは信用できない)
はともかくとして,英語版wikiの記載(小説の脚色の影響を受けたか?)も,原子炉スクラム(未臨界)失敗と原子炉からの崩壊熱除去失敗の区別が付いておらず,どちらも信用できないというのが正直なところです.
そのため,個人的に信用している『ソ連/ロシア原潜建造史』,p.104-106(特にソ連海軍の事故調査委員会公式報告書中心)を元に,極東の名無し三等兵さん記載分をベースにすると,以下のようになります.
<K-19の装備する原子炉には,緊急時に自動で制御棒を全部突っ込んで,原子炉を未臨界として核分裂連鎖反応を止める装置があり,K-19の事故時においても一次冷却系の水位低下信号を受け,動作しています.
しかし,原子炉を未臨界として核分裂連鎖反応を止めても,核燃料内に大量に蓄積した核分裂生成物等から発生する崩壊熱があります.
これは原子炉停止直後で原子炉定格出力の10%程度,停止1時間後でも1%程度のレベルで発生し,原子炉炉心を冠水させて冷却しなければ,炉心融解を招きます.
このため,緊急停止時でも原子炉炉心の冠水及び冷却を維持する必要があり,一次冷却系が破損,通常の機能を喪失した場合に備えて,一次冷却系が高圧のままでも注水できる高圧系の非常用炉心冷却装置があるのが普通ですが,K-19のようなソ連第一世代原潜の原子炉には,この装置が無かった.
したがって,一次冷却系の破損・機能喪失により一次冷却系冷却水が大量に失われた場合,そのままメルトダウンに繋がる危険な設計であった.>
ということと愚考します.
修正ポイント(日本語の表現だけの問題は除く)
1.ソ連海軍の事故調査委員会公式報告書によると,一次冷却系の水位低下信号を受けて,原子炉自動スクラムには成功している模様.
その意味では英語wikiの「反応(reactions)」との記載は,核分裂連鎖反応の継続と崩壊熱発生の区別が付いていない誤りを犯していることとなる.
なお,原子炉(自動)スクラムに万が一失敗すれば大変なことになるが,その部分の記載がない.
また,原子炉がまだ高温の状態で原子炉を未臨界にできなかった場合,冷却水注入により原子炉を冷却すると反応度事故を起こす可能性があり,下手をすれば原子炉が水蒸気爆発を起こす可能性があるが,その点については一切触れられていないことから,ここは素直に原子炉(自動)スクラムが成功したと考えるのが妥当.
2.普通は「燃料棒」と記載したいところであり,その可能性が非常に高いが,様々な文献を読んでも軍事用原子炉における核燃料の形状・及び化学形態について触れたものはない.
そのため,核燃料と修正した.
なお,『ソ連/ロシア原潜建造史』では「核燃料棒」と明記されているが,それが金属ウラン形態なのか酸化物セラミックペレット形態なのかは不明である.
ただ,原子炉内部の温度が600℃との記載があり,金属ウラン形態では溶融してしまう温度であるため,商用発電炉と同様に酸化物セラミックペレットが使用されているものと推測できるが,確定的とまでは言えない.
3.崩壊熱レベルについては,正確には原子炉の燃焼度
(単純に言えばどれだけ死の灰を内蔵しているかと言うことだが,第一近似としてであり,正確な表現ではない)
に依存するため,一概には言えないが,商用発電炉ベースの値を流用することとした.
4.記載を直すべきか相当に迷ったが,非常用炉心冷却装置には高圧系,低圧系の2種類あり,ここで欠落が問題とされているのは高圧系である.
一方,ソ連海軍の事故調査委員会公式報告書によると,一次冷却系の破損箇所は水圧計及び循環ポンプ周辺のパイプとあり,大口径配管の破断ではない.
このような中小口径配管破断事故時においては,一次冷却系冷却水がどんどん失われる一方で,一次冷却系の圧力はなかなか下がらない特色がある.
これを裏付けるように,一次冷却系冷却水を補給しようとして逆流して大量喪失し,核燃料溶融に至ったとの記述がある.
このような事故において,もっとも必要な物は高圧系の注水機能であるが,装備されていなかったのは構造的に難しいこと.
及び大口径配管破断による急速減圧ばかりを想定しており,原子炉冷温停止のためにも用いられる低圧系の非常用炉心冷却系
(これがないと原子炉を通常停止させても冷温状態にまで持っていけないため,装備していないことは考えられない)
だけで十分であると,設計者が誤認した可能性が大きい.
よって蛇足気味ではあるが,高圧系・低圧系の区別を付けるため,あえて付記した.
5.PWRにおいて原子炉本体の炉心溶融を防ぐためには,原子炉の冷却のため炉心が冠水していることが条件である.
そのため,その旨記載を追加した.
以上,細かくやればきりがないのですが,ご参考まで.
【質問】
シエラ Sierra 型とアクラ 型は,同じ目的でほぼ同程度の性能を持つのに,両型が同時に整備されたのは何故か?
【回答】
一言で言えば,海の「ハイ&ロー・ミックス」
〔略〕これはヴィクター型後継の本命であったシエラ型が,チタン船体のために建造費用が高く,隻数の整備が困難であったため,建造費用が安く,同等の性能を持つ鋼製船体のアクラ級〔原文ママ〕を併せて整備したものと言われている.
(大塚好古〔軍事史研究家〕 from 「世界の艦船」2004年10月号,p.92)
〔アクラAkula型は〕建造コストを抑えるため,耐圧殻を鋼製としており,水中速力もシエラ型より低いが,静粛性の向上に力が注がれたため,実用性の点では評価が高い.
(from「世界の艦船」2004年12月号,p.25)
【関連動画】
「ワレYoutube発見セリ」:Project 941 Russian
Akula class submarine
【質問】
なら,アクラ型だけでいいじゃん,と思うのは素人考え?(消印所沢)
【回答】
そりゃ「結果論」というモノ.
「ソ連ロシア原潜史」によると,ソ連海軍は,数々の「実験作」を経て,ようやく実用的なチタン製原潜となった945(シエラ型)を,671(ヴィクター)シリーズの後継にするつもりだったが,1979年のアフガニスタン侵攻以降,そっちの方に軍事費が喰われ,海軍の予算は減らされる一方となり,とてもじゃないが,多数の建造は無理と判断された.
(ちなみに,アフガン侵攻以降,ソ連海軍の艦艇建造のペースが急に下がったコトについては,当時から田岡俊次氏などが指摘していた)
で,945の設計を流用した「安価な」鋼製原潜971(アクラ型)が「ピンチヒッター」として建造されるコトになったわけだね.
945はラズリート設計局というマイナーなトコロが設計したが,それをベースにした971は,ソ連の攻撃原潜を手がけていたマラヒート・サンクトペテルブルク海洋工学設計局に設計が移管された.
で,マラヒートは,船体とかはそのまんまで,セイルだけマラヒート設計艦の特徴である流線形のモノにすげ替えた.
945は,内陸部のクラースノエ・ソルモーヴォ造船所(ニジーニ・ノヴゴロド市)でのみ建造されたが,当初は,極東のザヴォード・イメーニ・レニンスキー・コムソモール(直訳すれば「レーニン共産党青年団にちなんで命名された工廠」,コムソモリスク・ナ・アムーレ市)でも建造する計画だった.
が,「レーニン共産党青年団にちなんで命名された工廠」では,チタンを加工するコトが出来なかったので,クラースノエ・ソルモーヴォだけの建造となった.
もしも「レーニン(中略)工廠」にチタンの加工技術が有れば,945は太平洋艦隊にも2隻くらいは配備されたかもしれない.
(ちなみに,「レーニン(中略)工廠」は,現在では「アムール造船所」と改名されております)
それで,945を受注し損ねた「レーニン(中略)工廠」に,971の建造が発注され,後には,北方艦隊向けにセヴマシュ・プレドプリャーチェ(直訳すれば「北方機械建造会社」,セーヴェロドヴィンスク市)でも造られるようになった.
「次期主力攻撃原潜」になり損ねた945だが,チタン原潜を諦められないロシアは5隻起工し,4隻が竣工した.
最初の2隻は945「バラクーダ」型,次の2隻は改良型の945A「コンドル」型,未完に終わった最後の1隻は,更に改良した945B「マルス」型となるはずだった.
ちなみに,一般には,945の方が971よりも「高速」というのが「定説」だが,ロシア側の公式データでは,両タイプとも,あんまり変わらない.どちらも33ノット前後.
更に付け加えると,西側コード名「アクラ」型こと971型の1番艦の名前は「アクラ」(マジで).つまり,同型は「アクラ」級と呼んでもいいコトになるね.
ただこれは西側の情報収集能力が優れていたわけでは無い.
1番艦(K-284)が「アクラ」と命名されたのは,ソ連崩壊後の1993年.
これはもう,同型のコード名がアクラだと知ったロシア海軍が,「遊び心」で命名したとしか考えられないね.
【質問】
チタンは溶接が困難とのことですが旧ソ連のチタン製潜水艦は原子炉の炉心交換やオーバーホールの際,船体を切断してまた繋げる作業が鋼製の潜水艦と比べて時間と手間がかかったのでしょうか?
それとも,鋼製との差を気にしない程の溶接技術や,切断しなくて済むような工夫があったのですか?
【回答】
ハイ,おっしゃる通り,チタンは普通の鋼鉄と比べて加工が難しいね.
だから旧ソ連・ロシアでも,チタン加工(溶接)技術の有る造船所は限られていた.
(ニジーニー・ノヴゴロド,セヴェロドヴィンスク,アドミラルティの3箇所のみ)
従って,チタン原潜の整備や修理も,この3箇所でしか出来なかった.
(実際には,修理などは北洋方面のセヴェロドヴィンスクのみで行われた)
太平洋艦隊にチタン原潜が配備されなかったのも,極東にチタン加工(溶接)の出来る造船所が無かったからなんだね.
チタン原潜の大規模修理の例は二件ほど有って,
1982年に原子炉事故を起こしたアルファ型K-123は9年掛けて修理(原子炉は新品に交換).
1992年に米原潜と衝突して大破(セイルがグチャグチャになった)したシエラ型B-276の修理は1年くらい掛かっている.
この他,1980年にパパ型のK-222が原子炉の炉心交換を実施したが,作業中に1次冷却水配管を壊してしまい,原子炉室汚染.
チタンの溶接技術云々以前の問題だね.
ちなみにアルファ型は,当初は100年間使う構想であり,20年ごとに船体をバラして改装工事を行い,再溶接して復帰させるつもりでいた.
少なくとも,705計画(アルファ型)スタート時には,マジだったようです(笑)
しかしながら,現実には100年どころか20年も使われずに早期退役しました.
(実質,現役にあったのは10年くらい)
シア・クァンファ(夏光華)◆23wgJy2eAo
【質問】
アクラ級原潜の現況は?
【回答】
ロシア海軍の原子力潜水艦プロジェクト971「シチューカB」
(Атомная-Подводная-Лодка
Проекта-971"Щука-Б")
は,西側では,アクラ級原潜(Akula Class SSN)として知られています.
(ただし一部では,セヴマシュ建造艦を「バルス級」と呼称していますが)
プロジェクト971シリーズは,20隻が起工され,14隻がロシア海軍に就役しました.
971シリーズは,前期建造型の971,後期建造型の09710の2タイプが有ります.
【アムール(第199)造船所(コムソモリスク・ナ・アムーレ)建造艦】
(アムール造船所 http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/9953989.html)
太平洋艦隊へ配備
[K-284「アクラ」К-284"Акула"](工場番号501):971
1983年11月11日起工,1984年6月22日進水,1984年12月30日就役
1996年頃退役.クラシェニンニコフ湾で保管中
[K-263「バルナウル」(旧デリフィン)К-263"Барнаул"(Дельфин)](工場番号502):971
1985年5月9日起工, 1986年5月28日進水, 1987年12月30日就役
アムール造船所で修理中
[K-322「カシャロート」К-322"Кашалот"](工場番号513):971
1986年9月5日起工, 1987年7月18日進水,1988年12月30日就役
アムール造船所で修理中
[K-391「ブラーツク」(旧キート)К-391"Братск"(Кит)](工場番号514):971
1988年2月23日起工, 1989年4月14日進水,1989年12月29日就役
修理中
[K-331「マガダン」(旧ナルヴァール)К-331"Магадан"(Нарвал)](工場番号515):971
1989年12月18日起工,1990年6月23日進水,1990年12月31日就役
[K-419「クズバス」(旧モルジュ)К-419"Кузбасс"(Морж)](工場番号516):09710
1991年7月28日起工, 1992年5月18日進水,1992年12月31日就役
修理中
[K-295「サマーラ」(旧ドラコン)К-295"Самара"(Дракон)](工場番号517):09710
1993年11月7日起工, 1994年8月15日進水,1995年7月17日就役
1998年5月1日,B-133(プロジェクト627A)から親衛称号を引き継ぐ.
[K-152「ネルパ」К-152"Нерпа"](工場番号518):09710→971I
1993年起工,2006年6月24日進水
完成後はプロジェクト971Iとしてインドにリース予定
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/21855314.html
[工場番号519号艦]:09710→971I
1994年起工
2002年の工事進捗度42パーセント
完成後はプロジェクト971Iとしてインドにリース予定
[工場番号520号艦]:09710
1990年起工
1992年3月18日,工事進捗度25パーセントで建造中止
[工場番号521号艦]:09710
1991年起工
1992年3月18日,工事進捗度12パーセントで建造中止
【セヴマシュ・プレドプリャーチェ(第402造船所,セヴェロドヴィンスク)建造艦】
(セヴマシュ http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/6643350.html)
北方艦隊へ配備
[K-480「アク・バルス」К-480 "Ак Барс"](工場番号821):971
1985年2月22日起工,1988年4月16日進水, 1989年12月29日就役
1998年頃退役.2007年,解体の為,ズヴェズドーチカ工廠へ回航
[K-317「パンテーラ」К-317"Пантера"](工場番号822):971
1986年11月6日起工, 1990年5月21日進水,1990年12月27日就役
[K-461「ヴォルク」К-461"Волк"](工場番号831):971
1987年11月14日起工, 1991年6月11日進水,
1991年12月29日就役
修理中
[K-328「レオパルト」К-328"Леопард"](工場番号832):971
1988年10月26日起工, 1992年6月28日進水,
1992年12月30日就役
[K-154「チグル」К-154"Тигр"](工場番号833):971
1989年10月10日起工, 1993年6月26日進水,1993年12月29日就役
[K-157「ヴェプリ」К-157"Вепрь"](工場番号834):09710
1990年7月13日起工, 1994年12月10日進水,1995年11月25日就役
[K-335「ゲパルト」К-335"Гепард"](工場番号835):09710
1991年9月23日起工,1999年9月17日進水, 2001年12月4日就役
1997年12月4日,K-22(プロジェクト675)から親衛称号を引き継ぐ.
修理中
[K-337「クーグアル」К-337"Кугуар"](工場番号836):09710
1992年8月18日起工
1998年5月1日工事中止,解体
[K-333「ルイシ」К-333"Рысь"](工場番号837):09710
1993年8月31日起工
1997年12月1日工事中止,解体
……というわけで,就役した14隻の内,2隻は除籍されており,現在,ロシア海軍に在籍するのは12隻です.
この他,極東方面のアムール造船所で建造中の2隻は,完成後,インドにリースされる予定です.
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/26514499.html
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/26698601.html
現在はロシア連邦首相のウラジーミル・プーチンが,ロシア連邦大統領に就任した直後(2001年頃),彼の指示により,工事が中断していたアクラ型原潜の建造が再開された,と報じられた事が有りましたが,これは,アムール造船所で建造されていたK-152「ネルパ」と工場番号519号艦を指しているようです.
ちなみに,雑誌『世界の艦船』で連載された「ソ連/ロシア原潜建造史」(アンドレイV.ポルトフ)では,アムール造船所で建造されていた工場番号519〜521号艦3隻が無視されています(^^;
あと,インドにリースされるのは,アムール造船所のK-152「ネルパ」と,セヴマシュのK-337「クーグアル」だと書かれていたし・・・
アンドリューシャは,アムール造船所の工場番号519号艦とセヴマシュのK-337を取り違えていたようです(^^;
なお,「ソ連/ロシア原潜建造史」では無視されている「工場番号519号艦」ですが,艦名は「カバン」Кабанだという情報も有ります.
2002年と2005年,浮きドックに載せられて宗谷海峡を西に向かう971が海上自衛隊に目撃されましたが,この2隻は,修理の為アムール造船所へ回航されたK-263「バルナウル」とK-322「カシャロート」でしょう.
セヴマシュの未完成艦2隻は解体され,その資材は,新造戦略原潜「ユーリー・ドルゴルキー」建造に流用されたようです.
後継となる筈の「ヤーセン」型多用途原潜の建造が遅れている為,現在就役中の12隻は,今後も,長期に渡って維持されるでしょう.
1枚目:太平洋艦隊所属のK-391「ブラーツク」

4,5枚目:2005年に宗谷海峡で撮影された浮きドック上の971型


Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/7/3(木) 午後 9:32
【質問】
最後のアクラ型「ネルパ」の略歴を教えられたし.
【回答】
現在,艤装中の多用途原子力潜水艦K-152「ネルパ」Нерпаは,1980年代半ばから就役を始めたプロジェクト971(アクラ型)シリーズの最終艦で,正確には改型のプロジェクト09710(アクラII型)になります.
1991年1月31日:原子力大型潜水艦としてソ連海軍籍に登録.
1992年4月28日:起工を前にして原子力潜水巡洋艦に艦種変更.
1993年初頭:極東方面コムソモリスク・ナ・アムーレ市アムール造船所で起工.
建造番号は518であり,同造船所で起工された8隻目の971シリーズでした.
(一部で「1986年起工」と書かれていますが,間違いです)
1993年4月13日:「ネルパ」と命名.
1997年12月4日:除籍された675型(エコーII型)原子力潜水艦K-56からロシア海軍旗を継承.
しかし財政難により工事は進まず,起工から9年後の2002年1月の時点における完成度は68パーセントでした.
2004年に至り,本艦はロシア海軍への就役を断念,竣工後はインドへリースされる事になりました.
工事費をインドが援助した事もあり,2006年6月24日にようやく進水に漕ぎ着けました.
(上の写真は,2006年6月24日の進水時のネルパです)
ロシア側の報道によると,インド海軍の本艦の乗員予定者及び関係者は,既にロシア国内のオブニンスク市のロシア海軍の原子力潜水艦乗員訓練センターで訓練を行なっているそうです.
アムール造船所では,本艦以降にも3隻の09710型(建造番号519,520,521)を起工しましたが,全て建造中止,解体されております.

Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/7/9(月) 午後 6:38
【質問】
アルファ級は他の潜水艦と用途がどう違うんですか?
【回答】
アルファ級はアメリカの空母機動部隊を迎撃する高速攻撃原潜として建造された.
最大水中速力は約40ktで,この速力を生かして敵に向かって接近し,魚雷を発射したらダッシュで逃げるという作戦だった.
この時高速で激しい三次元機動を行うために大きな水圧がかかる.
普通の原潜よりも大きく安全航行深度を取る必要があり,そのためにチタニウム船殻を採用した.
当初の構想では20年ごとにオーバーホールを行って装備を更新し,100年使用することを考えていた.
以上,世界の艦船別冊の『ソ連/ロシア原潜建造史』より要約.
この本はソ連の原潜に関するすごい話からトホホな話までを網羅した名著.
某ラノベ/アニメに登場するスーパー潜水艦の元ネタになった強襲揚陸原潜なんていうゲテモノまで紹介してるので,書店で見かけたら買い.
あとチタンに関しては価格だけでなく工作にも高い技術力が要求される.
アルファ級も完成後に溶接部分に亀裂や気泡が発生している.
最終的には原子炉の信頼性に問題があったために,建造された7隻は全艦十数年で退役している.
【質問】
アルファ型(705/705K型)の原子炉はどのようなものか?
【回答】
アルファ型では高速力が求められたため,コンパクトな高出力エンジンが必要となったので,液体金属冷却炉が選択された.
705型にはゴルキー市の設計局のアフリカントフ主任設計官の設計によるOK-550型液体金属冷却炉が搭載されたが,2番艦以降はギドロブレス設計局のステコルニコフ主任設計官の設計によるBM-40A型が採用され,プロイェクト名も705Kと変更された.
705K型では,液体金属冷却炉は原子炉起動時に必要なエネルギーが,加圧水型炉よりも大幅に少ないという645型(ノヴェンバー改型)の運用データも反映して,電池搭載量が4分の1とされた.
BM-40A型炉は1次冷却材に鉛ビスマス合金を用いており,OK-7K型蒸気タービンと,400ボルト/400ヘルツの三相交流同期発電機2基の動力源となった.
コンパクトな液体金属冷却炉の採用により,全長が従来艦より短くなり,高速力発揮に貢献している.
また,アルファ型の高速力と運動性は,新しい対潜兵器を米海軍に開発させるほどインパクトのあるものだったが,これは液体金属冷却炉の出力レスポンスによるところが大きかった.
しかし,新しい金属冷却炉の信頼性は低く,新型機材の宿命として様々なトラブルが発生した.
乗員は,この気まぐれな金属冷却炉に手を焼いたという.
【参考ページ】
『ソ連/ロシア原潜建造史』(A.V.ポルトフ著,海人社,2005.11.15),p.38-42
>新型機材の宿命として様々なトラブルが発生した.
もし日本で原潜を建造したら,トラブルが起きるごとに叩かれまくるだろうなあ……
【ぐんじさんぎょう】,2009/5/11 22:30
に加筆・修正
【質問】
Atomicaの中を液体金属冷却炉で検索してみたのですが,鉛・ビスマスを冷却材としたものについての記述が殆ど見当たらないようです.
(ぐぐり方が悪いのかもしれませんが)
もしかして現在ではそのような原子炉は使われていないのでしょうか?
【回答】
Pb-Biは使ってるうちに,強放射性のPo-210が生じて保守上問題になるので西側ではあんまり検討されず,多分ソ連でもアルファ級のBM-40Aぐらいでしか実用化されてないはずです.
研究・実験炉なら,ロシアの原子炉科学研究所のMIR炉実験炉には,鉛ビスマスループが2ループあるようですが.
旧ソ連諸国まわりで「高速炉・高速増殖炉」で検索をかけてみては如何でしょうか.
少なくとも旧西側諸国では例がありません.
物性的にはD.B.さんが指摘されたとおり,強放射性のPo-210の生成が最大のネックです.
また,当たり前の話ですが,鉛・ビスマスは水やナトリウムより遙かに重いため,配管にかかる重量負荷が半端な物ではなく,配管の中に「鉄アレイより重い物が詰まっている」のと同様といえば,その設計(特に耐震設計)や扱いが困難なことは,容易に理解していただけるかと思います.
そのため旧ソ連でも,アルファ級,及び,その原型となった改ノヴェンバー型(645型)の各原潜の存在が知られている程度であり,現在でも鉛ビスマスループを用いた研究がなされているようですが,商用発電炉での実用例は聞いたことがありません.
ただ,液体金属冷却にて高速増殖炉を実現するためには,ナトリウムの扱いの困難さとどちらがマシか,という比較問題であり,ことある事にロシアなどから鉛・ビスマス炉の提案がなされるところ.
<ちなみに旧ソ連諸国ではナトリウム冷却の高速炉も存在します.>
一方,鉛・ビスマス冷却材の研究・取り扱い実績は,ほとんどが旧ソ連におけるもので,工学的規模での試験実績や各種ノウハウは旧ソ連諸国が独占している状態です.
ちなみに日本国内では,東京工業大学での概念研究が関係者の間でよく知られていますが,その中心として活躍されていたのがロシア人だったというのも,鉛・ビスマス冷却材の難しさを示しているように考えます.
以上,ご参考まで.
【追伸】鉛―ビスマス冷却材について
実用化例があるのは先にお話ししたとおり,アルファ級などの旧ソ連原潜のみですが,全くそれ以外に研究が進んでいないか,と言うわけではありません.
最新の研究では 鉛合金冷却炉が第4世代原子炉(Generation IV:GEN−IV)という次世代の原子炉概念の一つとして提案されています.
また,未臨界原子炉における陽子ビームのターゲット及び未臨界炉心の冷却材として,鉛―ビスマス冷却材が研究されているところが有名です.
ちなみに,日本国内でも著名なところとして,電力中央研究所にてナトリウム代替概念として要素技術研究がなされています.
以上,追加となりますが,ご参考まで.
【質問】
アルファ型原潜ではどんな原子炉事故が起こったのか?
【回答】
1972年,出港準備中のK-64の冷却材が突如,凝固し始めた.
乗員や専門家はその凝固を止めることができず,原子炉を停止せざるをえなくなった.
海軍司令部は同型艦建造工事を中断させ,事故原因解明に努めたが,結局K-64はセヴェロドヴィンスクのズベズドチカ原潜修理工場で解体された.
1982/4/8,K-123は大西洋北部で放射能漏れ事故を起こし,ソ連原潜史最長の9年をかけて修理された.
1989年,K-316はバレンツ海で原子炉の蒸気パイプが破裂,ディーゼル補機により帰港した.
他の705K型も気まぐれな液体金属冷却炉には手を焼いたが,その事故のほとんどは1次冷却系が原因だったという.
K-493では,冷却材1.5kgが原子炉室に漏れ,原子炉は1ヶ月間,使用不能となり,修理後の残存放射線レベルも基準値を超えたままだったという.
【参考ページ】
『ソ連/ロシア原潜建造史』(A.V.ポルトフ著,海人社,2005.11.15),p.41-42
【ぐんじさんぎょう】,2009/5/17 23:10
に加筆
【質問】
鉛―ビスマス合金は,液体金属が配管の構造材の金属原子を取り込んだりして,配管が脆くなったりするようなことはあるのでしょうか?
ハンダ付けで似たような現象に遭遇したことが・・・
【回答】
厳密には多少異なりますが,ハンダ付けで経験することが多いですね.
これら金属系材料の異種金属共存性などは真っ先に考慮すべきことであり,各種電位差や水素脆化などの問題などなど,放射線(放射能)を考えなくても良いコールドの段階
(放射線・放射能を用いるのをホット試験と言いますが,その対比語です)
で,完全に解決すべきことは山のようにあります.
しかし,それらを当たり前のように解決していても,容易に解決できない問題が持ち上がるのが原子炉の世界.
放射線の照射によって誘起された原子が,どのような挙動を示すのか,という問題は永遠のテーマといえるほどであり,物性を知り尽くしているはずの水を使った場合ですら,各種材料の挙動は経験工学の世界から出るものではないほどと言えば,如何に困難なことか理解していただけるかと思います.
原子炉外・もしくは原子炉内でのループ試験が必須の物となっているのは,伊達ではありませんし,お金をどぶに捨てているわけでもありません.
よって,答えとしては
「未知数・コールド試験では解決済みであっても,実際の原子炉等での使用において,今後どのような問題が発生しても驚かない」
というところであり,645改型等で酸化物やスライムの問題が発生したと聞いても,至極当然の結果であり,産みの苦しみの第一幕を味わったに過ぎないと考えるところです.
たとえば,鉛ビスマスは,従来使われてきたオーステナイト・ステンレスを腐食させます.
ステンレス中のNiを溶出させるためです.
Niを含まない他のステンレス(フェライト系など)は,現時点では,要求される強度に答えられないようです.
あと,誰も書いてないのですが,鉛ビスマス冷却材の欠点のひとつに,一次冷却系に空気や酸素が侵入した場合,酸化鉛のスラグが発生し,量によってはループを閉塞させるというものがあります.
旧ソ連原潜の事故の一つは,これによるものだそうです.
注目を集める鉛ビスマス冷却炉(pdf注意)
http://www.tgn.or.jp/trf-zaidan/pdf/16-sho-kondo.pdf
> pdf
どこかで読んだことのある論調だと考えていたら,何のことはない良く面識のある人間だったという罠...orz
というわけで,私個人としては既に学会発表等で既知の内容であり,特に新しい知見はない物と感じています.
(この点からお仕事モードへ)
もっとも枢要な材料との共存性についても,Niを排除したフェライト鋼が最終的な答えになるのか懐疑的です.
強度の問題を指摘しているのは当然ですが,実際の原子炉の取り扱いについても,保護酸化層の形成が鍵となることは周知の事実.
それ自体は新しいことでも何でもなく,問題は各種Niフリー材料において安定した保護酸化層を,如何に確実に構築するのか,環境条件(温度条件)など多数のパラメーターがある中で,1つの技術可能性が示されても,それで十分というわけではありません.
軽水炉にしてもSUS304材で十分と考えられてきたのが,各種トラブルによって重要度の高い部分はSUS316材やL材,LTP材というように,どんどん改良(加工面含む)が重ねられてようやく現段階に到達したのであって,その点は一朝一夕になる物ではありません.
また,酸化鉛のスラグの問題も,「もんじゅ」におけるナトリウムカバーガスの問題(+ガス巻き込みの問題など多数あり)とほぼ同様であり,革新的な炉系の構想は重要なのですが,それを支える地道な努力がなければ砂上の楼閣と貸すことは間違いなし.
まあ,pdf筆者当人もその点の「実際の努力」に疎いことを,もっとも気にしていましたが.
というわけで,知人と言うこともあり,また業務に絡むことでもあるため,お仕事モードの辛辣な評価となってしまいました.
しかし,ひとたび私たちが技術的問題に際し,全力で課題解決に取り組む場合,表に出すことは滅多にありませんが,如何に厳しい問題提起をし,各種厳密な技術評価を短期間に下すことが要求されるかか,その一端を感じていただければ幸いです.
【質問】
そこまでして,液体金属冷却にこだわるメリットはどんなものがあるのでしょうか?
ゆきかぜまる
【回答】
熱伝導性が水の何十倍もあるから.
http://slashdot.jp/hardware/08/05/21/079254.shtml
太陽光発電の冷却に液体金属を使う案も出ています.
JSF
簡単にまとめると以下の通りとなります.
1.JSFさんご指摘の通り「熱伝導度」「熱伝達率」が高く,効率的に熱を輸送できるから.
2.高温を得るには,水など他の物質では高圧を掛ける必要があり,配管や原子炉圧力容器をすさまじく頑丈な物にする必要がある.
しかし液体金属の場合,液体金属を送り出すのに十分な圧力さえあれば良い上に,高温となっても沸騰点までに余裕があるため,超臨界圧火力並みの高温の水蒸気を作り出すことができ,小型で高出力を得やすい.
3.冷却材として使われることの多い水構成原子より,質量数が大きいため,十分な冷却能力と中性子を減速させないことを両立できる.
そのため,高速炉をより確実に構成しやすく,増殖炉の実現などのメリットがある.
以上,ご参考まで.
へぼ担当
【質問】
ヴィクターIII型について教えられたし.
【回答】
西側ではヴィクターIII型攻撃原潜のコード名で知られるプロジェクト671RTM多用途原子力潜水艦は,1978年から1992年の長期に渡り,合計26隻が建造されました.
1968年から1974年に掛けて15隻が建造された671(ヴィクターI)型原潜,
1975年から1978年に掛けて7隻が建造された671RT(ヴィクターII)型原潜
に続く671シリーズの最終タイプで,旧ソ連海軍の攻撃原潜のワークホースでした.
ソ連邦解体後も,本型の後に建造された971(アクラ)型と共に,ロシア海軍の原子力潜水艦隊のワークホースとして活動を続けるはずでしたが,極度の財政難はそれを許さず,1996年以降,次々と除籍されて行きました.
特に1998年には,1年間で12隻の671RTM型が除籍されてしまいました.
1990年代には,ちょうどオーバーホールや原子炉の炉心・燃料棒の交換時期に差し掛かかったものの,予算不足で実施されないまま除籍される671RTM型が多かったようです.
加えて,971型に比べて乗員数が多い事も,人手不足に悩むロシア海軍にとっては,本型の大量維持を難しくしたでしょう.
(水中排水量7,250トンで乗員数98名の671RTM型に対し,971型は水中排水量12,770トンで乗員数73名)
そして現在,ロシア海軍籍に留まっているのは,最終建造グループの671RTMK型5隻だけです.
なお671RTMKは,671RTMよりも静粛性が向上しています.
[671RTMK型]
全て北方艦隊所属
・B-292「ペルミ」(Б-292"Пермь")1987年11月27日就役
・B-388「ソスノヴイ・ボーリ」(Б-388)1988年11月30日就役
・B-138「ポリャールヌイ・ゾーリ」(Б-138"Полярные
зори")1990年5月10日就役
・B-414「ダニル・モスコフスキー」(Б-414"Даниил
Московский")1990年12月30日就役
・B-448「タンボフ」(Б-448"Тамбов")1992年9月24日就役
B-292は,予算不足でオーバーホールが実施されないまま除籍されようとしていたところ,ロシアのペルミ市が資金援助を申し出て,2002年7月27日,B-292艦長とペルミ市長の間で支援協定が結ばれ(一番下の写真),ようやく修理に取り掛かる事が出来ました.
これを契機に,名無しだった同艦は,「ペルミ」という個艦名を付けられました.
「ペルミ」は現在も修理中ですが,修理が終わった後,2015年まで現役に留まる予定です.
B-414「ダニル・モスコフスキー」は,行動可能状態にある数少ない671RTMK型でしたが,2006年9月6日,作戦任務中に火災事故を起こして損傷,予備役になりました.
B-388とB-138も行動は不活発のようであり,最終艦のB-448「タンボフ」だけが稼働状態にあると見られます.




Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/7/16(月) 午後 6:22
【関連リンク】
「ロシア・ソ連海軍」:ヴィクターIII型原潜「ダニル・モスコフスキー」その1
「ロシア・ソ連海軍」:ヴィクターIII型原潜「ダニル・モスコフスキー」その2
「ロシア・ソ連海軍」:ヴィクターIII型原潜「ダニル・モスコフスキー」その3
【質問】
ヴィクターIII型原潜B-524の略歴を教えられたし.
【回答】
671RTM型(ヴィクターIII型)多用途原子力潜水艦B-524は,レニングラード(サンクトペテルブルク)市のアドミラルティ造船所で建造され,
1976年5月7日起工,
1977年7月31日進水,
1977年12月28日就役.
就役後は北方艦隊に所属し,ザーパドナヤ・リッツァ基地に配備されました.
なお,就役当初はK-524(К-524)という番号でした.
本艦は,1982年10月11日から1992年8月まで「60リェート・シェフストヴァVLKSM」60
лет шефства ВЛКСМ(VLKSM後援60周年)」という個艦名が付けられました.
1986年3月25日から1996年4月18日まで潜水艦修理工廠「ネルパ」に入渠し,最終建造グループの671RTMK型に準ずる近代化改装工事が行われました.
1992年6月3日,改装工事中にB-524(Б-524)に番号変更.
改装終了直後の1996年4月18日,「ザーパドナヤ・リッツァ」Западная
Лицаと命名.
本艦の写真を見ると,他の同型艦と違って,セイルの前方に細長い鉛筆ケースのようなケーシングが有りますが,これは,シレーナСирена(セイレーン)と呼ばれる小型潜水艇の搭載スペースです.
シレーナは,直径532mm,全長8600mm,重量1,367kg,乗員2名の「人間魚雷」ですが,旧日本海軍の「回天」のような自殺兵器ではなく,工作員の運搬用潜水艇です.
サイズ的には魚雷発射管からも撃ち出せますが,本艦のみは,シレーナ搭載スペースが別に設けられました.
最終建造グループと同等の能力を付与されたB-524でしたが,2002年に除籍され,2006年に解体されてしまいました.




Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/7/17(火) 午後 8:34
【質問】
「アムール」型のヴァリエーションについて教えられたし.
【回答】
ロシアの輸出用潜水艦「アムール」型ファミリーには,以下の6タイプが存在します.
・アムール550
・アムール750
・アムール950
・アムール1450
・アムール1650
・アムール1850
この内,アムール1650型が,ロシア海軍用の新型潜水艦プロジェクト677「ラーダ」型として建造が進められているタイプです.
この他,アムール950型(巡航ミサイル潜水艦)も,模型が作られて売込みが図られています.
上記2タイプ以外の「アムール」型ファミリーの詳細は明らかにされていませんが,大まかな主要目は以下の通りです.
●【アムール550型】
水上排水量:550t
水中排水量:750t
全長:46.0m
幅:4.4m
全高:5.2m
速力:水中18ノット
航続距離:1,500海里(シュノーケル航行時)/250海里(水中航行時)
潜航深度:200m
兵装:400mm魚雷発射管×4門
(400mm魚雷×8本)
乗員:18名
行動日数:20日
●【アムール750型】
水上排水量:750t
水中排水量:900t
全長:48.0m
幅:5.0m
全高:5.8m
速力:水中17ノット
航続距離:3,000海里(シュノーケル航行時)/250海里(水中航行時)
潜航深度:200m
兵装:400mm魚雷発射管×4門
(400mm魚雷×16本)
乗員:21名
行動日数:20日
●【アムール1450型】
水上排水量:1,450t
水中排水量:2,100t
全長:58.0m
幅:7.2m
全高:8.2m
速力:水中17ノット
航続距離:4,000海里(シュノーケル航行時)/300海里(水中航行時)
潜航深度:250m
兵装:533mm魚雷発射管×6門
(魚雷,クラブ対艦ミサイル,91RE1対潜ミサイルなど合計16本)
乗員:34名
行動日数:30日
●【アムール1850型】
水上排水量:1,850t
水中排水量:2,600t
全長:68.0m
幅:7.2m
全高:8.2m
速力:水中22ノット
航続距離:6,000海里(シュノーケル航行時)/500海里(水中航行時)
潜航深度:250m
兵装:533mm魚雷発射管×6門
(魚雷,クラブ対艦ミサイル,91RE1対潜ミサイルなど合計16本)
乗員:37名
行動日数:50日
と,このように,顧客のニーズに合わせて大小さまざまなタイプの潜水艦を用意する,と言うのが「アムール」シリーズのセールスポイント・・・・だったはずですが,現実には,アムール型よりも前の世代になる636(キロ改)型潜水艦の購入を望む国が多いです.
877/636シリーズは,1980年以来,合計で50隻以上も建造され,ロシアをはじめとして世界各国で使われているという実績を重視するユーザーが多いのでしょう.
加えて,自国で潜水艦を建造する能力を持つ中国が,2002年に8隻の636型を発注した事も大きいでしょう.
この時点で,ロシア海軍向けのラーダ(アムール1650)型の1番艦は建造されており,中国としては,より新しいアムール1650型を発注するという選択肢も有ったはずです.
しかし中国は,実績のある「キロ級」を発注するという道を選びました.
アムール型の購入を望む国は,今のところ,インドネシアとベネズエラの2ヶ国のみであり,しかもロシア海軍用と同一規格のアムール1650型を導入する予定です.
こちらも,ロシア海軍向けに数隻が建造されているという「実績」が大きいのでしょう.
(現時点では,まだ正式にロシア海軍には引き渡されていませんが)

Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/6/21(木) 午後 8:26
【質問】
マイク型(685型)原潜の原子炉は,どのようなものだったのか?
【回答】
OK-650B-3型加圧水原子炉,タービン各1基.
トラブルが生じたとき,高圧海水が艦内に直接侵入するのを防ぐため,原子炉や艦内の海水を使用した冷却系には,淡水の冷却系を挿入し,次いで海水冷却器と熱交換するよう工夫された.
マイク型はK-278,1隻が作られたのみで同型艦はなく,しかも同艦は1989/4/7,火災事故により沈没したが,これは電気系統がショートしたための事故である可能性が高く,原子炉の事故ではなかった.
【参考ページ】
『ソ連/ロシア原潜建造史』(A.V.ポルトフ著,海人社,2005.11.15),p.44-47
▼ 以前, ▲火災が電気ケーブルに延焼すると短絡を起こしやすく,極めて重大な事故に至る傾向があり,原子力の世界ではもっとも恐れられていることです.
レッド・オクトーバーを追え: Kojii.net ココログ別館
http://kojii.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-0b58.html
にてタイフーン級の写真にコメントさせていただいたのですが,旧ソ連の原子力潜水艦は構造上,火災に極めて脆弱のように感じます.
また,
▼よって,本K-278が原子炉事故を起こさずとも,火災事故で沈没したとしても,全く違和感を感じないのが率直なところです.▲
へぼ担当 in mixi,2009年05月26日 23:50
絶縁に難燃素材とか使ってないのかと非常に気になります.
クローム・ツァハル in mixi,2009年05月27日 00:02
> 絶縁に難燃素材とか使ってないのか
ごく普通には難燃素材
(原子力なら最上級の「難難燃素材」を用いるのが常識)
を使うのが普通です.
しかし,難燃といっても「不燃ではありません」ので,高温の火炎にさらされ続ければ引火しますし,その煙はすさまじい物になります.
そうなった際に地獄絵図になるわけで.
へぼ担当 in mixi,2009年05月27日 00:38
【質問】
「レーニネッツ」について教えられたし.
【回答】
戦略任務原子力潜水巡洋艦K -137「レーニネッツ」(К-137"Ленинец")は,「ヤンキー」型のコード名で知られるプロジェクト667A戦略原潜の1番艦であり,1967年11月6日,海軍へ引き渡されました.
http://www.mil.ru/info/1069/details/index.shtml?id=33102
によれば,
>セヴマシュプレドプリャーチェで1966年に進水し,1970年4月,「レーニネッツ」Ленинецという名前を与えられた.
〔略〕
>2003年,潜水巡洋艦は,艦艇修理企業「ズヴェズドチカ」で解体された.
Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/11/3(土) 午後 7:38・改
【質問】
ソ連のヤンキー型潜水艦にはいくつバリエーションがあるんですか?
【回答】
英文Wikipediaに詳しいですが,制式名があるものが6種,他に1種で7種類のようです.
軍事板
青文字:加筆改修部分
ただしポルトフの本とか見ると,英wikiにも記載されてない型がある模様.
ヤンキーI型(667A型)
ヤンキーII型(667AM型)
ヤンキー・ノッチ型(667AT型「グリシャ」)
ヤンキー・サイドカー型(667M型「アンドロメダ」)
:巡航ミサイル実験艦
ヤンキー・ポッド型(667AN型):海洋調査・潜水艇母艦バージョンで,09774型「アクソン-2」とも
ヤンキー・ポッド型(667AK型「アクソン-1」)
:実験艦バージョン
ヤンキー・ストレッチ型(09780型) :実験艦,667AK型の改良型
667AU型:667A型にR-27Uミサイル搭載改修を行ったもの
◆r8yFQ7I3po in 軍事板
青文字:加筆改修部分
【質問】
ヤンキー・ストレッチ型原潜「オレンブルク」について教えられたし.
【回答】
セヴェロドヴィンスク造船所に係留されている特務原潜BS-411「オレンブルク」(旧K-411)は,西側では,「ヤンキー・ストレッチ」型というコード名で呼ばれています.
1960年代後半〜1970年代初頭に掛けて34隻が建造された667A型戦略原潜(ヤンキー型)の内,北方艦隊所属のK-411(1970年就役)は,1983年10月から1990年12月に掛け,セヴェロドヴィンスクで「09774号計画」による特殊任務原潜への改造工事が行われました.
BS-411は,海洋調査・研究を目的とした潜水艦ですが,この他に,小型潜水艇2隻を搭載し,特殊工作員運搬用の潜水艇母艦としての役割も持っておりました.
2002年以降は予備役保管状態となり,海軍は,本艦の代替として,667BDRM(デルタIV)型のK-64(1987年就役)を戦略任務から外し,特務原潜に改造中です.
K-64の改造に当たっては,BS-411の研究設備・潜水艇格納庫区画(船体中央部)が流用されます.
この写真を見ると,セイルのすぐ後ろで船体が切断されており,船体中央区画は切り取られたようです.
ただ,セイル上にはロシア海軍旗(聖アンドレイ旗)が掲揚されており,本艦は,まだ海軍籍に有る事を示しています.
「ヤンキー」型原潜は,この他に,同じく特務原潜に改造されたKS-403「カザン」(旧K-403)が海軍籍に残っておりますが,こちらも,2005年11月9日付で予備役編入されています.


Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/3/23(金) 午後 11:53
【質問】
ロソス(Losos)型潜水艇って何?
【回答】
ロソス Losos 型は,(プロイェクト865型小型実験潜水艇のNATOコードネーム.
ロシアではピラーニャ Pirhana 型とよばれていた.
チタン合金製で1986年進水,1988年就役.
The Piranya’s 1200 kW lead-acid batteries
allows the submarine to remain underway for
ten days and the submarines at sea replenishement
capabilities allows the submarine within
8 hours to receive enough food, fuel and
lubricants, and air for an additional ten
days. (自然な翻訳不能につき,原文ママ)
水中工作員搬送用.
1991年,サンクトペテルブルクのSKBKは,本型のためのAIPシステムの開発を完了したが,予算難により1990代末退役.
【参考ページ】
http://www1.cts.ne.jp/~fleet7/WSSt/WSSt150.html
http://www.geocities.jp/aobamil/7-9.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Losos_class_submarine
http://fas.org/man/dod-101/sys/ship/row/rus/865.htm

(画像掲示板より引用)
【ぐんじさんぎょう】,2009/5/29 23:00
に加筆
【質問】
ロメオ型潜水艦について教えられたし.
【回答】
ロメオ型 Romeo class とは,ソ連海軍 Project
633 型潜水艦のこと.
ウィスキイ型の拡大改良型.ウィスキイ型に比べてやや大型になったほか,前部乾舷がやや高くなり,上部にハーキュリーズおよびフェニックス・ソナーを装備.
また,セイル前縁上部が前方に張り出し,中央部にシュノーケル給気筒支基が突き出ている.
ズール型に引き続いて,ゴーリキー造船所(クラスノエ・ソルモヴォ)にて1959〜1964年にかけて22隻建造.
当初500隻建造の予定が,原潜実現のめどがついたため,その程度の数に縮小されたと見られている.
同型艦は中国,北韓でも建造.
1960年代後期から
エジプトに6隻(1966-69年),
ブルガリアに2隻(1971-72年),
アルジェリアに2隻(1982-83年),
シリアに2隻(1985年),
引渡された.
ロシアでは1987年までに全艦退役,中国でも退役間近と見られる.
北韓には20隻以上残っているらしいが,特攻用にもなるまい.
| 全長 | 77m |
| 幅 | 6.7m |
| 吃水 | 4.9m |
| 水上排水量 | 1330t |
| 水中排水量 | 1700t |
| 主機 | 水上 4000hp 水中 2700hp |
| 速力 | 水上 15.5knot 水中 13 knot |
| 兵装 | 533mm魚雷発射管 艦首 6門 艦尾 2門 機雷搭載可能 |
| 乗員 | 55 |
【参考文献】
『ソ連海軍』(海人社,1987/9/15)
&「グローバル・セキュリティ」などネット・ソース
消印所沢
1,2,5枚目でB-871「アルローサ」の横に停泊している潜水艦は,海上充電池PZS-50です.
元々は633(ロメオ)型潜水艦S-49でしたが,1995年に退役,浮かぶ充電器として使われるようになりました.
1枚目:2006年9月25日撮影

2枚目:2006年10月11日撮影

5枚目:2007年7月26日撮影

Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/10/14(日) 午後 4:57
【質問】
ソ連海軍の原子力潜水強襲揚陸艦について教えてください.
【回答】
「717型」というのを60年代に計画している.
全長190m
排水量17600t
搭載可能な兵員256名+戦車/装甲車20両,または1000名+4両
30日間の航海が可能.
図で見るとタイフーン型の艦首に,2つの揚陸用ドアがついているようなスタイルで,これで海岸にのし上げて部隊を上陸させる計画だったようだ.
アホみたいなプランだが,建造に着手するところまでいっている.
すぐに海軍の方針が変更されて中止になったが.
ニュー速+板
※こちらは情報精度不明につき,
その点は留意されたし.
時間的余裕があれば,
ポルトフ本でクロス・チェックの予定.
【質問】
プロジェクト1855型小型潜水艇AS-28について教えられたし.
【回答】
この潜水艇は,プロジェクト940(インディア型)搭載用として造られました.
http://deepstorm.ru/DeepStorm.files/45-92/dss/940/list.htm
AS-28は,プロジェクト1855と呼ばれるタイプです.
http://deepstorm.ru/DeepStorm.files/45-92/sass/1855/list.htm
940搭載用としては,この他に,プロジェクト1837/1837Kというタイプも有りました.
http://deepstorm.ru/DeepStorm.files/45-92/sass/1837/list.ht
2005年8月4日,カムチャツカ沖で遭難し,8月7日,イギリスの無人潜水艇「スコーピオン」に救助されました.
ロシア連邦国防省公式サイトによれば,AS-28は救助された後,ロシア内陸部ニジーニー・ノヴゴロド市に有るザヴォート「クラスノエ・ソルモヴォ」へ送られ,近代化改装が行われていました.
この改装で,AS-28は,最新の航行補助装置を装備し,20年前のアナログ・システムは,デジタルに換装され,10ミリのワイヤーロープ切断と水中溶接が出来る新型マニピュレーターが装備されました.
2008年4月,ロシア海軍太平洋艦隊へ復帰しました.
改装を終えたAS-28は,鉄道でウラジオストクへ運ばれ,カムチャツカへ移送されました.
1855型ですが,現在の母艦は,プロジェクト05360救助艦です.
http://warfare.ru/?lang=&catid=302&linkid=2157



Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/4/25(金) 午後 7:41
青文字:加筆改修部分
【質問】
一等自営業せんせーの漫画に,旧ソ連の脅威を描く事例として,新潟の海岸(海底だったか)にソ連の海底戦車のキャタピラのあとが・・・うんぬんというのがありますが,正体はいったいなんでしょうか?
【回答】
当時の資料なんぞを引っ張り出してみると,これはソ連軍情報部(GRU)が70年代に,WW2時のドイツが設計開発した小型潜水艇の資料を元にして製造したもので,スペツナズの海軍部隊に所属して秘密浸透・攪乱・破壊工作を行っていたとされています.
1982年10月,スウェーデンのストックホルム近くのバルト海海底で履帯の痕が発見され,同時に太い竜骨(キール)の痕も発見されたことから,キャタピラ付の小型潜水艇が母艦とランデブーし,スペツナズが秘密工作を行ったのではないかと当時話題になりました.
また,日本でも1983年4月頃に,津軽海峡の海底で同様の履帯の痕が発見されたと言う報道があり,同じくスペツナズの秘密工作ではないかと言われました.
一応写真などもあり(海底探査用とされている),それらしきものがあったのは確かなんでしょうが,本当に上記の秘密工作に使われていたかどうかは分かりません.
名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE in 軍事板
◆◆◆◆◆◆キロ型
◆◆◆◆◆◆タイフーン型
【質問】
タイフーン型の正式名称は?
【回答】
プロジェクト941「アクラ」型.
フツー,「"アクラ"型原潜」と言えば,ロシア最新の攻撃原潜を思い浮かべる人が多いよね.
でも現実は上記の通り.
当然ロシア側の資料では,タイフーン型を「"アクラ"型原潜」と呼称しているケースが多い.この点,注意が必要だね.
このクラスが「タイフーン」のコード名を付けられたのは,元々,ソ連側の発表によるもの.
同型の出現当初,西側はこのタイプを「シエラ」型と呼称するつもりだったが,当時のソ連邦軍参謀総長オガルコフ元帥が
「この度,新型原潜タイフーンが就役した」
と発表した,と伝えられたので,タイフーン型と呼ぶコトになった.
が,繰り返すように,同型のロシア側名称は「アクラ」型だ.
じゃ,「タイフーン」はナニ?というコトになるが,どうもコレは,「"アクラ"型戦略原潜」が搭載する弾道ミサイルの名前だったらしい.
オガルコフ元帥は,おそらく,
「この度,"タイフーン"(ミサイル)を搭載した新型原潜が就役した」
と言ったのではないだろうか.
それが誤って伝えられ,「"タイフーン"型戦略原潜」になってしまったのではないか?と推測される.
【質問】
なぜタイフーン型原潜は,あんな大型艦となったのか?
【回答】
「世界の艦船」2004年10月号(p.31)によれば,
ソ連初の固体推進SLBMであるSS-N-20(射程4,500浬)を搭載するため.1基90tに達するこのミサイルを,タイフーン Typhoon 型は20基搭載している.
かつ,氷海における浮上発射を可能とするため.
だという.
しかし,肝心のSS-N-20の運用実績が芳しくなく,既に3隻が現役を退いている
というオチがついている.
以下は岡部いさくによる,もう少し詳しい解説.
ソ連は液体燃料のR-29シリーズよりも即応性が高い固体燃料の長距離射程複数弾道ミサイルを,多くの困難の末に開発し,1984年から実戦化した.
これがR-39(SS-N-20)で,射程は4600浬,10個の弾頭を装備できるが,直径,全長共にR-29RMを上回る物となった.
これを搭載する潜水艦も当然大型化せざるを得ず,従来からの配置では船型が過大になるため,全く新しい配置を採用した.
2本の耐圧船体を左右に並べ,その中間の前部にミサイル発射筒20基を並べ,後部には発令所を含む,もう一つの耐圧部分を載せるというものである.
こうして設計されたのがタイフーン Typhoon 型で,排水量は水上23,200t,水中48,000tと史上最大の潜水艦となった.
この巨体と強固なセイル構造により,タイフーン型は北極海の,厚さ2.5mの氷を割って浮上することが可能であった.
氷海では西側の水上艦艇や対潜哨戒機による探知を受け難く,しかも巨大なタイフーン型は魚雷1,2本の命中では撃沈されにくいため,タイフーン型の出現は西側にとっては大きな脅威であった.
巨大なだけあって,タイフーン型の居住性は非常に高く,艦内にはサウナやプールまで設けられていた.
タイフーン型は1976〜85年に6隻が起工され,1982〜1990年に就役した.
当初の構想では20隻を建造するはずだったが,R-39はアメリカのトライデントに比べて性能が劣るとされ,建造経費も高価だったために6隻で打ち切られた.
運用経費も高くつき,冷戦後のロシア体制では予算が得られず,既に1隻が除籍され,3隻が予備役となり,現役とされているのは1隻のみという.
( from 「世界の艦船」2004年10月号,p.86-87)
【質問】
タイフーン型は何隻建造されたのですか?
【回答】
タイフーン型戦略原潜として知られている,史上最大の潜水艦(水中排水量48,000トン!)プロジェクト941重原子力戦略任務ロケット潜水巡洋艦「アクラ」型は6隻建造されています.
941型全艦リスト
★TK-208「ドミトーリー・ドンスコイ」
1981年12月12日就役.1992年,ミサイル試射中に爆発事故を起こし,船体を損傷.
以降,修理及び改装工事を行い,2003年現役復帰.
新開発の弾道ミサイル「ブラーワ」の試験艦として各種テストに従事している.
★TK-202
1983年12月28日就役,既に退役,解体.
★TK-12
1984年12月27日就役,既に退役.
★TK-13
1985年12月29日就役,既に退役.
★TK-17「アルハンゲリスク」
1987年11月6日就役.1992年,弾道ミサイル搭載作業中に火災発生,船体損傷.
2004年初頭に行われた戦略原潜のミサイル発射演習においてプーチン大統領が乗艦し,演習を視察.
既に予備役編入.
★TK-20「セヴェルスタル」
1989年9月4日就役
★TK-210
建造中止
現在,「Google Earth」でタイフーン型6隻全てを見ることができます.
ザーパドナヤ・リッツァ基地ニェールピチャ湾には現役艦3隻(ドミトリー・ドンスコイ,アルハンゲリスク,セヴェルスタル)が,
セーヴェロドヴィンスク市には退役艦3隻(TK-202――解体中――,TK-12,TK-13)が係留されています.
941型の写真
http://tuku.military.china.com/military/html/3/32/102/3-32-102-330_1.html
シア・クァンファ in mixi
▼ 下の写真は,ザーパドナヤ・リッツァのニェールピチャ湾に停泊する5隻のプロジェクト941(タイフーン型)戦略原潜.
(ニェールピチャ湾 http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/28076805.html)
撮影時期は不明ですが,以下の941型6隻の行動記録から推察すると・・・
[TK-208]1981年12月29日就役,1982年12月22日配備
1989年9月,改装のためセヴマシュ造船所へ回航
[TK-202]1983年12月28日就役,1984年1月18日配備
1989〜1994年,ズヴェズドーチカ工廠で修理
1995年3月,ニェールピチャ基地へ戻る
1999年8月,セヴマシュ造船所へ回航,そのまま除籍
[TK-12]1984年12月26日就役,1985年1月15日配備
1991年9月,セヴマシュ造船所へ回航
1998年,ニェールピチャ基地へ戻る
2005年,解体の為セヴマシュ造船所へ回航
[TK-13]1985年12月26日就役,1986年2月15日配備
2007年,解体の為セヴマシュ造船所へ回航
[TK-17]1987年12月15日就役,1988年2月19日配備
2002年,修理の為セヴマシュ造船所へ回航
[TK-20]1989年12月19日就役,1990年2月28日配備
2001年,修理の為セヴマシュ造船所へ回航
……というわけで,5隻がニェールピチャ基地に揃っている時期は,1998年後半〜1999年7月末に限られており,この期間に撮影された写真でしょう.
ニェールピチャ湾に停泊する941型を撮影した写真は結構ありますが,たいていは2,3隻程度しか停泊しておらず,5隻も停泊している写真は珍しいでしょう.

Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/5/25(日) 午後 7:33
▲
【関連リンク】
「カラパイア」:【画像】 世界最大の潜水艦,ロシアの「タイフーン型原子力潜水艦」の船内画像
「Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜」:タイフーン型戦略原潜「ドミトリー・ドンスコイ」作戦配備25周年
「ワレYouTube発見セリ」:Русская Акула (ロシア海軍,941型タイフーン級戦略ミサイル搭載原子力潜水艦)
【質問】
戦略原潜「アルハンゲリスク」について教えられたし.
【回答】
http://www.severnyflot.ru/news.php?extend.754
によれば,プロジェクト941「アクラ」型,西側が呼称するところのタイフーン型で,1987年11月6日就役.
1987年12月,海軍に引き渡され,北方艦隊所属となった.
当初の艦名は「TK-17」.
1992年,弾道ミサイル搭載作業中に火災発生,船体損傷.
アルハンゲリスク市が(TK-17に対する)多大の支援を決定したことから,2002年12月,ロシア連邦海軍総司令官によって「アルハンゲリスク」と命名された.
2004年2月に行われた戦略部隊演習において,ロシア大統領ウラジーミル・プーチンが「アルハンゲリスク」に乗艦.
2007年10月7日には,「アルハンゲリスク」の将校達は,国家元首の55歳の誕生日パーティーに招待された.
2007年12月2日,艦の就役20周年及び「アルハンゲリスク」命名5周年の記念日を祝う行事が,ザオゼルスク市役所で行われ,潜水艦の乗組員は代表団より贈り物を受け取ったという.
ザオゼルスク市Заозёрскは,TK-17が駐留するザーパドナヤ・リッツァ海軍基地が所在する閉鎖都市で,人口は2005年1月1日現在で13,075人です.
TK-17アルハンゲリスクは,2002年1月8日から11月9日に掛けてセヴマシュ(セヴェロドヴィンスク造船所)で改修が行われており,艦自体は行動可能状態に維持されているようです.
ただ,搭載ミサイルR-39は既に運用期限を過ぎているので,事実上の予備役といって宜しいでしょう.
(弾道ミサイルの無い戦略原潜なんて・・・・)


Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/12/3(月) 午前 7:06
青文字:文章改修部分
【質問】
タイフーン型の現状は?
【回答】
タイフーン型のコード名で知られるプロジェクト941アクラ型戦略任務重原子力海中巡洋艦(ТАПКСН)
同型は6隻が就役しましたが,3隻は除籍,うち2隻は解体されています.
現在もロシア海軍籍に有る3隻の状況は,以下の通りです.
【TK-208「ドミトリー・ドンスコイ」】(1981年12月29日就役)
1989年9月20日,セヴマシュへ回航,バルク(R-39M)を搭載する941U改装へ着手
1991年,改装中止
1996年,ブラヴァーMを搭載する941UM改装へ着手
2002年6月26日,941UM改装工事終了
2002年6月30日,海上テスト開始
翌2003年も引き続き海上テスト続行
2005年9月,ブラヴァーM海上発射テスト成功
【TK-17「アルハンゲリスク」】(1987年12月15日就役)
2002年1月8日〜11月9日,セヴマシュで修理
2003年10月15日,カムチャツカ(クラ)へミサイル発射
2004年2月17日,ロシア大統領ウラジーミル・プーチン乗艦
2004年4月29日,予備役
「ブラヴァーM」を搭載する941UM改装が計画されている.
【TK-20「セヴェルスターリ」】(1989年12月19日就役)
2001年10月〜2002年12月,セヴマシュで修理
2004年4月29日,予備役
「ブラヴァーM」を搭載する941UM改装が計画されている.
3隻は,ニェールピチャ湾を母港とする第18潜水艦師団に所属しています.
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/28076805.html
改装されたTK-208は無論の事,TK-17とTK-20も,2000年代初頭に修理を受けており,艦の状態は良好のようです.
新世代戦略原潜ユーリー・ドルゴルキーの初代艦長コンスタンチン・ミトキン氏(1969年生まれ)は,艦長に任命される前は,ずっとTK-17で勤務しておりました.
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/24971635.html
改装済みのTK-208の他,TK-17とTK-20の2隻も「ブラヴァーM」搭載艦(941UM)に改装する計画が有り,当面はロシア海軍に留まり続けるようです.
Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/5/25(日) 午前 11:25
【質問】
「タイフーン」型「セヴェルスターリ」について教えられたし.
【回答】
プロジェクト941「アクラ」戦略任務重原子力海中巡洋艦(ТАПКСН)TK-20「セヴェルスターリ」ТК-20"Северсталь"
西側では,「タイフーン」型のコード名で知られる史上最大の潜水艦です.
本艦は,その「タイフーン」型の最終艦になります.
「セヴェルスターリ」は,ロシアの鉄鋼会社です.
http://www.severstal.com/
1985年1月12日,海軍籍登録
1985年8月27日,起工
1989年4月11日,進水
1989年12月19,日就役
1990年2月28日,北方艦隊の第18潜水艦師団へ配属.
1995年8月25日,北極海でR-39弾道ミサイル発射テスト.
1999年7月24日,セヴェロモルスクでパレードに参加.
2000年5月31日,株式会社「セヴェルスターリ」は,TK-20と支援協定を締結.
2000年6月20日,ロシア海軍総司令官,TK-20を「セヴェルスターリ」と命名.
2001年10月〜2002年12月,セヴマシュで修理
2004年4月29日,予備役
2004年8月,セヴマシュへ回航
2007年8月,当時のロシア海軍総司令官ウラジーミル・マソリン上級大将は,在籍する941型を,2015年までに「ブラヴァーM」搭載艦へ改造する意向を明らかにした.
2008年1月18日,株式会社「セヴェルスターリ」は,2008年もTK-20への後援を継続する事で同意.
そして今も,「セヴェルスターリ」は第18潜水艦師団に所属し,ニェールピチャ湾に駐留しています.
上述のように,弾道ミサイルを「ブラヴァーM」に換装する941UM改造を行なう構想は有りますが,まだ実行に移されてはいません.









Небесный бытьネベスニィ・ビィチ〜ロシア・ソ連海軍〜
2008/4/13(日) 午後 7:39
【質問】
「タイフーン」型の輸送船改造案について教えられたし.
【回答】
ロシア海軍の「タイフーン」型弾道ミサイル原子力潜水艦(SSBN)(プロジェクト941重戦略任務原子力ロケット潜水巡洋艦)は,既に3隻が除籍され,2隻が解体されています.
同級は運用コストの高さもあって,1990年代後期から活動は不活発となり,90年代末には動ける艦は2隻だけ(TK-17とTK-20)という有様でした.
そこで事実上退役状態にある941型戦略原潜の「民間転用」策として,輸送船への改造案が出てきました.
これは,ロシアのニッケル採掘企業「ノリルスク・ニッケル」の原子力砕氷/潜水輸送船として,シベリア地方のドゥディンカ(Дудинка)-ディクソン(Диксон)からムルマンスクまでニッケル鉱石輸送を行なうというものでした.
このルートは,原子力砕氷船アルクチカ級で航路を啓開しながらニッケル鉱石を輸送する必要がありました.
つまりニッケル鉱石を運ぶには,原子力砕氷船と鉱石輸送船が必要となるのですが,941型戦略原潜改造の潜水(砕氷)輸送船を造れば,原子力砕氷船は要らなくなるから,その分,輸送コストは安くなるだろう,と考えられたわけです.
この941型戦略原潜改造輸送船は,
"Подводное Транспортное
Судно"(Submarine Cargo Vessel)
と呼ばれていました.
941型戦略原潜を設計したルビーン設計局が作成した設計案(上の図面)によると,同型の弾道ミサイル発射筒及び魚雷発射管区画を撤去し,代わりに鉱石搭載スペースを設け,船首を砕氷構造にする予定でした.
鉱石搭載量は15,000tです.
改造費用は1隻当たり約8,000万ドルと見積もられていました.
当時,ロシア海軍は財政難に喘いでおり,「副業」として貨物輸送の「アルバイト」をする弾道ミサイル原潜まで居る有様だった事もあり,戦略原潜を輸送船に改造するアイディアが出てくる素地は有ったと言えます.
しかし,海軍が運用コストの高さから手放す巨大原潜を,民間企業が運用して採算が取れる筈が無く,構想倒れに終わりました.



Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/11/9(金) 午後 9:19
ちょっと残念.
◆◆◆◆「ユーリ・ドルゴルスキイ」級
◆◆◆◆ラダ型
【質問】
ロシア海軍最新鋭潜水艦ラダ Lada 型の建造目的は?
【回答】
本型は1番艦 Sankt Petersburg が1997年に起工,2004年4月に進水した,最新の通常動力潜水艦で,2005年中に就役すると伝えられている.
ただし,2番艦以降の建造計画はないようで,1番艦も輸出用のデモンストレーターとの見方が強い.
輸出ヴァージョンはアムール Amur 型と呼ばれている.
同型は開発元のルビン設計局とアドミラルティ造船所にとっては重要な輸出商品であるため,性能を実証・宣伝するための広告塔として,曲がりなりにも1隻は完成させることだろう.
| 水中排水量 | 2,650t |
| 全長 | 68m |
| 主機 | ディーゼル・エレクトリック |
| 水中速力 | 21ノット |
| 兵装 | 533mm魚雷発射管6門 |
1番艦は潜水艦用の長魚雷と機雷が搭載可能だというが,輸出向けのアムール型では,SS-N-27
SLCMシリーズをも抱き合わせにして,インドや中国といった得意先に売り込むつもりだという.
以上,ソースは「世界の艦船」2004年12月号,p.27
および p.147-148(by 宇垣大成).
少なくとも9隻造るつもりのようですが,何か?
http://www.kojii.net/news/news050923.html
(DefenseNews,2005/9/16)
ロシア海軍は,バルチック艦隊の潜水艦戦力を強化する構想を明らかにした.
現在の3隻に加えて,6-9隻のProject677Lada級を,今後2年以内に増強するとしている.
なお,「アムール」型には大小いくつものバージョンが有り,「サンクト・ペテルブルク」級ことラーダ型は,「アムール1650」型というバージョンになる.
アムール型の各バージョンは以下参照.
http://www.fas.org/man/dod-101/sys/ship/row/rus/677.htm
この中の「アムール1650」型に,ロシア海軍のプロジェクト番号677と,「ラーダ(愛しき妻)」のニックネームが与えられているわけだね.
ついでに書くと,サンクト・ペテルブルクは,竣工したようだが.
http://www.ships-net.co.jp/detl/200510/012-013.html
プロジェクト677「ラーダ」型1番艦「サンクト・ペテルブルク」



Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/8/5(日) 午前 6:42
【質問】
「ラーダ」型はAIP(Air Independent Propulsion:非大気依存推進)システムを搭載しているの?
【回答】
少なくとも「サンクト・ペテルブルク」には搭載されていないようです.
おそらく,2番艦以降にも搭載されないでしょう.
(ラーダ型がAIPシステムの搭載も可能であるのは確かのようですが)
http://www.globalsecurity.org/military/world/russia/677.htm
より抜粋.
The Amur class will also include provisions for a fuel cell plant that can be installed during construction or modernisation to give air independent propulsion with oxygen/hydrogen and electric/ chemical generators.
However, the first submarines of the type will not be powered with such a plant.
The reason is high cost of air-indipendent power plants, as well as higher level of fire safety required to operate them.
According to estimates, Kristall-27E AIP system will increase the Amur Class submarines' submerged endurance by 15 to 45 days (the longer endurance is ensured by a short-term operation of the diesel engine in the snorkeling mode).
(アムール型は,酸素/水素および電気/化学ジェネレーターによる燃料電池プラント方式の非大気依存推進(AIP)システムを建造時または改装時に組み込む事が可能である.
しかしながら,そのようなプラントは,このタイプの一番艦には装備されないだろう.
理由は,それらを操作するのに必要な,より高いレベルの火災に対する安全性と,非大気依存推進の高いコストの為である.
評価によれば,「クリスタール-27E」AIPシステムは,アムール型潜水艦の水中行動日数を,15〜45日(より長い行動日数は,シュノーケル航行におけるディーゼルエンジンの短期任務によって保証される)増加させる)
上記にもあるように,ロシアのAIPシステムは,「クリスタール27E」と呼ばれる燃料電池方式です.
いちおう,現用のキロ型潜水艦への搭載も可能ではあるようです.
(ただし,船体を中央で切断し,その間に全長20mのAIP区画を挿入するというやり方になりますが)
〔略〕
なお,一部では「オーニクス」(SS-N-26)対艦ミサイルを搭載,などと書いているページも有りますが,このミサイルは,専用の3連装垂直発射機から発射されるものであり,小型のラーダ型に搭載できるようなシロモノでは有りません.
(というか,こんな事を書くヤツは,「クラブ」(SS-N-27)と「オーニクス」の区別が付いていないだけのような気が・・・・(^^;)
「サンクト・ペテルブルク」艦内を写した写真
撮影時期は,おそらく,今年(2007年)1月末から2月初頭と思われます.
(本艦は,この時期に最後の洋上テストを実施しているので)
ここに写っている人たちは,おそらく,アドミラルティ造船所の工事関係者でしょう.
(本艦は,まだ正式にロシア海軍へ引き渡されていないので)



Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/8/5(日) 午前 6:42
【質問】
ラーダ型のAIPについてですが,「クリスタール27E」燃料電池システムの搭載予定は未定なのでしょうか?
ローテU in mixi
【回答】
ロシア海軍向けの「プロジェクト677」(サンクト・ペテルブルク&クロンシュタット)の他に,「アムール」型の「輸出型デモンストレーター」とやらも造るそうなので,そっちの方に「クリスタール27E」燃料電池システムが搭載されるかもしれませんね.
というかロシア海軍も,数を揃えたいのなら「アムール550」型を造ればいいのに(^^;
シア・クァンファ in mixi
「サンクト・ペテルブルク」艦内を写した写真
撮影時期は,おそらく,今年(2007年)1月末から2月初頭と思われます.
(本艦は,この時期に最後の洋上テストを実施しているので)
ここに写っている人たちは,おそらく,アドミラルティ造船所の工事関係者でしょう.
(本艦は,まだ正式にロシア海軍へ引き渡されていないので)



Морские Силы〜ロシア・ソ連海軍〜
2007/8/5(日) 午前 6:42
【質問】
「ラーダ」型建造における技術上の新機軸は?
【回答】
http://rian.ru/defense_safety/20090320/165521220.html
にて,ロシア海軍総参謀長代理オレグ・ブルツェフ海軍中将が述べたところによれば,
――――――
工業企業の最も重要な事として,艦隊による最初のテスト中,造船工場「アドミラルティ造船所」(サンクト・ペテルブルク市)と海洋工学中央設計局「ルビーン」の注意点を取り除く作業が増大した事を明らかにした.
〔略〕
ディーゼル・エレクトリック潜水艦「サンクトペテルブルク」(プロジェクト677「ラーダ」)は,プロジェクト設計主任ユーリー・コルミツィンの下, 海洋工学中央設計局「ルビーン」で開発された.
「ラーダ」シリーズの潜水艦は,多くの新材料を採用している点,全ての構造,装置,設備,機器が新型である点,独創的な船体建造の点において,前型とは,実質的に,かなり異なる.
潜水艦の170以上の機器とシステムは,ロシアでは,これまでに作り出されなかったものである.
潜水艦は,完全な航海システムを備えている.
独創的な装置は,先導の安全を保障し,潜水艦の乗組員に,武器の目標を急速かつ高精度で指示する事を可能にする.
初めて潜水艦の設計に,ようやく航空宇宙産業の技術が適合されて使用された.
従って,例えば,航海システムの重量は,たったの50キログラムである.
潜水艦「サンクトペテルブルク」は,高められた静粛性を保障する新型水中音響コーティングを備えている.
特に,「ラーダ」シリーズの為に,全力運転時でも静粛な新しい動力電動機が開発された.
〔略〕
(2009年3月20日16時13分)
――――――

「ロシア・ソ連海軍」,2009/3/25(水) 午後
8:34
青文字:加筆改修部分
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